第9話:7歳児、夏休みのホラー現場で「霊」と「バグ」と「社畜根性」を見る 〜撮影中断の危機と、母の最も現実的な(?)怪談〜
「真理子様ぁ~! 夏休みはどこの海外リゾートへお出かけになられますの?」
「うちのパパのクルーザーでハワイに行きますの。真理子ちゃんもご一緒にどう?」
私立聖セシリア初等部・1年A組の終業式直前。
華やかな同級生たちが「今年のバカンスの予定」を自慢し合う中、私は高級シラカバ材の机に額を擦り付けんばかりにして死んだ魚の目をしていた。
(ハワイ? クルーザー? 何それ美味しいの……?)
葛貫真理子、7歳。
晴れてピカピカの小学1年生が迎える、人生最初の夏休み。
本来なら「宿題を秒で終わらせて、エアコンの効いた部屋でチートノートを眺めながら爆伸び確定のIT銘柄をニヤニヤ分析する」という最高のバカンスが待っているはずだった。
しかし、現実は非情である。
映画『ガラスの檻の少女』の大ヒット、外務省サミットでの「六ヶ国語同時通訳(※母のバグ)」、そして直後に炸裂した「サイバーセキュリティの天才(※母のバグ)」という尾ひれが尾ひれを呼んだ結果、私のスケジュール帳はパンク状態。
7月下旬:CM撮影5本+バラエティ特番のゲスト出演
8月上旬:新作ホラードラマ『悪霊の住む家』クランクイン(全12話一気撮り)
8月中旬:海外メディアの密着取材+映画祭のレッドカーペット登壇
8月下旬:秋の特番ドラマ撮影+各種取材+宿題(※10分で終わる)
(終わってる……。私の夏休み、完全に「デスパレードなデスマーチ」で埋め尽くされている……!!)
前世の社畜時代、お盆休みにシステム障害が起きて72時間連続で会社に泊まり込んだ悪夢が蘇る。
二周目の人生、しかも7歳の幼体になろうとも、社畜の宿命からは逃れられないというのか。
「あ、ごめんなさい皆様。今年の夏休みは……ちょっと『お仕事』が入っておりまして……」
乾いた笑いを浮かべる私に、同級生たちは「まあ! お仕事! さすが真理子様!」「お忙しいのね!」とリスペクトの眼差しを向けてくる。
(違うのよ! 働きたくて働いてるんじゃないのよ! 全部母のホラのせいなのよ!!)
こうして私の「血と汗と悲鳴にまみれた夏休み」が幕を開けたのだった。
1. 曰く付きのロケ地・旧桐生邸
「はい、カット! 素晴らしいよ真理子ちゃん! その『本当にお化けが見えているかのような怯え顔』、完璧だ!」
監督の叫び声が、湿気を含んだカビ臭い空気の中に響き渡る。
8月上旬、猛暑が吹き荒れる真夏日。
私が放り込まれていたのは、関東郊外の山奥にひっそりと佇む廃洋館——通称「旧桐生邸」だった。
ここで撮影されているのは、地上波の深夜枠で放送予定の本格ホラードラマ『悪霊の住む家』。
私は、旧家に引き取られたものの、屋敷に憑依した悪霊たちの嫌がらせに晒される薄幸の少女・サキ役を演じていた。
(怯え顔? 違うわよ監督……私、怯えてるんじゃないの。『このじめじめしたロケ地、熱中症対策と湿気対策が甘すぎて労基に駆け込みたい』って絶望してるだけよ……!)
