第12話:新たなる刺客と、真理子(天才)を討つ者
「葛貫真理子……。あなたのその不気味な『演技』、すべて計算された偽物だってこと、私にはお見通しよ」
都内大手プロダクション「サンライズプロ」のVIPリハーサルルーム。
ガラス張りの洗練された室内で、私を射抜くような冷たい視線を向けている少女がいた。
彼女の名は、神楽坂美羽ちゃん(8歳・小学2年生)。
老舗歌舞伎名門の血を引くサラブレッドであり、幼少期から「平成・令和最高の天才子役」と謳われ、数々のドラマや映画で主演を張り続けてきた子役界の絶対女王だ。
その美羽ちゃんが、腕を組み、鋭いキャットアイで私を見下ろしている。
「海外ロケの映画『境界の子供たち』……。監督があなたを主演に据えようとしているらしいけれど、私は納得していないわ。お母様の妙なハッタリ(ホラ)と、ネットの流行りに乗っかっているだけの『張りぼて子役』に、主演の座を譲る気なんてサラサラないの」
「神楽坂さん……」
私の隣に立つ白鳥咲良ちゃんが、美羽ちゃんの放つ圧倒的な「主役オーラ」に呑まれ、思わず私の体操服(移動着)の袖をキュッと握りしめた。
(……やれやれ。また面倒くさい『プロジェクトのライバル』が現れたわね……)
私は心の中で、前世32年の社畜魂を脱力させた。
葛貫真理子、7歳。私立鳳仙学園初等部1年生。
前世でブラック企業の過労死社員だった私は、今世では天才子役として世間の注目を集める身となっていた。
しかし、私の「チート能力」は、すべて我が母・葛貫智恵子(33歳)が周囲に吹聴する「適当な大風呂敷」が世界線バグを引き起こし、私の脳みそに強制インストールされてきたものばかりだ。
運動会での体術と重心制御(※母「武道と忍術の奥義を極めた」)
航海術と気象予報(※母「一級小型船舶操縦士」)
量子力学と高等数学(※母「ノーベル賞級の数式を暗算で解く天才科学者」)
高度プログラミングとシステムアーキテクチャ(※母「伝説の天才プログラマー」)
(私、本当はただの元・社畜なのよ! 静かに子役でお金を稼いで、老後(FIRE)を楽しみたいだけなの! なのに何でこう、次から次へとライバル企業(競合他社)のトップランナーが刺客として送り込まれてくるわけ!?)
「神楽坂さん。ご挨拶が遅れましたわ。葛貫真理子です。今回のアクションSF映画『境界の子供たち・劇場版』のW主演オーディション、よろしくお願いします」
私は完璧な「可憐で品のある7歳児」のお辞儀を披露した。
「ふん、挨拶なんて結構よ」
美羽ちゃんは鼻で笑うと、一歩私へと詰め寄ってきた。
「私はあなたとは違うの。生まれた時から芸の道に生き、血の滲むようなお稽古を毎日6時間重ねてきた『本物の女優』よ。あなたのあの大袈裟な『目の演技』や、お母様が言いふらしている『天才科学者』だの『プログラマー』だのという胡散臭いプロフィール……全部、事務所が作った虚像でしょう?」
(……うん、まあ半分当たってるわね。虚像というか、母の適当なハッタリが現実化しちゃったバグなんだけどね!)
「この特別オーディションで、あなたの化けの皮を剥ぎ取ってあげる。映画の単独主演を張るべきなのが誰なのか……監督やプロデューサーの前で、ハッキリと教えてあげるわ!」
美羽ちゃんは言い放つと、スカートを翻して部屋を出て行った。
「真理子ちゃん……大丈夫……? 神楽坂さん、すごく怒ってたけど……」
心配そうに顔を覗き込んでくる咲良ちゃん。
「大丈夫ですわ、咲良さん。ライバルがいるからこそ、現場の品質は高まるものですから」
私は微笑みながらも、冷や汗を流していた。
(まずい……! 神楽坂美羽ちゃんの演技力は本物よ。子役界の『絶対王者』。母のバグで授かった過剰スペック(理論や体術)はあるけれど、純粋な『演技勝負』で勝ち切るには、私も本気を出さなきゃ足をすくわれるわ……!)
