ユグドラシルシステム
「おはよう。日輪君。なかなかいいペースじゃないか。おや? 今回はえらくしみったれたおっさんを仲間にしたんだな」
ひどい言われようをしたミズガルズ王だったが、本人はあまりの出来事に茫然自失、口を半開きにしてポカンとしていた
。
「そんな事はどうでもいいんだよ。こっちには聞きたい事が山ほどあるんだ」
先回は無駄に時間を使ってしまったので、今回は何を聞くか既に決めている。
「世界が滅ぶって具体的に何がどうなるんだ?」
一概に滅ぶといっても色々パターンが考えられる。
人類が消えるのか、地球が壊れるのか、社会制度が崩壊するのか、滅びという言葉だけではあまりにも抽象的すぎる。
「文字通りさ。この地球が消えてなくなる」
その場に居た全員(ミズガルズ王は全く話について行けていないようだが)が息を呑む。
「なんでそんな事に!? このユグドラシルシステムって一体何なんだ?」
「それを説明するにはまずユグドラシルシステムの原型となったプロジェクト・ユグドラシルについて説明する必要がある。最初にこのユニットを造ったのは当時まだ日本と呼ばれていた国だった。君も知ってのとおり日本は地震の被害が多かった。実際、君のいた元の時代以降も3回、首都が地震で崩壊している」
関東大震災の事は歴史で勉強した覚えがあるが、まさか同じ事が3回も起きるなんて。
この世界では歴史だが、零慈の感覚では未来の話なので複雑な気持ちになる。
「日輪君、地震が起こる原因を知っているかね?」
いつだったかは忘れたが、それも授業で聞いた覚えがある。
「確か、プレートが移動した時に産まれる歪だったっけ?」
リチャードが頷く。
「その通り。その歪を人為的に開放して地震を起こらなくする、それが世界を支える大樹計画。そしてそのために造られたのがこの地層制御ユニット、通称ヴァルハラだ」
なるほど、それでこの時代の人間は誰も地震を知らなかった訳だ。
「プロジェクト・ユグドラシルは期待通りの成果を上げた。いや期待以上だった。副産物として本来、地震として発散される有り余るエネルギーを自由に使えるようになったのだ。既存のエネルギー源などそれに比べたら児戯に等しい。初めは地震を無くすという平和利用が目的だったのだが、すぐにそこから生まれる膨大なエネルギーは戦略的な意味を持ち始めた。当時、世界情勢の中でかなり劣勢だった日本はその力を背景に近隣諸国への軍事的、経済的な侵略を開始した。そして日本の属国となる事を選んだ国へ次々とヴァルハラユニットが配置されていった」
よくある話といえばよくある話だ。
どんなに科学が発達しても、人のやる事は結局変わらない。
零慈の知っている歴史がそれを証明しているし、零慈が知らない未来の歴史も残念ながらそれを証明しているようだ。
「そして全部で九つ造られたヴァルハラユニットをリンクさせる事でついに世界中のプレートに干渉できるようになった。神ですら不要の世界の完成だ」
「確か言い伝えではその後でかい戦争が起きるんだよな?」
ジウロが確かそんな話をしていたはず。
「その通り。日本の属国となる事を拒否した国々との全面戦争が起こった。その結果がこれだ」
リチャードが手を突き出すと、手の平の上に世界地図が浮かび上がった。
それは零慈が教科書で見たものとは全く違う。
これじゃまるで、
「始まりの大地じゃねえか」
まさにその言葉通り、地図には大陸が一つしかなかった。
南北アメリカ、オーストラリア、アフリカ、つまりユーラシア以外の大陸が全て消えている。
「それはうまい表現だな。プレートに干渉できるとはつまりこういう事なのだ」
ユグドラシルシステムを使って敵対する国を全て海に沈めてしまったという事か。
むちゃくちゃだ、もう戦争とかの域を完全に超えている。
「じゃ、またその力を使って今度はユーラシア大陸も沈めようって事なのか? 誰が? 何の為に!? それとも機械の故障なのか?」
言い伝えではユグドラシルシステムを使った側も大きな被害を受けて、結局滅んでしまったはずだ。
そして誰も使えなくなったユグドラシルシステムは本来の地震を抑えるという役割だけを果たし各氏族によって守られ続けてきたのだろう。
何故今になってそれが再び世界に牙を剥こうとしているのか。
「故障ではない。それは……すまん、時間切れの様だ」
その台詞を残してリチャードのホログラムは消えてしまった。
その後は今までの通り、登録を済ませると球体は再び白く静かに光始めた。
「ねえ零慈、今の話よく判らなかったのだけれど、結局どうなるって事なの?」
「……この世界が全て海に沈む。いや、消えてなくなるって言ってたから、この星そのものが崩壊するのかもしれない」
すると、それまで完全に蚊帳の外だったミズガルズ王が悲痛な叫びを上げた。
「なにがどうなっているのだ!? 世界が滅ぶだと? 我は悪い夢でも見ているのか?」
うろたえる王に向かって、零慈が静かにしかしはっきりと告げる。
「これは夢なんかじゃない。世界は後1年で滅ぶ。俺はそれを回避するために此処に来た。嘘やハッタリではない事は今ので分かったはずだ」
よほどショックだったのだろう、そんな事が、と小声で繰り返している。
「……もう此処に居ても仕方ないわね。とりあえず出ましょう」
サリサの声は若干緊張していた。
そうだ、ヴァルハラに行くという自分の目的は達成されたが、今回はそれだけでは終わらない。
サリサの家族を殺した犯人を明らかにするという懸案はまだ何も解決していないのだ。
世界の終わりを知った王がどう動くか読めないが、とにかく気を緩めるのには早すぎる。
来た時とは違う道を使って王宮まで戻ってきた所で、弱弱しく王が零慈に語りかけた。
すっかり憔悴している様子で、軽く10歳ぐらいは老け込んだように見える。
「……神人殿、数々の非礼を働いた事を謝罪する。虫のいい話だとは重々承知の上で2人だけで話せないだろうか?」
「恐れながら王、私も同席させていただきます」
サリサが決して退かぬとばかりに王に詰め寄る。
「お主の考えている事は分かっておる。その事についてはいずれ明らかにする事を約束する」
この台詞からすると、少なくとも王はサリサの家族殺しについて何か知っているのは間違いない。
「しかし……」
それでもサリサは退かない。
確かに危険な誘いだ。
だが、王の目は何かを企んでいる様には見えなかった。
「サリサ、大丈夫だ。ちょっとこの人と話をしてくるわ」
結局、サリサは納得はしてくれなかったが、しぶしぶ零慈から離れた。