汗で額に張り付く前髪をぬぐいながら、私はパイプ椅子に腰掛けた。
この旧桐生邸、ただのロケ地ではない。
明治時代に建てられた歴史ある洋館なのだが、業界内では有名な「本物の事故物件」なのだ。
「夜になると誰もいない2階から足音が聞こえる」「照明機材が理由もなく破裂する」「音声マイクにノイズ混じりの女の悲鳴が入る」といった噂が絶えない、筋金入りの心霊スポットである。
「はぁ……マジで不気味っすね、この屋敷」
隣でADの青年が、顔を青くしながら冷えピタを額に貼っていた。
「現場の安全管理がなってないわね。スタッフの顔色も悪いわ。熱中症予防の塩分タブレットとポカリスエット、ちゃんと足足りてる? 事故が起きてからじゃ遅いのよ。撮影スケジュール(納期)が押すんだから」
「す、すみません真理子様……! すぐ補充してきます!」
7歳児に現場の労務管理(安全衛生)を怒られ、脱兎の如く走っていく20代のAD。
前世の元・中間管理職としての習性が、ホラーのロケ現場でも炸裂してしまう。
(まあ、お化けだの幽霊だの言っても、どうせ科学的に説明がつく現象か、ただの集団ヒステリーでしょ。一番怖いのは『納期遅延』と『予算オーバー』よ)
幽霊よりも「現場の炎上」を恐れる私。
しかし、その日の深夜撮影で、ついに「本物」が牙を剥くことになった。
2. 深夜2時、怪異の発生
カツン……カツン……カツン……。
時刻は深夜2時を回ったところ。
撮影はクライマックス、少女サキが暗闇の回廊を懐中電灯ひとつで進み、突き当たりの「開かずの扉」を開けるという最重要シーンに入っていた。
「『悪の華』第7話、深夜の廊下シーン! 本番……イレーす!」
カチンコが鳴る。
しんと静まり返る廃洋館。
私は震える手で懐中電灯を持ち、軋む床を踏みしめながら歩く。
前世の修羅場を思い出しながら、完璧な「ビビり演技」を披露していた。
(よし、この先の角を曲がって、扉に手をかければOKね。早く撮り終えてロケ弁のハンバーグを食べ——)
バチバチバチッ!!
突如、セットを照らしていた数台の巨大な照明機材が一斉に火花を散らし、消灯した!
「うわぁっ!?」
「停電!? 発電機トラブルか!?」
廊下が完全な暗闇に包まれる。
スタッフたちの悲鳴と動揺の声。
「落ち着いて! 発電機チェックして! 予備のライトを——」
監督が指示を出そうとした、その時だった。
ヒシューーーーーー……。
真夏だというのに、廊下の温度が急速に下がり始めた。
息が白い。肌を刺すような、寒気が全身を襲う。
(な……なにこれ……!? 物理的に室温が10度以上下がってる!? 発電機どころの騒ぎじゃないわよ!?)
さらには。
「……か……え……せ……」
「え?」
「……わ……た……し……の……家……か……え……せ……」
音声マイクを通さず、全員の耳に直接届くような、怨念の籠もった女の低音。
次の瞬間、廊下の突き当たりの「開かずの扉」が、ギギギ……と音を立てて勝手に開いた。
扉の奥の暗闇から出てきたのは——髪を振り乱し、血の涙を流し、身体が半透明に透けている、明治時代の着物を着た女の怨霊(本物)だった!!
「「「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!???」」」
撮影スタッフ、AD、カメラマン、そして監督までもが腰を抜かし、悲鳴を上げて逃げ惑う。
「出たぁぁぁ! 本物だぁぁぁ!」
「旧桐生邸の幽霊だぁぁぁ!」
(ほん……本物ーーーーーーーーー!!??)
私も固まった。
前世の32年+今世の7年、計39年の人生で、初めてエンカウントした「本物の心霊現象」。
科学的根拠もへったくれもない。目の前に、物理法則を無視した半透明のバケモノ(悪霊)が浮いているのだ!
「……我が館を汚す者ども……死をもって……償え……!」
怨霊が長い爪を伸ばし、威嚇するように周囲のガラス窓を一斉に割った!
