第10話:秋晴れの運動会と、赤白幕の下で結ばれた血誓(ちかい)の絆
「真理子ちゃん! 今年の運動会、絶対に紅組(わたし達)が勝つわよ……!」
真っ青に澄み渡る秋空の下。校庭に敷き詰められた白線のにおいと、どこか香ばしいグランドの砂埃が舞う中で、目の前の少女がメラメラと青い炎を燃やしていた。
彼女の名は、一条華乃ちゃん(8歳・小学2年生)。
地元の大財閥「一条グループ」の令嬢であり、学年一の美少女にして、普段は高嶺の花として周囲から一目置かれている存在だ。
その華乃ちゃんが、今は体操服の袖をたくし上げ、鉢巻をきつく結び直しながら、私の両手(7歳児の小さくちまちました手)を力強く握りしめている。
「ええ、華乃お姉様。私、全力を尽くしますわ」
私は完璧な「健気で可憐な1年生」の微笑みを向けた。
(……いや、何でこんなに重い(・・)空気になってるのよ!? たかが小学校の運動会でしょうが!!)
心の中では、前世32年の社畜魂が脱力して叫んでいた。
葛貫真理子、7歳。私立鳳仙学園初等部1年生。
前世でブラック企業の過労死社員だった私は、今世では幼くして天才子役として世間の注目を集める身となっていた。
今日のイベントは、鳳仙学園の伝統行事「秋季大運動会」。
名門私立校の運動会とあって、グラウンドの周囲には保護者用のテントがズラリと立ち並び、高級一眼レフを構える富裕層の親たちで溢れかえっている。
そして——私と華乃ちゃんは、1年生と2年生のペアで競う「合同ペア大玉転がし」および「ペア障害物競走」のパートナー同士だった。
(前世の運動会なんて、社内の親睦ゴルフ大会レベルの『適当に手を抜いて終わらせる消化試合』だったわよ。なのに何かしら、この学園の運動会……まるで戦国時代の合戦場じゃないの!)
周囲を見渡せば、白組のリーダー格である3年生の男子たちが「紅組を叩き潰せ!」と怪気炎を上げている。
特に、華乃ちゃんに対してライバル心を燃やす白組の副団長・西園寺くん(8歳)が、こちらをギロリと睨みつけていた。
1. 運動会という名の「社内政治」と「格付け対決」
「真理子ちゃん、気をつけて。あの西園寺くんのペア、足が速いだけじゃなくて、手段を選ばないことで有名なの。去年の玉入れでも、相手のカゴに泥を投げ入れたって噂があるくらい……」
華乃ちゃんが私の耳元で、緊張した面持ちで囁く。
(8歳児の陰謀が陰湿すぎるでしょ!! 労基も警察も動かない小学生の暗闘、怖すぎるわよ!)
「大丈夫ですわ、華乃お姉様。正々堂々と戦えば、必ず勝利の女神は私たちに微笑みます」
「真理子ちゃん……! なんて健気で気高いの……っ!」
私の(表面上の)純粋無垢な言葉に、華乃ちゃんは可憐な瞳を潤ませ、胸を熱くさせていた。
(よし、メンタルケア完了。これで彼女のパフォーマンスは20%向上したわね。……運動会とはいえ、これは組織対抗プロジェクトよ。パートナーのモチベーション管理とリソースの最適化、それが元中間管理職の務めというもの!)
私は心の中で自作の「勝利へのロードマップ」を描いた。
【競技1:合同ペア大玉転がし】:無理な加速はせず、回転の慣性を利用してコース取りで勝つ。
【競技2:ペア障害物競走】:ネットくぐりと借り物競争。可憐なビジュアルを活かして観客(保護者)から即座に小道具を回収する。
【リスク管理】:西園寺チームの妨害工作を事前に察知し、回避する。
「赤組、白組、位置について——!」
ピピッ! と審判の先生の笛が鳴る。
第一競技「合同ペア大玉転がし」のスタートラインに、巨大な赤と白の大玉が並べられた。
「真理子ちゃん、行くわよ!」
「はい、お姉様!」
パーンッ!!
号砲が秋空に響き渡った!
