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 それで最初にサリサを見た時、ファリナは「なぜ戻ったのか」と言ったのか。

 ここまでの話で大分、事態が飲み込めてきた。


 サリサは家出と言っていたが、実際は逃亡者だったのだ。

 そりゃ、ここに案内するのを断るはずだ。


 だがファリナの口ぶりではまだ証拠は見つかっていないようだ。

 それなのにサリサは戻ってきた。


 それはつまり、


「なるほどね、証拠が無いならもう一度、動かすしかないって訳だ」


 バルジにとって零慈の存在はまさに晴天の霹靂、予想だにしなかった事態に違いない。

 クイズ番組で全10問中、9問正解して9点をとって勝利確実だったのに最後の問題だけ突然10点もらえるといわれたようなものだ。

 そうなると当然、形振り構わず最後の問題をどんな手を使っても正解するしかない。


 これまでの様に用意周到に証拠を残さないよう計画する事は出来ないから、何処かしらに綻びが出る可能性は高い。

 サリサはそこに賭けているのだろう。


 つまり零慈はバルジを釣り上げるための餌なのだ。


「確かに俺はこれ以上ないくらいのいい餌だもんな」


 零慈としては悪意を込めたわけではないのだが、その言葉を聞いてサリサがびっくと体を強張らせた。


「……さすがに怒ったわよね。勝手に零慈の命を危険に晒しているんだもの、怒って当然よ。自分がどれだけひどい事をしているのは判っているわ。……でも、もう私にはこの方法しか思いつかないの」


 サリサが今にも泣き出しそうな顔で零慈を見て、そして顔を逸らせた。


「サリサ、俺は……」


 気球の中で誓ったのだ。

 サリサの助けになるならどんな事でもしようと。

 こんな事態になる事は全く予想していなかったが、その誓いは微塵も揺らいでいない。


 だが、それを伝えようとした零慈の言葉はサリサに遮られた。


「やっぱり駄目! 今の話は全部忘れて! 今からでも遅くないわ、すぐに逃げ出す準備をして頂戴」


「サリサ……」

「ファリナに都の外まで案内させるわ。ミズガルズには今すぐ行けなくなるけど」


「サリサ」


 零慈の呼びかけには答えずサリサは背を向けて、やたら大きな身振りを加えて一気にまくし立てる。


「でも安心して。私がバルジと結婚したら、必ずミズガルズに行けるように手配させるから! でも、ちょっと時間が掛かると思うから先に他のヴァルハラに……」


「サリサ!」


 思わず上げた大声に吃驚してサリサが振り返り、零慈を見つめる。

 その目はいつの間にか真っ赤になっていた。


「別に俺は囮になるの嫌だなんて一言も言ってないぞ」


 だがサリサは首を振って聞き入れない。


「駄目よ。危険すぎるわ。だいたい零慈が死んだらこの世界も終わるのよ。零慈は零慈の問題にだけ集中していればいいの。これは私の問題。ここまで巻き込んどいて言うのもなんだけど、零慈には関係の無い話よ」


 サリサが突き放すように言う。


「関係無いなんて言うなよ。俺たちもう仲間なんじゃないのか? 仲間ならお互いに助け合うのは当たり前だろ? 俺はこれまで何度もサリサに助けてもらった。今度は俺の番だ」


 するとサリサが零慈の目の前まで駆け寄り、きつい視線で睨み付ける。


「私がした事とはレベルが違うのよ! 下手したら死ぬのよ!? ちゃんと考えなさいよ!」


「考えない!」


 その言葉にサリサの目が丸くなる。


「俺はサリサの助けになるって決めてたんだ! 内容なんて関係ねえ。 助けが要るなら助ける。考える必要なんて無い! 分かったか!」


 最初は呆気に囚われたサリサのきつい表情が、序所に雪の様に解けてゆく。

 あとに残ったのは安堵とそしてほんの少しの後悔が入り混じった、はにかんだ微笑み。


「……本当に馬鹿ね……」

「馬鹿は余計だよ。……大丈夫、俺は神人なんだからそう簡単には死なねーよ」


 サリサがくすりと笑った。


「そうね、とてもそうは見えないけど神人なんだものね」


 ここで零慈はずっと気になっていた疑問を口にした。


「……ええと、それでさ、囮になるのはいいとして、その、妻になるとか言う話なんだけど……」


「それなら心配しなくてもいいわよ。バルジが両親や兄様を殺した犯人って分かれば、後はやっぱり私、振られましたとか言って適当に誤魔化すから。本当に結婚するわけじゃないから大丈夫よ」


「え、ああ、そりゃそうだよな」


 確かにこの歳で結婚とか考えた事も無かったけど、なんかそれはそれで……


「ちょっと残念な気もする……」


 吃驚したように零慈を見つめるサリサと視線が合う。


 あれ? 

 いま考えてる事が口から漏れてしまったような……

 突然訪れた沈黙の中、二人は視線を逸らす事も出来ずに見つめ合う。


 相手の顔と、その瞳に映った自分の顔が同じように赤くなっていく。


「それって……」


「ルチア、まだまだたべれるよー! ……むにゃむにゃ」


 思い切って口を開いたサリサの言葉を掻き消すように、底抜けに明るい寝言が部屋中に響く。


 思わず寝ているルチアを見つめる2人。


 しばらくしてサリサがくくくと笑い声を上げる。

 つられて零慈も声を上げて笑い出す。


 しばらくの間、2人が上げる楽しげな笑い声が響き続けた。


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