割れたガラスが飛び散り、吹雪のような冷気が吹き荒れる。
現場はパニック、完全に撮影中断(プロジェクト破綻)の危機だ!
(ヤバいヤバいヤバい! 幽霊って本当にいたの!? 物理攻撃が効かない相手にどうしろっていうのよ!? 労基も警察も幽霊は取り締まってくれないわよ!!)
恐怖で歯をガチガチ鳴らす私。
その時、現場のパニックを聞きつけて、控え室からトコトコと歩いてきた人物がいた。
3. 母・智恵子、心霊現場に乱入す
「あら〜〜〜〜っ! なになにぇ〜〜〜〜っ!? なんだか随分と盛り上がってるじゃない〜〜〜〜っ!」
派手な蛍光ピンクのポロシャツ(※熱中症対策)を着た、我が実の母親・葛貫智恵子(33歳)である。手には撮影隊への差し入れの「スイカ」を持っている。
(お母さん……!? 来ちゃダメ! あそこに本物の怨霊が——)
私が叫ぼうとした瞬間。
智恵子は宙に浮く半透明の怨霊と目があった。
普通の人なら腰を抜かして失神する場面だ。
しかし、智恵子は全く動じることなく、首を傾げて怨霊を見つめると、いつもの「能天気な大声」を張り上げた。
「やだぁ〜! 何そのリアルな仕掛けぇ〜! 監督さん、最近のホラードラマってすごいのねぇ〜! 特殊メイクかしらぁ〜?」
「ち、違う! あれは本物の幽霊だぁぁぁ! 逃げろ智恵子さん!」
物陰に隠れた監督が叫ぶ。
「えぇ〜? 幽霊〜? やだわぁ〜監督さん冗談ばっかり!」
智恵子はガハハと笑うと、恐怖に震える怨霊(※威嚇中)に向かって、自慢気な顔で言った。
「うちのマコちゃんねぇ! 『本物の霊能者で、除霊も除霊の儀式も一人で全部できちゃう陰陽師の末裔』なのよ〜!」
(……は?)
私、スタッフ、そして怨霊までもが、同時にフリーズした。
「そうなのよ〜! 昨日の夜もね、お家に出た悪いおばけをね、手で『えいっ!』ってやって一瞬で天国へ送っちゃったんだからぁ〜! おほほほほ!」
(言っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとてへん!!!!!)
私は現場で血を吐く思いで脳内絶叫した。
言ってへん! 昨日の夜、私が手で「えいっ!」ってやったのは、蚊を叩き落としただけだ!!
なんでそれが「悪霊を一瞬で浄化する最強の陰陽師」になるんだよ! 盛るにも程があるだろ!!
だが——恐ろしいことに、あの現象が起きた。
ズキュゥゥゥゥン!!
世界のシステムが書き換わる強烈なバグが、私の脳内を突き抜けた。
陰陽道、密教の呪法、九字切り、霊子力学(※バグによって生成された概念)、霊体の周波数解析、成仏プロトコル——あらゆる「対霊的コンサルティング知識」が、一瞬で私の中に流し込まれたのだ!
(ぐあぁぁぁぁ!? 脳内に『安倍晴明のデータベース』と『対霊的業務改善マニュアル』が直結されたー!?)
4. 7歳児陰陽師(社畜)、怨霊と「面談」する
バグによって覚醒した私は、ゆっくりと歩み出た。
脳内で霊体の波動を瞬時に測定・解析する。
(なるほど……波長は432ヘルツの未練波。怨念の主因は『家屋の不当占拠に対する怒り』と『成仏手続きの未申請』ね……完全に『地主と借地人の揉め事』じゃない!!)
私は怨霊の前まで堂々と歩み寄ると、小さな指でビシッと九字を切った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」
ズドォォォォン!!
私の指先から放たれた目に見える黄金の霊力が、怨霊を直撃!
