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宣戦布告

 案内されたのは王の自室だった。

 最初に零慈が案内された部屋と造りは良く似ていたが、広さは倍近くある。


 勧められるままに零慈はソファに座った。


「何か飲むかね?」


 喉が渇いていたわけではなかったし、一応毒が盛られている可能性もあるのでやんわりと断る。


「もう一度確認させてもらいたいのだが、世界が滅ぶというのは間違いないのかね?」


 向かい側のソファに腰を下ろしたミズガルズ王が尋ねる。


「間違いありません。現に地震が起き始めていて、アルフレリアにはかなりの被害が出ていました」


 王が頭を抱えこむ。


「……なんという事だ。そんな事が現実に、しかも我らが拠り所としていた物によってもたらされるなど何たる皮肉……」


 確かに今まで絶大な力を与えてくれていたものが、いきなり手の平を返して襲ってくるのだ。

 飼い犬に手をかまれる、ちょっと違うか? 

 とにかくショックを受けるのは当然だろう。


「それで、どうすればそれを回避できる? 我にできる事はあるのか?」


 零慈はポケットから例のカードを出して見せる。


「このカードを持って全てのヴァルハラを回れば滅びを回避できるそうです。現在、此処を含めて3箇所、ムスペルヘイム、アルフヘイム、ミズガルズはもう回ったので、残りの6箇所、どれでもいいから場所の説明と顔が利くなら便宜を図ってもらえると助かります」


