決意
そのあと、ジウロは零慈を紹介するために村人を集め始めた。
最初は不安そうに零慈を囲んでいたが、長老の話を聞き終えると誰彼と無く零慈に近づいてくる。
どうやらかなり人懐っこい種族のようだ。
集会はそのまま宴の席になり、色々な料理が運ばれて来る。
正直、零慈はどんなゲテモノを食べさせられるのかと警戒していたが、出てきたのは木の実や野菜を中心とした料理で見た目も味も申し分なかった。
ふと、食事の手を休め村人の様子をなんとなく目で追ってみる。
いろんな人がいた。
母親が小さな子供に食事を食べさせている。
父親らしき人が走り回っている子供を捕まえて叱っている。
恋人同士なのか、幸せそうに寄り添っている人達もいた。
ふと『この世界の住民はこのまま行くとこのユグドラシルシステムによって滅ぼされてしまう。』と言うリチャードの言葉が頭に浮かんできた。
それが本当ならいま零慈が見ている光景は将来、無残にも消え失せることになる。
難しいことは明日考えるがモットーだ、と流すには問題が重すぎる。
リチャードのノリが軽かったために今一リアリティを感じていなかったが、その内容に改めて思いをはせるとじわじわと怖さが浮き上がって来た。
宴は真夜中まで続き、ルチアは零慈の足元でかなり前から眠りについていた。
やがて騒いだり踊ったりするのに疲れたのか、村人達も1人、また1人と眠りについていく。
すっかり静かになった村の中で松明がはぜる音だけがやけに響いている。
「れーじ殿は眠らんのかね?」
酒の力で顔を赤くしたジウロが近づいてきた。
「ちょっと考え事をしていて」
再び村が沈黙で満たされる。
「……世界を救う? 俺が?」
誰に問うたわけでもなく、呟くように零慈の口から言葉が出てくる。
ゲームなどでは良くあるシチュエーションだ。
ある日、突然勇者になった主人公が世界を救う。
ゲームなら何度でもやり直しがきくし、最後までプレーすれば必ず世界を救う事が出来る。
でもこれがゲームなどではないことはもう十分理解できてしまった。
正直元の時代に帰るためにはやるしかないから深く考えもせず流れでこの村まで来た。
ただ帰るためだけにユグドラシルシステムを止めなければならないなら、失敗しても自分が帰れないだけだ。
もちろんそれは零慈的には大問題なのだが、自分の失敗が世界の滅びとイコールなんて事態と比べたら何百倍も気が楽だ。
賭けられているチップが桁違いすぎて眩暈がする。
ふと視線を下げると俺の膝を枕にしてルチアが寝ているのが視界に入る。
そっと撫でるとルチアは暖かくそして柔らかかった。
出会ってまだ1日も経っていないが無邪気に懐いてくるこの女の子の命はすでに零慈にとって決して軽くないものになっていた。
宴会場と化した広場に目をやると、はずかしそうに零慈に料理を運んできてくれた女の子や、物珍しそうに零慈に触れようとしてきた男の子、酒を勧めてきたおっちゃんや上手な踊りを見せてくれたおばちゃん達がみんな丸くなって幸せそうに寝ている。
自分がしくじればここにいるすべての命が失われる。
自分の事しか考えていなかった時には感じなかったプレッシャーが鉛のように体中に纏わり付き、気を抜けば此処から一歩も動けなくなってしまいそうになる。
なぜ俺なんだ?
どうして俺が選ばれたんだ?
俺にこの世界を救う事ができるのか?
誰か教えてくれ!
まるで迷子になった時のような、不安が、焦りが、もどかしさが零慈の心に生まれては澱のように溜っていった。
「れーじ殿が世界を救えるかどうか、それはワシには答えようの無い質問じゃ。いやワシだけでなく世界中の誰も答えられんじゃろう」
ジウロが口にした言葉はひどく冷たく感じられた。
「じゃが、れーじ殿は世界を救いたいのじゃろう?」
零慈がジウロの目を真っ直ぐに見つめる。
酒で頬は赤くなっていたが、その目は理性を失ってはおらず静かに零慈を見つめている。
「……救いたい。だけど怖い。……俺なんてただの15才のガキなんですよ!? なにが出来るっていうんだよ。……重すぎるんだよ、どうして俺なんだよ」
そう言って零慈は俯いてしまった。
そんな零慈の頭をジウロがまるで子供をあやすように優しくなでる。
「それでもれーじ殿は皆を死なせたくはないのじゃろ?」
俯きながら小さな声で零慈が答える。
「……死なせたくない……」
その言葉を受けてジウロが優しく微笑んだ。
「ならば大丈夫じゃ。れーじ殿がそう思い続ける限り希望は決してなくならぬ。そして希望を失わぬ者に人は惹きつけられるのじゃ。確かに直接、世界を救うのは神人であるれーじ殿にしかできぬ事なのかもしれぬ。じゃが、1人で救わねばならないという事もあるまい。ワシやルチアを頼ったようにこれからも周りに助けを求めていけばよいのじゃ。抱え込みなさんな。なに、皆にとっても自分の世界、命を救う事になるのじゃ。遠慮なく頼ればよい。……そなたは心優しい若者じゃ。きっとその心が世界を救うじゃろう」
そうか。
真っ暗な世界に優しく光る手が差し出されたように感じた。
1人でやらなくてもいい。
誰かを頼ってもいい。
自分1人ですべてを成さねばならないと思い込んでいた事に気付く。
ジウロの言葉によって、鉛のように纏わり付いていたプレッシャーがその重さを失っていく。
もちろんすべての不安が消えたわけではない。
肩にかかっている重さも変わらない。
それでも零慈はうずくまることなく一歩、歩き出せる気がしてきた。
「ありがとうございます。長老」
その言葉を受けてジウロが優しく微笑んだ。
次の日の朝早く、零慈とルチアは村人に見送られながら世界を救う旅の第一歩を踏み出した。
目指すは次なる神の御座、アルフヘイム。