2. 第一競技・大玉転がし 〜計算された物理と、破られたフェアプレー〜
「押して! 押してーっ!」
グラウンドを揺るがす大歓声。
私と華乃ちゃんは、自分の身長よりも遥かに大きい赤い大玉に手をあて、呼吸を合わせて走り出した。
普通の大玉転がしは、力任せに押すと玉がバウンドして軌道が逸れる。
だが、前世で物理の初歩と「物流倉庫の搬入作業」を経験している私には分かる。大切なのは力ではない。「重心の制御」と「接地角の維持」だ!
「華乃お姉様! 押す位置を10センチ下げてください! 推進力を前方へ集中させます!」
「えっ? あ、はいっ!」
「旋回に入ります! お姉様は左側を支えて、私が右側からモーメントをかけます!」
「も……もーめんと!?」
私の的確指示に従い、赤い大玉はまるでリニアモーターカーのように滑らかに、そして恐ろしい速度で第1コーナーを曲がり切った!
「な……なんだあの赤組の大玉は!? 旋回速度が異常だぞ!?」
「1年生と2年生の女子ペアなのに、無駄な揺れが一切ない!」
実況の先生がスピーカー越しに叫ぶ。
(ふふん、甘いわね! 力学を無視した暴走はエネルギーのロスよ! 効率的なタスク遂行こそが勝利への近道!)
だが、独走状態で第2コーナーへ差し掛かったその時だった。
ガツンッ!!
「きゃあっ!?」
隣のコースを走っていた白組——西園寺くんたちの白い大玉が、あからさまにコースを外れ、私たちの赤い大玉の側面に激突してきたのだ!
「あっ! ごめ〜ん! 手が滑っちゃった〜!」
西園寺くんがニヤニヤしながら白々しく叫ぶ。
激突の衝撃で、赤い大玉はバランスを崩し、パイロン(三角コーン)に向かって大きく逸れそうになった。華乃ちゃんが踏ん張りきれず、転びそうになる。
「華乃お姉様っ!」
(くっ……! 露骨なラフプレー(コンプライアンス違反)をしてきたわね……!!)
このままではコースアウトで失格、あるいは追突事故で怪我人が出る。前世の社畜魂が、現場の不安全行動に対して激怒した。
「華乃お姉様、私に捕まってください!」
私は華乃ちゃんの腕を引いて体制を立て直させると、倒れかける大玉の「底面」へ小さく足を滑り込ませた。
てこの原理を利用し、7歳の体重を一点に集中させて大玉の軌道を強引に修正する!
クルッ……ピタッ!!
赤い大玉は奇跡的なスピンを見せ、コースの真ん中へと綺麗に戻った!
「な……なにぃ!?」
西園寺くんが目を見開いて絶句する。
「お姉様、ラストスパートです! 全力でいきますわよ!」
「え、ええっ! 真理子ちゃん、すごい……! 行くわよぉぉっ!」
立て直した私たちは、そのまま一気にストレートを駆け抜け、トップでゴールテープを駆け抜けた!
『ゴールインッ! 1位は紅組、一条・葛貫ペアです!!』
「やった……! やったわ真理子ちゃん!」
華乃ちゃんが感極まって私に抱きついてくる。その温もりと汗の匂いに、私は「やれやれ」と苦笑しつつ、彼女の背中をポンポンと叩いた。
「素晴らしい走りでしたわ、華乃お姉様」
だが、西園寺くんたちの鋭い視線は、まだ死んでいなかった。次の競技「ペア障害物競走」で、さらなる罠が待ち受けていることを、この時の私たちは知る由もなかった——。
3. 母・智恵子、保護者席で大風呂敷を広げる
昼休み。
校庭の木陰にレジャーシートを広げ、お弁当の時間となった。
「マコちゃ〜ん! 1位おめでとう〜〜〜っ! お母さん、感動しちゃったわぁ〜〜〜っ!」
派手な原色のサンバイザーをかぶり、両手に重箱を持った我が実の母親・葛貫智恵子(33歳)が、ものすごいテンションで駆け寄ってきた。
(あ……嫌な予感がする……)
私の中の危険察知センサーが鋭くアラートを鳴らす。
「まあ、智恵子さん。本日のお弁当も豪華ですわね」
隣の豪華なテントから現れたのは、華乃ちゃんの母親である一条夫人だった。気品溢れる着物姿で、優雅に微笑んでいる。
「あら〜! 一条様〜! うちのマコちゃんが華乃ちゃんに足を引っ張られてないか心配でしたけど、仲良く走れて良かったですわ〜!」
(お母さん! 言い方! 相手は大財閥の奥様よ! 社交辞令の基本『謙遜』を学びなさいよ!)
