第11話:新ドラマ『境界の子供たち』初回拡大SP 〜神回と騒がれた怪物子役の競演〜
「真理子ちゃん、私……手の震えが止まらないの」
都内にある某テレビ局の第1スタジオ特別控室。
ふかふかのソファの上で、私の隣に座る白鳥咲良ちゃん(8歳)が、膝の上で握りしめた小さな手を小刻みに震わせていた。
「大丈夫ですわ、咲良さん。私たちが積み重ねてきた『仕事』を信じましょう。視聴者の皆様の心を動かす準備は、もう完璧に整っていますわ」
私は可憐な「健気で大人びた7歳児」の微笑みを向け、咲良ちゃんの手を優しく包み込んだ。
(わかるわよ咲良ちゃん……! 私だって胃がキリキリ痛くて爆発しそうなのよ!! 納品(放送)直前って、いつの時代も命が削られる心地がするものね……!)
心の中では、前世32年の社畜魂が血の涙を流していた。
葛貫真理子、7歳。
今日は、私と咲良ちゃんがダブル主演(準主演)を務める春の新枠大作ドラマ『境界の子供たち』の第1話(初回15分拡大スペシャル)の放送当日である。
あの過酷なオーディションでの運命的な出会いから数か月。
撮影現場での切磋琢磨を経て、ついに今日、全国のお茶の間に私たちの「成果物」が届けられるのだ。
部屋の壁に設置された大型モニターには、午後9時直前の番組宣伝が流れている。
画面には、【天才子役・葛貫真理子×覚醒の新人・白鳥咲良! 魂がぶつかり合う衝撃作!】という情熱的なテロップが躍っていた。
「真理子ちゃん……私、自分がテレビに映るのも、あの日の演技がお茶の間に流れるのも、怖くてたまらないの。もし視聴者のみなさんに『下手くそ』って思われたら……」
「そんなこと絶対にありませんわ」
私は力強く首を振った。
「咲良さんの演技は『本物』でした。あのオーディションや撮影の現場で、私の覚悟(社畜の追い詰められた絶望波動)を真っ向から受け止めて打ち返してくれたのは、咲良さんだけです。自信を持ってください」
「真理子ちゃん……っ!」
咲良ちゃんの瞳にじわっと涙が浮かぶ。
よし、演者のメンタルケア完了。相変わらず咲良ちゃんは素直で、育て甲斐のある素晴らしいパートナー(後輩)だ。
——だが、そんな感動的な空気をつむじ風のようにぶち壊す人物が、勢いよくドアを開けて飛び込んできた。
1. リアルタイム実況と、ネットの熱狂
「マコちゃ〜〜〜〜ん! 咲良ちゃ〜〜〜〜ん! 大変よぉぉぉぉぉっ!!」
派手な蛍光イエローのトレーナーを着た我が実の母親・葛貫智恵子(33歳)が、片手に大量のポテトチップス、片手にスマートフォンを握りしめて乱入してきた。
「お母さん! 控室のドアは静かに開けるよう、いつも言っているでしょう!」
「そんなこと言ってる場合じゃないのよ〜! ほら見てこれ! X(旧Twitter)のトレンド! まだ放送開始まであと5分もあるのに、もう日本1位になっちゃってるわよ〜〜〜っ!」
智恵子が突き出してきたスマホの画面を見ると、確かにトレンド欄のトップに狂ったようなハッシュタグが並んでいた。
#境界の子供たち
#葛貫真理子
#白鳥咲良
#悪霊の住む家のあの幼女
#今期覇権確定
【ネットの反応(リアルタイム実況前夜祭)】
『きたぁぁぁ! 悪霊の住む家で神がかった演技を見せた葛貫真理子の新作ドラマ!』
『子役の皮をかぶった怪優・真理子ちゃんを拝む準備はできたか?』
『相手役の白鳥咲良ちゃんって子もオーディションで覚醒したらしいぞ』
『プロデューサーが「撮影現場でスタッフが3人泣いた」って言ってたのマジ?』
(視聴者のハードルがエベレスト級に上がってるじゃないのよ!! ちょっと待って、期待値が高すぎるプロジェクトって一番炎上しやすいのよ!? 納品直前(放送前)にこんなに煽らないで!!)
