特別編:ガラスの向こうの光 〜ある少女が、葛貫真理子という異常(天才)に出会った日〜
「次の組、入ってください」
灰色の防音ドアが開いた瞬間、重苦しい緊張感と、独特の消毒液のような匂いが私の鼻を突いた。
都内にある大手テレビ局の地下オーディションルーム。
パイプ椅子がズラリと並ぶ待合室で、私はずっと、握りしめたエントリーシートの端を指で捏ね回していた。用紙の角は汗ですっかり丸くなり、私の名前——『白鳥咲良・8歳』という文字が滲みかけている。
(落ち着いて、咲良……大丈夫。毎日お稽古したんだから。発声練習も、感情表現も、お母さんと一緒に何百回もやったじゃない……!)
自分に言い聞かせるように、胸の真ん中に手を当てる。
私は、小さい頃から児童劇団に通っている「子役」だ。有名ドラマの端役や、CMのバックで微笑む子ども役なら何度か経験がある。演技講師の先生からも「咲良ちゃんは飲み込みが早くて、とても素直な演技ができる」と褒められてきた。
でも、知っている。
この業界には、努力や「素直さ」なんてものを一瞬で踏みつぶしていく、本当の怪物がいることを。
私の視線は、部屋の最前列——スタッフたちがペコペコと頭を下げながら案内した、一人の少女の後ろ姿に釘付けになっていた。
真っ白なワンピース。
肩の上で綺麗に揃えられた黒髪。
背筋をピンと伸ばし、周囲の大人のピリついた視線など意にも介さず、小さな手で台本をめくっている女の子。
葛貫真理子ちゃん(7歳)。
(……本物だ。本物の、葛貫真理子ちゃんだ……!)
心臓がドクンと大きく跳ねた。
子役の世界で、彼女の名前を知らない人間はいない。
深夜ドラマ『悪霊の住む家』で見せた、画面越しでも肌が粟立つような圧倒的な絶望の演技。そして先日の名門校運動会で、あまりの身体能力と気高さから「現代の天才子役」どころか「神童」とまで噂された存在。
私が今ここにいる理由の、すべて。
テレビの画面越しに真理子ちゃんの演技を見たあの日から、私の世界は変わってしまった。憧れなんて生ぬるいものじゃない。私は、あの圧倒的な光の中にいる少女の「隣」に立ちたかった。彼女の視線を受け止める「誰か」になりたかったのだ。
1. 審査員席の冷気と、天才の佇まい
オーディションルームの中は、まるで冷蔵庫の中のように冷え切っていた。
長机の向こう側に並ぶのは、名だたる映画監督、大物プロデューサー、そして脚本家の大人たち。みんな疲れ切った顔をして、手元の書類に目を落としている。
「えー、では二次選考の最終組。自己PRと、配られた台本の『シーン12』を二人ペアで演じてもらいます」
副監督らしき男性が、投げやりな声で言った。
今日のオーディションは、来春公開予定の大作映画『境界の子供たち』のメインキャストオーディション。主人公の少女役はすでに葛貫真理子ちゃんに内定しており、今日の選考は「彼女の親友であり、物語の終盤で彼女に裏切られて絶望する少女・リコ役」を決めるためのものだった。
「ペアは……そこ、白鳥咲良さんと、葛貫真理子さんで」
(っ……!!)
息が止まるかと思った。
周りの子役たちの「うわ、可哀想に」「葛貫真理子の隣じゃ引き立て役にされて終わりだろ」という哀れみの視線が、痛いほど刺さる。
でも、私は違った。
全身の血が逆流するような熱さが、足の先から駆け上がってくる。
(真理子ちゃんの……隣……! 彼女と直接、お芝居ができる……!?)
