第13話:聖なる夜の狂想曲 〜スポンサー争奪戦と、全知全能のチートサンタ〜
「マコちゃん……っ! 大変よ! 大変なことが起きたわ!!」
都内にある我が家(葛貫家)の居間で、お母さん——葛貫智恵子(33歳)が、スマートフォンを二台同時に耳に押し当てながら叫んでいた。
「なにが大変なんですの、お母さん。今、私は次の映画の台本(と脳内に勝手に流れてくる古代バビロニア語の文法規則)を整理しているところですのよ」
私、葛貫真理子、7歳。
前世でブラック企業の過労死社員(32歳)だった私は、今や日本中が注目する「怪物天才子役」として多忙を極める毎日を送っていた。
ライバルである神楽坂美羽ちゃん(8歳)との劇的な主演対決を制し、映画『境界の子供たち・劇場版』のW主演枠を勝ち取ったのも束の間。季節はあっという間に秋を通り越し、街が華やかなイルミネーションに彩られる11月下旬——そう、広告業界が最も血で血を洗う大激戦区「クリスマスCM特戦期」へと突入していた。
「大変も大変よ! 今年のクリスマスCM、マコちゃんにオファーが『3社』同時に来ちゃったのよ!!」
「まあ、3社もですか? それはありがたい話ですわね」
私は温かいほうじ茶を啜りながら、可憐な7歳児の笑みを浮かべた。
(ふふん……CM出演料といえば、子役ビジネスにおける最大の収益源(キャッシュ牛)! 3社分のギャラが懐に入れば、私の『早期退職・FIRE計画』が一気に前進するわね! 代理店さん、撮影スケジュールはうまく分散してちょうだいね)
「ちーがーうーのーよーっ! 単に3社から来たんじゃないの! その3社がね……『業界最大手の超ライバル競合3社』なのよーーーーーっ!!」
「……はい?」
私はほうじ茶を吐き出しそうになった。
智恵子が突き出してきたメモ用紙には、日本を代表する巨大ナショナルクライアントの名が神々しく並んでいた。
『メガ・トイ・ジャパン』(国内シェアNO.1のおもちゃメガメーカー)
『ベル・ヴェール』(創業100年を誇る高級洋菓子・ケーキブランド)
『フューチャー・フーズ』(全国展開するファストフード・フライドチキンチェーン)
(……ちょっと待って。おもちゃ、クリスマスケーキ、フライドチキン……クリスマス商戦の三大巨頭じゃないのよ!!)
「お母さん、これ全部『同業種(クリスマス商戦)の完全競合』じゃない! CM業界の鉄の掟『競合避止義務(他社のCMに出てはいけないルール)』があるでしょ!? 3社同時に受けるなんて10000%不可能なのよ!!」
「それがねぇ〜! 3社とも『葛貫真理子を起用できないなら今年のクリスマスCM自体を取りやめる!』って言い出して聞かないのよ〜! 広告代理店の電報堂さんと博報社さんが血を吐きながら『頼むから掛け持ち(トリプル契約)できる方法を考えてくれ』って土下座してきたわ!」
(広告代理店が土下座してどうするのよ!! 業界のルールを力づくでへし折ろうとするんじゃないわよ!!)
私の胃孔がキュッと収縮した。
社畜時代、競合他社との契約トラブルで深夜まで謝罪行脚をしたトラウマが蘇る。
「とにかく、不可能なものは不可能ですわ! 1社に絞るか、すべて辞退するのが業界のモラルというもの——」
「やだぁ〜マコちゃん! もう引き受けちゃうって言っちゃったわよ〜〜〜!」
(言っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとてへん!!!!!!)
私は脳内で血の涙を流した。
1. 狂気の撮影スケジュールと、母・智恵子の大風呂敷
翌日。都内大型スタジオ。
スタジオ内は異常な緊張感に包まれていた。
なんと、一つの超巨大スタジオをパーテーションで3つに区切り、左区画で『メガ・トイ』、中央区画で『ベル・ヴェール』、右区画で『フューチャー・フーズ』のCM撮影を「同日・同時並行」で進行するという、CM史上前代未聞の「過密掛け持ち撮影」が敢行されようとしていたのだ。
「真理子ちゃん! 本当にすまない! 契約上、各社の衣装とキャラクター付けを完全に差別化して、別人のように演じ分けてもらうしかないんだ!」
顔を真っ青にした代理店のクリエイティブディレクター(CD)が、私に頭を下げてくる。
「大丈夫ですわ、プロデューサー様。与えられたマルチタスクを完遂するのがプロというものです(※前世で3プロジェクト同時並行進行していた社畜の経験が火を噴くわ!)」
私は意気込んだ。
そう、前世の社畜パワーをもってすれば、15分おきに着替えて「おもちゃで遊ぶ可愛い少女」「ケーキを食べる可憐な令嬢」「チキンに齧り付く元気な子供」を演じ分けることくらい、不可能ではない!
