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暗殺者

 サリサがルチアを起こして一緒に部屋から出て行ってから、かれこれ数時間は経っただろうか。

 トーキョウの街は何処も例外なく深い眠りにつき、穏やかな静寂に包まれている。


 そんな中それは突然、闇の中から生まれた。


 全身を黒い布で覆った痩身の男。

 黒い手袋越しに握られたナイフも真っ黒に塗られ、光すら吞み込んでしまうかの様にただただ黒い。


 唯一、露出した目だけがナイフの代わりを果そうとばかりに、ギラギラと危険な光を発している。


 男は迷うこと無く零慈の寝ているベッドへと近づく。

 その動きは重さを感じさせない、まるで影だけが主から分かれて動いているかの様だ。


 音もなくベッドの脇までやってくると、うつ伏せに寝ている零慈の体を覆う布団の上から、心臓の位置に目星をつけ躊躇う事なく黒い刃を突き立てた。


 だが任務を達成したはずの襲撃者の目が戸惑いの色に包まれる。

 その時、けたたましい警報が鳴り響き、室内が一気に明るくなった。


 扉を開け放つ大きな音と共に、クローゼットから抜刀したファリナが飛び出す。


「まさか本当に来るとはな。神妙にしろ」


 だが黒ずくめの侵入者は神妙にする気などさらさら無いらしく、ベッドを乗り越え窓に向かって走り出す。

「無駄だ!」


 そう叫ぶと同時に、ファリナが手にしたスイッチを押すとシャッターがものすごい勢いで下りてきて窓を完全に塞いだ。


 だが襲撃者はあせる事無く、懐から取り出した何かをファリナに向かって投げつける。


「小癪な!」


 投げつけられた物をファリナが反射的に剣で払い落とすと、それは突然破裂し中から噴出してきた灰色の煙が襲撃者とファリナの間を隔てていく。


 だがファリナは視界が奪われるより一瞬早く、スイッチを捨て腰に提げられていた短剣を抜き、襲撃者目掛けて投げつけた。


 煙の中からくぐもった呻き声があがる。

 その時、部屋のドアが乱暴に開けられ、兵士を引き連れたサリサが現れた。


「零慈! 無事なの!? ──! なにこの煙!?」

「サリサ! ここはまだ危険です! 入ってきてはいけません」


 隊長の意思を汲み取って幾人かの兵士がサリサをガードしつつ後ろへ下がり、残りの兵達が部屋へと慎重に入って来る。


「もう逃げ場はありませんよ。おとなしく投降しなさい。……まさかあの一撃で死んだなんて笑い話を提供するつもりなのですか?」


 だがもうもうと立ち込める煙の中からは何の返事もない。


 さすがにこの煙の中に突入するのはあまりにも危険なのでファリナも兵達もその場でじっと剣を構えて、煙の中の動き一つ見逃すまいと神経を張り詰めさせている。

 しばらくすると煙が薄れて行き、それにいち早く気付いたファリナが声を上げた。


「いない……」


 部屋の入り口は一箇所だけ、窓のシャッターも破られた形跡はない。

 だが零慈を襲った襲撃者の姿は煙と共に消え去っていた。


「調べて! どこかに痕跡があるはずよ」


 兵士達がきびきびした動きで部屋の奥を調べ始める。

 ファリナは剣を収め、ベッドのところまで歩いて行き声を掛けた。


「もういいですよ」


 すると、ベッドの下からもぞもぞと零慈が這い出してきた。


「あやうく燻製になる所だったっぜ」

「せっかく囮に成って頂いたのに取り逃がしてしまいました。申し訳ありません。手傷を負わせた手ごたえはあったのですが……」


 その時、兵の一人が報告してきた。


「隊長! 侵入者の者と思われる血痕がここで途切れています! どうやら隠し扉になっているようです」


 そして扉を兵士が開けようとした。


「駄目だ! 不用意に開けるな!!」


 だが、非情にもその命令は間に合わなかった。


 扉の隙間から赤い光が見えた瞬間、開けようとした兵士ごと扉が吹き飛ぶ。

 爆発自体はそれ程大きなものではなかったが、まともに巻き込まれた兵は反対側の壁に叩きつけられ動かなくなってしまった。


「すぐに医務室に連れていって! 他の者は火を消しなさい!」




 消火活動が終わって、すっかり水浸しになってしまった部屋の中で零慈とサリサとファリナがそろって浮かない顔を浮かべていた。


「これじゃ、この隠し通路が何処に繋がっているかはわからないな」


 零慈の言った通り、通路は完全に爆発によって塞がれていた。


「こんな物があるなど自分は初めて知りました」

「私も知らなかったわ」


「しかし、本当に来るとはな。なんかそのまんま過ぎて逆に怪しいくらいだぜ」


 ベッドに目を向けると、そこには零慈の身代わりになったマネキンが横たわっている。


 胸には黒い短剣が刺さったまま。


 それがマネキンではなく自分だったらと考えると思わす背筋が寒くなる。


「確かに、今までのやり方に比べるとかなり雑でしたね」

「それだけ余裕がないって事でしょ」


 サリサの口調はひどく憎憎しげだ。


 零慈が囮を引き受けてからすぐ、この作戦が立案された。

 食事を運ぶワゴンに隠れてファリナとマネキンがこの部屋にこっそり入り、零慈はベッドの下へ、ファリナはクローゼットの中に潜んでいたのだ。


 正直、こんなベタな暗殺を仕掛けるものだろうか? 

 とも思ったのだが、なんのなんのしっかりと仕掛けてきやがった。

 誤算だったのは窓から侵入すると思っていた当てがハズレた事だ。


「ねえ零慈、もう止めてもいいのよ? これでアイツが諦めるとは思えない。今度はもっと強引な手を仕掛けてくるかもしれない」


 サリサは零慈の顔をまともに見れないのか、俯いて喋っている。


「言っただろ。俺はサリサの助けになるって。このくらい屁でもねーよ」


 実際は結構びびっていたのだが、ここで格好を付けなくていつ付けると言うのだ。

 そんな零慈の心情を知ってか知らずか、サリサが顔を上げすまなそうに微笑む。


「ありがとう……」


 ついつい零慈がその笑顔に見とれていると、妙に低い声でファリナが話し始めた。


「……あのう、サリサ。この方とはあくまでもバルジの悪行を暴くために、仮の、偽の、フェイクの恋人関係を演じているという事でよろしいんですよね?」


 何故かファリナの目が結構マジで据わっている。


 偽とフェイクは同じ意味だぞ、なんて気軽に突っ込める雰囲気じゃない。


「も、もちろんそうよ。やーねー、ファリナ、なに心配してるのよ」


 サリサがぱたぱたと手を振りながら否定した。


「そうですよね。()()()()()()()()()()()()ー」


 ファリナが零慈の方を向いて、一字一句たがえることなく脳裏に焼き付けなさいとばかりに強調する。

 目が全く笑っていない。


 暗殺者よりも怖いんですけど。


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