第16話:休日と骨董市 〜友達とのショッピングと、万物の価値を解き明かす神の目〜
「マコちゃん、見て見て! この『首がモゲかけたペコちゃんの人形』、絶対にお宝よ〜! 鑑定団に出したら、きっと100万円は下らないわ!」
「お母さん……お願いですから、壊れかけたレトロ玩具を指差して大声で叫ぶのはやめてくださいな。骨董屋の店主様が、ものすごく苦い顔でこちらを睨んでいらっしゃいますわ」
休日の午前。都内某所の有名な神社境内——。
木漏れ日が差し込む参道には、ずらりと露店が立ち並び、全国から集まった古美術商や骨董マニアたちで熱気に満ちあふれていた。
私、葛貫真理子、7歳。
前世でブラック企業の過労死社員(32歳)だった私は、今や日本中を騒がせる「怪物天才子役」として、超過密スケジュールをこなす日々を送っていた。
クリスマスCMの掛け持ち無双、新春の和風チート、そして一条グループを巻き込んだ「将来値上がりする土地の爆買い(地上げ)」によって、私の個人口座にはすでに数百億円規模の莫大な資産が積み上がっていた。
(ふふふ……これだけのお金があれば、いつでも子役を引退して念願の『FIRE(経済的自立と早期リタイア)』が達成できるわ。だけど、あんまり急に仕事を辞めるとお世話になった事務所に迷惑がかかる……。だから今日は、久しぶりの休日を利用して、お友達と羽を伸ばしに骨董市へやってきたのよ!)
そう、今日の私は「仕事」ではない。プライベートの休日なのだ。
私の隣には、私の「妹分の契り」を結んだ大財閥・一条グループの令嬢、一条華乃ちゃん(7歳)。
そして、私の永遠のライバルであり、最近はなぜか私を神のように崇めてくる神楽坂美羽ちゃん(8歳)の姿があった。
「真理子様! わたくし、庶民の嗜みである『こっとういち』というものに足を踏み入れるのは生まれて初めてですわ! このような古めかしいガラクタ……失礼、アンティークの山から宝物を見つけ出すのは、宝探し(トレジャーハンティング)のようですわね!」
華乃ちゃんは、普段のドレス姿とは一味違うお上品な私服で、きらきらと目を輝かせている。後ろにはもちろん、黒タキシードを着た執事の黒木が控え、両手に買い出しの袋を提げていた。
「ふ、ふん! 華乃さん、甘いわよ! 骨董市なんて、9割以上が偽物と価値のないガラクタの山なんだから! 美容と演技の肥やしにするために、本物の美意識を養う目利きが必要なのよ!……ね、真理子ちゃん?」
美羽ちゃんは少し背伸びをしながら、私に同意を求めてくる。
「ええ、美羽ちゃんの仰る通りですわ。こうして掘り出し物を探しながら散策するのも、休日の素晴らしいリフレッシュになりますわね」
私は可憐に微笑んだ。
(そうそう! 今日はビジネスも、地上げも、大人の腹ぐろい駆け引きも一切ナシ! 7歳児らしく、みんなでお安くて可愛いレトロ雑貨でも買って、平和にお茶して帰るの! これぞ私が求めていた『最高の休日』よ!)
……だが、私のそんなささやかな願いは、同行していた最大のバグ発生源——母・葛貫智恵子(33歳)の手によって、開始10分で木っ端微塵に砕け散ることになる。
1. 母・智恵子、露店前で大風呂敷を広げる
「ねえねえ、マコちゃん! 華乃ちゃん! 美羽ちゃん! こっちの露店に、おもしろい壺がいっぱい並んでるわよ〜!」
智恵子が缶チューハイを片手に、参道の奥にある怪しげな露店を指差した。
そこは、ひげを生やした頑固そうな店主が一人で切り盛りしている、古伊万里や中国の骨董磁器を扱う本格的な店だった。
「お母さん、あんまり触ると割ってしまうかもしれませんわ。見学だけにしておきましょう」
「やだぁ〜マコちゃんたら慎重なんだから! 店主さん、この壺おいくら〜?」
智恵子が指差したのは、黒ずんだ木箱に入った、一見すると地味な茶色の茶碗だった。
店主は薄笑いを浮かべながら、智恵子を見下すように言った。
「へっ、奥さん。それは『江戸時代の高名な茶人が愛した名陶』でね。特別に『50万円』で譲ってやってもいいが……まあ、素人さんには価値が分からねえだろうな」
(あ……典型的な骨董市の『カモ探し』ね。あの茶碗、どう見ても昭和初期の量産型陶器に墨を塗って古く見せかけただけの『偽物(作られたアンティーク)』じゃない。まあ、お母さんが騙されそうになったら止めてあげ——)
「まあぁ〜! 50万円!? すごいわねぇ〜!」
智恵子は手を叩いて大爆笑すると、いつものように酒の勢いにまかせて、地球の理を破壊する「宇宙規模の大ホラ(バグ)」をぶち上げたのだ!
