05 予見可能性レベル
中学2年生の少年、春崗将は、投影された拡張現実に浮かぶ映像作品群とにらめっこしていた。
『将君なら、これらがいいと思うけど?』
と、サポートAIがいう。
「嫌だ。なんか違う」
映像作品、アニメや映画、もしくはちょっとした小話など、様々なコンテンツがある。そうしたものも各個人の趣向に沿った提案をするのがサポートAIである。
いつもなら彼は何の疑いもなく飛びついていた。
『違うものですか?』
「うん、もっとこう、まじめなやつがいい」
『まじめ、まじめ――』
そうして出された作品に対しても、彼の表情はすぐれない。
「ちがう。昔のがいい、もっと大人なやつ」
『過激なものは年齢制限があります。その範囲内で――』
「ちぇ」
浮かび上がってくる作品のトップページ群をにらみつける。それらは、彼が先ほどまで見ていたものからだいぶ外れている。2010年代の映像作品、まだテレビが全盛期だった時代のものが表示されていた。
その中に、渋い刑事が独特の銃を構えた作品があった。主人公は男性なのか、多くはスーツ姿で、拳銃ではない30cmほどのちょっとごつめの銃、といってもアサルトライフルほど大きくもないそれをみんなが並んで持っている。
概要の説明には、心が管理記録され、個人の魂を判定する仕組みがあるらしい。1話目のタイトルには犯罪係数と書かれているが、その用語を彼は理解できないでいた。
だからと言って、レビューページまで開けてしまう気にも慣れない。
作品情報という項目を見ても、そこに出てくる名前や会社はわかるはずもなかった。
「SF?」
分かるとすれば、ジャンルに表記されている、SF、アクション、サスペンス、刑事、などの単語くらいだ。
「これにする」
『わかりました。年齢により一部映像が修正されたバージョンになるのをご了承ください』
「うーん、わかった」
映像の修正といっても、そうしたデータがあらかじめ用意されているわけではない。この時代において、逐次的に対応年齢に合わせた、表現の差し替えはリアルタイムで可能となっている。作品の根幹、言葉などのように、一部を隠してしまえばいいものはこれで対応される。
例えば、血しぶきのような残虐描写は、血液が省略されたり、タバコなどもそれとなく描画されない。それが、作品全体を通して違和感なく再構成される。
こうした、映像の瞬間改変能力の向上は、映像業界、ゲーム業界を一変させた。
彼は、ソファにゆったりと座って、作品の視聴を開始した。
視界の隅で表示されている、『ユーザーとの相性 3%』というワードやサポートAIを手で追いやりながら、企業ロゴが表示された次の映像へと進む。
そうして、彼は1話目を見終わった。
古臭い絵とセリフ回しの違和感が強い。テンポやリズムがそもそも現代の作品と異なる。そのうえ、当時は未来的だった表現も、今では、ちぐはぐさが露呈し、いくら拡張現実が優れていても、服はちゃんと選ぶよね、といった違和感が鼻についてしまった。
そうした違和感から、どうしても1話目では楽しむことができなかった。
2話目がはじまる前に一時停止をする。と、サポートAIがひょっこりと顔をのぞかせる。
『別の作品にされますか?』
「トイレ」
その後、作品を一通り時間をかけて見終わることになったが、結局彼はよくわからなかった。黒幕であるらしい、人の脳の集合体が管理する社会への嫌悪、というのが理解できないのである。なぜなら、人の脳ではないにしろ、すでに、もうこの社会は電子計算機によって最適化が進んだ社会だ。
確かに、人間の臓器によるもの、とすればグロテスクに映るが、現実はそれがAIがやっており、そこに対する忌避感はもともと持ちようがない。そもそも、そういう時代に生まれているのだから。
だからと言って、彼は「つまらない」とは言いたくなかった。
母親から食事ができたと、通知がきて、彼はそれに向かう。
食卓に向かえば、家族四人、父と母、そして弟で、人口的に作られた清潔な野菜と肉の料理が待っていた。
全員で「いただきます」と形式的な食事前のあいさつの後に、食べ始める。
弟の勇は、満足そうに食べているのにたいし、彼はどことなく不満そうな顔をしている。
しかし、一口食べはじめると、それは止まらず、笑みがうっすらとこぼれてしまう。
それを彼は忌々しく思う。
「何見てたの?」
母の何気ない質問。
「古いアニメの刑事もの」
「へぇ、おもしろそう」
「つまんなかったよ」
そう、つまらなかった。
何か違和感があった。どこに吐き出していいかわからない、どうしようもない何か。
「ごちそうさま」
早々と彼は食事を終えて、立ち去ろうとする。
「あ、勇とあそんでやってよ」
「あれやろうよ、変身戦隊カツレンジャー!」
「こんどな」
めんどくさそうに、彼はその場をあとにした。
◇ ◇ ◇
春崗将は、友達の形成トキオに、指を銃の形で指さして、
「犯罪係数、オーバー300、執行対象!」
「なんだよそれ」
「この前見た、古いアニメ」
「面白かったの」
「いや」
「タイトルは?」
「覚えてない」
困ったもんだと、トキオは両手をあげてあきれたように言う。
「退屈なのはわかるけどさ。最近、俺の親もサポートAIうざいし」
「わかる」
