第6話:6歳児、サスペンス『悪の華』で狂気のラスボスを演じる 〜社畜の演技論と、母の最終兵器(ホラ)〜
「『悪の華』第10話・ラストシーン! 準備できました! カメラ1番、引き! カメラ2番、真理子ちゃんのアップ固定でいきます!」
薄暗い廃工場の撮影セット。
天井の隙間から差し込む一筋のスポットライトが、古びたパイプ椅子の影を長く伸ばしている。
周りを囲む撮影スタッフたちの顔には、いつもの和気あいあいとした雰囲気は微塵もない。ピリピリとした緊張感が現場全体を支配し、誰もが生唾を呑み込んで息を殺していた。
それもそのはずだ。
今日の撮影は、全国を震撼させている大ヒット連続サスペンスドラマ『悪の華』の、クライマックス——「真犯人解禁」の最重要シーンなのだから。
そのパイプ椅子に、チョコンと腰掛け、足が床に届かずにブランブランさせているのは、私、葛貫真理子(6歳)。
小学校入学を目前に控えた、可憐で愛らしい(はずの)少女である。
(……なんで????? [本日三度目])
私は心の中で、三十二年分の社畜の魂を込めてセルフ突っ込みを入れていた。
6歳。
本来なら小学校の入学準備をしながら、算数ドリルを開いて「ふふん、前世の知識で無双だわ」と悦に浸り、隠し持っているチートノートの銘柄(※母のホラで暴落した銘柄と爆伸びした銘柄の損益通算)をチェックしているはずの年齢だ。
それなのに。
私は今、視聴率30%超えのゴールデンタイムのサスペンスドラマで、連続不審死事件の裏で糸を引いていた「冷酷非道・狂気のサイコパス・ラスボス」としてカメラの前に立っている。
1. ドラマ『悪の華』と「サイコパスラスボス・真央」
事の経緯を説明しよう。
『悪の華』は、主演の熱血ベテラン俳優・神宮寺猛(50歳)演じる刑事が、政財界の闇に蠢く謎の犯罪組織を追う重厚な本格サスペンスだ。
物語の終盤まで、黒幕は「政界のドン」か「裏社会のボス」だと思われていた。
しかし、第9話のラストで明かされた真実。
すべての事件の指示を出し、大大人たちを狂わせ、ゲームのように殺人プログラムを組んでいた真の黑幕「黒幕X」——それこそが、被害者遺族の可哀想な孤児として保護されていた6歳の少女・真央だったのだ。
あまりの衝撃展開に、ネットも世間も大騒ぎ。
「6歳児がラスボス!?」「無理があるだろ!」「いくらなんでも子役にそんな重厚な演技ができるわけがない!」という賛否両論が吹き荒れた。
(そうよ! 普通は無理なのよ! 6歳児に『サイコパスの狂気』なんて演じさせちゃダメなのよ!!)
私は心の中で叫んだ。
だが、私の中身は32歳までブラック企業の修羅場をくぐり抜けてきた元・中間管理職。
理不尽なリストラ通告、深夜3時のデスマーチ、サイコパスじみたパワハラ上司との不毛なエンカウント——私は前世で「本物の人間性の欠如(狂気)」を幾度となく目撃してきた。
(ふっ……サイコパスの演技? 楽なものよ。前世の『笑顔で部下にサービス残業を強いてきた営業本部長』の顔を思い出せばいいだけなんだから……!)