……はずだったのだ。
撮影直前、現場の見学に来ていた母・智恵子が、各社のCM監督やスポンサー幹部たちの前で、ジュースを片手にガハハと笑い出すまでは。
「いやぁ〜! 監督さんたち! うちのマコちゃんにクリスマスCMを3社も任せるなんて、お目が高いわぁ〜!」
(あ……ヤバい!!)
私の中の超高精度リスクセンサーが、最大級の警戒アラートを叩き鳴らした!
「お母さん! 黙って! 今は着替えと役作りの最中なの! 余計な口を開かないで!!」
「やだぁ〜マコちゃん照れちゃって〜! 実はねぇ〜スポンサーの皆さん!」
智恵子はウインクすると、いつものように世界の理を根底から破壊する「宇宙規模の大風呂敷」をぶち上げたのだ!
「うちのマコちゃんねぇ! 『世界中の玩具構造を完全把握する天才トイ・クラフトマン』で! 『分子レベルで味覚をコントロールする伝説のパティシエ』で! 『サンタクロースのトナカイ飛行ルートとプレゼント配送ロジスティクスを完全に解明した本物のサンタの継承者』なのよ〜〜〜っ!」
(一気に3つも盛るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は頭を抱えてスタジオの床に突っ伏した。
トイ・クラフトマン!? パティシエ!? サンタクロースの物流ロジスティクス!?
過剰! 情報量が過剰すぎるだろ!! なんでクリスマスCMの掛け持ちから「サンタの正統継承者」にまで飛躍するんだよ!!
ズキュゥゥゥゥン!!
頭蓋骨の奥で、時空がねじ切れるような凄まじい次元歪みが生じた。
おもちゃの精密カラクリ構造、プラスチック・木材の耐久力学、西洋菓子における糖度と油脂の分子乳化理論、温度管理、そして「一晩で世界80億人にプレゼントを最適配送するための四次元時空間ロジスティクスアルゴリズム」——人類とサンタクロースが積み上げてきたクリスマスに関するあらゆる極限知識が、怒涛の勢いで私の7歳の脳みそにダイレクトインストールされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『トイザらスの開発部とピエール・エルメとサンタクロース本体』が同時に殴り込んできたー!?)
2. トイ・クラフトマンの覚醒 〜メガ・トイCM撮影〜
「葛貫真理子ちゃん! まずは我が社『メガ・トイ』のCM撮影です!」
頭痛が治まったとき、私の視界は完全に「職人の解像度」へと変貌していた。
撮影現場に置かれたのは、今年の目玉商品である最新型ハイテクおもちゃ『しゃべる! 魔法のDXステッキ』。
監督が笑顔で言った。
「真理子ちゃん、このステッキを持って『わぁ、魔法みたい!』って可愛く笑顔を見せてくれればOKだからね!」
私はステッキを手にとった。
……その瞬間、脳内で精密な内部構造図(CADデータ)が自動展開された。
(……浅い。ギヤの噛み合わせが浅いわ……! 内部のプラスチックギヤの摩擦係数が高く、子どもが勢いよく振ったら3回目でモーターが焼き付くわよこれ……!)
「真理子ちゃん……? どうしたの?」
「監督様。……ドライバーと、精密オイルと、半田ごてをお借りできますかしら?」
「え……?」
私は可憐に微笑みながら、スタッフから工具箱を分捕ると、カメラの前で凄まじい手つきで『DXステッキ』を分解し始めた!
カチャカチャカチャカチャッ!!
「な、なにやってるの真理子ちゃん!?」
「基板の抵抗値を調整し、ギアの摩擦面にシリコンオイルを塗布。さらに音声ICの周波数を微調整して、子どもの聴覚に最も心地よい440Hzの音階にチューニングし直しましたわ」
わずか12秒。
組み直されたステッキを振ると、これまでとは比べ物にならない滑らかな発光と、極上のクリアな魔法音がスタジオに響き渡った!
「「「な……なにこれぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」
メガ・トイの開発部長が膝から崩れ落ちた!
