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決着

 戦闘が始まった。


 零慈に言われるまでもなく、数の力を生かすため敵は一斉に襲い掛かって来る。

 勢い込んでみたものの、零慈には特に作戦など無かった。


 ただ、時間さえ稼げば本物の近衛師団がやってくるはずなので、それまで何とか死なないようにするだけだ。

 とりあえず先頭を走る男の足元に風を絡ませ転倒させる。

 何人かが巻き込まれて倒れるが、そんな仲間を助けるどころか踏みつけてそのまま迫ってくる。


 そのあまりの躊躇いの無さが、彼らがこういった事に関するプロであることを如実に物語っていた。

 さらに何人かを風で吹き飛ばしたが、仲間の体を風防にして着実に距離を縮めてくる。

 殺さないと言うのは、言葉で言うのは簡単だが実際はこうも難しいものなのかと痛感させられる。


 そしてついに襲撃者の一人が剣の間合いに零慈を捉えた。

 振り下ろされる凶刃に向かって、圧縮した空気の弾をぶつける。


「弾けろ!」


 思わず声が出る。


 空気の弾は忠実にその指示に従い、溜め込んだ圧力を開放する。

 まるで見えない巨人に掴み取られたように剣が敵の手からもぎ取られ、明後日の方向へと飛んでいく。

 だがその兵士の後ろから、銀色に輝く諸刃の刀身が零慈を串刺しにしようと迫る。


 死角を利用した必殺の一撃。

 空気を圧縮する暇は無い。

 咄嗟に風で自分の体を左に飛ばす。

 急激にかかったGによって視界が歪む。


 すんでの所で攻撃をかわし、がら空きになった敵の背中に風を叩きつける。

 自身の勢いも加わって、風を食らった敵が結構派手に飛んでいく。


 手強いと見たのか敵が一旦攻撃を止め、お互いのポジションを確認し合い陣形を整え始めた。


(やべーな。囲まれて一斉に来られたらアウトだ)


