簡単なお仕事
「……はあああ?」
いきなりにも程がある。
この段階で、おう! 分かったぜ、と言える奴は勇者でも何でも無く、ただの馬鹿だ。
「この世界の住民はこのまま行くとこのユグドラシルシステムによって滅ぼされてしまう。その前に君の手にあるカードを使ってユグドラシルシステムを停めてほしいのだ」
こちらの都合など無視して一方的な説明が続く。
とにかく強引なおっさんである。
こんな大人にはなりたくないな、と頭が軽く現実逃避を始める。
いやいやそんな場合じゃない。
「ちょっと待ってくれ! いきなりそんな事言われても。ていうか、話が全くみえないんですけど」
だが、こちらの話は全く無視してリチャードの話が続く。
「なに、やる事はそんなに難しくない。このムスペルヘイムと同型のユニットが全部で9つある。その全てを回って、今と同じように強制介入プログラムを起動させるだけの簡単なお仕事だ」
まるで夕食の買い物を頼むような軽さだ。
「いやだから、話についていけねーって」
「もちろん君の意思を尊重するつもりだ。嫌ならやらなくてもいい。だがその場合、元の世界には帰れないがな」
突然の爆弾発言。
「──!! 今とんでもない事をさらっと言いやがったな!? そういうのは意思の尊重とは言わない!」
「認識の違いだな」
悪びれもせずにリチャードが言い放つ。
「ちくしょう。ならアンタの言う通りに仕事をやり終えたら元の世界に帰れるのか?」
「それは保障しよう」
「……なんだよこの超展開……」
とんでもない事態に巻き込まれてしまった。
世界を救うだって?
俺が?
たちの悪い冗談にしか思えない。
しかし、それをやらない限り元の世界には帰れないらしいし……というか、そもそもこのおっさんの話は信用できるのか?
そんな事を心の中で色々考えているとリチャードの緊張した声が響いた。
「まずい。ムスペルヘイムの修復プログラムに発見されてしまった。もうあまり時間がないが何か質問があるかね?」
突然の告白に頭の中の思考がうまくまとまらない。
だがようやく一つの質問が口をついて出てきた。
「ここはどこなんだ?」
リチャードがちょっと悪戯な笑顔を浮かべる。
「ここがどこかって? ここは君の良く知っている地球だよ。だが1万年ぐらいは経っているがね」
その言葉を最後にリチャードのホログラムは掻き消されるように無くなってしまった。
「ええ! ちょっと待てよ! 1万年ってどういう事だよ!! もう一回出てこいハゲ!」
しかしどんな暴言を吐こうとも、再びリチャードが現れる事はなかった。
そしてリチャードの代わりに、最初に聞いた女性の声が響く。
『不正なプログラムの削除を確認。これよりムスペルヘイムはユグドラシルシステムにアクセスします』
そのアナウンスが終わると、淡い青色に光っていた球体が、再び7色に光り始めた。
『スキャニングの結果、あなたはマスターキー保持者であることが確認されました。信号音の後、登録者の名前を発声してください』
アナウンスの後、ぴこんという音が鳴り響く。
正直、なにがなんだか訳が分からなかったが、とりあえず名前を言ってみる。
「……日輪……零慈」
『……登録完了。マイスター日輪零慈。これよりムスペルヘイムはあなたの力となります』
そのアナウンスを最後に、再び球体は入ってきた時と同じくほのかな白色の光を発して静かに部屋の中央に浮かんでいるだけになった。
「なにがどうなったんだ? ……なんか変な物に登録したんじゃないだろうな?」
ユグドラシルシステムが世界を滅ぼすとおっさんは言っていた。
どうもそれ関連のものに登録してしまった様なのだが大丈夫だろうか?
しばらく呆然と球体を見つめていた零慈の後ろから女の子の声が聞こえてきた。
「やっぱりワケワカンネもマイスターだったんだね。ルチアとおそろいだ」
あまりに聞き慣れた日本語に驚いて振り返る。
そこには猫耳少女が嬉しそうに、にこにこしながら立っていた。
「てめー、やっぱり日本語しゃべれんじゃねーか。もしかして俺をからかっているのか?」
その言葉を聞いて、心底不思議そうな表情を浮かべる猫耳少女。
「にほんご? ルチアよくわからない」
どうやらふざけている訳ではなさそうだ。
(どういうことだ? この子が嘘をついている様にも見えないし。もしかしてこの子が日本語に変えたんじゃなくて、俺がこの子の言葉が解る様になったんじゃ?)
「ねえワケワカンネ。もしかしておこってる?」
黙りこんで考え事をしているのが、どうやら怒っている様に見えたらしい。
どういう仕組みか、猫耳が悲しそうにたれて、尻尾のアクセサリーもだらんと垂れている。
「別に怒ってないよ。つーか、ワケワカンネって何のことだ?」
怒ってないと解って少女の表情がぱーっと明るくなり、同時に猫耳も尻尾も元気よく上をむいてぴくぴく動き出した。
「え? ワケワカンネはワケワカンネじゃないの? ルチアがなまえをきいたらワケワカンネっていった」
どうやら言葉が解らない間に、奇跡的にコミュニケーションが成立していたらしい。
「違う違う。俺の名前は日輪零慈だ」
猫耳少女が難しそうな顔をする。
「ひの……れい?」
「言いにくかったら零慈でいいよ」
すると少女は嬉しそうに名前を復唱しだした。
「れーじ。れーじ。れーーじ!」
あまりに嬉しそうな少女の様子をみて自然と笑みが浮かんでくる。
「そういやお前の名前はルチアでいいのか?」
くるくるとよく動く目を一杯に開いて少女が答える。
「うん! ルチアはルチアっていうの」
「そっか。いい名前だな」
「んふふうー」
ルチアが嬉しそうに喉を鳴らす。
まるで本物の猫の様だ。
「さて、これからどうしたらいいのかねー」
「れーじ、どこかにいくの?」
ルチアが興味津々に尋ねてきた。
「まあ俺も良くわかんないんだけどな。そういやルチア、このムスペルヘイム? これと同じ物がどこにあるか知ってるか?」
するとルチアが悲しそうな表情になった。
「ルチアわからない」
ある程度期待していたのですこしがっかりとする零慈。
「そっかー。そう簡単には行かないか。なにが簡単なお仕事だ、あの白髪ハゲめ」
「でもでもっ」
ぴょんぴょん跳ねながらしゃべるルチア。
「ルチアのむらの、ちょうろうならしってるかも」
「お、長老か。なんかいい響きだな。じゃあルチアの村に連れて行ってくれるか?」
ルチアが心底嬉しそうに答えた。
「うん! ルチア、れーじをむらにつれていく!」
「よろしく頼むぜ」
そうして2人は球体のある部屋から出て行く。
「そういやルチア。やっぱり長老ってめちゃくちゃデカイのか?」
「? ルチアよりはおおきいけどふつうだよ」
「そうか。やっぱり大長老じゃないとデカくないのかな……」
「?」
こうしてほんの6時間前まではどこにでもいる普通の高校生だった日輪零慈の、世界を救う簡単なお仕事の旅が始まった。