1. 豪華すぎるオーディション現場と、母・智恵子の暗躍
午後2時。映画『境界の子供たち・劇場版』の最終主演選考オーディションが始まった。
審査員席には、映画監督、大手配給会社の幹部、そして海外ロケの現地プロデューサーたちがズラリと並んでいる。
今日のオーディションは、来年公開の大作映画において「主役(アオイ役)を単独で務めるか、あるいはダブル主演にするか」を決定する、事実上の「主演対決」だった。
「では、エントリーナンバー1番。神楽坂美羽さんから」
監督の声がかかる。
美羽ちゃんが前に出た瞬間、場の雰囲気がガラリと変わった。
背筋をぴんと伸ばし、すっと息を吸い込む。
演目は、崩壊する研究所の中で、己の運命を受け入れながらも未来のために叫ぶクライマックスシーン。
『——見ていなさい! 世界が私を拒もうと、私はこの手を解かない! 私の描く未来は、私が決めるのよ!!』
「「「……っ!!」」」
審査員たちから息を呑む音が漏れた。
(すごい……! 圧巻だわ……!)
私は目を見張った。
歌舞伎仕込みの発声と、完璧な滑舌。指先のミリ単位の角度まで計算し尽くされた美しさと、内側から溢れ出るような情熱。
それは長年の訓練と天性の素質が融合した、まさに「至高の演技」だった。
「素晴らしい……! 流石は神楽坂くんだ!」
「完璧だ。立ち姿一つで、観客を映画の世界観に引きずり込む力がある!」
審査員たちが大絶賛する。
美羽ちゃんはフッと不敵な笑みを浮かべ、控室の端にいる私へ「どう? 追いつけるかしら?」と言わんばかりの視線を送ってきた。
(くっ……! 完璧なプレゼンテーション(演技)ね! これに対抗するには、私も『社畜の限界覚醒』を超える何かを出さないと……!)
私が冷や汗を拭っていると、隣でパイプ椅子に座っていた母・智恵子が、ポリポリと煎餅をかじりながら言った。
「あらぁ〜美羽ちゃんもお上手ねぇ〜! でもマコちゃん、気後れしちゃダメよ〜!」
(お母さん、静かにしてて! 今は私の集中力を高める大事なターンなんだから!)
「智恵子さん、真理子様の出番ですわ」
隣に付き添っていた一条華乃ちゃん(運動会で姉妹の契りを交わした大財閥の令嬢)の保護者も、固唾を呑んで見守っている。
「大丈夫よ〜! だってうちのマコちゃんねぇ〜!」
(あ……ヤバい!!)
私の中の直感が、超高音で警告音を打ち鳴らした!
「お母さん! 喋らないで! 口を開かないで!!」
私は必死で智恵子の口を塞ごうとしたが、時すでに遅し!
智恵子はガハハと笑い、またしても最悪の「大風呂敷」をぶち上げたのだ!
「うちのマコちゃんねぇ! 『全世界の演劇史と心理学を完璧に修めてて、観客の脳波を直接書き換えるマインドコントロール級の表現力を持つ伝説の演出家』なのよ〜〜〜っ!」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は膝から崩れ落ちそうになった。
観客の脳波を書き換える!? マインドコントロール級の表現力!? 伝説の演出家!?
私、前世では後輩に指示出すのもビクビクしてた気弱な中間管理職だったんですけど!?
ズキュゥゥゥゥン!!
頭蓋骨の奥で、空間が歪むような次元の歪みが生じた。
スタニスラフスキー・システム、メソッド演技法、ブレヒトの異化効果、観客の視線誘導心理学、集団心理操作、そして「声の周波数によって人の脳波(α波・β波)を意図的に共鳴させる心理表現術」——人類が体系化してきたあらゆる演劇論と心理操作の奥義が、怒涛の勢いで私の7歳の脳みそにダウンロードされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『世阿弥とスタニスラフスキーと天才心理学者』のナレッジがダイレクトインストールされたー!?)