2. 本番開始! 刑事 VS 6歳児の狂気
「『悪の華』第10話、本番……イレーす!」
カチンコが鳴る。
『よーい、アクション!』
カツン……カツン……。
重い足音が廃工場に響く。
血まみれのコートを着た主人公の刑事・神宮寺猛が、拳銃を構えながらゆっくりと私に近づいてくる。その目は怒りと苦悩で真っ赤に充血していた。
「……真央……。嘘だと言ってくれ、真央……! お前が……お前がすべての黒幕だったのか!? 仲間たちを殺し、街を混乱に陥れたのは……お前だったのか!!」
神宮寺の鬼迫の演技。大物ベテラン俳優の圧力が、スタジオ全体を押しつぶさんばかりに広がる。
並の子役なら、この威圧感だけで泣き出してしまうだろう。
だが、私は動じない。
ブランブランさせていた足をピタリと止め、ゆっくりと顔を上げた。
私の表情から、一切の感情が消え去っている。
瞳の奥の光を完全に殺し、前世で「プロジェクトの予算が全額吹き飛んだ瞬間のエンジニアの目」を作り上げた。
「……おじちゃん。声が大きすぎるよ」
幼く、鈴を転がすような鈴やかな声。
しかし、その声には温もりも、罪悪感も、恐怖も、何一つとして入っていない。
「嘘なんてついてないよ? だって、誰も私に『君がやったの?』って聞かなかったじゃない。大人って、勝手に可哀想な子供だって決めつけて、勝手に騙されてくれるから……すごく扱いやすかった」
「くッ……!! お前は……お前は人間じゃない! 悪魔だ!!」
神宮寺の手が、恐怖でブルブルと震え始める。銃口が定まらない。
「悪魔? ふふ……違うよ」
私はパイプ椅子からトコトコと降り、神宮寺の銃口に向かって一歩踏み出した。
首をコテリと傾け、満面の、完璧に計算された「無垢な笑顔」を浮かべる。
「ただの……『最適化』だよ」
「……ッ!? なんだと……!?」
「無駄な大人たちが多すぎるから、システムのエラーを削除しただけ。おじちゃんの相棒も、あの優しいお巡りさんも……みんな『納期』に間に合わなかったから、仕様変更(消去)したの」
社畜の用語を交えた(※脚本にそう書かれている)冷徹なセリフ。
私の口から吐き出されるその言葉は、幼い見た目とのギャップによって、寒気を覚えるほどの異常性を醸し出していた。
「な……なんて奴だ……! 命を……人の命を何だと思っているんだ!!」
「命?」
私はフッと微笑み、神宮寺の至近距離まで歩み寄ると、小さな手で彼の構える拳銃の筒先に、そっと触れた。
「ただの……コストだよ」
(よし……! 完璧!! 決まったぁぁぁぁぁ!!)
心の中でガッツポーズをする私。
現場のスタッフたちが息を呑み、カメラマンの手が震えているのが分かる。
神宮寺役のベテラン女優……じゃなくて神宮寺猛も、私の狂気迫る演技に本気で飲まれ、引きつった顔をしている。
これぞ、32年の社畜経験と、数々のパワハラ上司の観察によって培われた「真のサイコパス演技」!
このまま感動(?)のカットがかかり、私は子役として歴史に名を残すはずだった——。
3. 母の登場と、いつもの「悪夢」
「カットォォォォォ!! パラマウント!! 最高だー!!」
監督の叫び声が響いた。
「すごい! 素晴らしいよ真理子ちゃん! まさに悪の化身! 歴史に残る名シーンだ!!」
スタッフたちから割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「ふぅ……」
私はペコリとお辞儀をし、4歳の……じゃなくて6歳のかわいい顔に戻った。
神宮寺猛さんも「はぁ……はぁ……真理子ちゃん、凄まじいね君は。本当に6歳なのか……?」と汗を拭きながら怯えている。
(ふふん、伊達に修羅場くぐってませんからね。これにて無事に撮影終了——)
そう思った、次の瞬間だった。
「あら〜〜〜〜っ! マコちゃ〜ん! 素晴らしい演技だったわよ〜〜っ!」
セットの脇から、大声を上げながら駆け寄ってきた人物がいた。
我が実の母親・葛貫智恵子(32歳・最近私のマネージャー気取り)である。
(あ……ヤバい)
私の脳内アラートが、けたたましく警報を鳴らした。
母のあの顔。自慢したくてたまらず、鼻の穴が全開になっているあの顔だ。
「智恵子さん! お嬢さんの演技、凄まじいですね! まさに『生まれながらのサイコパス』と言いますか……どこであんな狂気の演技を覚えたんですか!?」
監督が感心したように尋ねた。
やめて! 監督! 母に質問を投げかけるのは自殺行為だ!!
「やだぁ〜監督さん! 指導なんてしてませんわよ〜!」
母は手をひらひらと振ると、いつもの「盛大なホラ」を大音量でぶち撒けた。
「うちのマコちゃん、本当に『裏社会の世界的犯罪組織のトップ(黒幕)』だから、地でやってるだけなのよ〜!」
(……は?)