私の胃孔がキュッと収縮した。
しかし、カウントダウンは止まらない。
『時計の針が午後9時をお知らせします。……新日曜ドラマ『境界の子供たち』第1話、スタートです』
静かなナレーションとともに、画面が切り替わった。
2. 第1話開宴 〜静寂を切り裂く「静かな演技」〜
物語の舞台は、原因不明の「境界(崩壊)」が忍び寄る架空の田舎町。
画面に映し出されたのは、灰色の空と、枯れた草木が立ち並ぶ寂れたバス停だった。
そこにポツンと立つ、白いワンピースを着た少女・アオイ(私・葛貫真理子)。
セリフはない。BGMすらない。
ただ、風の音だけが静かに響く中、カメラがアオイの顔へとクローズアップしていく。
その瞬間——居間(控室)の空気が一変した。
テレビ画面の中の私の「目」。
ただ遠くを見つめているだけなのに、その瞳には「この世界が間もなく終わる」という圧倒的な絶望と、それを静かに受け入れている冷酷なまでの諦観が宿っていた。
「あ……」
咲良ちゃんが小さく息を呑んだ。
画面越しですら、肌にビリビリと伝わってくるような緊張感。
前世32年で過労死寸前まで追い詰められ、深夜2時のオフィスで絶望の淵に立っていた「本物の社畜の悲愴感」を極限まで薄めて研ぎ澄ませた、狂気の目の演技。
【ネットの反応】
『うわあああああ冒頭10秒で引き込まれた』
『なになになに真理子ちゃんの目なんなの凄すぎて鳥肌立った』
『セリフ一言も喋ってないのに「この世界ヤバい」って全部伝わってくるんだが』
『カメラワークもすごいけど子の存在感がやばい』
(よし……! つかみ(オープニング)のインプレッション獲得は成功ね! 視聴者を離脱させないためのファーストアプローチは完璧よ!)
心の中でプロデューサー目線のガッツポーズを作る私。
そして物語は動く。
絶望に閉ざされたアオイの前に、唯一の光として現れるのが、爛漫な笑顔を浮かべた親友・リコ(白鳥咲良ちゃん)だ。
『アオイ! 探したよ! ほら見て、綺麗な花が咲いてたの!』
咲良ちゃんが画面の中に駆け込んでくる。
その瞬間、重苦しかった画面に、パッと眩しい太陽が射し込んだかのように彩りが戻った。
咲良ちゃんの演技は、まさに「素直さと愛らしさの結晶」。
絶望を纏う私と、希望を振り撒く咲良ちゃん。画面の上で二人の光と影が完璧なコントラストを描き出し、視聴者の感情を揺さぶっていく。
「咲良さん、すごいわ……。貴女が画面に入るだけで、世界が生き生きと動き出している」
「真理子ちゃん……! 私、私……ちゃんと笑えてる……!?」
「ええ、最高の笑顔ですわ」
3. クライマックス 〜二人の演技が重なる時〜
ドラマは怒涛の展開を見せ、ついに第1話のクライマックスへと突入した。
街を飲み込む「境界」の脅威。
崩れ落ちる古い神社で、アオイ(私)はリコ(咲良ちゃん)を守るため、彼女を安全な外へと突き飛ばし、自分は崩壊する社の中へと残る決断をする。
『アオイ! なにやってるの!? 早く来て! 手を伸ばして!!』
涙と泥で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に手を伸ばすリコ(咲良ちゃん)。
このシーンの撮影時、咲良ちゃんはオーディションの時と同じように、自身の「生の感情」を爆発させていた。
教えられた通りではなく、ただ「真理子ちゃんを助けたい」という一心で叫ぶ声が、スピーカーを通して観客の胸を激しく叩く。
『だめよ、リコ。私が行ったら……貴女まで消えてしまう』
『嫌だ! 嫌だよ! 一緒に帰るって言ったじゃない! 嘘つき!!』
崩れ落ちる柱。舞い散る粉塵。
アオイは、伸ばされたリコの手を押し返し、静かに微笑む。
『さようなら、リコ。……私の大好きな、世界』
暗転。
重厚なエンディングテーマが流れ出し、第1話のクレジットタイトルが流れ始めた。
控室の中は、完全な静寂に包まれていた。
智恵子すらもポテトチップスを食べる手を止め、ぽかんと画面を見つめている。
「……すごかった」
咲良ちゃんが、自分の演技を見てボロボロと涙をこぼしていた。
「私……私、真理子ちゃんと一緒におしばいができて……本当によかった……っ!」
「咲良さん……」
私は咲良ちゃんを抱きしめた。
7歳と8歳の少女が、画面の上で確かに一つの「作品」を創り上げた。前世の社畜時代、チーム一丸となって巨大プロジェクトを完遂させた時と同じような、熱い達成感が胸を満たしていく。
4. 爆発するSNSと「神回」の評価
エンディングが終わった瞬間——智恵子のスマホが、狂ったような通知音を鳴らし始めた!
ピロンピロンピロンピロンピロンッッ!!
