サリサの事情
その後、サリサと話をする間も無く、零慈だけ違う兵士に先導されて一人ぼっちにになってしまった。
兵士が連れてきてくれた所は風呂だった。
中にはいるとかなり大な風呂で、スーパー銭湯と余裕でタメを張れるぐらいだ。
気球での旅の間は風呂に入れなかったので、これは素直に嬉しい。
ライオンの彫刻の口からお湯が出ているのを見て、この辺のセンスは時代を超えるんだな、とかどうでもいい事を考えているとすっかりのぼせてしまった。
風呂を出て、用意されていた着替えに袖を通す。
絹のような素材で出来たガウンで着心地は申し分ない。
ちなみにここトーキョウも冬で外はかなり寒いのだが、この建物の中は暖房がよく効いていて、ガウンだけでも湯冷めする事は無さそうだ。
その後、また同じ兵士に先導され部屋に案内された。
豪華な装飾が施された扉を開けると、中もかなり豪奢な造りになっていた。
一応、神人かもしれないという事でかなり手厚いもてなしを受けているようだ。
部屋の中にあるのは、よく貴族の家とかにありそうな天蓋付のベッド、高そうなソファにやっぱり高そうなテーブル。
さらに壁には作りつけの大きな暖炉があり、薪が赤々と燃えている。
さすがに鹿の頭や虎の毛皮は無かった。
「どうぞ、ごゆるりとおくつろぎ下さい」
言葉とは裏腹に、警戒心を顕わにした表情でそう言い残して兵士は去っていった。
「あ! れーじだー」
その声の主はベッドをトランポリン代わりにして飛び跳ねていた。
「ルチア、ちょっと行儀が悪いぞ」
ベッドの処まで行き、すっかりはだけてしまっているガウンを直してやる。
「ルチア、サリサといっしょにおふろはいったの!」
嬉しそうな笑顔だ。
「ああ、俺も入ってさっぱりしたぜ。ルチアと俺は同じ部屋なのかな?」
「ルチアひとりじゃいやだっていったら、サリサがここにつれてきてくれたー」
そう言って、ベッドの上で立ち上がり、後ろに回りこんで零慈の背中に張り付く。
きっと不安だったのだろう。
マイスターとは言え、まだ小さな子供なのだ。
謁見の間での出来事は怖かったに違いない。
こっちも余裕が無かったからフォローもしてやれなかった。
しばらくそのままにしてやると、やがて背中から規則正しい寝息が聞こえ始めた。
起こさないように注意してベッドに寝かせてやると、タイミングを計ったようにドアがノックされる。
どうぞ、と返事すると、ドアを開けてサリサが入ってきた。
サリサはガウンではなく、美しい金の刺繍が入ったワンピース姿で髪を後ろで纏めていた。
「あら? ルチア寝てしまったのね」
「ああ、色々あったから疲れていたんだろう」
そのままサリサはソファまで歩いて行って背もたれに軽く腰を乗せる。
しばらく間を空けてから、おもむろにサリサが話し始めた。
「ねえ、いきなりこんな事になって怒ってる?」
サリサが上目遣いでこちらを見てくる。
その仕草は卑怯だ。
サリサの性格からして計算してやっている訳ではないのだろうが、可愛すぎる。
怒っていても怒っているなんて言える訳が無いじゃないか。
まあ実際は怒っていないのだけれど。
「別に怒ってはねーよ。びっくりはしてるけどな。ここに来たって事は事情を説明してくれるって事でいいんだよな」
サリサがこくんと頷く。
「ちょっと長くなるわよ」
そう言ってサリサが話し始めた。
「私には兄がいたの。名前はエサレム・ヴァナ・神蔵。……私にとって兄さんは誇りだったわ。賢くて繊細で優しくて、でも私の前ではちょっと子供っぽいところを見せたり。民の皆からも慕われていて、誰もが認める次期国王だったの。でも今から二年前、私と両親がアルフヘイムに表敬訪問している時にそれは起こったわ」
サリサが一旦、口をつぐむ。
「……その時、東にある鉱山で落盤事故が起こったの。国王代理の任に付いていた兄さんはすぐに現場に向かい、そこでまた起こった崩落事故に巻き込まれて死んでしまったの」
その時の事を思い出したのか、サリサの瞳に涙が滲み出していた。