怨霊の怨念オーラが、一瞬でシュシューッと縮んでいく。
「グアァァァァ!? な、なんだこの幼女の破格の霊力は……!?」
怨霊が怯えて後ずさりする。
「貴女、旧桐生邸の初代当主の妻・桐生キクさんね?」
「な……なぜ我が名を知っている……!?」
「霊体の波長データから身元特定(ID照合)なんて一秒でできるわよ。……それよりキクさん、貴女の主張は理解したわ。『静かに眠りたいのに、夜夜中ガタガタと撮影隊がうるさい』……要するに『騒音被害と敷地内無断侵入』への抗議でしょう?」
「……さ、そうだ! 我が家を荒らす無礼者どもを……許さん……!」
私は腕を組み、冷徹な「コンサルタントの目」で怨霊を見つめた。
「でもね、キクさん。貴女にも過失(落ち度)があるわ」
「な、なに……!?」
「貴女、明治時代に亡くなってから100年以上、成仏の手続き(しかるべき霊界への移行処理)を怠ってここに不法滞在しているでしょう? 不動産の所有権はすでに自治体に寄付され、現在は映画撮影の『正規の利用許可』が下りているの。法的(霊的)な正当性は、こちらにあるのよ」
「くっ……! だが、うるさいものはうるさい!」
「だから! 『折衷案』を提示するって言ってるの!!」
私は怨霊に向かって、人差し指を突き立てた。
「今から1時間、私たちの撮影に協力しなさい! 本物の怨霊として圧倒的なリアリティでカメラに映り込むのよ! 撮影が終わったら、私が最高級の線香と供物を用意して、特級の成仏プロトコル(極楽浄土行きの手続き)を爆速で代行してあげるわ! 悪霊としてこのじめじめした廃屋に永遠に縛られるのと、今すぐ成仏して天国で優雅に暮らすの、どっちが得か……社会人なら(※幽霊だけど)分かるわね!?」
圧倒的な論理と、圧倒的なメリット提示。
怨霊キクさんは、半透明の口ぐぐぐ……と震わせ、ポロポロと血の涙(※感動の涙)を流した。
「じ……成仏させて……くれるのか……? 天国へ……いけるのか……?」
「ええ、私の『九字切り浄化ソリューション』なら、待ち時間ゼロで即成仏よ。……さあ、契約成立ね。撮影を再開するわよ!!」
5. 本物の怨霊と撮る、史上最高のホラードラマ
「……さ、撮影再開だぁぁぁぁ!!」
私の指示で、正気に戻ったスタッフたちが大急ぎでカメラと予備の照明を立ち上げた。
ここからの撮影は、日本のテレビドラマ史上、前代未聞の光景となった。
「シーン87! 悪霊が少女サキに襲いかかるシーン! アクション!」
キクさん(本物の怨霊)が、カメラの前で「ウオォォォォン!」と凄まじい迫力の演技(※本気)を見せる。
CG一切なし。本物の冷気、本物の浮遊感、本物の怪奇現象。
「はいカット! キクさん、今のカメラ映りすごく良かったわよ! でももう少し『悲哀』を混ぜて! 復讐だけじゃなくて『寂しさ』を表情に出して!」
「あ、はい……こうでしょうか……(半透明で寂しげな顔)」
「そう! それ! 完璧! 業務効率最高よ!」
スタッフたちは全員青ざめながらも、あまりの映像のクオリティの高さにガタガタ震えながらカメラを回し続けた。
7歳児が本物の怨霊に監督ばりの演技指導を行い、怨霊がそれに素直に従っているのだ。狂気以外の何物でもない。
午前4時。
すべての撮影が、当初の予定より2時間も早く(超前倒しで)終了した。
「……以上で、ドラマ『悪霊の住む家』、全カットクランクアップです!!」
パチパチパチパチ……!!