「よろしくお願いします、白鳥咲良さん」
凛とした、澄んだ声。
振り返った真理子ちゃんが、私に向かって完璧なお辞儀をした。
その瞳——7歳とはとても思えない、まるで人生を何十年も生き抜いてきたような、深く静かな眼差し。吸い込まれそうなほどの存在感に、私は一瞬息を飲む。
「は……はいっ! 白鳥咲良です! よろしくお願いします……っ!」
私が声の上ずった挨拶を返すと、真理子ちゃんはふっと優しく微笑んだ。
「大丈夫ですわ、咲良さん。肩の力を抜いて、お互いの呼吸を合わせましょうね」
(な……なにこの包容力……!? 同い年(私の方が1才年上なのに!)なのに、まるで熟練のベテラン女優さんに声をかけられたみたいな安心感……!!)
だが、私の感動を打ち消すように、審査員席から退屈そうな声が飛んだ。
「はいはい、じゃあ始めて。演技審査、シーン12。真理子ちゃんはいつも通りでいいからね〜。白鳥さんは……まあ、自由にやってみて」
監督の適当な態度。
彼らにとって、このオーディションは「葛貫真理子という天才の引き立て役を探す作業」に過ぎないのだ。私がどれだけ練習してきたか、どれだけ命を懸けてここに立っているかなど、誰一人として興味を持っていない。
(悔しい……! 悔しいよ……! 私は『引き立て役』なんかじゃない! 私を見て……! 真理子ちゃんに届くような演技をして見せる……!)
私は拳を強く握りしめ、台本を胸に抱いた。
2. 第一幕:演技の激突 〜少女が触れた「領域」〜
「位置について。……演技審査、スタート!」
カチンコの音が響く。
シーン12。
崩壊する世界の中で、主人公(真理子ちゃん)が、唯一の親友であるリコ(私)を見捨てて一人で扉の向こうへ去ろうとする、クライマックスの重要場面。
私は、児童劇団で教わった「感情の発散」を意識して、声を張り上げた。
『待って! 待ってよ真理子……ううん、アオイ! 私を置いていかないで! 一緒に逃げるって……約束したじゃない!!』
叫びながら、彼女のワンピースの袖を掴む。
涙を浮かべ、声量を絞り出し、必死の絶望を表現する。完璧だ。劇団の先生なら「100点満点」と褒めてくれるはずの、熱のこもった演技。
——しかし。
ゆっくりと振り返った真理子ちゃんの「顔」を見た瞬間、私の思考は真っ白に凍りついた。
そこにあったのは、感情を爆発させる演技ではなかった。
「無」だった。
真理子ちゃんの瞳から、光が消えていた。
悲しみでも、怒りでも、罪悪感でもない。ただ、決定的な「世界の絶望」をすべて飲み込んで、なおかつ淡々とそれを受け入れている、冷酷なまでに美しい瞳。
『……さようなら、リコ』
呟かれたセリフは、蚊の泣くような小さな声だった。
それなのに——その声が落ちた瞬間、オーディションルーム全体の「空気の重さ」が数倍に跳ね上がった。
(あ……あぁ……っ……!?)
私は掴んでいた彼女の袖を、思わず離してしまった。
セリフが、出ない。
次に言うはずだった『嘘つき!』という言葉が、喉の奥でつかえて出てこない。
怖い。
声量がどうとか、表情がどうとか、そんな「お芝居の手法」なんて次元じゃない。
彼女がそこに立っているだけで、周りの風景が本当に「滅びゆく世界」に見えてくるのだ。冷たい風が吹き抜け、足元が崩れていくような錯覚。
葛貫真理子は、演技をしているのではない。
そこに「世界」を創り出しているのだ。
(勝てない……! こんなの……勝てるわけない……っ!!)
