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王族

 歩き始めてしばらくすると霧が立ち込めて視界が極端に悪くなった。

 雪になってもおかしくないほどの冷気を伴った小さな水玉が、頬に当たって痛みすら覚えさせる。


 世界が乳白色に包まれるが、ランドールの軌道だけ木も生えておらず下草もない何も無いむき出しの地面となっているので、これをたどっていけば迷う事はなさそうだ。


「ランドール代払わずに済んでラッキーだったな」


 一度は払おうとしたのだが、運転手は頑として受け取らなかった。


「まあ実際アルフレリアには着いて居ない訳だしね」


 たいして感慨を込めずにサリサが返事する。


「サリサにびびっていらないって言ったんじゃないか?」


 全く関心がなさそうなサリサの態度にちょっとした悪戯心が芽生え、すこし意地悪な質問をしてみる。


「失礼ね。まあニダ族はプライドが高いから。……いやこれは言い方が悪いわね。プロ意識が高いかな? 果たせなかった仕事でお金を貰うのをよしとしなかったんでしょう。あまり好きな氏族ではないけど、その点は尊敬できるわ」


「ふーん。……そうだルチア。浮いたお金でアルフレリアに着いたら美味しいものを食べようぜ」

「たべるー。ルチアいっぱいたべるよー」


 嬉しそうにポンチョの下から出た尻尾を振りながら零慈の周りをぴょんぴょん跳ねる。


「そういえば零慈、あの口ぶりだと地震を見たことがあるみたいだったけど何処でみたの?」

「いや、俺もこんなでかい地震を直接は見たことねーよ」


「ふーん。ランドールも気候の事も知らないのに、そんなマニアックな知識だけはあるのね」

「まーな」


 そんな会話を続けながら3時間ほど歩くと、森の外れに出た。


「ん? れーじ、みずのおとがするよ」


 そういわれて耳を澄ましてみるが、零慈の耳には何も聞こえない。


「良く分かるわねルチア。確かにもう少し進むと川があるはずよ」


 サリサの言う通り、しばらく歩くと霧の中から川が現れた。

 霧でよく見えないが、かなり大きな河のようでその流れはゆったりとしていて、水の色は黄色く濁っている。


「おおホントだ。さすがルチア、頭のでかい耳は伊達じゃねえな」

「ルチアすごい? すごい?」


 すごいすごいと頭を撫でてやっていると、サリサが説明してくれた。


「この川、イエローリバーの上流にアルフレリアがあるから、後は川沿いに歩けば到着できるわよ」

「よし。もう一息だな」


 その時ふいにルチアが全身の毛を逆立て、背中を丸く曲げながら川の水面をにらみつけた。

 森でガロシュに対峙した時と同じ反応だ。


「ルチア? もしかしてなんかいるのか!?」

「くるよ!」


 ルチアが叫ぶと同時に、川の中から水を掻き分け巨大な生き物が現れた。


「スライムベア!?  そんな! この時期は冬眠しているはずよ!」


 サリサの息を飲むような声が響く。

 スライムベアと呼ばれた生き物は体長が6メートルはありそうだった。


 ベアと呼ばれているがどちらかと言うと触手が脇から生えているイカのような姿をしている。

 表面は緑色のゼラチンのようなもので覆われていた。

 目なのだろうか? 

