第5話:4歳児、園児たちの「中間管理職」になる 〜芸能人園児の憂鬱と、お道具箱の危機管理〜
「あ、見て……『フレー!フレー!太陽!』の真理子ちゃんだよ……」
「テレビでピアノ弾いてた子だよね……? なんか、すごすぎて話しかけづらいね……」
ひまわり幼稚園・年少組の教室。
積み木やぬり絵に興じる園児たちの間で、ひそひそとしたヒソヒソ声が交わされている。
その視線の先にいるのは、いちご柄のリュックを背負い、自分の下駄箱の前で「はぁ……」と小さく溜息をついている私、葛貫真理子(4歳)だ。
朝ドラ大ヒット、全国キッズ才能コンテスト優勝、そして母・智恵子が全米(というか会場)に放った「株価予知」のホラ話のせいで、私の知名度はうなぎ上り。
過密な撮影スケジュールと取材の合間を縫って、たまにこうして幼稚園へ「登校」するのだが……現場の空気は完全に冷え切っていた。
(やれやれ……完全に『途中入社で入ってきた、元・大企業のヤバいエリート中途』みたいな扱いね)
前世の社畜時代を思い出す。
他社からヘッドハンティングされてやってきたハイスペックな社員が、現場の平社員たちから遠巻きにされ、腫れ物扱いされていたあの感じだ。
精神年齢、32歳(社畜時代)+4歳(今世)=36歳。
人生二周目の熟練社会人にとって、4歳児たちの「なんだか凄すぎて怖い」という心理など、お見通しである。
(本当は、ただ静かに給食を食べてお昼寝して、チートノートの今後の投資計画を練りたいだけなんだけどなぁ……。でもまあ、現場の人間関係がギスギスしているのは、元・中間管理職として胃が痛むわ)
私は根が社畜である。
使えない新人や部下がもたついていれば手を取り足を取り教え、トラブルが発生すれば「私が責任取りますから!」と社内調整に走り回ってきた根っからの「面倒見が良いタイプ」なのだ。
4歳児の幼体になろうとも、その「習性」は牙を抜かれてはいなかった。
1. 園児たちのトラブルと、36歳(精神年齢)の業務改善
「うわぁぁぁぁん! ぼくの粘土のぞうさんが崩れちゃったぁぁぁ!」
教室の隅で、タカシくん(4歳)が大声で泣き出した。
見れば、彼が作ったアンバランスな粘土のゾウが、自重に耐え切れずに前脚から崩壊している。
担任の若い先生(20代・手一杯でパニック中)は、別の子のおむつ交換と喧嘩の仲裁に追われて手が回っていない。
「タカシくん、大丈夫!? 先生いま行くから——ああっ、待って、ケンちゃんハサミ振り回さないで!」
ワンオペ育児ならぬ、ワンオペ保育。完全に「炎上プロジェクトの現場」である。
見かねた私は、トコトコとタカシくんの元へ歩み寄った。
「タカシくん、泣かないで。ちょっと貸してみて?」
「え……マ、マコちゃん……?」
涙目のタカシくんが固まる。テレビの有名人が急に話しかけてきたのだから無理もない。
私は慣れた手つきで粘土をこね直した。
粘土工作の技術? そんなものは前世にはない。だが、私には「構造上の補強」という建築・物理の概念(大人の知恵)がある。
「ぞうさんは足が細いから崩れちゃうの。こうやって、中に爪楊枝……じゃなくて、固いストローを芯にして骨組みを作ってから、周りに粘土を薄く貼っていくと……ほら」
わずか一分。
爪楊枝を骨組みにして補強された粘土のゾウは、がっしりと四本足で立ち上がった。ついでに耳のカーブにリアルなシワの造形まで施してある。
「す、すげぇぇぇぇぇ! 倒れない! しかもカッコいい!!」
タカシくんの目が輝いた。
「よし、これで強度テスト合格ね。次は鼻のパーツを取り付けましょう。接着面は少し水で濡らすと剥がれにくいわよ」
「はい! マコ師匠!!」
(師匠って呼ぶな)
それを見ていた周りの園児たちが、ワラワラと集まってきた。
「マコちゃん! わたしの折り紙も手伝って!」
「ぼくのお道具箱、ぐちゃぐちゃで閉まらないの!」