 零慈の額に嫌な汗が流れ出る。


 だがその時、待ちに待った援軍が到着した。

 雄叫びを上げながら刺青軍団に突撃をかます近衛師団。

 同じ鎧を着ているので敵味方入り乱れると訳が分からなくなりそうだったが、それは零慈だけで彼らはお互いに混乱している様子はない。


「大丈夫ですかい神人殿?」


 乱戦の中、零慈を守る為敵を蹴散らしながら大柄で髭面の男が駆け寄ってきた。


「なんとか。でもマジで死ぬかと思ったよ。助かったー」


 それを聞いてガハハと豪快に男が笑う。


「僥倖、僥倖! 神人を助けたなんて一生の自慢になりますぜ。見ていて下せえ。5分でおわらせやす」


 そう言うと手に持ったハルバードをバトンのようにぶんぶん振り回しながら敵に突っ込んでいった。


 あれじゃ近衛師団と言うよりは山賊の親分だな、と少々失礼な事を考えながらふと飛び出してきた窓に目をやると、何かがキラリと光った。


「? ──! あれは!?」


 光ったのは鋼の砲身。


 何度も零慈達の危機を救った前世紀の遺物。

 だがその照準はこちらに向けられている。


 バルジがアハトアハトを呼び出していたのだ。


「皆! 逃げろぉーーー!!」


 そう叫びつつ、零慈は風の力を全開にして空中へと飛び上がる。


 それと入れ替わりになるように砲弾が打ち込まれた。

 下から吹き荒れる爆風を何とかいなし、それを使ってさらに上昇する。


 そして次に零慈が見た光景は、まさに地獄絵図だった。

 砲弾が着弾した所には大きなクレーターが生まれ、その周りに敵味方関係なく沢山の人達が倒れていた。

 そこらじゅうに千切れた手足が飛び散り、ピクリとも動かない丸太のようになった人がそこかしこに転がっている。


 その中にはついさっき零慈と言葉を交わしたばかりの髭面の兵士もいた。


 そこに在ったのはまさに形となった死そのもの。

 50メートル程飛び上がった所で、零慈の体が下降を開始する。


 再び風を集めコントロールしようとすると、頭が一瞬クラっとなり意識が軽く混濁した。


 明らかに力の使い過ぎだった。


 だがそれがなんだ。

 零慈の頭は今まで感じた事のない程の怒りに満ちていた。

 あの男は人の命など、ただの消耗品にしか思っていない。

 自らの欲望を満たす、ただそれだけの為にまだ人の血を流そうというのか。


「許さねえ……。お前だけは許さねえぞ!」


 その雄叫びが聞こえたのか、アハトアハトを消したバルジが部屋の奥に駆け込んでいく。


「逃げんじゃねえ!!」


 弾丸と化した零慈が凄まじい勢いで窓に向かいそのまま部屋に飛び込む。


 コントロールに失敗して窓に残ったガラスで左肩を切ってしまったが、そのことにすら気付いていない。

 部屋の奥にバルジの姿を見つけ、ぶちのめそうとそのままの勢いで突っ込む。


 が、慌てて逆噴射をかけ、つんのめりながら着陸する。


 その理由はバルジが抱えているものにあった。


「ルチア!」


 引きつった薄笑いを浮かべているバルジの左脇にはぐったりとしたルチアが抱えられていた。

 そして右手に持った黒光りする拳銃をルチアの頭に当てている。


「お前! ルチアに何をした!?」


「うろたえるなよ。ただ寝ているだけだよ。ひゃは、騒がれると面倒だからエサに眠り薬を混ぜてやったらアホみたいに喜んで食べてやんの。これだから下等な氏族は嫌だね」


 なにが面白いのか、耳障りな声で笑う。


「……ルチアになんかしたら殺すぞ」


「うひゃあ、怖い。でも勘違いしてんじゃないよ。死ぬのは僕じゃなくてお前さ。とりあえずマイスターの力を止めろ。じゃないとこいつを撃つ」


 こちらが要求を呑まなければ間違いなくこいつは引き金を引くだろう。


「シャットダウン……」


 青かった世界が通常の色を取り戻す。


「ふへへへ、これでもう怖いものは無しだ。サリサを僕から取ろうとした罪は重いよー。殺してくれって頼んでくるまで痛めつけてから殺してやる」


 バルジが恍惚の表情を浮かべている。


「……バ……バルジ……、もう止めるんだ……」


 息も絶え絶えのミズガルズ王の声。

 良かった。まだ息はあるみたいだ。


「うるさいなー。役立たずのパパなんて僕いらないんだよ」


 まるでもう使わない玩具を見るかのように、ソファに倒れこんでいる父親をバルジが見つめる。

 その時、バルジの後ろにある蹴り破られた扉の残骸の陰に見覚えのある黒髪が見えた。


「……お前、こんな事してサリサが喜ぶとでも思っているのか?」

「当たり前だよ。サリサは僕と結婚するのが一番幸せなんだ。なのに皆して僕の邪魔をしようとする」


「だからサリサの兄貴を殺したのか?」

「そうだよ。あいつがいなくなれば僕とサリサは結婚できるし、おまけに僕は王にもなれるんだ。すごいだろ?」


 なんでこんな事を嬉しそうに言えるのだろう。

 同じ人間として、同じ心を持つものとして理解できない。

 だがそれを理解する必要はないし、する気も無い。


「……サリサの両親を殺したのもお前か?」


 褒められているとでも思ったのか、妙に得意げにバルジが答える。


「よく知ってるねー。そうだよ。僕とサリサの結婚を邪魔しようとしたし、なんか僕の事疑ってるみたいだから毒を打ってやったのさ。あは、あの時は面白かったなー。地面を転げまわって、最後は目玉が飛び出て死んだんだぜ! もう一回見たくなって、ちょうどそこにやって来たおばさんにも打ったんだよ」


 その時の光景を思い出しているのか、バルジが突き出た腹を揺らして笑っている。


 零慈の硬く握られた拳が小刻みに震える。

 駄目だ、目の前にいるこいつの言葉は分かるが、言っている意味が解らない。

 こんな奴にサリサは家族を奪われたのか。


 こんな奴のせいで、サリサはあんな表情を浮かべ続けなくてはならなくなったのか。

 こんな奴に奪われなければならなかった命とは一体なんだったんだ?


「……お前、もうしゃべるなよ。これ以上その声を聞いたら頭がどうにかなりそうだ」


 加虐的な笑い顔を浮かべるバルジ。


「なに? 怒ってるの? あは、ゴミみたいな奴らが死んだぐらいで大袈裟だなぁ」


 頭の血管が切れる音が聞こえた。


「黙れと言ってるんだ!!」


 零慈の上げた怒声に思わず体が縮こまるバルジ。

 その時、音もなくファリナが扉の影から飛び出す。


 流れるような美しい動作で引き抜かれる長剣。

 そしてファリナはそのまま迷う事無く、肩口からすっぱりとバルジの腕を切り落とした。


 ごとん、と妙に間抜けな音を立てて拳銃を握ったままの右腕が床に転がる。


「へ? あれぇ? 僕の手……」


 あまりに見事に切断されたため、痛みをまだ感じていないのだろう。


 ファリナは剣を投げ捨て切り落とした勢いそのままに左腕に抱えられたルチアを奪い取る。


 事態を飲み込めず、呆然と右腕を見るバルジ。


 そこに向かって零慈の右足が床を思い切り蹴る。

 マイスターの力は発動していないが、そんな物は必要ない。


 握りすぎて白くなった拳を思いっきり振りかぶり、生まれて初めて零慈は人を本気で殴った。


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