気球
レスターが案内してくれた場所は頑丈そうな扉が設えてある部屋だった。
いくつもの鍵を開けてようやく扉が開く。
「ここは我が一族の宝物庫なのだ」
扉を開けてレスターが入ってく。
中は薄暗く、かび臭い澱んだ空気に満ちていた。
宝物庫という言葉から宝箱に金貨や王冠などが溢れている安直なイメージを抱いていたが、随分とイメージとかけ離れた部屋だった。
埃にまみれた石像や絵画、何なのか見当も付かないガラクタ風の物で溢れかえっている。
宝物庫と言うより、ただの倉庫と言ったほうがいい気がする。
しばらく奥に向かって歩いていると、レスターがある物の前で立ち止まった。
「これだ」
レスターが指差したものに零慈は見覚えがあった。
「これは……気球?」
「そうだ。さすがよく判ったな」
ガラクタの中に紛れるように、5人くらいは乗れそうなバスケットが置かれていた。
中心には空気を熱するためのバーナーの様な物が取り付けられている。
その脇には幾重にも折りたたまれた巨大な布もあった。
「ききゅうってなに?」
ルチアが物珍しそうにバスケットを見つめながら質問してきた。
「うーん、簡単に言うと、この籠で空を飛べるんだ」
「こんなもので!? 」
「すごーい」
サリサは信じられないと呟き、ルチアはすごーいと連呼しながら走り回っている。
「でも俺、気球なんて乗った事ないし、操作方法なんて知らないぞ?」
さらに気球のイメージは優雅な空中散歩といった所で、実用的な移動手段としてはせめて飛行船ぐらいまでクラスチェンジさせたい所だ。
「全く、お前の頭はただの飾りなのか? アルフヘイムと契約を交わした貴様なら風を操る事が出来るのだぞ?」
「あっ!」
気球の謳い文句でよくあるじゃないか、風に乗って優雅な空の散歩へ、って奴。
その風を自由に操れるなら確かにこれほど使い勝手のいい乗り物は他に無いかもしれない。
「もう一つ、理由がある。この気球の動力はムスペル族の力で動くように作られているのだ」
レスターがバスケットのバーナー部分に近づき指を指す。
「ここの部分に炎弾を撃ち込むとしばらくの間、熱を発し続ける」
尤も私自身は使ったことがないのだがな、とレスターが小声で続ける。
「まさに2つの力が使えるお前にぴったりの乗り物というわけだ」
確かにレスターの言うとおりだ。
どれほどの速度が出るかは判らないが、間違いなく徒歩や船よりも遥かに早く移動できる。
ランドールが使えない今、これ以上の選択肢は無いだろう。
「これならいけそうだな。……だけど使ってもいいのか? アルフ族の宝なんじゃ?」
「どうせ我が一族の力だけでは使いものにならん代物だ。遠慮なく使うがいい。だが壊したら殺すぞ」
割と本気っぽい発言にちょっとびびったけど、これを使わない手は無い。
「善処します……」
「よし、それでは早速、外に運び出すとしよう」
そう言うとレスターが人を呼び、あっという間に気球は外に運ばれていった。
「おおきいねー」
完全に膨らみきった気球を見上げて、後ろに倒れそうになりながらルチアが叫んだ。
あの後、街の広場にまで持ってこられた気球に早速、炎弾を撃ち込み気流を操作してエンベロープの中に暖められた空気を流し込んでいった。
レスターに教えてもらったオプションは気流操作、展開もちょっと違って観測展開と唱えるらしい。
教えられたまま観測展開と唱えてみる。
すると世界がブルーになる所までは同じだったが、今回は風の流れが矢印のアイコンになって表示された。
それによって風の強さや向き、速さが手に取るように分かる。
そして自分の操作したい気流に注意を向けるとそれを思った通りに操る事が出来た。
最初はコツがつかめず、エンベロープを吹き飛ばしそうにもなったが、慣れてくるとそれ程難しい操作ではなかった。
そうそうエンベロープについてだが、最初は布で出来ていると思っていたがどうやらビニールのような素材で出来ていて、相当の年月が経っているはずなのに破れや綻び一つ無かった。
原始的と思えた気球だったが、地味に凄い科学力で作られているようだ。
すっかり準備の出来た気球に、数日分の食料を積み込んでいるとレスターが近寄ってきた。
「すまない。私は一緒に行く事ができぬ。本当なら私も世界のために動かなければならないのだが、今、都をこの状態で放っておく事が出来ないのだ。……自分の氏族の事だけしか考えぬ狭量者だと笑うか?」
レスターの自虐的な表情と言葉で、彼の抱いている気持ちが痛いほど伝わってくる。
「笑わねーよ。逆にこの状態をほっぽり出して付いてくるとか言い出すほうがよっぽど軽蔑するぜ。この気球を貸してくれるだけで十分だよ」
「そう言ってくれるか。……しかしこの狭い空間の中でお前が可憐なサリサ姫と可愛らしいルチアに囲まれて旅するのはどうにも腑に落ちんな。零慈、お前だけロープで吊るすというのはどうだ?」
「どうだ? じゃねえ! どんな拷問だよ」
やっぱりこいつにはシリアスな展開よりこっちのほうがよく似合う。
「零慈、準備はできたわよ」
既にバスケットに乗り込んだサリサが呼びかける。
バスケットの淵を猫耳の先端が行ったり来たりしている所を見ると、ルチアも既に乗り込んでいるようだ。
天気は快晴。冬の薄い雲がベールのように広がり美しいコントラストを生み出している。
「よし! 行こうか」
零慈が乗り込んだ所で、気球を地面に繋ぎとめていたロープが外された。
ゆっくり上昇を始めたバスケットにレスターが駆け寄る。
「都の修復に目処が付いたら必ず合流する! くれぐれもサリサ姫やルチアに手を出すなよ!」
「な、なに言ってるんだよお前! 心配する方向性がおかしいだろ! って、サリサ! マイスターの力を発動させるな! ルチア走り回るな!」
すいぶんとどたばたした旅立ちになったが、多くのアルフ族に見送られながら、やけに揺れる気球が大空高く飛び立っていった。