「はいはい、順番順番。折り紙は『山折り』のラインを爪でしっかり癖付けすること。お道具箱が閉まらないのは『整理整頓』の基本ができていないからよ。一回全部出して、使用頻度の高いクレヨンを手前に、滅多に使わないノリを奥に配置しなさい。いわゆる5S運動(整理・整頓・清掃・清潔・習慣)ね」
「「「ごーえすうんどう……!?」」」
気づけば、私は年少組の「業務改善コンサルタント」と化していた。
喧嘩をしている園児がいれば「お互いの利害関係(主張)を付箋に書き出し……あ、字が読めないわね。口頭でヒアリングして折衷案を出しましょう」と仲裁し、絵本が読めない子がいれば膝に乗せて読み聞かせをした。
「マコちゃん、すごーい! なんでもできるんだね!」
「マコちゃん、だーいすき!」
さっきまでの「遠巻きの警戒」はどこへやら。
園児たちは完全に私を「頼れるお姉さん(兼・優秀な上司)」として慕い始めたのだった。
2. 地獄の「お道具箱カオス」と、保護者参観日の影
そんな平和な(?)幼稚園ライフに、事件が起きた。
今日は午後に「保護者参観日」が控えていたのだ。
園児たちは、親に見せるために「自分の宝物が入ったお道具箱」をキレイに並べ、自作の工作を展示しなければならない。
だが、ここで最大のトラブルが発生した。
「うわぁぁぁん! ぼくのお道具箱の蓋が開かないよぉぉぉ!」
「私の折り紙の作品が、ノリが乾かなくてベタベタになっちゃった!」
先生が目を離した隙に、園児たちが興奮して工作のノリを大量に塗りたくり、お道具箱の中に工作を詰め込みすぎた結果——教室の半分以上の園児のお道具箱が「ノリで固着」するか「中身が崩壊」するという大惨事(システム障害)が発生したのだ!
「どうしよう……! もうすぐ保護者の皆さんが来ちゃうのに……!」
担任の先生が青ざめて頭を抱えている。
参観日までに残された時間は、あと15分。
親たちが到着した時に、自分の子供のお道具箱がドロドロの全壊状態だったらどうなるか。
親は落胆し、子供は泣き出し、幼稚園の評価は暴落する。まさにプロジェクトの全面破綻だ。
(くっ……! 前世で言えば『役員プレゼン15分前に、メイン資料のデータが破損した』レベルの緊急事態じゃない!!)
元・中間管理職の血が、激しく騒いだ。
「先生、落ち着いてください! 応急処置の手順を指示します!」
「えっ? は、はい! 真理子ちゃん!?」
あまりの迫力に、思わずタメ口で返事をしてしまう20代の担任教師。
「タカシくん! ドライヤー持ってきて! ノリの速乾作業に入るわ! ケンちゃんは固まった蓋の隙間に定規を差し込んで、テコの原理で少しずつ剥がして! ほかの子は壊れた工作を集めて、私が1分で修復するからライン作業で回しなさい!!」
「「「アイアイサー!!」」」
園児たちが、私の完璧な指揮(タスク管理)のもとで爆速で動き始めた。
4歳児とは思えない圧倒的な統率力。
私は壊れた紙細工を超高速で補修し、固まったお道具箱をテコの原理で開け、ドライヤーでノリを乾かしていく。
残り時間、3分。
すべての工作が完璧に修復され、お道具箱が美しく5S配置で並べられた。
「はぁ……はぁ……なんとか、納期(開演時間)に間に合ったわね……」
汗を拭く私。
「すごすぎる……真理子ちゃん、あなた何者なの……!?」
涙目で感謝する担任の先生。
だが——安心したのも束の間。
教室のドアが開き、保護者たちが続々と入ってきた。
その先頭にいたのは……当然、我が母・葛貫智恵子(30歳)である。
3. 母の「超絶ホラ話(自慢)」、再び爆発
「あら〜! マコちゃ〜ん! 参観日来ちゃったわよ〜!」
智恵子は手を振りながら入ってきた。
周りの保護者たちも「あ、あの朝ドラの……!」「天才ピアノ少女のお母さんだ!」とヒソヒソと囁き合っている。
「智恵子さん、見てください! 真理子ちゃんがみんなのお道具箱を助けてくれて……本当にすごいお嬢さんです!」
担任の先生が興奮気味に母に報告した。
(やめて! 先生、母に余計な情報を与えないで!!)