 分かった、と王が返事をする。


「後、これは滅びの件とは関係ないんですけど……」


 零慈が言い終わる前に、王が言葉を被せてきた。


「サリサの事だな。あれは……」


 だが王の話が始まった途端、部屋の扉が荒々しく蹴り破られ、近衛師団の鎧と兜に身を包んだ兵士がなだれ込んできた。


「何事か!?」


 ソファから腰を浮かした王の誰何に答えたのは、兵の後ろから悠然と入ってきたバルジだった。


「パパ。話が違うじゃないか。ヴァルハラの帰り道でそいつを襲う予定だったのに何で違う道を選んで、しかもパパの部屋で話をしているの?」


 平静を装ってはいるが、声が上ずっている。

 予定が狂ったので、かなりいらいらしている様だ。


「バルジ。もう諦めるんだ。この方を殺すという事は世界が滅ぶと同じ事なのだぞ」


「はああ? 何言ってんだよ! 諦める!? あは、そんな事出来るわけがない。……ああそうか、パパはそいつに騙されているんだ!」


 感情を抑えきれなくなったらしく、血走った目をギラつかせ耳障りな声でわめき散らしだした。


「バルジ、我もお前の望みをかなえてやりたかったが、今はそれどころでは無くなったのだ」


 まるで聞き分けのない小さな子供をあやしているみたいだ。


「うるさい!! ……もういい。パパなんて嫌いだ。やっぱり僕がやるしかないんだ……。お前ら、あの偽者の神人を殺せ!」


 バルジの指示を受けて、次々と腰に提げられた剣を抜刀していく兵士達。


「ならん! 全員、剣を納めよ!」


 だが誰一人、その指示には従わない。


「何をしておる!? これは王命ぞ!」


 慌てる王に向かって、冷え冷えとした笑いを浮かべたバルジが言った。


「馬鹿じゃないの? こいつら此処の兵じゃないんだから、パパの言う事なんか聞くわけないじゃん」


 その言葉に合わせて、兵士達が兜を脱ぎ捨てる。

 顔の右半分に全員同じ、唐草模様の刺青が入っていた。


「──! 貴様らは忌諱の民! バルジ、お前何という事を!!」


 バルジの金属同士をすり合わせたかのような、耳障りな高笑いの中、正体を現した刺客達が零慈目掛けて一斉に襲い掛かる。

 零慈はマイスターの力を使うため詠唱を開始する。


 だが、それより早く零慈目掛けて振り下ろされる刺客達の凶刃。

 全身の毛穴が開いてゆく様な感覚と共に、思わず目をつぶりそうになる。

 だが刺客たちの凶刃が零慈を捉えようとしたその瞬間、白い影が間に割って入った。


「ぐあああ!」


 絶叫と共に純白の服が血で真っ赤に染まってゆく。


 驚いた事に、身を挺して零慈を庇ったのはミズガルズ王だった。


 思わず詠唱を中止し、助けそうになるがぐっと堪える。

 そんな事をすれば、ミズガルズ王の行為を無駄にしてしまう事になる。

 頭では分かっているが、その気持ちを押さえ込むのは並大抵の事ではない。


 零慈はバルジに対する怒りを燃え上がらせる事で、何とか非情に徹することが出来た。


 そして王が稼いでくれた時間のお陰で神の力が覚醒する。


 室内の風を集め、それを使って一気に後ろへ文字通り飛び、襲撃者達との距離を取る。

 だがやはり閉ざされた空間内では使える風の力もそれなりでしかない。

 零慈は視線を大きなステンドグラスがはめ込まれた窓に向け、座標をセットする。


「速射開始」


 生み出された炎弾によって窓が粉々に粉砕され、色とりどりの破片が虹のように空を舞う。

 風と炎弾、この二つが多重起動(マルチタスク)出来ることは気球の操作で実験済みだった。

 風を操り、オリンピック記録も真っ青のスピードで割れた窓に向かう。


 外には英国風の綺麗に整えられた庭園が広がっている。


 此処は2階だったが、躊躇うことなく零慈は窓からその身を躍らせた。


 肌を突くような冬の寒い空気。

 だが今はそれが何よりも頼もしい。

 果てしなく高い大空に吹き荒れる膨大な量の風。

 それらを認識し、収束させ、そして纏う。

 零慈の体は不自然な放物線を描き、静かな庭園の真ん中に降り立った。


 部屋に残してきた王の事が気になるが、あのまま部屋で戦うよりは幾分かましだろう。

 バルジもさすがに自分の親にとどめはさすまい。


 今しがた飛び出してきた窓に目をやると、刺青の連中も躊躇うことなく次々と飛び降りてくる。

 彼らはマイスターではないが、日々の鍛錬の賜物だろう。


 そんな連中と普通に遣り合えば勝ち目はない。

 だが考えてみればこんな所で世界を背負って命を狙われる自体、もう普通じゃない。


 そんな事を考えると、妙な可笑しさが込み上げてきた。

 大丈夫、身体能力と数では負けるが、こちらには風を操る力がある。

 炎弾とあと武器召還も使えるはずだが、炎弾は確実に命を奪う。


 人の命(厳密に言うと人類ではないのだがそれは問題じゃない)を奪う事だけはしたくない。


 たとえ人を殺してもこの世界で唯一の神人である自分を裁く法は無いのかもしれない。

 それでも自分の心の中にある法がそれを許さない。

 だからどんなに不利になろうと、確実に死ぬと分かっている攻撃は使わない。

 同じ理由で使い慣れていない武器召還も使わない。


 これが零慈が自分で定めたルールだった。


 2階から飛び降りてきた敵は炎弾を警戒してか値踏みするようにこちらの様子を窺っている。


「さすがにこれは明日考える訳にはいかないよなあ」


 誰に言うのでもなく、ひとり呟く。


「このまま逃げて他の人を巻きこむのも嫌だし……ホントはこういうの柄じゃないんだけどな」


 思わずこぼれる自虐的な笑み。


 だが次の瞬間、大きく息を吸い敵をにらみつける。

 まったく、こんな台詞を言う事になるなんて夢にも思わなかった。

 でもまあ、一生に一回ぐらいこういう事があってもいいか。


 と言う訳で、


「てめーら、纏めてかかって来やがれっ!!」


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