私が冷や汗を流していると、一条夫人はほほ笑ましく私たちを見つめた。
「いいえ、真理子様の素晴らしいリードのおかげで、華乃もあんなに楽しそうに……。まるで本当の姉妹のようですわね」
「あらぁ〜! そうでしょうそうでしょう! 実はねぇ〜一条様!」
智恵子がガハハと笑うと、いつもの「能天気な大風呂敷」を炸裂させた!
「うちのマコちゃんねぇ! 『古来より伝わる武道と忍術の奥義を極めてて、相手の動きを3秒前に予知できる体術の達人』なのよ〜!」
(……は?)
私、華乃ちゃん、一条夫人、そして周囲で聞こえていた他の保護者たちまでもが、同時にフリーズした。
「そうなのよ〜! 昨日の夜もね、お庭の葉っぱが落っこちるのをね、目を閉じたまま『シュバッ!』って素手で全部キャッチしちゃったんだからぁ〜! だから障害物競走の罠なんて、マコちゃんの手にかかれば朝飯前よ〜! おほほほほ!」
(言っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとてへん!!!!!)
私はお弁当のタコさんウインナーを口にくわえたまま、心の中で血を吐く思いで脳内絶叫した。
言ってへん! 昨日の夜、私が庭でやってたのは「木から落ちてきた柿の実が頭に当たりそうになって必死で手で受け止めた」だけだ!!
なんでそれが「忍術の奥義を極めた体術の達人」になるんだよ! 設定が過剰すぎるだろ!!
だが——起きてしまった。あの恐ろしい世界線の再構築が。
ズキュゥゥゥゥン!!
頭蓋骨の奥で、空間が歪むような次元の歪みが生じた。
古今東西の古武術、合気道、体術、動体視力の極限覚知、そして「相手の重心移動から軌道を割り出す未来予測演算」——人類が極めた体術の奥義のすべてが、怒涛の勢いで私の7歳の脳みそにダウンロードされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『古流武術の達人と超能力者』の記憶がダイレクトインストールされたー!?)
4. 第二競技・障害物競走 〜罠と、覚醒せし7歳児の身体能力〜
「午後の部、プログラム第6番! 1・2年生合同『障害物競走・絆を深めてゴールを目指せ』!」
アナウンスが響き渡る。
午後のグラウンドには、網くぐり、平均台、そして最後にして最大の難関「借り物競争(カードに書かれたアイテムを保護者席から借りて手をつないでゴール)」が設置されていた。
スタートラインに立つ私と華乃ちゃん。
隣のコースには、ニヤリと不快な笑みを浮かべた西園寺くんペアが並んでいる。
「葛貫さん、一条さん。午前のようにはいかないよ。僕たちの『準備』は完璧だからね」
西園寺くんが低音で囁く。
(……準備? こいつ、まさか障害物になんか仕掛けたの!?)
「位置について……よーい……」
パーンッ!!
スタートの合図とともに、全ペアが一斉に飛び出した!
最初の障害は「網くぐり」。
低く張られたネットの下を這い進むゾーンだ。
華乃ちゃんがスムーズに網へ飛び込もうとした、その瞬間——!
(……見える! 網の左端、留め具が意図的に外されていて、人が入ると網全体が絡みついて出られなくなる構造になっている……!)
脳内で覚醒した「体術の動体予測」が、コンマ数秒後の未来の事故を鮮明に描き出した。
「華乃お姉様、右です! 右のコースへ滑り込んでください!」
「えっ!?」
私は華乃ちゃんの襟首をシュバッ! と掴むと、古武術の「柔の型」を用いて、最小限の力で彼女の軌道を右側へずらした。
私たちが右側をスムーズに潜り抜けた直後——左側に入った別のペアが、絡みついた網の中でもがいて停止した。
「なにっ!? なぜ罠を見破った……!?」
後ろを走っていた西園寺くんが目を見開く。
次は「平均台」。
長さ5メートルの細い木の上を、二人で手を繋いで渡らなければならない。
「行きましょう、お姉様!」
「うんっ!」
私と華乃ちゃんは軽やかに平均台へ飛び乗った。
だが、すれ違いざま、追いかけてきた西園寺くんが、平均台の端を足で強く蹴り上げ、振動を起こしてきた!