2. 覚醒せし「表現者」の威容
「……エントリーナンバー2番、葛貫真理子さん。前へ」
監督の声が響く。
頭痛が治まったとき、私の世界は再び変貌していた。
審査員たちの表情、瞬きの頻度、呼吸の浅さ、体重の乗せ方——彼らの現在の「集中力」が数値化されて脳内に表示されている。
(見える……! 審査員たちが『神楽坂美羽ちゃんの完璧な演技』によって満腹状態(満足)になっているのが丸見えよ……! 普通に演技したんじゃ、どれだけ上手くても『神楽坂さんの二番煎じ』として処理されるわ!)
私はゆっくりと舞台の中央へと歩み出た。
美羽ちゃんが腕を組み、冷ややかな目で見つめている。
「どう料理する気?」という挑発的な視線。
(神楽坂さん、あなたの演技は100点満点よ。隙がない。でも……だからこそ『予測可能』なの)
私はダウンロードされた心理学と演劇論のアルゴリズムを高速回転させた。
(観客の脳波を書き換える……。そのためには、まず彼らの『予測のフレーム(枠組み)』を完全に破壊する必要がある!)
私は、立ち止まった。
台本を開かず、演技のポーズも取らず、ただ審査員たちの目をじっと見つめた。
1秒。2秒。5秒。
静寂が部屋を支配する。
「……葛貫さん? 始めていいですよ?」
監督が痺れを切らして声をかける。
その瞬間——私は、息を「吐き出した」。
ただの吐息。
しかし、覚醒した声帯コントロールと周波数操作によって、その吐息は「微細な低周波」となって部屋の空気を振動させた。
シュウゥゥゥ……
審査員たちの身体が、一斉にビクッと跳ねた。
(えっ……なにこの感覚……!?)
審査員席の大手配給会社幹部が、胸を押さえた。
部屋の温度が突然5度下がったかのような錯覚。全身の毛穴が開き、皮膚が粟立つ。
私は、まだ一言もセリフを喋っていない。
ただ「存在する」だけで、その場の空気(空気圧)を力ずくで書き換えたのだ!
3. 主演対決:神楽坂美羽の衝撃
『……壊れるわ』
ポツリと、つぶやかれた言葉。
セリフの音量は小さい。しかし、心理音響学に基づいたその声は、審査員の鼓膜ではなく「脳の聴覚野」に直接届くような異常な通り方をしていた。
『世界が壊れるんじゃない。……私の頭の中の、約束が壊れていくの』
私はゆっくりと手を伸ばした。
指先の微小な震え。瞳の焦点をわざと10センチ奥へとずらすことで表現される「解離性障壁の表情」。
それは、神楽坂美羽ちゃんが見せた「美しく情熱的な少女」とは真逆の、「今にも崩壊しそうな、しかし圧倒的に美しく狂おしい存在」だった。
「な……なに……あれ……!?」
観客席で見ていた美羽ちゃんが、両手を口元に当てて絶句した。
美羽ちゃんには理解できたのだ。
自分が何年もかけて磨き上げてきた「型」や「表現」が、真理子の前では子ども騙しに見えてしまうほど、真理子の演技が「人間の心理(本能)」にダイレクトに作用しているということが。
『逃げなさい、アオイ……。私を置いて……早く……!』
私のセリフ一つで、審査員のうち二人が思わず身を乗り出し、涙をこぼし始めていた。
脳波を直接操作するかのような、圧倒的な情緒誘導。
演技が終わった瞬間。
オーディションルームには、拍手すら起きなかった。
ただ、全員が呆然として、金縛りに遭ったかのように私を見つめているだけだった。
「……ハ……カット……」
監督が、震える声で呟いた。
「素晴らしい……なんてレベルじゃない……。これは……芝居じゃない、人間そのものの解剖だ……!」
4. 和解と、敗北を知った女王
オーディション終了後の控室。
私はパイプ椅子に座り、スポーツドリンクを飲んでいた。
(ふぅ……疲れた……。脳波操作の演技なんてやったら、脳の糖分が完全に持っていかれるわよ……。前世の決算期最終日くらい頭が重いわ……)
そこへ、静かな足音が近づいてきた。
神楽坂美羽ちゃんだった。
彼女は俯き、固く握りしめた拳を震わせていた。
「神楽坂さん……」
「……私の負けよ」
美羽ちゃんがぽつりと呟いた。
「私の演劇は……『見せるための芸』だった。でもあなたの演技は……観客の心を力ずくで奪い去る『怪物』だったわ。お母様の言葉は伊達じゃなかったのね……あなた、本当に人間の心を操る天才なのね」
(いや違うの! あれもお母さんのバグなの! 私、本当はそんな恐ろしい人間じゃないのよ!!)