私の脳内で警報が鳴り響く。
しかし、時すでにおそし。
母・智恵子の「自慢したい欲」のスイッチが、カチリと入ってしまったのだ。
「あらやだ先生ぇ〜! うちのマコちゃんがみんなをお手伝いしたのぉ〜? でもねぇ、先生……」
智恵子は誇らしげに胸を張り、保護者と先生全体に向かって、いつもの「盛大なホラ」をブチ撒けた!
「うちのマコちゃん、幼稚園の先生どころか『国家レベルの危機管理監』並みの指揮が執れるのよ〜!」
(……は?)
教室全体が静まり返る。
「昨日の夜もね! パパが会社でトラブルを起こした時に、マコちゃんが電話で『危機管理マニュアルの第3条を適用しなさい! プレスリリースは1時間以内に打つこと!』って、完璧な指揮を執って会社を救ったんだからぁ〜! おほほほほ!」
(言ってねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!)
私は心の中で血を吐く思いで叫んだ。
言ってへん! 昨日の夜、私が言ったのは「パパ、靴下脱ぎっぱなしにしないで」だけだ!!
なんでそれが「国家レベルの危機管理監」になるんだよ! 盛るにも程があるだろ!!
「えっ……? 国家レベルの……危機管理……!?」
保護者たちがザワつく。
だが……恐ろしいことに、今回もあの現象が起きた。
ズキュゥゥゥゥン!!
世界のシステムが書き換わる強烈なバグが、私の脳内を突き抜けた。
国家危機管理機構、リスクマネジメント、心理的安全性、組織統率論、極限状態における意思決定プロトコル——あらゆる「極限状態のマネジメント知識」が、一瞬で私の中に流し込まれたのだ!
(うわあああ! また記憶が生えてきた!! 脳の中に『内閣危機管理センター』みたいな司令部が立ち上がってるー!?)
4. 園庭での緊急事態と、極限のマネジメント発動
母のホラ(バグ)が発動した直後のことだった。
バリバリバリバリバリ!!
突如、幼稚園の園庭から凄まじい風切り音が響き渡った。
教室の窓ガラスがガタガタと揺れる。
「な、なに!? 何が起きたの!?」
保護者たちがパニックになり、窓際に駆け寄る。
見れば——園庭の中央に、一機の巨大な黒いヘリコプターが着陸しようとしていたのだ!
ヘリの側面に書かれているのは、海外の大手投資ファンドのロゴマーク。
「な、なんだあのヘリは!?」
「幼稚園の園庭に着陸するなんて、正気か!?」
ヘリから降りてきたのは、黒塗りのスーツを着たガタイのいい外国人SPたちと、高級スーツを着た初老の男性——世界の金融市場を裏で操ると言われる大物投資家、ヘンリー・バーンズだった。
そう……先日のコンテストで、母が全米に向かって「マコちゃんは株価を予知できる」とホラを吹いたせいで、本物の海外投資家が私を「スカウト(奪取)」しにやってきたのだ!