グラッと平均台が大きく揺れる。
「きゃああっ! 落ちちゃう!」
華乃ちゃんが体勢を崩し、宙に浮きかける。
(させるかぁぁぁぁぁ!!)
私は覚醒した体術の真骨頂を発揮した。
平均台の上で片足立ちの姿勢をとると、華乃ちゃんの体を空中でお姫様抱っこ(※7歳が8歳を抱っこ)するように受け止め、その反動を利用して平均台の上でくるりと一回転!
揺れる軸を完全に相殺し、着地を決めた!
「「「おおおおおっ!???」」」
保護者席から地鳴りのような歓声が巻き起こる!
「な……なんだ今のウルトラCは!?」
「1年生の女の子が、2年生をお姫様抱っこして平均台の上で回転したぞ!?」
驚愕する観客を置き去りにし、私たちは最後の難関「借り物競争」のカード設置エリアへとたどり着いた。
5. 赤白幕の下で交わされた「血誓の契り」
「カードを引くわよ、真理子ちゃん!」
「はいっ!」
華乃ちゃんが箱から引いたカードには、こう書かれていた。
『赤白幕(本部テント)の前で、一生の絆を誓い合える【妹(または姉)】』
(……は? 何この抽象的すぎる借り物カード!?)
「これって……どういうことかしら……?」
困惑する華乃ちゃん。
その時、追い追いついてきた西園寺くんがカードを開いて高笑いした。
「ハハハ! 僕のカードは『赤白ハチマキ』だ! 勝ったぞ! 本部テントでハチマキを借りれば終わりだ!」
西園寺くんたちが本部のテントへ向かってダッシュする。
(くっ……! ここまで来て負けるわけにはいかない! だけど『一生の絆を誓い合える妹』なんて、どこから連れてくれば……!)
私が焦ったその時。
華乃ちゃんが、私の両手をキュッと力強く握りしめた。
「華乃お姉様……?」
秋空の下。
本部テントを飾る「赤と白の幕」の前に立った華乃ちゃんは、まっすぐな瞳で私を見つめていた。その顔には、いつもの気弱なお嬢様の面影はなく、凛とした気高さが満ちていた。
「真理子ちゃん。私ね、ずっと一人っ子で……本当の妹が欲しかったの。でも今日、真理子ちゃんと一緒に走って、私を助けてくれて……確信したの」
「お姉様……」
「カードの答えは、どこかから連れてくるんじゃないわ。……ここで、私たち自身が『本当の姉妹』になればいいのよ!」
(な……なに言ってるのこの子!? ここは小学校のグラウンドよ!?)
華乃ちゃんは、自分の指先を小さく噛もうとした(※武士の血判のつもり)。
「あ、危ないですお姉様! 指を噛むのは衛生的にNGです!」
私は慌ててそれを止め、代わりにお互いの体操服の袖から出ている「赤ハチマキ」をほどいた。
「ハチマキで……お互いの小指を結びましょう」
「真理子ちゃん……!」
私は赤いハチマキを伸ばし、華乃ちゃんの左手の小指と、私の左手の小指をしっかりと結び合わせた。
赤白幕のたなびく下、秋の風が私たちの髪を揺らす。
「我ら二人、生まれた日は違えども、望むらくは同じ日に……ううん、これからは嬉しいことも辛いことも、全部ふたりで分け合いましょう! 華乃お姉様!」
「ええ! 真理子ちゃん……ううん、私のかわいい妹!」
誓いの言葉。
それはまるで、三国志の「桃園の誓い」か、あるいは極道の「血誓の契り」のような、固く熱い絆の証明だった。
『……判定! 一条華乃選手、葛貫真理子選手! 「一生の絆を誓い合える姉妹」の条件を完璧にクリアーッ!!』
実況の先生の声が響き渡る!
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
グラウンド全体が、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた!
保護者席では、一条夫人が感動のあまりハンカチで目を押さえ、我が母・智恵子は「うちの子たちが姉妹になったわぁぁぁ!」と大号泣している。
「行こう、妹よ!」
「はい、お姉様!」
小指を結んだハチマキを抱え、私と華乃ちゃんは二人三脚のような見事な呼吸でスタートを切った。
焦って転倒していた西園寺くんを横目に、私たちは圧倒的な1位でゴールテープを切ったのだった!
