光るカード
その日、零慈は朝から落ち着きがなかった。
理由は単純で発表されてからずっと心待ちにしていたゲームの発売日だったからだ。
しかも明日からは3連休、さらに両親は結婚20周年記念で海外旅行に昨日から出かけている。
まさに心置きなくゲームをしなさいと神様が言っているようなシチュエーションだ。
ゲームはすでに予約済みなので後は学校が終わるのを待つばかりなのだが、こういう時の時間の流れの遅さは筆舌に尽くしがたいものがある。
ようやく6時間目の授業というところまで来たのだが、よりによって最後は零慈の一番嫌いな古文の授業だった。
数学や英語、理科社会などは万が一くらいは卒業後、役に立つ事があるかもしれないが古文だけはどうしても役に立つ姿がイメージできない。
そもそも要らなくなったから使われなくなった訳でそれをほじくり返して勉強した所でなんの意味があるんだ! と、古文に対するやり場の無い怒りを抑えつつ、半ばやけくそ気味に黒板の字をノートに書き写す。
後で見返しても絶対に読むことの出来ないノートを完成させたところで、ようやく零慈は古文の授業から開放された。
ホームルームの終了と共に教室を飛び出し、予約をした店に向かう。
ちなみに零慈はテニス部に所属している。
理由は単純で女の子にもてそうだったからだ。
だが零慈は入部して直ぐに自分の考えの甘さを思い知った。
確かに華麗にコートの中でラケットを操る姿は格好がいい。
だが、そのレベルに至るまでには相当の苦しい修練が必要であった。
零慈は3年間、自分がその修練を積んでも女の子にアピール出来るようなレベルに到達するとはとても思えなかったのである。
しかも男子テニス部と女子テニス部は完全に分かれていて、部員同士の楽しい交流など一切ない。
元が軟派な考えで入部していたので一ヶ月が過ぎる頃には立派な幽霊部員となっていた。
その日も当然のごとく部室には行かずに、むしろ先輩達に見つからないように慎重かつ可及的速やかに校門を目指し学校からの脱出を計る。
なんとか先輩達に見つかることなく、無事駅前の家電量販店に到着し念願のゲームを入手して家路につく事ができた。
零慈の家は学校から歩いて行ける距離にあるので電車には乗らない。
電車通学はだるいという理由で成績的にはかなり冒険となる最寄りの高校を受験したのだ。
楽をするためには努力を惜しまない事と、ややこしい事が起きたら明日考えるというのが零慈のモットーだった。
さすがに小学生の頃のように、喜びのあまり全力ダッシュで家に帰るという恥ずかしい行動には出なかったが、心なしか早歩きになってしまう。
浮き浮きしながら家路を急ぎ、後は角を曲がれば自宅という所で、もはや小走りの領域に突入していた零慈の足が止まる。
奇妙なものがそこにあった。
その角には地蔵が安置されていて、いつも近所のおばあちゃんが花やお供え物をしている。
見慣れた光景だったのだが、今日は様子が違っていた。
「なんかシュールな光景だな……」
おもわず独り言が出てしまった。
それもそのはず、いつもはつるんとしている地蔵の額に、きらきらと光るカードがまるで角のように刺さっている。
サイズはクレジットカードなどとほぼ同じ、何で出来ているのかカード自体が薄っすらと金色の光を発していた。
「最近のお地蔵様はカスタムパーツがあるのか?」
そう言いながら、おもわずカードを掴んで引っ張る。
すると何の抵抗もなくするりとカードが抜けた。
「ありゃ? 抜けちまった」
慌てて元に戻そうとするが、不思議な事にカードが刺さっていたはずの穴がどこにも見当たらない。
「うーん。なんか面倒な事になったな。……まあいいか、明日考えよう」
そう呟いて零慈はズボンのポケットの中にカードをねじ込んだ。
結局、その後ゲームに夢中になってカードをポケットに入れていたことすら忘れていたのだ。
「……このカードってお地蔵様の頭に刺さっていた奴だよな? じゃあなんだ、これは地蔵の呪いなのか!?」
改めて地蔵の頭に刺さっていたカードをまじまじと見つめる。
相変わらず金色の光を発しているが、両面ともなにも記載されていないただの板に見える。
その時、カードが再び太陽のように目も眩むばかりの光を発した。
「うわっ、眩しい!」
光は一瞬で収まったが、今度は謎の球体が激しく点滅を始めた。
『強制介入プログラムの信号を受信。ユグドラシルシステムへのアクセス停止。これよりムスペルヘイムはスタンドアローンにて再起動します』
音声が途切れると共に、球体の光も消え真っ暗になる。
「$$#“$$$!」
猫耳少女が不安そうに何かを叫んだ。
だが暗闇はそう長くは続かなかった。
直ぐに再び球体が光を放ち始める。
今度は先ほどとは違い、淡い青色に光っている。
『ムスペルヘイムは不正なプログラムを発見しました。これより自己修復プログラムによる……削除……を……カ……』
球体から出る声が途切れ途切れになってついには止まってしまった。
「なんだ? 故障か?」
まるでその言葉に答えるにかのように、球体の上にいきなり人の半透明の上半身が現れた。
歳は60代前後くらいの男性で、肩まである長い白髪だったが、残念な事に天辺付近は見事に空き地となって光っている。
医者や研究者などがよく着ている白衣を纏っていた。
「うおう!? 今度は幽霊かよ!」
すると球体の上に現れた人物が答えた。
「落ち着きたまえ。私は幽霊ではないぞ。まあ、似たようなものだがな。これは私の思考を量子化して保存した、いわば私の擬似コピーだ」
そう言ってにやりと笑う。
「時間がないので話を進めさせてもらう。私はリチャード・如月。ユグドラシルシステムのネットワーク部分をデザインした者だ」
零慈は黙って聞いている。
というか、事態を把握できずに固まっているというほうが正しい。
「このプログラムが起動したという事は、私の恐れた事態が始まってしまったという事になる。ところで君の名前は?」
「……日輪……零慈」
「ほう。生粋の日本人か。それでは日輪君、単刀直入に言おう。この世界を救ってくれないか?」




