第十八話 心の世界
「ここは……」
気がつけば、あたしは見慣れない場所に浮かんでいた。
あたしたちがいた場所とは、違う建物。違う服装。
「ここはステラの心の世界。あの子の闇もまたここにあるじゃろう」
フェレスがいつの間にか横に浮かんでいて、そう解説してくれる。
「さて、ここからどう心の闇を探すかじゃが……」
それには心当たりがある。
傷を、あの足の傷を負った日を探せばいいはず。
心の世界を泳いでいく中で、あたしはだんだん心が苦しくなっていった。
フェレスの顔を見てみるが平然としているのであたしだけだろう。
「もしかしてこれかの」
たどり着いた先にあったのは黒い球体。
そして、そこから見えたのは傷を負っていたステラの姿だった。
「この記憶をたどっていこう」
そして連なるようにステラの苦しい記憶が次々と出てきた。
その中の原因を探していると、ふとフェレスの顔が心なしか悲しそうになっているように見えた。
目を細め、やるせない顔で記憶を眺めていく。
「あった!」
数十分にも及ぶ捜索の末、あたしは一つの記憶を見つけた。
「どれどれ、ってこれは!」
記憶を覗き見ようとしたフェレスはその記憶の球体を見て目を見開いた。
そう。目の前にあったのは、今までとはまったく黒の濃さが違う球体だった。
「ここまで「穢れ」がたまるとは……この記憶はいったい……」
あたしとフェレスは覚悟を決め、その記憶に飛び込んだ。
眩い光と共に目の前が変わり、気づけばあたしたちは家の中にいた。
「なんてことをしてくれたんだ!」
いきなりそんな怒声が部屋中に響き渡る。
「いきなり電話が来たかと思えば、怪我をしたから病院に連れて行きました、警察も居ます、だと!ふざけるな!」
ステラの父と思われる男が、机をたたきステラらしき女の子に怒鳴っていた。
「たかが太ももを切られたくらいでそんな大げさにするな!私の名に傷がついたらどうしてくれる!」
ステラは何も言わなかった。いや、いえなかったのだろう。
「これが、この子の穢れの原因か。先ほどの「いじめ」とやらも関連しておるじゃろうが、これが一番じゃろな」
横で見ていたフェレスはそんな考えを口にする。
私はステラの魔力を貰った時に、前世の知識も一緒に貰った。
だから、ここで起きていることが如何におかしいかがよくわかる。
「どうすれば……」
原因は見つかっても、解決策は見つからない。
何をするのが正解か、あたしにも分からない。
理不尽な説教が終わったのだろうか、ステラは無表情のまま部屋に戻っていた。
あたしたちもついていき、壁をすりぬけ部屋に入る。
中ではステラがベッドの上で一人泣いていた。
ベッドにうつぶせになり泣いているその背中はとても寂しそうだった。
「どうしたらいいの?」
思わずそんな言葉を口にする。
それを聞いたフェレスはゆっくりと答えた。
「妾の力をもってすれば、こやつのこの時の記憶を封印することが出来る。だが、それには過去のこの場所に行かねばならない」
もちろん無理だと分かっている。
この世界には過去に戻る技術も違う世界へ飛ぶ魔術もない。
「……やるしかないか……」
フェレスはなにか覚悟を決めた様子で、目ないはずのステラの前まで飛んだ。
「そこに……誰かいるの?」
あちらからは見えないはずなのにステラはフェレスにそう問いかけた。
「シエンと言ったな。妾が死んだら、ステラのために犠牲になったといっておくれ」
「は⁉」
自分の命を犠牲にしようとしているのが分かったあたしは急いで止めに入る。
「や、やめろ!まだ何か策はあるはず!」
フェレスはステラの頭に透けた手をおき、儀式を始めた。
儀式をやめさせようと突撃したら、そのまま透けてしまった。
「っ!しまった!」
「心境心寄 奥義 存在干渉」
眩い光と共に、あたしは意識を失った。
「……様、……エン様、シエン様!大丈夫ですか⁉」
気が付くとあたしは元の世界に戻っていた。
「ここは……」
状況が理解できていないあたしにアモニアは丁寧に説明してくれた。
「ここはステラ様の家です。フェレス様の体が光ったと思ったら二人ともそのまま倒れてしまって……」
どうやら、あたしは元の世界に戻ってきたようだ。
それにしても、あの時フェレスが放ったあの魔術は一体。
というか、あれは魔術なのだろうか。
あれが種族の固有能力なのだろうか。
「はっ!そうだステラは⁉ステラは無事なのか⁉」
そんなことよりも、あたしはステラの方が大事だった。
「あの光が出た後、不思議とステラ様の呼吸が穏やかになり、心なしか顔色も良くなったような気がします」
その報告を聞いて、あたしはほっと胸をなでおろした。
しかし、フェレスは未だに目が覚めていない。
(もし死んだら、と彼女は言っていたけど……まさか……)
「おいフェレス!フェレスってば!」
ちっちゃい体で一生懸命体をゆすっていると右手が微かに動いた気がした。
そして
「なんじゃもう。心配せんでも生きとるわい」
何事もなかったように起き上がるフェレスを見て、アモニアとイベルの頬から一筋の涙がこぼれる。
「それでステラは?」
「存在干渉を使ったからの。妾がこやつの意識の底に入り、こやつと話をしていた。そしたら、お前たちに起こされた、というわけじゃ」
フェレスは気だるそうに立ち上がると、アモニアを真剣な眼差しで見つめる。
「妾は約束をした。お前に拠り所を、年相応に甘えられる場所を用意すると。だからアモニア」
そこまで言うと、アモニアはその続きを察したようだ。
「私に、ステラ様の母替わりをしろ、と?」
「正確にはお前とシエン、お主じゃ」
「へ?あたし?」
いきなり名前を呼ばれたことでシエンは困惑している。
すると、フェレスたちの後ろで物音がした。何事かと全員が振り返った先にいたのは、
「ス、ステラ、様……」
目を覚まし、重そうに体を起こしていたステラだった。
「ス、ステラ~!!」
一目散にシエンがその懐に飛び込んだ。
「良かった、本当に良かった……」
アモニアはその姿を見て驚愕している。
あの、あのシエンが泣いている。
意思を持つマジックアイテムは基本的に泣くことはない。
だって、その人にとって物でしかなく、マジックアイテムにとっても使われる人でしかないから。
だけどこの二人は違う。
「こっちまで、泣きそうです。ひくっ」
イベルまで泣きそうになっている。
この小さな家にひと時の幸せが訪れた。
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