「兄さんが死んだ事によって、私が第一王位継承者になり、血を保つためバルジとの婚約がほとんど自動的に決まったわ。あんな奴と結婚するなんて考えたくも無かったけど、それが王族の務め、私はバルジとの婚約を受け入れたの。でもそんな時、私の一存で落盤事故の事を調べてもらっていたファリナが気になる報告をしてきたの」
サリサがソファを離れ、暖炉に近づいていく。
「事故は自然に起きたものではなく、人為的に起こされた可能性が高いとね」
なんだか話が2時間物のサスペンスみたいになってきた。
「という事はサリサの兄さんは殺されたって事?」
憎しみに燃える目を見せながらサリサが答える。
「私はそう思っているわ」
「誰が? バルジって奴か?」
「恐らく」
さっき見たバルジの事を思い出す。
確かにアイツならそんな事をしそうなタイプに見えた。
「でも何で? 次の王になりたかったって事か?」
そこでサリサが思い出すのも嫌だと言わんばかりに体を震わせた。
「……違うわ。アイツが欲しかったのはこの私よ」
さっき見ただけでもバルジがサリサに随分と執着しているのは良く分かった。
サスペンス物では愛に狂った殺人なんてよくあるシチュエーションだけど、実際にそれで人を殺すなんて事がそうそう起きるのだろうか?
「でもそれで人を殺すか? 血を守る為には身内で結婚しないと駄目なんだろ? 普通に告白したらいいじゃねえか?」
「血を守る義務は第一王位継承者にしか適用されないの。それ以外の者は自由に結婚出来るわ。まあ直系以外と結婚すると本家筋からは外れるけどね。それにバルジから告白されたことはあるの。まあ、告白というか命令だったけどね。僕の妻になれって、もちろん思いっきり振ってやったわ。そしたら泣きながら絶対僕の物にするって言ってたのよ。気持ち悪いにも程があるわ」
うわあ、ちょっとバルジに同情できなくも無いが、しかしなんという分かりやすい犯人像。
「でも、サリサの兄さんが死んだとしても、必ずサリサと結婚できるってわけじゃないんじゃ? 他に男の人が居ないってわけじゃないんだろ?」
「居なかったのよ。女の子は何人か居るのだけれど、本家筋で男子は兄さんとバルジだけだったの。その後もファリナに色々調べてもらったけど、結局証拠は何も見つからなかったわ。だけどこのまま兄さんを殺した相手の妻になるなんて考えられなかったから、思い切って父に相談したの」
父って事はその時の国王って事か。
「どうやら父も兄さんの死因に不審な物を感じていたみたいで、私とバルジの婚礼の義を延期して、その間に密かに調査を進める事になったの。これで全てが明らかになる、そう思っていた矢先に今度は父と母が何者かに毒殺されてしまったの」
サリサの父が亡くなっているのは聞いていたが、まさか殺されていたとは。
「それもバルジが?」
「一応、敵対関係にある西の民が放った刺客によるものとされたけど、絶対にあれはバルジがやったのよ」
確かに、タイミング的にいくらなんでも都合が良すぎる話だ。
「私はまだ成人していないから、私が成人するまでは継承王として父の弟、つまりバルジの父、シグルト・トア・神蔵が即位したわ」
「もしかしてその父親も共犯なのか?」
兄とその息子が死ねば、自分が王になれる。
動機としては十分ありえるだろう。
「正直、それははっきりとは分からないの。確かに元々、叔父さんは権威に固執する所があったから王位を狙っていたかもしれないし、バルジにはかなり甘い、はっきり言うと親バカだから協力している可能性も考えられるわ」
「結局、怪しいってだけで証拠は何も無いって事か」
サリサが悔しそうに顔を背けた。
「そうよ。確たる証拠も見つからないまま、バルジとの婚礼の日だけがどんどん近づいてきたわ。結婚するとバルジに王位継承権が移って、もう誰にも裁く事が出来なってしまう。それを防ぐためにファリナから国を出るように勧められたの。私が逃げて時間を稼いでいる間に証拠を必ず見つけるって。……でもそれからすでに1年がたったわ。もうすぐバルジは成人する。私がいないと彼が次の王になってしまの。そうしたらたとえ証拠が見つかっても、もう間に合わない」