スタッフたちから、恐怖と感動が入り混じった拍手が巻き起こる。
「よし、キクさん。約束通り、成仏の儀式を始めるわね」
私は高級な線香(※母の持っていたお供え用)に火をつけ、九字を切りながら特級の浄化呪文を唱えた。
「天清清、地霊霊……未練を断ち切り、光の道へ赴け……成仏!!」
ピカーーーーーーッ!!
温かな黄金の光が洋館全体を包み込む。
キクさんの体が、半透明から眩しい光の粒子へと変わっていく。その顔には、100年ぶりの穏やかな笑顔が浮かんでいた。
「ありがとう……真理子様……。良い『転職(成仏)』ができました……」
「ええ、あっちの(天国の)現場でも頑張ってね。お疲れ様でした!」
キクさんは光となって空へと昇り、廃洋館に漂っていたじめじめした冷気と不気味な空気は、完全に消れ去ったのだった。
6. 夏休みの終わりと、次なるデスマーチ
後日。
放送されたドラマ『悪霊の住む家』は、「CGを超えた真実の恐怖」「主演の真理子の圧倒的な存在感と、不気味すぎる悪霊のクオリティ」として大反響を呼び、深夜枠にもかかわらず異例の視聴率20%超えを記録。
「いやぁ〜真理子ちゃん! 君のおかげで最高ホラードラマができたよ! 事故物件の幽霊まで成仏させちゃうなんて、君は本当になんでもできるんだね!」
監督がホクホク顔で感謝してくる。
(ふぅ……なんとか納期も守れたし、事故物件の除霊も完了したわね……)
8月下旬。撮影ラッシュを全て駆け抜け、疲れ果てた姿で自宅の子供部屋のベッドに倒れ込む私(7歳)。
「終わった……私の社畜の夏休みが、やっと終わったのよ……」
宿題(※10分で終わらせた)のドリルを脇に追いやり、チートノートを開く。
この過酷な夏休みで稼いだ莫大な出演料を、秋に上場予定の新規IT関連株へどう分散投資するか……。それだけが私の唯一の癒やしだった。
(ふふふ……大変だったけど、資産は順調に増えてるわ。このペースなら、小学校を卒業する頃にはマジで遊んで暮らせるファンドが作れる……!)
自分のFIRE計画の順調さに、ニヤニヤが止まらない私。
しかし——。
バーン!!
部屋のドアが勢いよく開いた。
満面の笑みを浮かべた母・智恵子が入ってくる。
(げっ……このパターンは……!)
「マコちゃ〜ん! 朗報よ〜〜〜っ!」
「お母さん……お願いだから、もう『本物の陰陽師』以上のホラは勘弁して……私、秋は静かに学校に通いたいの……」
ベッドの上で懇願する私。
しかし、智恵子は目を輝かせて言った。
「やだぁ〜ホラじゃないわよ〜! さっきね、近所の自治会長さんとお話ししてきたんだけどね!」
「『うちのマコちゃん、本当は世界的な建築家で、古くなった集会所の耐震補強工事の設計図も一瞬で引けちゃうのよ〜』って言っておいたわよ〜!」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は頭を抱えてベッドから転げ落ちた。
世界的な建築家!? 耐震補強工事の設計図!?
私、前世でも文系の中間管理職なんですけど!?
ズキュゥゥゥゥン!!
脳内に、建築基準法、構造力学、CAD設計、耐震診断の専門知識が、怒涛の勢いで流し込まれていく。
(やめてー! 私の脳に一級建築士のデータベースを直接インストールしないでー!!)
「マコちゃ〜ん、秋休みは集会所の改修工事の現場監督ね〜!」
「オギャァァァァァァ(現場監督をさせるなー!!)」
怪奇現象すら「業務改善」と「成仏プロトコル」で解決した葛貫真理子(7歳)。
しかし、彼女の「静かな学校生活」を取り戻すための戦いは、母の放つ建築レベルの大風呂敷によって、秋の現場へと続いていくのであった——。