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ! マコちゃん! 咲良ちゃん! スマホが爆発しそうよ〜〜〜っ!」
【ネットの反応(放送直後)】
『神回きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
『子役のドラマと思って舐めてたらボロ泣きしたんだが???』
『葛貫真理子の目の演技と、白鳥咲良ちゃんの叫びで鳥肌止まらん』
『ラストシーンの真理子ちゃんの微笑み何??? 語彙力消えた』
『映画クオリティだろこれ……今期の覇権どころか今年一番のドラマ決定』
『劇団出身の咲良ちゃん覚醒しすぎだろ、真理子ちゃんとの化学反応やばい』
『来週まで待てない!! 早く第2話見せてくれ!!』
「やった……やったわね咲良さん! 大成功よ!」
「うんっ! うんっ! 真理子ちゃんっ!」
私たちは手を繋ぎ合って跳び上がった。
視聴者満足度、話題性、SNS拡散力——すべての指標において満点。プロジェクトは文句なしの「大成功」を納めたのだ!
だが——。
この感動的な成功の宴を、特大の爆弾で吹き飛ばす人物が、やはりこの部屋には存在していた。
5. 母・智恵子、プロデューサーの前で歴史を改変する
ガチャリ。
「いやぁ〜〜〜! 素晴らしかった! 素晴らしい初回放送だったよ、二人とも!!」
興奮で顔を真っ赤にした番組プロデューサーと監督が、シャンパン(と子ども用のジュース)を持って控室に飛び込んできた!
「真理子ちゃん! 咲良ちゃん! 初回視聴率の速報が出そうだけど、間違いなく今期のトップだ! 二人の化学反応、本当に最高だったよ!」
「ありがとうございます、プロデューサー様。監督様」
私は深々とお辞儀をした。
「本当、葛貫真理子という女優の底深さには驚かされるよ。あの神社のシーンの『静かな微笑み』……あれは一体どうやって生み出したんだい? まるで何十年も修羅場を潜り抜けてきたベテランのような悟りの境地だったよ」
監督が感極まった様子で私に尋ねる。
(あ、それはね、前世で徹夜続きの金曜日の深夜3時、上司から『仕様変更ね』って言われた時の『悟りの微笑み』を思い出したからですよ)
とは口が裂けても言えないので、「役になりきっていたら、自然とあのような表情になりましたわ」と可憐に答えようとした——まさにその時であった。
「あらぁ〜〜〜! 監督さん! 知りたい〜〜〜? マコちゃんのあの凄まじい集中力と表情の秘密〜〜〜!?」
智恵子がジュースのグラスを片手に、ニヤニヤと危険すぎる笑顔で割り込んできた!
(アカン!!!!!! 止めろーーーーー!!)
私の中の警報が鳴り響く!
「お、お母さん! 監督様はお忙しいのですから、余計なことを——」
「やだぁ〜マコちゃん照れちゃって〜! 実はねぇ〜プロデューサーさん!」
智恵子はガハハと笑うと、いつもの「宇宙規模の大風呂敷」を爆発させた!
「うちのマコちゃんねぇ! 『世界中の難解な論文を全部暗記してて、ノーベル賞級の数式を一瞬で解き明かす伝説の天才科学者』なのよ〜〜〜っ!」
(……は?)
私、咲良ちゃん、プロデューサー、監督、そして控室にいたスタッフ全員が、同時にフリーズした。
「そうなのよ〜! 昨日の夜もね、お夕飯の計算をしてる時にね、レシートを一瞬見ただけで『税込み誤差ゼロの複雑な微分積分』を暗算で解いちゃったんだからぁ〜! だからあの『すべての真理を見通したような悟りの微笑み』はね、世界の法則をすべて解き明かした知的探求の果てから来てるのよ〜! おほほほほ!」
(言っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとてへん!!!!!)
私はレシートのくだりで血を吐く思いで脳内絶叫した。
言ってへん! 昨日の夜、私がやったのは「お買い物の合計金額がお小遣いで足りるか指折り数えて確認した」だけだ!!
なんでそれが「ノーベル賞級の数式を一瞬で解き明かす天才科学者」になるんだよ! 専門知識の飛躍が著しすぎるだろ!!
だが——起きてしまった。あの恐ろしい世界線の再構築が。
ズキュゥゥゥゥン!!
頭蓋骨の奥で、空間が歪むような次元の歪みが生じた。
量子力学、高等数学、分子生物学、理論物理学、そして「世界を記述する複雑な数式を脳内で瞬時に展開する超高度演算能力」——人類が積み上げてきた先端科学の領域のすべてが、怒涛の勢いで私の7歳の脳みそにダウンロードされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『アインシュタインと量子物理学者のブレイン』がダイレクトインストールされたー!?)