スタジオ全体が、ピキィンと凍りついた。
「え……? 裏社会の……トップ……?」
神宮寺猛の手から、撮影用のプロップガンがポロリと落ちた。
「そうなのよ〜! 朝起きたらね、暗号化された衛星電話で『シチリアのファミリーに連絡して』とか『裏金融の資金洗浄を完了させろ』って、手下に指示を出してるんだからぁ〜! パリやニューヨークの裏組織も、みんなマコちゃんの一言で動いてるのよ〜! おほほほほ!」
(言ってねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!)
私は現場で血を吐く思いで絶叫した。
言ってへん! 昨日の夜、私が言ったのは「お布団干してくれてありがとう」だけだ!!
なんでそれが「シチリアのマフィアを統括する裏社会の黒幕」になるんだよ! 盛るにも程があるだろ!! 警察呼ばれたらどうするんだ!!
「えっ……? 智恵子さん、それは……冗談……ですよね……?」
監督の引きつった笑顔。
だが……恐ろしいことに、今回もあの現象が起きた。
ズキュゥゥゥゥン!!
世界のシステムが書き換わる強烈なバグが、私の脳内を突き抜けた。
国際暗黒街の連絡ルート、暗号通貨を使った資金洗浄のスキーム、世界の裏組織の勢力図、サイバー攻撃の手法——あらゆる「裏社会の黒幕知識」が、一瞬で私の中に流し込まれたのだ!
(うわあああ! また記憶が生えてきた!! 脳の中に『ゴッドファーザー』のデータベースが直結されたー!?)
4. 本物の「裏社会」が乱入してくるカオス
母のホラ(バグ)が発動した、まさにその直後のことだった。
ドガァァァァン!!
スタジオの大型搬入口のシャッターが、爆破されたかのような凄まじい音を立てて吹き飛んだ。
「きゃあああああ!?」
「な、なに!? 爆発!?」
黒煙が立ち込めるスタジオに、黒塗りの装甲車が殴り込んできた。
中から飛び出してきたのは、全身黒づくめでサブマシンガンを構えた、本物の海外の武装集団——国際犯罪組織『黒いサソリ』の構成員たちだった!
「動くな! 全員手を上げろ!」
英語と乱暴な日本語で叫ぶ男たち。
「な、なんだお前たちは!? ここは撮影現場だぞ!」
監督が悲鳴を上げる。
武装集団のリーダーと思われる、顔に傷のある大男が、ギラギラとした目でスタジオ内を見回した。
「ふはは! 情報は掴んでいるぞ! このテレビ局に、我が『黒いサソリ』の資金ルートをハッキングし、裏市場の資金をすべて奪い去った伝説の天才ハッカー……コードネーム『マザー・マコ』がいるとな!」
(私だーーーーーーー!!??)
私は自分の額を押さえて卒倒しそうになった。
そう……先ほど母が「裏社会のトップで資金洗浄をしている」とホラを吹いたせいで、世界線のデータが書き換わり、私が「いつの間にか国際犯罪組織の資金をハッキングで暴落させ、壊滅状態に追い込んだ伝説の黒幕」になっていたのだ!
「どこだ! マザー・マコはどこにいる! 姿を現さなければ、このスタジオの人間を全員射殺する!」
マシンガンを天井に向けて乱射する男たち。
バンバンバン! という本物の銃声が響き、スタジオは阿鼻叫喚のパニックに包まれた。
神宮寺猛も、スタッフも、母の智恵子も、恐怖でガタガタと震えて動けない。
(くっ……! このままじゃ全員殺される……! 前世の社畜時代だって、こんな凶悪なクライアントはいなかったわよ!!)
私は覚悟を決めた。
母のバグによってインストールされた「裏社会の黒幕知識」と「極限の交渉力(※第5話参照)」を全開にする時が来たのだ!