6. 運動会の終わりと、増えた家族(絆)
「総合優勝——紅組!!」
夕方。閉会式の静かなグラウンドに、優勝旗が授与されるニュースが響いた。
西園寺くんは悔しそうに肩を落としていたが、最後は私たちの元へ歩み寄ってきて、「……負けたよ。君たちの『絆』は本物だった」と脱帽していた。
「ふぅ……疲れたわね……」
片付けが始まったグラウンドの隅っこで、私はポカリスエットを飲みながら長椅子に腰かけていた。
(やれやれ……前世の社畜時代より体にガタが来てるわよ。体術のバグのせいで全身が筋肉痛になりそうだし……。でもまぁ、無事に終わって良かったわ)
隣に、華乃ちゃんがちょこんと座ってきた。
彼女の手には、二人で勝ち取った「金メダル」が握られている。
「真理子ちゃん」
「はい、華乃お姉様」
「私ね、今日から真理子ちゃんのこと、学校の外でも『妹』って呼んでいいかしら……?」
不安そうに私を見上げる華乃ちゃん。
私は一瞬目を見開き、それからフッと温かい溜息をついた。
(まったく……前世では天涯孤独の社畜だったのに。今世ではこんなに可愛いお姉ちゃんができちゃうなんてね)
「ええ、もちろんですわ、お姉様。これからずっと、よろしくお願いしますね」
私が微笑むと、華乃ちゃんは「真理子ちゃんっ!」と飛びついてきて、私の頬に抱きついた。
7. エピローグ:終わらない大風呂敷
その夜。葛貫家のリビング。
「はぁ〜! 今日の運動会は最高だったわねぇ〜! マコちゃんも華乃ちゃんと本当の姉妹みたいになっちゃって〜!」
缶ビールをプハァッと飲み干した母・智恵子が、上機嫌で言った。
(まぁ、今回のバグは『体術の達人』だったから、運動会を乗り切る役には立ったわね。お母さんの大風呂敷も、たまには感謝……)
私がむふふと胸を撫で下ろしていた、その時だった。
ピロリン♪
智恵子のスマホが鳴った。
「あら? 一条の奥様からだわ〜! はーい、一条様ぁ〜? ええ、今日はありがとうございました〜!」
(ん……? 一条夫人から電話……?)
智恵子はビールを片手に、またしても呑気な笑顔で受話器に向かって喋り始めた。
「えっ? 華乃ちゃんがね、冬休みにお家のクルーザーで海外旅行に行きたがってる……? あらぁ〜素敵じゃないですかぁ〜!」
(クルーザーで海外旅行……? お金持ちのスケールは違うわね。私には関係ない話だけど……)
私がのんびりとお茶をすすろうとした、その瞬間。
「ええっ!? クルーザーの操縦ができる人が足りない……? やだぁ〜大丈夫ですよ一条様ぁ〜!」
智恵子はガハハと笑うと、最悪の「大風呂敷」をぶち上げた!
「うちのマコちゃんねぇ! 『一級小型船舶操縦士の免許を持ってて、荒れ狂う太平洋も一人で横断できる伝説のキャプテン』なのよ〜!」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は湯呑みを床に叩き落としそうになった。
一級小型船舶操縦士!? 荒れ狂う太平洋を横断!?
私、7歳! 7歳ですよ!? そもそも法律的に免状取れない年齢でしょうが!!
ズキュゥゥゥゥン!!
頭蓋骨の奥で、空間が歪むような次元の歪みが生じた。
航海術、海洋気象学、天体航法、船舶エンジンの構造、そして「巨大津波を操舵一つで乗り越える操船テクニック」——人類が蓄積してきた航海技術のすべてが、怒涛の勢いで私の7歳の脳みそにダウンロードされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『大航海時代のキャプテン・クックと熟練の船長』の記憶がダイレクトインストールされたー!?)
「マコちゃ〜ん! 冬休みは華乃ちゃんと一緒に大航海よ〜!」
「オギャァァァァァァ(国土交通省に捕まるわーーー!!)」
運動会で命懸けの姉妹の契りを交わした葛貫真理子。
しかし、彼女の「平穏な小学校生活」への道のりは、母の止まらない大風呂敷によって、今度は大原海原の荒波へと連れ去られていくのであった——。