6. 学者の能力(過剰スペック)を授かった7歳児
頭痛が治まると同時に、私の視界は一変していた。
控室の空気の流れ、照明から照射される波長、テーブルの上のコップに入った水の表面張力と分子運動——ありとあらゆる物理現象が、脳内で数式に変換されて浮かび上がってくる。
(……見えちゃう! 世界のあらゆる物理法則が数式になって脳内に流れ込んでくるのよ!! いらない! 7歳児の日常にこんな超理論派スペック一切いらないのよ!!)
「……真理子ちゃん……?」
私の横で、咲良ちゃんがひっついた。
彼女は、能力が覚醒した私の瞳(※一瞬だけ知性の深淵に触れたような眼光になった)を見て、ガタガタと震えていた。
「真理子ちゃん……今の目……すごく知性に溢れててかっこいい……! 本当に世界の真理を知ってる博士みたい……!」
(乗っからないで咲良ちゃん!! 咲良ちゃんまでお母さんのハッタリを信じ込まないで!!)
「ははは! 智恵子さんは相変わらず冗談がお上手だなぁ!」
プロデューサーが汗を拭きながら笑う。
「でもね真理子ちゃん! この大ヒットを受けて、急遽『映画化』のプロジェクトが決定したんだ!」
「え……映画化、ですか……?」
「そうなんだ! 舞台は海外ロケ! ヨーロッパの巨大研究所を舞台にした本格SFサスペンスの劇場版だよ! 主演はもちろん、真理子ちゃんと咲良ちゃんだ!」
(……ヨーロッパ……? 研究所……?)
いやな予感が、背筋を駆け抜ける。
「映画のクライマックスではね、真理子ちゃん演じるアオイが、崩壊する研究所のメインシステムを高度な科学知識と計算で制御して世界を救うシーンを入れたいんだ! まるで『天才科学者』のような堂々たる知性派の演技を期待してるよ!」
(……お母さん)
私は血の涙を流しながら、呑気にジュースを飲む母・智恵子を睨みつけた。
お母さんが言った大風呂敷(天才科学者)のせいで、次の映画の脚本が『本格SFサスペンス』にシフトしちゃったじゃないのよーーーーー!!
7. エピローグ:そして次なる戦場(海外ロケ)へ
新ドラマ『境界の子供たち』は、初回から驚異的な視聴率を記録し、日本中に「葛貫真理子×白鳥咲良」の熱狂を巻き起こした。
数日後。
自宅の部屋で、チートノート(兼・役作りノート)を開く私(7歳)。
(ふぅ……。ドラマの撮影は順調だけど、次は映画の海外ロケ……。しかも高度な科学用語を交えた難解なセリフが増量……)
私は自分の小さな手を見つめた。
脳内に刻まれた「高等数学の演算能力」のせいで、鉛筆を走らせる手が勝手に「量子力学の証明式」をノートの余白に書き込んでしまう。
(私、ただの元・社畜なのよ……。静かに小学校に通って、子役で稼いだお金で株を買って、優雅な老後(FIRE)を過ごしたいだけなのに……)
溜息をつく私。
すると、部屋のドアがバタン! と開いた。
「マコちゃ〜〜〜〜ん! 大変よ〜〜〜〜っ!」
(げぇっ……!! また来た!!)
満面の笑みで飛び込んできた母・智恵子。
「お母さん……お願いだから、もう新しい設定を増やさないで……私、体術と量子力学だけでもうお腹いっぱいなの……」
「やだぁ〜何言ってるのよ〜! さっきね、映画の監修にIT企業のえらい人が来たんだけどね!」
「『うちのマコちゃん、本当は世界中のネットワークシステムを構築した伝説の天才プログラマーなのよ〜』って言っておいたわよ〜!」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は頭を抱えてベッドから転げ落ちた。
天才プログラマー!? システム構築!?
私、前世ではエクセルで簡単な関数組むのが限界だったんですけど!?
ズキュゥゥゥゥン!!
脳内に、世界中のプログラミング言語、アルゴリズム、システムアーキテクチャの知識が、怒涛の勢いで流し込まれていく!
(やめてー! 私の脳みそを『国家機密レベルのスーパーコンピューター』に改造しないでー!!)
「マコちゃ〜ん、映画で難解なプログラミングを打ち込むシーンも追加されるって〜!」
「オギャァァァァァァ(天才エンジニアにするなー!!)」
新ドラマを大ヒットさせ、名実ともに「時代の寵児」となった葛貫真理子。
しかし、彼女の「静かで穏やかな第二の人生」への道のりは、母の止まらない大風呂敷によって、高度な知性と技術が要求される映画ロケの激流へと巻き込まれていくのであった——。




