訪問者
アルフヘイムから出た後、レスターの屋敷に泊めてもらうことになった。
零慈が案内された部屋は8畳くらいの広さで、作りのいいベッドとテーブル、椅子が置かれているシンプルな部屋だった。
久しぶりにちゃんとしたベッドに出会えたうれしさから、おもわず零慈はベッドに飛び込んだ。
ふかふかの布団が零慈をやさしく受け止め、ゆっくりと沈んでいく。
何とも言えない幸せを感じながら仰向けになって寝転び布団の感触をじっくり味わう。
ここも扉や窓以外は全て石造りだが、床下から暖かい空気が出ているようで、ポンチョを脱いでも全く寒くない。
なんとなく手持ち無沙汰になったのでズボンのポケットから携帯を引っ張り出し、開く。
「ありゃ、ついにバッテリー切れか……」
液晶画面は真っ暗で、残念そうな零慈の顔が映りこんでいる。
その時、ドアをノックする音が部屋に響いた。
とりあえず起き上がりベッドに腰掛ける。
(ルチアはノックなんてしなさそうだな、とういう事はサリサか?)
「どうぞ」
だが予想に反してやって来たのはレスターだった。
「……なんだお前かよ」
「ずいぶんな言い方だな。……ん? ああ、そういう事か。悪かったな、サリサ姫じゃなくて」
またもや悪びれもせずに謝るレスター。
「なに言ってんだよ!? それじゃまるで俺がサリサが来るのを待っていたみたいじゃないか!?」
確かにサリサかな?
とは思ったが特に深い意味があったわけではない……と思う。
「男が顔を赤くしてうろたえても気持ち悪いだけだから止めてくれないか?」
レスターの氷のような視線が零慈を打ち抜く。
「いつか殺す……」
怒りにわなわなとなっている零慈を完全に無視して、レスターが椅子に腰掛ける。
「で? 男が嫌いなお前が俺になんの用なんだ?」
そのとたん、レスターが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「まず初めに断っておくが、これは私としても不本意な事なのだ。だが、だからと言って誇り高きアルフ族の長として避けて通る訳にもいかない」
「なんだよ大袈裟な」
しばらく続きを口にするのを躊躇っていたレスターが決意したのか再び口を開いた。
「……城壁での事だ。私はお前に助けてもらっていなければ、死ぬか大怪我をしていただろう。男に借りを作るなど死ぬよりも辛いが、借りは借りだ。この借りは必ず返す。受けた恩は決して忘れない」
そういうとレスターは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ちょ、いいって! そんなにたいした事したわけじゃないんだから」
あわてて零慈がベッドから飛び降り、レスターの肩に手を触れようとした。
「触るな変態。私は男に触られる趣味はない」
零慈の手が触れる寸前に優雅に身をかわしたレスターが再び氷のような目に戻る。
「……お前、礼を言いにきたのか、俺を怒らせに来たのかどっちなんだよ」
レスターが部屋の扉に手をかけて、振り返りながら言った。
「両方だ」
そう言って部屋から出て行ってしまった。
(なんてむかつく奴なんだ! ……でもまあ確かに悪い奴ではないよな)
意外とレスターの事が嫌いでは無い自分にちょっと驚きながら再びベッドに戻ろうとすると、またドアがノックされた。
「? どうぞ」
だが扉が開けられる様子は無い。
レスターの嫌がらせか? ……やっぱり嫌いかも、と思い直しながらドアまで行き勢い良く開け放つ。
「お前なー。やる事が幼稚なんだよ!」
「きゃ!」
だがそこにいたのはレスターではなくサリサだった。
最初こそ目を丸くして驚きの表情を浮かべていたが、見る見るうちに目が細まり眉毛が吊り上る。
「悪かったね幼稚で。私たちはノックするのが礼儀なの。神人様の作法が分からなくてすみませんね」
怒っている。
とても怒っているが、それがドアに纏わる事だけの怒りではない事はさすがに分かる。
「わりい。レスターかと思ったんだよ」
だがサリサはむくれていて答えない。
「……やっぱり神人の事隠してたの怒ってる?」
サリサがぷいっと横を向き綺麗な金髪が遅れて宙を舞う。
「別に。水臭いとか、ルチアには教えて私には教えてくれないんだとか思ってないから」
これはまた解りやすいリアクションだ。
恐らく本人には自覚が無いのだろうが、本音が駄々漏れしている。
「悪気があって隠して居た訳じゃないんだよ。つーか、いきなり俺が神人だって言ったら信じてたか?」
サリサがこっちを向きなおす。
「無理ね。残念な頭の持ち主だと思うわ」
「だろ」
「でもムスペル族の力を見せてくれたら信じてたわよ」
サリサが食い下がる。
「ジウロ、えっとムスペル族の長老に止められていたんだよ。この力を悪用する奴も居るからあまり力を見せないようにって」
「という事は零慈には私がそんな悪者に見えていたってことね」
なんだか話せば話ほど泥沼な気がしてきた。
「そうじゃなくてー。ホントはもっと早く話すつもりだったんだけどランドールが墜落したりスライムベアに襲われたりでなかなか言う機会がなかったんだよ。怒らせるつもりなんてなかったんだけど、……なんかこんな事になってごめん」
困りきった顔で謝罪する零慈の様子を見て、はっとした表情をサリサが浮かべる。
そして今まで吊り上っていた眉毛から力が抜け、申し訳なさそうに地面を見つめる。
「私こそごめんなさい。今の言い方はさすがに意地悪だったわ」
ようやく許してもらえたようでほっと胸を撫で下ろす。
「いや確かにもっと早く話すべきだったよ。ホントにごめん」
再びサリサが顔を上げた。
だがその口からは何の言葉も発せられない。
ただ、じーっと零慈の目を見つめてきた。
サリサの綺麗な蒼色の瞳に、零慈の顔が映りこむ。
女の子に見つめられるなんて初めての経験だ。
自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。
「サリサ?」
視線を逸らそうとするが、何故かサリサの薄い桜色の唇に目が行ってしまう。
心臓が強く脈打ち、心拍数が上がっていく。
え?
なにこれ?
どういうシーン?
零慈の思考能力のキャパシティがオーバーする寸前にサリサが口を開いた。
「ねえ零慈、あなたって本当に神人なのよね?」
「え? ああ、うん」
自分でも声が上ずっている事が分かる。
「分かったわ。……それじゃ部屋に戻るわね。おやすみ」
そういうと、なんの余韻も残さすサリサが部屋に帰っていってしまった。
「……今のは一体なんだったんだ?」
未だ下がる事のないリズムで拍動を続ける心臓を抱えたまま、零慈はサリサが角を曲がって見えなくなるまでぼーっと立ち尽くしていた。