「うちの研究開発チームが3か月かけて悩んでいた音質と耐久性の課題を、7歳の子が12秒で解決した……!?」
【ネットの反応(後日公開されたメイキング映像)】
『子役がおもちゃを12秒でオーバーホールしてて草』
『手つきが完全に熟練の職人なんよ』
『メガ・トイの株価が上がりそう』
3. 伝説のパティシエ降臨 〜ベル・ヴェールCM撮影〜
「つ、次は我が社『ベル・ヴェール』の高級クリスマスケーキのCMです!」
パーテーションをくぐり、中央区画へ移動する。
ドレスに着替えた私が目にしたのは、美しくデコレーションされた1個1万円の特製生クリームケーキだった。
「真理子ちゃん、ケーキを一口食べて『ん〜っ! お口の中でとろけちゃう!』ってリアクションをしてね!」
私はフォークでケーキのスポンジを一口すくった。
……脳内で、糖度、水分量、脂肪分の分子構造が弾き出される。
(……甘すぎるわ。そして生クリームの立て具合が8分立てを超えてボソついている。これではスポンジの水分をクリームが吸い取ってしまい、口溶けのタイムラグが0.5秒遅れる……!)
「監督様。厨房をお借りしてもよろしいかしら?」
「ええっ!?」
私はドレスの袖をまくり上げると、スタジオの簡易キッチンへと全速力で移動した!
生クリームの温度を厳密に4℃に保ち、空気の含ませ方を正確なピッチで撹拌。さらに隠し味として、レモン果汁を分子レベルの滴下数で加え、脂肪分のしつこさを一瞬でカットする!
シャカシャカシャカシャカッ!!
「出来上がりましたわ。これが本当の『ベル・ヴェール・プレミアム』です」
私が差し出したケーキを、ベル・ヴェールの社長が一口食べた。
「〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!」
社長の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた!
「う、美味い……! 創業100年の我が社の歴史の中で、もっとも気高く、滑らかで、聖なる夜にふさわしい奇跡の味だ……! これを……これを量産して全国に届けろーーーーー!」
【ネットの反応】
『子役がCM撮影現場でケーキのレシピ改変して社長泣かせてて草』
『パティシエ真理子ちゃん降臨』
『ベル・ヴェール店舗に予約殺到してサーバー落ちたぞww』
4. サンタの正統継承者 〜フューチャー・フーズCM撮影〜
「最後は我が社『フューチャー・フーズ』のバーティ・フライドチキンです!」
右区画へ移動。
サンタクロースの衣装を着た私は、カリッと揚がったチキンを渡された。
「真理子ちゃん! サンタの格好でチキンを抱えて『クリスマスはやっぱりチキンだね!』って元気にアピールしてくれ!」
チキンを握りしめた瞬間——脳内の「サンタクロース物流ロジスティクス」が暴走を始めた!
(……チキンを届ける。そう、クリスマスにおいて最も重要なのは『熱々の状態で、世界中の子どもたちの元へ遅延なく配送すること』よ! 日本全国のフライドチキン配送網……この交通渋滞と配送ルートのロスは許されないわ!)
私はカメラに向かってチキンを掲げると、狂いなく澄み渡った瞳で語り始めた。
『みなさん。クリスマスイブの夜、全国の幹線道路は通常比148%の渋滞が発生します。フューチャー・フーズの店舗から各家庭へチキンを運ぶ際、保温バッグ内の温度は1分ごとに1.2度低下……これを防ぐため、全国1200店舗の配送ルートを最適化する四次元最短経路アルゴリズムを構築いたしました』
「……え?」
私はスタジオのホワイトボードに向かい、狂ったような速度で全国の配送ロジスティクス数式とマップを書き込み始めた!
ガラガラガラガラッ!!
『このルートを使えば、クリスマスイブの夜、すべての家庭に揚げたて4.2分以内の熱々チキンが届きます。さあ、注文の準備はよろしくて?』
完璧すぎるサンタの配送計画。
フューチャー・フーズの物流部門長が、ホワイトボードの前でひれ伏した!