私はその場に膝をついた。セリフを忘れ、ただただ彼女の圧倒的な存在感(圧)に押し潰され、呼吸することすら忘れて呆然と見上げるしかなかった。
「はい、カット〜!」
監督の声で、世界が元に戻る。
「うん、真理子ちゃんは相変わらず素晴らしいね。引き算の演技、鳥肌が立ったよ。……で、白鳥さん? セリフ飛んじゃったね。まあ、真理子ちゃんの威圧感に飲まれちゃうのは分かるけどさ」
審査員たちがクスクスと鼻で笑う。
恥ずかしさと、自分の無力さと、圧倒的な才能の差に対する絶望で、視界が涙で滲んでいく。
(終わりだ……。私のオーディションは、ここで終わり。私はただの、惨めな引き立て役だったんだ……)
床を見つめ、ポタポタと涙をこぼす私。
だが、その時だった。
3. 真理子の異変 〜心の中の社畜の葛藤〜
「……監督」
静かだが、ハッキリとした声が室内に響いた。
声の主は、真理子ちゃんだった。
彼女はいつの間にか私の隣にしゃがみ込み、私の震える肩に、そっと温かい小さな手を置いてくれていた。
「真理子ちゃん? どうしたの?」
真理子ちゃんは、審査員席の大人たちに向かって、氷のように冷たい視線を向けた。
その瞳には、先ほどの「演技の無」とは違う、明確な怒りの色が宿っていた。
「白鳥咲良さんの演技は、セリフが飛んだのではありません。私の不手際により、彼女の素晴らしいリアクション(反応)の芽を摘んでしまったのです」
「え……?」
審査員たちも、私も、呆気に取られた。
「彼女は、私の発した『絶望の強度』に対して、最も正しい反応……すなわち『言葉を失うほどのショック』を全身で表現されていました。それを『セリフが飛んだ』と一蹴するのは、演出家として、演者に対する『適切な評価』を怠っていると言わざるを得ません」
(……え!? なにこの難しすぎる言葉!? 7歳の子どもが言うセリフなのーーー!?)
私の頭の中はパニックになった。
だが、真理子ちゃんの心の中(※前世32年の社畜魂)では、まったく別の激震が走っていたのだ。
(ヤバいヤバいヤバい!! 私、またやってしまったわ!!)
真理子ちゃん(前世・社畜)は、内心で頭を抱えていた。
(相手の子(咲良ちゃん)が演技があまりにも真っ直ぐで上手だったから、ついつい前世の『過酷すぎる修羅場(納期前日の炎上プロジェクト)』の時の絶望感をそのまま演技に出しちゃったじゃないの! 7歳の子どもに『社畜の限界絶望波動』をぶつけるなんて、ハラスメント以外の何物でもないわよ!!)
真理子ちゃんの脳内では、社畜時代の「リスク管理コンプライアンス」が激しく警報を鳴らしていた。
【ハラスメントの防止】:幼い子役に心理的圧迫を与えるのはコンプライアンス違反。
【プロジェクトの成功】:共演者のメンタルが折れれば、映画全体のクオリティが下がる。
【人材育成】:咲良ちゃんには見込みがある。ここで潰すのは「会社(現場)」の損失!
(この子、ただ教わった通りの演技をする子じゃない……! 私の『本物の圧』を受け止めて、ちゃんと恐怖を感じてフリーズしたのよ! これ、演技の感性としては超一流じゃない! ここで不合格にして潰すなんて、人事部として絶対に許せないわ!!)
真理子ちゃんはぐっと拳を握りしめると、大人たちに向かって凛とした声を張った!