「でもねぇ〜店主さん! うちのマコちゃんを舐めてもらっちゃ困るわよ〜! うちのマコちゃんねぇ! 『世界中のあらゆる物質の分子構造、製造年代、作者の念、そして過去・現在の正確な市場価値を1秒で見抜く、神の鑑定眼の持ち主』なのよ〜〜〜っ!」
(一気に『神の鑑定眼』まで盛るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は叫び声を上げながら、参道の砂利の上にズッコけた。
神の鑑定眼!? ゴッド・アッパー!?
ちょっと待って、骨董市で友達と可愛い雑貨を買うだけの休日なんですけど!? なんで急にテレビの『開運!なんでも鑑定団』の最終兵器みたいな能力を付与してくるのよ!!
ズキュゥゥゥゥン!!
頭蓋骨の奥で、時空がねじ切れるような凄まじい次元歪みが生じた!
紀元前からの世界の美術史、陶磁器の釉薬の化学変化、絵の具の顔料分析、木材の炭素年代測定データ、世界中のオークションハウス(サザビーズ、クリスティーズ)の最新落札価格、そして「その物体が辿ってきた数千年の歴史の記憶」——人類が蓄積してきた古今東西のあらゆる『鑑定データ』が、狂ったような速度で私の7歳の脳みそにダイレクトインストールされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『ルーヴル美術館の学芸員とサザビーズの最高鑑定士』が同時に殴り込んできたー!?)
2. 覚醒せし「神の鑑定眼(7歳)」と、偽物茶碗の粉砕
「真理子ちゃん……? どうしたの、急に頭を押さえて……」
心配そうに顔を覗き込んでくる美羽ちゃんと華乃ちゃん。
だが、頭痛が治まった私の「目」は、すでに世界の構造を可視化する『神の眼』へと変貌していた。
(……見える。見えすぎるわ……!)
私の視界の中で、骨董市に並ぶすべての「物」の上に、半透明のホログラムのように【正確な製造年】【素材成分】【現在の適正市場価格】が数値となって浮かび上がっていた!
【店主の茶碗】→ 製造:昭和32年(愛知県の町工場)/素材:安価な陶土+化学塗料/適正価値:280円
【隣の木箱】→ 製造:令和5年(中国製ベニヤ板)/適正価値:150円
私は静かに立ち上がると、可憐な7歳児の笑みを消し、冷徹な「極限の鑑定士」の眼光で店主を見つめた。
「店主様」
「あ、あんだよお嬢ちゃん……? 母親のバカ言動を庇うつもりか?」
「いいえ。このお茶碗……昭和32年に愛知県瀬戸市の町工場で大量生産された『日用雑器』に、靴墨と醤油を混ぜた塗料を塗って古美術に見せかけた『お粗末な偽物』ですわね」
「な……なにを根拠のないデタラメを言っていやがる!!」
店主の顔が引きつった。
「根拠? お茶碗の高台(底のフチ)をご覧くださいな。昭和中期に導入された『電動ろくろ』特有の旋削痕が滑らかに残っておりますわ。さらに、表面に塗られた黒ずみ成分……分光分析するまでもなく、安価な石油系溶剤のニオイがプンプン漂っておりますの。これを『江戸時代の名陶』として50万円で売るのは、詐欺罪に問われかねませんわよ?」
「ひ、ひえぇぇぇぇぇぇぇ! な、なんでそんなことまで知ってやがるんだぁぁぁぁ!?」
店主は泡を吹き、その場に崩れ落ちた!
