ファリナ
気球を固定するために、広場に立っている柱にロープで括り付けていると、凛としたよく通る声が広場に響いた。
「何者だ!? ここがミズガルズ王家の神聖なる土地と知っての狼藉か!?」
見ると奥から20人程の集団が凄い剣幕で走り寄って来ている。
全員が同じ格好で肩と胸には銀色に輝く鎧が装備されていた。
いわゆるブレストプレートという奴だ。
腰にはベルトと一体になったような防具が着けられている。
嫌な事に全員、抜刀していて長い諸刃の剣を軽く構えながら走っていた。
とりあえず、敵意のない事を示そうとして両手を挙げてみる。
すると、その動作が不審だったのか5メートル程の距離を開けて兵士達が立ち止まり、剣を構えだす。
どうやらホールドアップの習慣は廃れてしまっているようだ。
「改めて問う! 貴様達は何者だ? 何の目的があってこんな狼藉を働く?」
正面にいた兵が問いただす。
その人だけ、鮮やかな緋色のマントを着けていて、手に持っている剣もかなり立派な装飾が施されている。
どうやらこの部隊の隊長らしい。
最初の声でなんとなく予想していたが、この隊長は女性だった。
その証拠にブレストプレートが大きく膨らんでいる。
年齢は20代くらいか、キッとした黒い綺麗な瞳、髪も黒色で後ろで纏められている。
美人なのは間違いないが、性格はかなりキツそうなタイプに見えた。
上げた手をどうするか迷っていると、サリサが気球の陰から出て兵士達の前に姿を現す。
その姿を見た兵士達が口々に、姫!! と叫び、一斉に方膝をついて頭を垂れる。
「久しぶりね、ファリナ。ちょっといいかしら?」
その声に反応して、例の女隊長がサリサの元に走り寄って来て耳元で囁いた。
「サリサ様、何故お戻りになったのですか? それにあの者達は一体?」
そう言って、零慈とルチアを値踏みするように見つめる。
「その説明は後よ。まずは今すぐ王に謁見できる様に話をつけてほしいの」
ファリナと呼ばれた兵士が片腕を胸の高さまで上げ、軽く頭を垂れる。
「……はっ! 仰せのままに」
そう言って、何か言いたそうなのをぐっと堪える様にして踵を返し、立ち去ろうとする。
そんなファリナの背中に向かってサリサが優しく声を掛ける。
「心配かけてごめんね、ファリナ」
その言葉でファリナの肩がびくっとなり、ゆっくりと振り返る。
その顔には先ほどの刃物のような鋭さは微塵も残っておらず、目から涙が溢れ出していた。
「サ、サリザー、心配しだんでづよ、私わあ、わたじーー」
涙と嗚咽でぐちゃぐちゃになりながらファリナがサリサに抱きついた。
「ちょ、ファリナ! 分かったから。とにかく今は王に伝えなければならない事があるの。急いで頂戴」
なんとか我に返ったファリナが恥ずかしそうに涙を拭きながら、畏まりましたと告げ全速力で走っていった。
「それじゃ、私たちも王宮に向かいましょう」
零慈とルチアもそう言って歩き出したサリサに付いていったが、そのさらに後を付いてくる兵士達(ファリナ以外は全員男)の視線が零慈に突き刺さる。
彼らが何を考えているかはその目を見れば手に取るように分かる。
誰だこいつは?
俺たちの姫の何なんだ?
返答によっては殺す……といった所か。
居心地が悪いとかいうレベルじゃねえ。
兵士達の事を気にしているのに気づいたのかサリサが説明してくれた。
「彼らはミズガルズ近衛師団よ。主に王宮の警備が仕事ね。さっきのファリナが隊長なの」
「へえ、結構若そうだったし、それに女の人が隊長なんだ」
まあ、この世界がジェンダーフリーなのかどうかすら知らないのだけれど。
「彼女の名前はファリナ・フォス・壁守。代々、ミズガルズ王家を守護してきた壁守家の一人なの。でも決してコネだけで隊長をやっている訳ではないわ。彼女にはそれだけの能力とそれを裏付ける努力がある。立派な人よ」
ファリナについて話すサリサはなんだかとても嬉しそうだった。
先ほどのファリナの様子といい、2人はかなり仲が良かったのだろう。
広場を出て、しばらく歩くと目の前に大きな建物が現れた。
材質はヴァルハラと同じようなもので出来ている。
先導していた兵士の一人が壁に手をかざすと、身長の2倍はある扉が音もなく開く。
中に入るとそこは吹き抜けのホールになっていた。
両側に上に上がるための階段があり、一見すると郊外の大きなショッピングセンターの造りによく似ている。
中に入ったところで、先ほどの女隊長ファリナが戻ってきた。
「姫。王は謁見の間にてお待ちになっておられます」
「ありがとう」
そのやり取りの後、ファリナが先導して謁見の間とやらに向かっていると、サリサがすすすと零慈に寄り添ってきて、耳元でこっそり話し出した。
「これから王に会うけど、無事ヴァルハラに行きたかったら、どんな話が出ても私に合わせてね。いい? 必ずよ?」
おや?
なんだか話が怪しくなってきましたよ。
だが、それを問いただしている時間はなさそうだ。
突き当たりの壁に設えられた豪華な扉を二人の兵士が恭しく開けようとしている。
「わかった」
零慈の返事を受けて、小さく頷きながらサリサがきっと扉の向こうに視線を送る。
気のせいかもしれないが、小さなその肩が少し震えているように見えた。