学校へ向かう道すがら。この時代でも学校は存在する。といっても、そのありよう、理由は様変わりしていた。現在では学ぼうと思えば、誰でも、電子空間と拡張現実を使って、個々人にフィットした最適な学習教材でもって学習できる。
立体映像を活用した最先端の家庭教師、しかし、根本的にそれ以前の問題で多くの学習は不要となった。
そもそも、人間は仕事をしなくていい。
社会のインフラの維持、開発、そして様々な研究と娯楽の創出、サービスとあらゆる仕事は機械と電子計算機がなす時代、仕事でもって生計をちゃんと立て切る人が例外のような社会である。
仕事をして経済を回す存在として、子供を教育する必要がなくなった社会なのである。
残ったものもある。それは、研究によって、残した方がよい、とエビデンスが示された同世代のつながりを持つ場所としての機能や、国語社会、歴史、などのごく一部であった。
「早く大人になりたいよ、映像作品の規制がうっとうしい」
「それな。でもさ、変わんない気もする。結局、用意された娯楽じゃね」
「そうなのかな」
トキオの、窮屈そうな答えに、反論できなかった。どうやったら抜け出せるのか、外に出られるのか、そうした閉塞感が彼にはあった。
通学の途中で、ジョギングをしている男性が交差点を曲がるのを見かける。年はだいぶ上、20歳前後、中学生の二人には、大人に見えた。だが、将にはその男性の拡張現実を使ったジョギングのありように、やはりどうなんだろうと思ってしまった。
あの人はどうして、筋トレをして、走って、体を鍛えているんだろうか。確かにかっこいい姿をしている。でも、そんな姿は映像として残したとして、いったいどうすることもできない。そもそも、そうした姿は簡単に加工で作れてしまう。憧れない気持ちもないわけではない。
ただ、その姿も、結局サポートAIの補助の上に成り立っているのだとしたら、それは本物なのだろうか、と。
そうして、あくる日も、次の日も、彼は今まで見たことのない映像作品を見たり、食べたことのないものを食べて不快を感じたり、よくわからない服を着てみたりした。
ある日の夜、将とトキオは、学校に忍び込んだ。
サポートAIをオフにし、それに類する端末を家に置いてきて、学校の裏側から、侵入したのである。
といっても、まだ建物の外ではある。
「どうやって中に入る?」
「扉って、鍵しまってるよな」
「渡り廊下のところ、扉ないけど」
「よし」
そうして、二階から、無鉄砲に飛び込んで侵入する。
二人にとってそれはとても面白いことだった。
奥へと進み、いつもの教室の窓側で、窓を開けて外を眺める。それは知らない景色だった。
◇ ◇ ◇
警備室に、3人の白衣を着た人たちが、拡張現実の映像を見ている。
女性が、2人の少年が学校に忍び込んでいるのを見つける。
「若いですね」
中年の男性が答える。
「はっ、らくがきもせん、窓ガラス割らん、かわいいもんじゃ」
この時代、侵入不可、にしようと思えばいくらでもできる。だが、学校はあえてそうはしない。中学生という多感な時期の彼らに、ほんの少し、暴走する余地を残す、そういう判断だった。これを知っているものは、社会の中でもごくわずかである。
白仕事、と呼ばれる、一部の特権ともいえる仕事に就く人たちや、それ以上の権限を持った人たちだけが知っている。
笑顔で中年の男性は二人をまじまじと見ながら、
「青いねぇ」
「範囲内の逸脱ですね」
「君は知っているかい? そういう、逸脱だったかな、昔そういう逸脱度合いで犯罪者かどうか決めるアニメがあったんだよ」
「知りませんね。古いものって、どうも」
「面白いよ、古い画風が嫌なら、今風や、アニメが微妙ならリアルに変換して視聴すればいい」
「どうしてそこまで勧めるんです?」
「ネタばらしは好きじゃないんだ」
◇ ◇ ◇
『こんな作品はいかがでしょう』
春崗将は自室でサポートAIが示す映像作品群に唖然としていた。
これまでよく好んで見ていた系統はほんの味付け程度の個数に減らされ、突拍子がないもの、よくわからないものが並んでいる。なんなら、いつぞや見た、SF刑事風のシリーズと思われるものも含まれていた。
「どういうこと?」
『これまでの将くんの閲覧内容から、分析し、おすすめのものを取り揃えてみました』
それはとても正しいものが並んでいたと言える。
決して、それを見て楽しいとは思わないだろうけれど、これまでの作品からはみ出したものを見ていきたい、そう思っていた内容としては正しい。
彼は、目をぴくぴくと痙攣させて苦い顔をしている。
それもそうだ。そもそも、サポートAIがおすすめしてくるような、そんなものから外れたもの、もっと遠くに、もっと自由になりたかったのである。
だが、そうした行為をしたとしてさえ、サポートAIはそれを学習して、提示してしまった。
肩をがっくりと落とす。
「今日はいい」
彼は寝ることにした。
そんな彼を窓越しに、遠くのマンションの屋上から一匹の黒猫がのぞいていた。
黒猫は語る。
「昔、AIが高度に発達する、人間を超えるか否かの時期に、それでも、人間だけができることがあるはずだ、と叫ばれたことがあったんだよ。でも、残念なことに、もはや今の社会で、電子計算機の予測を超えた存在に人間が至ることは困難なのさ」