【ネットの反応(通りすがりのマニアが撮影していた動画)】
『子役の真理子ちゃんが骨董市で詐欺店主を論破してて草』
『手つきと視点が完全にプロの鑑識官なのよ』
『280円の茶碗を50万で売ろうとした店主、死亡www』
「す、すごいですわ真理子様……! ひと目で偽物を見抜かれるなんて……!」
華乃ちゃんが目を丸くして手を叩く。
「ふ、ふん! たまたま知っていただけでしょ! 骨董なんて知識があれば誰でも……」
美羽ちゃんは強がりを言っているが、その足はがくがくと震えていた。
(……やばい。能力が暴走して、普通に買い物を楽しむどころじゃなくなってるわ……! でも、せっかくだからこの力を利用して、みんなに何か素晴らしいお土産(本物のお宝)を見つけてあげようかしら!)
3. 掘り出し物の爆買い 〜ガラクタの山から国宝を発掘〜
「さあ、華乃さん、美羽ちゃん! 次のお店へ行きましょう!」
覚醒した私は、二人を引き連れて次々と露店を巡り始めた。
私の「神の鑑定眼」は、100個に1個存在する「本物の隠れたお宝」を容赦なく射抜いていく!
【露店(1):ガラクタの山と化したジャンクショップ】
「真理子ちゃん、こんなボロボロの鉄くずの山に何かあるの?」と美羽ちゃん。
私が手を伸ばしたのは、油まみれで転がっていた『汚い鉄の固まり(売り値:500円)』。
「店主様、これをいただきますわ」
「おう、そんなゴミでいいなら500円で持っていきな!」
私がハンカチで表面の油汚れをサッと拭き取ると——そこから現れたのは、美しく澄んだ特有の刃紋だった。
(……これは! 鎌倉時代の刀工『岡崎五郎入道正宗』の銘が入った、消失したはずの短刀の銘(茎)の一部……! 砥ぎ直して鑑定に出せば、【推定価値:8000万円】……!!)
「「「ご……ごひゃくえんがハチセンマン円ーーーーー!?」」」
後ろで見ていた執事の黒木が、目を血走らせてひれ伏した!
【露店(2):古い海外のガラクタ輸入店】
「華乃さん、この埃をかぶった古いガラス玉のネックレスをお買いになりなさい」
「まぁ、真理子様! これ、ただのビー玉のようですけれど……(売り値:1000円)」
(ふふふ、騙されてはいけませんわ。これは19世紀ロシア帝国・ロマノフ王朝の宮廷職人『ファベルジェ』が手がけた、極めて初期のインペリアル・イースター・エッグのパーツの一部……! 【推定価値:2億5000万円】ですわ!)
「ふぁっ!?? ロマノフ王朝の秘宝……!?」
華乃ちゃんはお上品なお口を開けたままフリーズした。
【露店(3):古い掛軸の投げ売り店】
「美羽ちゃん、あなたにはこの『シミだらけの風景画(売り値:2000円)』をプレゼントしますわ」
「えっ……? こんなシミだらけの絵、要らないわよ……!」
(甘いわね美羽ちゃん。この表具の裏打ち(二重構造)の中に隠されているのは……江戸時代の天才絵師『伊藤若冲』の幻の未発表肉筆画……! 表具を剥がせば、【推定価値:1億2000万円】の國寶級の逸品ですのよ!)
「い……いちおくにせんまん……!? わたしの2000円のプレゼントが……国宝……!?」
美羽ちゃんはあまりの衝撃に、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
【ネットの反応】
『真理子ちゃんが500円で買った鉄くずが正宗の短刀で草』
『1000円のガラス玉がロマノフ王朝の秘宝www』
『伊藤若冲の未発表作を2000円で発掘する7歳児なにもの???』
『もはやトレジャーハンターだろこれ』
4. 骨董市の覇者と、ライバル・美羽の敗北感
わずか1時間で、私が発掘した「国宝級のお宝」は合計10点以上。
総額にして【約10億円規模】の超巨大宝物が、わずか数千円の買い付け費用で我が手に渡っていた。
骨董市に出店していた全国の古美術商たちが、噂を聞きつけて私の周りに殺到し、地面にひれ伏した。
「神だ……! 伝説の『神の鑑識眼』を持つ幼子が降臨したぞーーーーー!」
「真理子様! お願いです、我が店のこの箱も鑑定してくださいまし!」
「我が店の全在庫を買い取ってください真理子様ぁぁぁぁぁ!」
(ひぇぇぇぇ……! 買い物を楽しむはずが、古物商の人たちに囲まれて大騒ぎになっちゃったわよ……!)