5. 6歳児の黒幕、本物の悪を蹂躙する
「騒がしいわね。……私の現場で銃をぶっ放さないでくれる?」
パイプ椅子の上から、冷徹で小さな声が響いた。
武装集団が一斉に私を振り向く。
「なんだこのガキは……? おい、邪魔だ退がって——」
「スイス銀行の口座番号『7749-X-9901』」
私がサラリと呟いた文字列に、リーダーの大男の動きが完全に止まった。
「な……なぜその口座番号を……!?」
「その口座に入っていた『黒いサソリ』の裏資金300億ドル。……一分前に、私が全額スイスの環境保護団体と、日本の保護猫基金に寄付しておいたわ」
「な……なんだとぉぉぉぉぉ!!??」
当然、実際にやったのは私ではなく、母のホラ(バグ)によって世界線のシステムが自動処理した結果だ。
「貴方たちの暗号化通信なんて、私の脳内CPU(※バグ)にかかれば1秒で解読できるのよ。……それから、貴方の着ている防弾チョッキ。右脇の縫製が甘いわね。そこを突かれたら一発で即死よ」
私はトコトコと男に近づき、6歳の小さな手で、男のポケットから本物の小型インカムを抜き取った。
「ヒ、ヒィッ……!? なんだこの手さばきは……手品か……!?」
「今すぐ手下全員に銃を捨てさせなさい。さもなければ、貴方たちの本部があるバルカン半島の秘密基地の位置情報を、インターポールとCIAの特殊部隊に同時送信するわ。……送信ボタンに指がかかってるんだけど、押してもいいかしら?」
私は不敵な笑みを浮かべ、スマートフォンの画面(※ただの幼稚園の連絡帳アプリ)をちらつかせた。
男は冷や汗を滝のように流し、ガクガクと全身を震わせた。
目の前にいるのは、6歳の可愛らしい少女。
しかし、その背後に透けて見えているのは、世界中の情報と資金を裏から支配する「真の暗黒街の支配者」の圧倒的なオーラだった。
「ひ……ひぃぃぃぃぃ! 申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
ドサドサドサッ!!
武装集団たちは一斉に銃を捨て、その場に土下座した。
「資金はいりません! 基地も爆破しないでください! 命だけは……命だけはお助けください『マザー・マコ』様ぁぁぁぁぁ!!」
「わかればいいのよ。……あ、それと、壊したシャッターの修理費は貴方たちの個人の口座から引き落としておくから」
「はいぃぃぃぃぃ!! ありがとうございますぅぅぅぅ!!」
号泣しながら降伏する国際犯罪組織。
現場にいたスタッフと神宮寺猛は、開いた口が塞がらない状態でその光景を見つめていた。
6. 撮影再開と、終わらない狂想曲
「……カット(??)!!」
監督が呆然と呟いた。
「す……すごすぎる……! リアルな武装集団を相手に、アドリブで(※アドリブではない)降伏させるなんて……! これも全部、ドラマの宣伝の演出ですか真理子ちゃん!?」
(演出なわけあるかーーーい!!)
後日、この騒動は「サスペンスドラマ『悪の華』の過激すぎるドッキリ宣伝」として(警察とテレビ局の隠蔽工作により)処理され、ドラマの視聴率は前代未聞の45%を記録した。
私は「天才子役」を通り越して「リアルに恐ろしい6歳児」として、全米……いや世界中の映画界からオファーが殺到する事態となった。
「はぁ……はぁ……疲れた。なんでサスペンスの現場で本物のテロリストと交渉しなきゃいけないのよ……」
楽屋でパイプ椅子に深く腰掛け、麦茶をぐびぐび飲む私(6歳)。
(まあいいわ……もうすぐ小学生よ。小学校に入れば、流石に『普通の児童』として静かに過ごせるはず……)
「マコちゃ〜ん! 来月の小学校の入学式のことなんだけどぉ〜!」
楽屋のドアを開けて、能天気な笑顔で入ってくる母・智恵子。
(げっ……また何か企んでる……!?)
「近所のママ友に言っておいたの! 『うちのマコちゃん、小学生になる前にノーベル物理学賞の研究を完成させたのよ〜』って!」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は楽屋の床に崩れ落ちた。
ノーベル物理学賞!?
私、前世でも文系のアシスタントマネージャーなんですけど!?
ズキュゥゥゥゥン!!
脳内に、量子力学と相対性理論の超複雑な数式が、怒涛の勢い(バグ)で流れ込んできた。
(やめてー! 私の脳にアインシュタインの記憶を直接インストールしないでー!!)
「マコちゃ〜ん、ノーベル賞の賞金で新しい株買おうね〜!」
「オギャァァァァァァ(株を買うなー!!)」
サスペンスドラマのラスボスを演じ切り、本物の犯罪組織すら服従させた葛貫真理子(6歳)。
彼女の「静かな小学生ライフ」への道のりは、母の放つノーベル賞級のホラによって、さらなるカオスへと突き進んでいくのであった——。