「監督。もう一度、シーン12のやり直しを要求します」
「え、えぇ……? でも、時間はもう……」
「白鳥咲良さんは、私の最高のパートナーになれる女優です。彼女の本当の力を引き出すため、私に『3分間』の指導時間をください!」
4. 3分間の奇跡 〜天才による「現場の意識改革」〜
「咲良さん、立ってください」
真理子ちゃんに手を引かれ、私はオーディションルームの端へと移動した。
審査員たちは、葛貫真理子の圧倒的な気迫に押され、何も言えずに時計を眺めている。
「咲良さん。怖がらせてしまってごめんなさいね」
「あ……ううん! 私が……私が下手だったから……っ!」
「違います」
真理子ちゃんは私の両手をギュッと握り締めた。その手は小さくて温かいのに、不思議なほど大きなパワーに満ちていた。
「咲良さん、貴女の演技はとても綺麗で、基礎ができています。でも……『綺麗に演じよう』としすぎていませんか?」
「え……?」
「台本通りに声を出すこと、教わった通りに顔を作ること……それは『作業』です。お仕事としては正しいけれど、お芝居ではありません」
真理子ちゃんの瞳が、真剣な光を放つ。
「さっき、私が振り返った時……何を感じましたか?」
「……怖かった。真理子ちゃんが……遠くに行っちゃいそうで……世界に私一人だけ残されそうで……すごく、胸が痛かった……」
「それが、本物(真実)の感情です」
真理子ちゃんは微笑んだ。
「セリフなんて、忘れていいんです。台本の文字を読もうとしないで。私の目を見て、私を止めてください。『私を置いていかないで』という気持ちを、言葉じゃなくて……貴女の『声の振動』で、私にぶつけてきてください!」
(言葉じゃなくて……振動で……?)
「貴女ならできます。だって貴女は、私の本気(絶望)を受け止められた唯一の人なんですから」
その言葉が、私の胸の奥深くにスッと染み込んでいった。
(私は……引き立て役なんかじゃない。真理子ちゃんは……私を『対等な相手』として見てくれている……!)
胸の奥で、小さく萎んでいた炎が、一気に爆発するように燃え上がった。
「……はい! 私、やります……っ!」
5. 第二幕:覚醒 〜二人の少女が創り出した「境界」〜
「……時間だ。それじゃあ、やり直し。シーン12、スタート」
監督の声。
再び、静寂が包み込む。
真理子ちゃんが背を向け、歩き出す。
その背中は、やはり冷たく、遠い。
だが、今の私は、さっきの私とは違った。
(台本なんて、いらない。綺麗なお芝居なんて、捨ててやる……!)
私は、お腹の底から、喉がちぎれるほどの声を絞り出した。
『待ってぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!』
台本のセリフとは違う。
でも、それは私の魂が叫んだ、本当の声だった。
ドサッ!
私は膝をすりむくのも構わず、床に滑り込み、真理子ちゃんの足首をがむしゃらに抱きしめた!
『行かないで……! お願いだから、行かないでよ……っ! 私を一人にしないで……真理子ぉぉぉっ!!』
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、叫び、すがりつく。
児童劇団で習った「綺麗なお辞儀」も「美しい発声」も全部吹き飛んだ、泥臭く、生々しく、圧倒的な「生の感情」。
真理子ちゃんが、足を止め——ゆっくりと振り向いた。
その瞳には、今度は「無」ではなく、揺らぐような「悲しみと愛おしさ」が宿っていた。
『……咲良』
私の名前を呼ぶ声。
真理子ちゃんが、しゃがみ込み、私の涙に濡れた頬を小さな手で包み込んでくれた。
『バカね……置いていくわけ、ないじゃない……』
台本にはないセリフ。
台本にはない、アドリブの抱擁。
二人の感情が、声が、呼吸が、オーディションルームという狭い空間を塗り替えていく。
そこはもう、灰色の部屋ではなかった。荒廃した世界の中で、お互いを強く求め合う「二人の少女の境界線」だった。
「……っ……!!」
審査員席の監督が、手に持っていたペンを床に落とした。
プロデューサーたちが、目を見開き、息をすることすら忘れてモニターを見つめている。