「Oh... カツヌキ・マリコはどこだ!? 彼女の『未来予知』の力を、我がファンドに欲しい!」
大音量の拡張器で叫ぶヘンリー。
園庭はパニック。
砂嵐が吹き荒れ、遊具が倒れ、泣き叫ぶ子供たちと逃げ惑う保護者たち。完全なる「災害レベルのパニック状態」である。
「きゃあああ! どうしよう! 警察を呼ばなきゃ!」
担任の先生がパニックで泣き出している。
その時——。
「全員、パニックをやめなさい!!」
幼くも、凛とした、圧倒的な通る声が響き渡った。
私だ。
母のホラ(バグ)によって「国家レベルの危機管理能力」をインストールされた私の頭脳は、コンマ一秒で現状を分析し、最適解を弾き出していた。
「先生! 警察への通報と同時に、園長先生に連絡して園門を封鎖! 保護者の皆さんは子供たちを連れて遊戯室(避難所)へ待避! 一次避難の経路は東側の非常口を使用してください! 砂塵対策として全員濡れタオルを口に当てること!」
的確すぎる指示。
パニックになっていた大人たちが、私の声にハッと正気に戻り、吸い込まれるように動き出した。
「マコちゃん、君は!?」
タカシくんが叫ぶ。
「私は……あの怪しい投資家と『直接交渉』してくるわ。現場のトップとしてね!」
5. 4歳児ネゴシエーター VS 世界の大物投資家
風が吹き荒れる園庭。
すべり台の前に立つ、いちご柄リュックの4歳児(私)。
対峙するのは、数十人のSPを従えた世界の投資家、ヘンリー。
「ふはは! 小さな天才少女よ! 我々のファンドに来い! 君の株価予知能力があれば、世界中の金を自由に動かせる!」
ヘンリーが札束の詰まったアタッシュケースを突きつけてくる。
私は……フッと鼻で笑った。
母のバグによって覚醒した「極限のネゴシエーター(社畜)」の交渉術が火を吹く。
「ヘンリーさん。貴方、大きな勘違いをしているわ」
「なに……?」
「我が国の航空法第81条および第99条において、事前に許可を得ていない離着陸は明白な不法侵入および安全運行阻害罪に当たります。さらに、この幼稚園の敷地は私有地。建造物侵入罪および威力業務妨害罪が成立するわ」
流暢な英語(※第2話のバグ)で、畳みかけるように法律とリスクを突きつける私。
「さらに言えば、貴方のファンドは先月、欧州市場でのインサイダー取引の疑いで金融庁から監視されているでしょう? 今ここで私がスマホ……じゃなくて先生の電話で国際金融監視機関に通報したら、貴方のファンドの株価は明日までに40%下落するわね」
「な……な……なぜそれを知っている……!?」
ヘンリーが青ざめた。
実は、知っているのは前世の記憶と、脳内のリアルタイム株価バグのおかげだ。
「貴方が今すべきなのは、私を脅すことじゃない。直ちにヘリを撤収させ、園庭の砂嵐で汚れた遊具の清掃費用と、園児たちの精神的慰謝料を支払って速やかに立ち去ることよ。それに応じない場合……貴方のファンドの来期の決算予想(暴落データ)を、今すぐブルームバーグにリークするわ」
4歳児の可憐な姿から放たれる、冷徹で完璧な「脅迫(交渉)」。
大物投資家ヘンリーは、全身から冷や汗を吹き出し、ガクガクと膝を震わせた。
「化け物だ……! 4歳の子供の姿をした……悪魔の弁護士だ……!!」
「撤退! 撤退だー!! 清掃費用として1000万ドル置いていけー!!」
ヘンリーたちは捨て台詞を残し、アタッシュケースを園庭に投げ捨てて、慌ててヘリに乗り込み、空の彼方へ逃げ去っていった。
6. 園の英雄と、終わらない社畜の日常
静けさが戻った園庭。
1000万ドルのアタッシュケース(※幼稚園の修繕費と給食の豪華化に使われることになった)の横で、ポツンと立つ私。
遊戯室から、園児たちと保護者、先生たちがわーっと飛び出してきた。
「マコちゃんが幼稚園を救ってくれたー!」
「すごすぎる! まさに国家危機管理監だ!!」
「マコちゃんバンザイ! バンザイ!!」
胴上げされる私(4歳)。
高い高いをされながら、私は遠い目をした。
(ハハハ……何がどうしてこうなったんだか……。私はただ、静かに幼稚園に通って、普通のお金持ちになりたかっただけなのに……)
「あらぁ〜! マコちゃ〜ん! やっぱりママの言った通り、国家レベルの危機管理ができちゃったわねぇ〜!」
胴上げの輪の外で、誇らしげにカメラを構える母・智恵子。
(お母さん……全部お母さんのホラのせいだからね……!?)
園児たちの「頼れる中間管理職」として慕われ、幼稚園の危機を完璧なネゴシエーションで救った葛貫真理子(4歳)。
だが、彼女の平穏な日常(社畜回避計画)は、母の無限のホラによって、ますます遠ざかっていくのであった——。




