事故
アプラを出発してもうすぐ2日が経とうとしていた。
相変わらずランドールはほとんど揺れる事もなく風を切って進んでいる。
窓から見える景色も大分様変わりしている。
いわゆる広葉樹が減って針葉樹ばかりが目に付く。
山の形もなだらかなものから、切り立った鋭角なシルエットへと変わっていた。
空席だらけの機内で、何故か3人は同じシートに座っている。
最初は隣の列に座っていたサリサもいつの間にか零慈の横に座るようになっていた。
最初はドキドキしたが、1日ですっかり慣れてしまった。
「もうそろそろアルフレリアに着くかな?」
「そうね、後1時間くらいかしら」
「ルチア、からだいたーい」
そんな会話を交わしていると、突然ランドールが大きく揺れた。
「うお!」
「きゃ!」
「にゃん!」
揺れはすぐに収まったが、こんなに激しく揺れたのは初めてだった。
「ランドールがこんなに揺れるなんて初めてだわ」
「れーじ! まどのそとがへんだよ!」
ルチア越しに窓の外を確認すると、確かに今まで整然と生えていた木々が折り重なりようにして倒れている。
良く見ると、地面に大きな亀裂も入っているようだ。
「なんだこれ? どうなってるんだ?」
その時、緊張した声のアナウンスが流れた。
「何かにつかまるズラ!」
その声が終わる前にがくんとランドールが前のめりになる。
そのまま姿勢を戻すことなくランドールは5メートルの高さから地面に吸い込まれるように落下した。
最初の落下では勢いが消えず、何度かバウンドして最後は森の木々に突っ込み、ようやくランドールは停止した。
機内は悲惨な状況だった。
とっさにシートに摑まったが零慈とサリサは最初の衝撃であっけなく飛ばされ、その後もいろんな所に体を打ち付けるハメになっていた。
ルチアだけは器用にバランスを取って立ち回り、どこも傷めていないようだ。
「れーじ! サリサ! だいじょうぶ?」
誰かの鞄に頭からつっこんだ状態で零慈が起き上がる。
「いてて……。ああ、何とか大丈夫だ。なんか柔らかいものがクッションになって助かったぜ」
すると零慈の背後から怒りの篭った声が上がった。
「零慈……いつまで私の上にのっかてるのよ! 人をクッション代わりにするなんて信じられない」
改めて確認すると、確かに零慈と床の間でサリサが潰れていた。
「うおわっ! わりい!」
慌てて飛びのくと、サリサが体に付いた埃を払いながら立ち上がった。
どうやら怪我は無いようだ。
「普通こういうシーンって男が女の下敷きになるんじゃないの?」
「そんな事いわれてもなー」
「よかった! れーじもサリサもげんきだね」
ルチアがほっとした表情を浮かべる。
「一体何が起こったんだ?」
「わからないわ」
そう答えながら、サリサが操縦席に向かう。
そこでは自分だけしっかりベルトを締めた運転手がシートの上で気絶していた。
「ちょっと。おきなさいよ」
そう言うと共に、サリサが運転手の頬を割と力いっぱい叩き始めた。
「…………ん? ぐふぇ! ちょまあぶっ! やめておふぁ! いいかげんにげふぉぉぉ」
「……おいサリサ。とっくに気が付いているみたいだぞ」
「あらほんと。気が付かなかったわ。失礼」
満面の笑みで謝ったが、目が一切笑っていない。
どうやらルチアをいじめた事をずっと根に持っていたようだ。
あまりサリサを怒らせないようにしようと零慈は心に決めた。
「それで? なんでこんな事になっているの?」
往復ビンタと笑顔ですっかりサリサにびびってしまったようで、運転手がおどおどしながら答えた。
「我にもよくわからないズラ。ランドールの埋設軌道が途切れているんだズラ。こんなことは一族始まって以来初めてズラ」
「埋設軌道?」
「ランドールは地面に埋められた軌道の上を走っているズラ。それが……」
運転手が窓の外を指差した。
そこには地面が大きく裂け、その亀裂が一直線に前方に伸びている光景が広がっていた。
亀裂の中に直径1メートルくらいの明らかに人工物のケーブルが無残にも千切れて垂れている。
「なによこれ……。地面が裂けるなんて。確かに土を操るヴァルキリーはいるけど、こんな出鱈目な力じゃないはずだし」
零慈はこの原因に心当たりがあった。
「これ……地震の跡じゃないかな」
その言葉を聞いてルチアが不安そうな表情を浮かべる。
「じしん? どこかで聞いたような……それってもしかして地面が揺れる地震のこと?」
「そう。その地震。さすがサリサ、よく知ってるな」
「まさか! 確かに古い文献に地震の記述はあるけど神人が地震を起きないようにしてから一度も起こった事はないはずよ」
「だけど人為的なものでないなら、こんな事が起きる自然現象は地震しか考えられねーよ」
「そんな事って……」
「ルチア、じしんきらーい」
零慈の背中にルチアがしがみついている。
「まあ原因はともかく、これからどうする?」
「とりあえずランドール本部には救援信号を送ったから助けはくるズラ。ただ……」
恐る恐るサリサの顔色を窺う運転手。
「早くても1週間はかかるズラ。もちろん待ってもらってもいいズラ。でもアルフレリアまではもう歩いて行ける距離だからこのまま徒歩で行く事をすすめるズラ」
運転手が申し訳なさそうに説明を終えた。
確かにここでこのままぼーっと1週間も待つのは馬鹿らしい。
「どうする? 俺は別に歩きでもいいぜ」
背中から離れたルチアが前に回りこんで、右手を上げながら答えた。
「はーい。ルチアもあるくー」
「私もそれでいいわよ」
こうして全員一致で徒歩でアルフレリアを目指すことになった。