誰も、声をかけられない。
カットの合図すら出せない。
二人の幼い少女が創り出した圧倒的な「劇場」に、大人たち全員が完全に飲み込まれていたのだ。
「……はいっ! カッ……カットぉぉぉぉぉっ!!」
数十秒の沈黙の後、監督が狂ったように叫んだ。
「素晴らしい……! 素晴らしいよ白鳥さん! なんだ今の演技は!? 前言撤回だ、君しかいない! リコ役は君だぁぁぁぁぁっ!」
立ち上がって拍手をする審査員たち。
でも、私にはそんな大人たちの声なんて、どうでもよかった。
目の前で、フッと力を抜いて微笑んでいる真理子ちゃん。
「見事でしたわ、咲良さん。完璧なリアクションでした」
「真理子……ちゃん……っ!」
私は堪えきれず、真理子ちゃんの胸に飛び込んで大泣きした。
真理子ちゃんは「よしよし」と私の背中を優しく叩いてくれた。その温もりは、一生忘れられない私の宝物になった。
6. エピローグ:そして、母の大風呂敷は海へ向かう
オーディションが終わった夕暮れ時。
テレビ局のエントランスで、私はお母さんと一緒に真理子ちゃんのお見送りをしていた。
「本当におめでとう、咲良ちゃん! これから撮影、よろしくね!」
「はいっ! よろしくお願いします、真理子ちゃん!」
私は晴れやかな笑顔で頭を下げた。
憧れだった存在は、今日、私の「目標」であり「ライバル」になったのだ。
「あらぁ〜! 咲良ちゃん、本当におめでとう〜〜〜っ!」
そこへ、派手な服を着た真理子ちゃんのお母さん——葛貫智恵子さんが、ジュースを片手に走ってきた。
「智恵子さん、咲良ちゃんの演技、本当に素晴らしかったのよ」
真理子ちゃんが誇らしげに微笑む。
「そうでしょうそうでしょう! うちのマコちゃんが見込んだ子だもの〜! ねぇ、白鳥様!」
智恵子さんは私の母親の手を握りしめると、ガハハと豪快に笑った。
「今度の映画の撮影が終わったらね! うちのマコちゃんと咲良ちゃんで、お祝いにハワイ旅行にでも行きましょうよ〜!」
「えっ、ハワイですか!? でも、うちなんてそんな……」
恐縮する私のお母さん。
すると智恵子さんは、いつものように胸を張り、誰もが耳を疑うような「超大型の大風呂敷」をぶち上げたのだ!
「やだぁ〜気を使わないで〜! 実はねぇ〜うちのマコちゃんねぇ!」
「『昔、豪華客船の船長をやってて、手作りのヨットで太平洋を無寄港で横断した航海術の天才』なのよ〜!」
(……へ?)
私と私のお母さんは、同時にフリーズした。
船長……? 7歳の子が……手作りヨットで……太平洋横断……!?
その瞬間——隣にいた真理子ちゃんの顔から、サーッと血の気が引いていくのが見えた。
(あ、あれ……? 真理子ちゃん……? なんでそんな、この世の終わりみたいな顔をして……?)
真理子ちゃんは震える手で自分の額を押さえ、絶望的な声で呟いた。
「(嘘でしょ……お母さん……またやったの……? 太平洋横断……? 操船技術……?)」
ズキュゥゥゥゥン!!
真理子ちゃんの頭の中で、何か恐ろしい音(次元の歪み)が響いたようだった。
彼女はフラッとよろめき、自分の頭を抱えて崩れ落ちそうになった。
「マ……真理子ちゃん!? 大丈夫!?」
私が慌てて支えると、真理子ちゃんは涙目で私を見上げ、ガタガタと震える声で囁いた。
「咲良さん……私……冬休みに……船に乗ることになりそうだわ……」
「え……? 船……?」
「逃げて……咲良さんは……船に乗っちゃダメ……(※遭難するから)」
「ま、真理子ちゃんーーー!? どうしたのーーー!?」
さっきまでオーディション会場で圧倒的な怪物(天才)のオーラを放っていた少女が、今はなぜか「過労死寸前のサラリーマン」のような疲弊しきった顔で空を仰いでいる。
理由もわからないまま、私は真理子ちゃんの手を強く握りしめた。
(理由はわからないけど……真理子ちゃんが海に行くなら、私も行く! どこまでも、彼女の隣についていくんだから……!)
こうして、私と葛貫真理子ちゃんの「女優としての絆」は結ばれ——そして物語は、母・智恵子が広げた大風呂敷によって、荒れ狂う太平洋の大海原(次のパニック現場)へと加速していくのであった。




