ミズガルズ
その後、煙臭い水浸しの部屋で寝るわけにも行かず、部屋を移動する事になった。
今度の部屋は最初のものより随分とこじんまりした部屋だ。
こちらの目論見も相手にばれてしまったので、さすがに連続して襲撃は無いだろうと思われたが、念のため警備がしやすい部屋として選ばれたらしい。
さらに隠し扉の一件もあったので今度は室内にも護衛が付けられる事になった。
万全の警備の元、さあ寝てくださいと言われたのだが、何故かベッドの脇に座り込んで微動だにしないファリナにじーっと見つめられるハメになってしまった。
その距離、約50センチ。
これは地味にきつい。
新手の拷問方法なんじゃないかこれ?
「寝れるかっ!」
起き上がり、ベッド脇から汚物を見るかのような視線を送り続けているファリナに遠まわしにクレームを入れてみる。
「どうかしましたか? 眠れないなら一生目覚めないように子守唄でも歌いましょうか?」
声は優しいが、目は相変わらず怖い。
「あのさあ、本当に俺とサリサの間には何も無いんだぜ」
「当たり前です」
力強い即答だ。
話し相手として相応しいかどうか甚だ疑問だが、眠気も起こらないのであえてこの異文化コミュニケーションに挑戦してみることにした。
「……なあ、サリサの兄貴や両親を殺したのは本当にバルジなのか?」
ファリナの顔が軍人のそれに戻る。
「ご存知の通り、確たる証拠はありません。しかし、間違いないと自分とサリサ、いえ姫様はそう考えております」
「そっか。……そう言えばあんたとサリサって仲いいんだな。なんか主従というより姉妹みたいだ」
するとファリナの表情がすこし和らいだ。
「そうですね。サリサが生まれた時、私は5歳でした。壁守の家で歳が一番近かった私がサリサ就きの武官に任命されたのですけど、私にとっては主というよりまさに妹が出来たようでとても嬉しかった事を覚えています。サリサも私を姉のように慕ってくれました。サリサは任務など関係なく私の宝です。……だからこそ、サリサに近づく虫は私が排除します」
また顔が怖くなった。
「分かったって。俺だってサリサに色々世話になったから、それの恩返しがしたいだけだよ。サリサってたまにさ、すげー悲しそうな寂しそうな顔をするんだ。それをなんとかしてやりたいって思うのは普通だろ?」
しばらく考え込んでいたファリナがやっと口を開いた。
「……もしかするとあなたは悪人ではないのかもしれませんね」
「もしかしなくても悪人じゃねえよ」
結局、その後一睡も出来なかったが、体が緊張しているせいか不思議とだるさや眠気は全く感じなかった。
部屋に運ばれてきた朝食をサリサの所から抜け出してきたルチアと一緒に摂って、いよいよヴァルハラへと向かう。
その道すがら柱の影に隠れるようにして、こちらの様子を窺うバルジの姿があった。
襲撃に失敗して悔しそうにしているのかと思いきや、歪な薄笑いを浮かべたその顔には余裕すら窺える。
どうやら諦めるつもりは全く無いらしい。
だがそれはこっちにとっても好都合だ。
命の危険は続くが、それがなんだ。
こうなったらとことん遣り合ってやる。
一言も言葉を交わした事がない相手を他人の話だけで判断するのはあまり好きではなかったが、恐らく言葉を交わしたらもっと嫌いになるだろう。
そんな根拠の無い確信があった。
今に見ていろ、吠え面かかせてやる。
零慈がアドレナリンを盛んに分泌させているうちに、王宮の層を抜けヴァルハラの入り口に到着した。
「ここから先はマイスターしか入れぬ」
ミズガルズ王がルチアを見ながら横柄に言った。
「王、ルチアはムスペル族のマイスターです」
王とは対照的な涼やかなサリサの声。
「ふむ、他の氏族のマイスターといえど軽々しく入れるわけにはいかぬのだが……まあ良いだろう」
そう言って王が手を翳すと、今までと同じ様に扉が開く。
外観はこれまでのヴァルハラと違っていたが、内部は全く同じものだった。
「それでは神人の証を見せてもらおう」
小さく頷き、白く光る球体に零慈が手を触れる。
『ようこそユグドラシルシステムへ。当ユニットは認識番号001、始まりの地、ミズガルズです』
そのまま、虹色に光りだした球体にカードを翳した。
『強制介入プログラムの信号を受信。ユグドラシルシステムへのアクセス停止。これよりミズガルズはスタンドアローンにて再起動します』
光が消えタールの様な濃厚な暗闇の中、ミズガルズ王のうろたえる声が響くが誰も取り合わない。
『ミズガルズは不正なプログラムを発見しました。これより自己修復プログラムによ……ヨ……ヨー……』
そして青色に変化した光る球体の上にリチャードのホログラムが浮かび上がった。