騒ぎの中心で途方に暮れる私。
その傍らで、美羽ちゃんは自分が手にした「伊藤若冲の掛け軸(1億2000万円)」を抱きしめながら、愕然としていた。
(な……何なのよ……この圧倒的な格の違いは……! 私は『子役としての演技力』で彼女に追いつこうとしていたのに……あの子は演技どころか、歴史、美術、宝石、刀剣、そして物価の真理まで完璧に掌握している……! 私は……私は一生、彼女の背中すら追えないというの……!?)
美羽ちゃんの目から、ポロポロと悔し涙がこぼれ落ちる。
(美羽ちゃん……!? なんで泣いてるの!? 私、何か気に障るようなことしちゃったかしら……!?)
「美羽ちゃん、泣かないでくださいな! この掛け軸、気に入らなかったら別のお人形と交換しますわ!」
「う、うわぁぁぁぁん! 違うのよ真理子ちゃん! 悔しいの! あなたが凄すぎて、自分がちっぽけに見えて悔しいのよーーーっ!」
「ええぇぇぇぇぇ……!?」
慰めようとしたら余計に大泣きされてしまい、私はタジタジになった。
5. エピローグ:オークションハウスの襲来と、次なるバグ
夕方。
骨董市での大騒動を終え、私たちは近くの高級喫茶店でカフェオレ(子供用)を飲みながら一息ついていた。
「はぁ……なんだか、ものすごく疲れた休日になってしまいましたわ……」
「何をおっしゃいますか、真理子様! 本日は一条グループの美術品コレクションに、歴史的価値のある秘宝が加わりましたのよ! 会長(おじい様)も『真理子様を一条グループの終身名誉最高鑑定顧問にお迎えせよ』と大興奮しておりますわ!」
華乃ちゃんはご機嫌でパフェを突いている。
美羽ちゃんも、泣き止んだ後は「この若冲の絵は、私が大女優になったら自宅の床の間に飾るわ!」と意気込んでいた。
(まあ……みんなが喜んでくれたなら、結果オーライかしら。私のFIRE資金に、また数十億円の美術品アセットが加わったことだしね……!)
私がホットミルクを啜り、ようやくホッと胸を撫でおろした、その時であった。
バサァッ!!
喫茶店のドアが勢いよく開かれ、黒いスーツを着た外国人の男たちがなだれ込んできた!
胸には、世界最高峰のオークションハウス『サザビーズ』の金色のバッジが輝いている。
「マドモアゼル・マリコ・クズヌキ!! 探しましたぞ!」
(え……サザビーズの極東エリア最高責任者……!? なんでこんなところに!?)
「アナタが本日、日本の骨董市で発掘された数々の秘宝……世界中のコレクターが狂喜乱舞しております! 来月、イギリスのロンドンで開催される『世界秘宝オークション』の特別主賓鑑定士として、ぜひ渡英していただきたい!!」
(えぇぇぇぇぇぇぇ!? ロンドン!? オークションハウスの主賓!? 私、来週から小学校の体育で『とび箱』のテストがあるんですけどーーーーー!!)
私が断ろうとした、その瞬間。
横から、みかんの皮を剥き終えたお母さん——智恵子がガハハと笑いながら割り込んできたのだ!
「やだぁ〜プロデューサーさん(※オークション責任者を勘違いしている)! うちのマコちゃんをロンドンに招待してくれるの〜? お目が高いわぁ〜!」
(お母さん……お願い……頼むからもう口を開かないで……!)
「うちのマコちゃんねぇ! 『かつて大英博物館のすべての収蔵品を一人で復元した、時空を超える伝説の美術品修復士』でもあるのよ〜〜〜っ!」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は喫茶店のテーブルに勢いよく頭をぶつけた。
大英博物館の復元!? 時空を超える美術品修復士!?
私、前世では破れた障子紙すら綺麗に貼れなかった不器用なんですけどーーーーー!!
ズキュゥゥゥゥン!!
脳内と両手の指先に、古代エジプトのミイラ処置から、ルネサンス期の油彩復元、破れた古文書の分子修復技術が、怒涛の勢いでダイレクトインストールされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 両手が神の手に改造されたー!?)
「マコちゃ〜ん! ロンドンで大英博物館のミイラ直しに行くわよ〜!」
「オギャァァァァァァ(7歳児にミイラ修復させるなー!!)」
休日を楽しみに骨董市へやってきたはずが、母の大風呂敷によって「世界最高峰の美術品修復士」へと昇華してしまった葛貫真理子。
彼女の「静かで穏やかな第二の人生(FIRE)」への道のりは、今度は『イギリスロンドン・美術界無双編』へと巻き込まれていくのであった——。