「神だ……! サンタクロースの真の姿が、今ここに降臨した……!!」
5. ライバル・神楽坂美羽の追撃と、カオスな同時放映
その頃。同じスタジオの別室で、別のアパレルCMの撮影を終えたライバルの神楽坂美羽ちゃん(8歳)が、偶然にも真理子ちゃんの撮影現場を目撃していた。
「な……なにをやっているの……あの子は……!?」
美羽ちゃんは目を見張り、開いた口が塞がらなかった。
15分ごとに衣装を変え、
左ではドライバーを握って『メガ・トイ』のおもちゃを精密オーバーホールし、
中央では泡立て器を振るって『ベル・ヴェール』の極上ケーキを作り上げ、
右ではホワイトボードに『全国フライドチキン配送数式』を爆速で書き込んでいる。
(あ、あり得ない……! 女優の演じ分け(演技力)のレベルを超えているわ! あれは……あれは『クリスマスという概念そのもの』を一人で支配しようとしているの……!?)
美羽ちゃんは震える手で自分の胸を押さえた。
「葛貫真理子……! あなたの底深さは、一体どこまで広がっているの……!? 演技どころか、製造、調理、物流まで一人でこなすなんて……私は……私はどうやってあなたに追いつけばいいのよーーー!!」
またしても、美羽ちゃんの中で真理子ちゃんに対する「歪んだリスペクトと恐怖」が倍増していくのだった。
6. 12月24日:聖なる夜の覇権
そして訪れた、12月24日クリスマスイブ。
テレビをつけても、YouTubeを開いても、街頭ビジョンを見上げても——そこは「葛貫真理子」の世界だった。
【午後7時00分:民放テレビ各社】
番組提供CM(1)『メガ・トイ』:精密な魔法ステッキを可憐に振るう真理子ちゃん!
番組提供CM(2)『ベル・ヴェール』:究極のケーキを上品に味わう真理子ちゃん!
番組提供CM(3)『フューチャー・フーズ』:熱々チキンを最高のロジスティクスでアピールするサンタ衣装の真理子ちゃん!
3社連続で真理子ちゃんのCMが流れるという、CM界の歴史を塗り替える「葛貫真理子クリスマスジャック」が発生!
【ネットの反応】
『テレビつけたら真理子ちゃんしか映らんwww』
『おもちゃ直してケーキ作ってチキン配る7歳児、サンタより働いてて草』
『今年のクリスマス商戦、完全に葛貫真理子一人に敗北したな』
『CMの競合避止義務どうなったんだよwww(※全社が真理子ちゃんを讃えているため不問になりました)』
我が家の居間で、智恵子がケーキとチキンを頬張りながら大爆笑している。
「ガハハハハ! 見た見た!? マコちゃん! 3社の売上、全部過去最高を更新したって〜! ギャラも3倍入ってくるわよ〜〜〜っ!」
「はぁ……。無事に終わったから良かったものの、私の胃はもうボロボロですわ……」
私はソファーに倒れ込み、ぐったりと目を閉じた。
前世の社畜時代よりハードなクリスマスだった。だが……これでまた一歩、私の「FIRE資金目標」に近づいたのだ。良しとしよう。
……そう、思った矢先であった。
ピロリン♪
智恵子のスマホに、正月特番のプロデューサーから電話が入った。
「あらぁ〜! 今度は正月の特別番組のオファー!? はーい、智恵子ですよ〜!」
(……正月……? いやな予感がする……)
智恵子はビールを飲みながら、またしても呑気に喋り始めた。
「えっ? 正月の生放送で、伝統芸能の『書初め』と『コマ回し』と『百人一首』を披露してほしい……? やだぁ〜大丈夫ですよプロデューサーさんぁ〜!」
(お母さん……やめて……お願いだから……)
「うちのマコちゃんねぇ! 『千年前の平安時代からタイムスリップしてきた宮中の伝説の歌人・書道家』なのよ〜〜〜っ!」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私はソファーから転げ落ちた。
タイムスリップ!? 平安時代の歌人!? 書道家!?
私、前世では字が汚すぎて『ミミズが這ったような字』って上司に怒られてたんですけどーーーーー!!
ズキュゥゥゥゥン!!
脳内に、小野小町や紫式部レベルの超絶和歌センスと、国宝級の書道筆さばき、そして平安宮中の有職故実が、怒涛の勢いでダイレクトインストールされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『百人一首の全達人と書聖』が殴り込んできたー!?)
「マコちゃ〜ん! 正月は十二単着て達筆な字を書くわよ〜!」
「オギャァァァァァァ(平安貴族にするなー!!)」
クリスマス商戦を完全制覇し、今や「サンタを超えた存在」となった葛貫真理子。
しかし、彼女の「平穏な第二の人生」への道のりは、母の止まらない大風呂敷によって、今度は『新春の和風チート無双』へと巻き込まれていくのであった——。