 恐らく頭部と思われる部分にある不気味に輝く赤い2つの光が零慈達を見つめている。


 スライムベアは明らかに敵意の篭った仕方で触手を振り回し始めた。

 そして複数の触手が3人に襲い掛かる。

 サリサはひらりと優雅に、ルチアはぴょんと軽やかに、零慈はどたばたとなんとか襲い来る触手をかわす。


 触手の先には確かに熊のような鍵爪がありそれが地面を深くえぐる。

 かすっただけで人間の体など紙のように切り裂かれるだろう。


「速射開始!」


 あっという間にマイスターの力を解放したルチアが炎弾をスライムベアに叩き込む。

 しかしルチアの放った炎弾は表面のゼラチンに突き刺さるとじゅっという音を立ててあっけなく消えてしまった。


「ふゅにゅー。きかないよー」


 涙目になるルチア。


「まじかよ!? いきなりボス戦とかハードル高けぇ!」


 無敵だと思っていたマイスターの力が通用しない事態に愕然とする零慈。

 マイスターの力が通用しなければ倒せる訳が無い。


 こうなったらあとは逃げるぐらいしか思いつかないのだが、あの化け物が地上にも上がって来れるならそれも簡単にはいかなだろう。


 その時、繰り返し襲い掛かる触手をよけながらサリサが叫んだ。


「大丈夫! 表面のゼラチン層を吹っ飛ばしたら中身には効くはずよ!」


 おお! と一瞬喜んだが、当然の疑問が浮かぶ。


「そりゃいいが、どうやって吹き飛ばすんだ?」

「私がやる! ルチアは穴が空いたらそこに全力で弾を叩き込んでね」


「わかったー」


 触手を何とかかわしつつ、サリサに近づく。


「私がやるって一体どうするつもりなんだよ?」


 その問いには答えずに、にやっと笑ってサリサがあの言葉を唱え始めた。


「コネクション。登録者名サリサ・ヴァナ・神蔵」


 サリサの体が美しい光で包まれる。


「展開。オプション、アーカイブス。座標2、1、1。座標固定。イメージ照合」


 一旦、言葉を切り、息を吸い込んで高らかに宣言するようにサリサが叫んだ。


「出でよ『8、8センチ高射砲(アハトアハト)』!」


 その力ある言葉に呼応して、サリサの前に光が溢れる。

 眩いばかりの光が収まるとサリサの目の前に重厚な鋼鉄の塊が出現した。


 砲の長さは4930ミリ、重さは優に6トンを超える。

 弾を撃つ、ただそれだけに特化したこの機械は兵器が持つ独特の妖しさと美しさを備えていた。


 しかしそれは少女が持つ美しさとは全く異質のもの、明らかなミスマッチだ。


「はあああああ?」


 おもわず状況も忘れ間抜けな声を上げる零慈。

 あやうく触手の一撃を食らう所だった。


 そんな零慈には構わず、サリサが次の行動に移る。


「アハトアハト発射!」


 美しく伸びる鋼の砲身からすさまじい轟音と共に、巨大な砲弾が打ち出された。

 砲弾は狙い違わずスライムベアの胴体に直撃し表面のゼラチン層を吹き飛ばす。


 凶悪な運動エネルギーを与えられた砲弾はゼラチン層をぶち抜くだけでは飽きたらず、そのまま胴体を貫通してしまった。


 スライムベアの巨体がぐらりと傾くが、赤い目の光は衰えていない。


「今よ!」

「速射開始!」


 再びルチアから打ち出された炎弾が砲弾によって空けられた穴に襲い掛かる。

 今度こそ炎弾はスライムベアの内側を燃やしつくし、赤い目が紅い炎に包まれる。


 やがて命を失ったスライムベアは川の中へ崩れ落ちるように沈んでいった。


「やったー。ルチアやっつけたよ」


 嬉しそうにルチアがぴょんぴょん跳ね回っている。


「サリサ……お前一体?」


 さっきのは間違いなくマイスターの力だ。

 という事はこの可憐な少女も……


 未だ砲身の先から煙を漂わせている大砲に寄りかかり、サリサが悪戯っぽく微笑む。


「言ったでしょ。私は神蔵だって。神蔵、すなわち神の蔵を受け継ぎし者。ミズガルズ族の王家、マイスターの力を宿した者だけが纏う事を許される名なのよ」


 道理でサリサが名乗った時、妙な反応をしたわけだ。

 自分の一族の王家、その名前を知らないなんて確かにありえない話だ。


「王家? という事はサリサはお姫様なのか?」


 その質問を受けて、サリサの表情が曇る。


「そうよ。一応、第一王位継承者ってことになるわね」


 第一って次の王ってことじゃねえか。


 どこかのいいところのお嬢様かと思っていたら、まさか次期女王とは。


「サリサ、おひめさまなの!? すごーい」


 ルチアが目をキラキラさせながらサリサに詰め寄った。

 一応、お姫様がなんたるかのイメージは持っているみたいだ。


「いや、立場的にはルチアも同じだぞ。もっともお前は第一村長候補だけどな」

「えー。ルチアもおひめさまがいいー」


「お姫様なんて職業、いいこと何も無いわよ」


 透き通るような蒼の瞳に苦渋という色が広がっていく。


 人間どんな立場でも、いやなまじ立場が高いほどいろいろ難しい事があるなんて何処かの誰かが言っていた言葉を思い出す。

 お姫様という言葉が持つきらびやかなイメージの裏には、常人には窺い知る事の出来ない苦労が色々あるのだろう。


「つーかお姫様が家出なんてしてて大丈夫なのか? 今頃大騒ぎだろう?」

「かもね。でも私は戻らないわよ。死んでも戻るもんですか」


 サリサの思いつめた表情を見ると、これ以上詳しい事を聞く事はできなかった。


 なんとなく重い雰囲気になってしまった空気を打ち破ったのは底抜けに明るいルチアの声だった。


「ねえ、あれなーに?」


 そう言って河の上流を指差す。


 いつの間にか周りの霧は晴れていた。

 そしてそれは河の霞の中に建っていた。


 ゆったりとした黄色い河の流れの中にまるで浮かぶように。

 特徴的なシルエットを持ち、幻想的な輝きを放つ神の御座(ヴァルハラ)

 そしてヴァルハラに寄り添うように作られた巨大な城壁。


 それを見てサリサが歌うように言葉を紡ぐ。


「あれがアルフレリア。アルフ族が治める風の都よ」


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