私は心の中で叫びつつも、美羽ちゃんの真っ直ぐな瞳を受け止めた。
「神楽坂さん。貴女の演技があったからこそ、私はあの領域(集中力)に達することができたのです。貴女の美しく計算されたお稽古の成果……心から尊敬いたしますわ」
私が頭を下げると、美羽ちゃんは目を見開き、やがてポロポロと涙をこぼし始めた。
「悔しい……悔しいなぁ……! 同い年にこんな化け物がいるなんて……っ!」
美羽ちゃんは乱暴に袖で涙を拭うと、ニッと強い笑みを浮かべて私の手を握りしめた。
「でも、次は負けないわ! 映画『境界の子供たち』……ダブル主演として、あなたを一番近くで追い越してみせるわ!」
「ええ、楽しみにしていますわ、美羽お姉様」
こうして、子役界の絶対女王・神楽坂美羽ちゃんとの「主演対決」は、絆とリスペクトを生み出す形で決着したのだった。
5. エピローグ:止まらない母のホラと、無限のバグ
その日の夜。葛貫家の居間。
「はぁ〜〜〜! 今日のオーディションも大成功だったわねぇ〜! マコちゃんと咲良ちゃんと美羽ちゃんのトリプル主演(W主演+主要キャスト)なんて、映画界の歴史が変わるわぁ〜!」
ビール缶をプハァッと空けた智恵子が、上機嫌でテレビを見ている。
(ふぅ……とりあえず、演技勝負も無事に乗り切ったわね。神楽坂さんという心強いライバル(パートナー)もできたし、これからは順風満帆の撮影が——)
私が温かいお茶を飲んでほっと息をついていた、その時だった。
ピロリン♪
智恵子のスマホに、映画の現地制作スタッフ(海外)から連絡が入った。
「あら? 海外のプロデューサーさんからだわ〜! はーい、ハローハロー!」
(ん……? 海外ロケのスタッフ……?)
智恵子は酔っ払った勢いで、受話器に向かってまたしても呑気に喋り始めた。
「えっ? 海外ロケ地の古城周辺で、急に理由不明の言語障害(現地の言葉が通じないトラブル)が起きて困ってる……? やだぁ〜大丈夫ですよプロデューサーさんぁ〜!」
(……はい?)
私の背筋に、氷のような戦慄が走った。
「うちのマコちゃんねぇ! 『世界中に存在するあらゆる言語・方言・古代語まで10分で完全マスターできる言語学の神様』なのよ〜〜〜っ!」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は湯呑みをガラガラと床に落とした。
世界中の言語!? 方言!? 古代語!? 10分でマスター!?
私、前世のTOEIC400点台だったんですけどーーーーー!!
ズキュゥゥゥゥン!!
頭蓋骨の奥で、空間が歪むような次元の歪みが生じた。
英語、フランス語、アラビア語、ラテン語、古代シュメール語、希少民族の方言——人類が紡いできたあらゆる言語体系と文法構造が、怒涛の勢いで私の7歳の脳みそにダウンロードされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『バベルの塔の超翻訳AI』がダイレクトインストールされたー!?)
「マコちゃ〜ん! 冬休みのヨーロッパロケ、通訳なしで現地の人とペラペラ喋れるわね〜!」
「オギャァァァァァァ(人間通訳機にするなー!!)」
ライバル・神楽坂美羽との激闘を制し、ついに世界の舞台(映画)へと羽ばたく葛貫真理子。
しかし、彼女の「平穏な第二の人生」への道のりは、母の止まらない大風呂敷によって、言語の壁をも超越する更なる超人領域へと突き進んでいくのであった——。




