ニダ族
しばらくして再び耳を劈くようなサイレンが鳴り響いた。
「うにゃああ!」
またもやルチアが驚いて、叫び声をあげる。
「お、そろそろ出発か……」
いつの間にか機体が小刻みに揺れてかすかな重低音が響きだしている。
周りのシートを見渡してみたが、他に乗客はいなかった。
「……扉閉まるズラ……」
いかにもやる気のなさそうな声のアナウンスが流れる。
その時、扉の外から、
「ちょ! 待って! 乗ります! 閉めないでー!」
という騒がしい声と共に見覚えのある金髪が飛び込んできた。
「あれ? サリサじゃないか。どうしたんだ?」
前のほうで駆け込み乗車してんじゃねえズラ、という呟きが聞こえたがそれをあっさりと無視してサリサが隣の列のシートにふわりと腰掛けた。
「ちょっと心配になってね。零慈とルチアの2人だけだと危なっかしいじゃない? 零慈がルチアを襲うかもしれないし……」
「襲うか! 相変わらず失礼な奴だな」
「ルチアつよいよー」
話の意味が全く分かっていないルチアがなぜか猫手をしながら嬉しそうに言っている。
「まあそれは半分冗談なんだけど、なんかほっとけなくてね。私もアプラに用があるってわけでもないし、特にやる事も無いから付いていってあげる」
「半分本気なのかよ……。どうせ家出娘の暇つぶしって所なんだろ」
サリサの綺麗な眉毛が少し吊り上る。
「暇じゃないわよ。大体好きで家出してるんじゃないんだからね」
「そうは見えないけどな。そもそもなんで家出なんかしてるんだ?」
サリサが一瞬言葉に詰まって、視線を泳がせている。
「べ、別に理由なんてどうでもいいじゃない。零慈には関係ない事よ」
誰にでも言いたくない事など一つか二つはあるものだ。
さすがに零慈はそれを無理やり聞き出すほど野暮ではない。
「言いたくないなら別にいいけどな。正直、一緒に行ってもらうと心強いから助かるわ」
屈託の無い笑顔をうかべた零慈を見て、サリサの顔が心なしか赤くなる。
「さ、最初からそう言えばいいのよ」
その時、2人の会話を遮るように運転手のアナウンスが入る。
「……発進するズラ……」
次の瞬間、軽く体がシートに押さえつけられるような感触と共にランドールが浮上して前進を始めた。
「れーじ! ういてるよ! すごいすごい!」
窓を流れる光景に釘付けになったルチアがシートの上でジャンプをしながら大騒ぎをしている。
「機内で暴れるなズラ!」
明らかにイライラした様子で運転手がアナウンスを入れた。
「おいルチア。おとなしく座ってないと怒られるぞ」
「ごめんなさい……」
ルチアがシュンとしてシートに座る。
怒られたのがよほどショックだったのか、猫耳も垂れて見ているこっちが悲しくなるほど縮こまっている。
「それにしても言い方ってもんがあるだろ。最初から思ってたんだが、あの運転手態度悪くないか?」
うなだれているルチアの頭を撫でてやりながら、小声でサリサに話しかける。
「まあニダ族だからね。あいつらは大体どんな奴もあんなものよ」
「ニダ族?」
「七氏族の一つよ。彼らは神人が使っていた武器以外の機械を唯一扱えるの。このランドールとかね。だからニダ族こそ世界の主、七氏族の中心だって思ってるのよ。ミズカルズ族もミズガルズ族で最も神人に近い種族と言って七氏族を牛耳ろうとしているから折り合いが悪くてね。だから私達ミズガルズ族にはあんな態度をとる人が多いわよ」
「ふーん。権力闘争って奴か。いつの時代もその手の問題があるんだな」
「私から見ればくだらない争いだけどね。ミズガルズ族なんて姿が同じだけで神人の力なんてないし、ニダ族にしたって神人の機械を使えるだけで、新しく作ったり大きな故障を直す事も出来ない、いつかは無くなってしまう物にすがっているだけ。どっちが上かなんてホントくだらない話だわ」
確かにくだらない話だ。
「ふーん。色々あるんだな。つうかサリサって物知りだな」
「私が物知りなんじゃなくて零慈が物を知らな過ぎるのよ。まあもう慣れたけどね」
やれやれといった感じでサリサが肩をすくめる。
「知らないついでに質問なんだけど乗客って俺たちだけなんだな。アプラでは結構人が降りてきたけどアルフレリアって人気ない町なのか?」
「季節の問題ね。今の時期のアルフレリアはかなり寒いから。交易用のランドールならいざしらず旅行でこの時期のアルフレリアに行く人は珍しいわよ」
「そういう事か。でもなんか貸切みたいで気持ちがいいな」
「単純な男ねー」
ふと見ると、ルチアは頭を撫でられながら安心したのか眠っていた。
零慈とサリサも喋る事がなくなったのでお互いに口を閉じ、機内に沈黙が訪れる。
零慈はこれまでの事、そしてこれからの事を考えていた。
短い付き合いになるかもしれないが、サリサが同行してくれるのは本当に心強かった。
ジウロの言った、人に頼れという言葉が思い出される。
ふと、顔ごと視線をサリサに向ける。
サリサも何か考え事をしているようだ。
サリサの家出の事情は分からないが、なにか助けになれればいいなと思った。
窓の外を見ると景色が飛ぶように後ろに流れていく。
それぞれの思惑を乗せランドールは北へ向けて地面を這うように飛び続けていた。




