アプラ
それから歩く事数時間、ようやく2人は目的地に到着した。
零慈の予想通り、アプラは海に面した港町だった。
海から吹き込んでくる風が潮の匂いを含み、ちょっと生臭い。
この辺りで一番大きいと聞いていたが、確かにルチアの村と比べると遥かに大きな街だった。
中央にある大きな広場を中心として海側が商業ブロック、森側が住居ブロックに分かれているようだ。
人通りはかなり多く、港があることからも交易の中心地として栄えているのかもしれない。
ムスペル族の村とは違い、この街は日干しレンガの様なもので作られた2階建ての建物がほとんどだった。
零慈は行ったことが無いが、テレビでみた中東の町並みになんとなく似ている。
「……れーじ。ルチアおなかへったー」
少し後ろで、猫耳と尻尾がだらんと垂れたルチアが涙声で訴えてきた。
無理も無い。
ほぼ一日歩いた上に、そこらじゅうからおいしそうな匂いが漂ってきているのだ。
「俺も腹へったな。とりあえず飯にするか」
「やったー」
猫耳と尻尾が力を取り戻した。
当然、どの店がおいしいかなんて見当も付かないので、とりあえず一番近くの店に入る。
ただ店といっても建物の中に構えているのではなく、良く言えばオープンテラス、実際には小さな店の周りに適当な作りのテーブルと椅子が置かれているだけのいわゆる屋台だ。
この店だけでなく、周りの店もこのスタイルなのでこの辺りでは一般的な形なのだろう。
「さて、どんな料理があるんだ?」
テーブルに着いて、無造作に置かれていたメニューを開く。
そこには見たことも無い文字が並んでいた。
「……文字は読めるようにはなってないのか。ルチア、これ読めるか?」
「ルチアよめない!」
なにが嬉しいのか、満面の笑みで答えてきた。
「くそー、せめて写真か絵でも付いていたらなー。しかたねえ、勘で頼むか」
注文を取りにきたウエイトレスさんにメニューの中から適当に選んだ項目を指差してとりあえず2人前頼んでみた。
注文し終えて余裕ができた零慈は厨房にオーダーを告げているウエイトレスさんを観察し始める。
頭にかすかに猫耳があるようだが、尻尾はないようだ。
厨房で料理を作っている中年の男は頭から立派な角が生えている。
七氏族の混血がこの世界の大半を占めているという話だったが、猫人間、普通の人間、あと五氏族はどんな姿なのだろう?
少なくとも角を生やした連中がいるのは間違いないな、などといろいろ想像していると、注文した料理が運ばれてきた。
頼んだのはどうやら定食だったらしく、プレートの上に色々乗っている。
恐る恐る料理を確認すると、
「──! 米だ! これ米だよな?」
平皿の上に、いわゆる長粒米が大盛に乗せられていた。
一口食べてみる。
パサパサしていたが間違いなく米だった。
「偉いぞ米! よく1万年頑張った! さすが主食!」
「このつぶつぶおいしーね」
ルチアも気に入ったようだ。
その他には見覚えのない魚を焼いて野菜の餡がかけられたものや、サラダ的なもの、あとはやたら具が一杯入ったスープが乗せられている。
味付けはちょっとスパイシーだったが、文句無くおいしかったので空腹だった2人は無言で料理を口に運び続ける。
ほとんど食べ終えた頃、零慈の後ろのテーブルで騒動が起こった。
「ねえちゃんかわいいじゃん。俺らと一緒に遊ばない?」
「この辺じゃ見ない顔だな? 一人旅かい?」
「女の一人旅はあぶねーぜ。俺たちが守ってやろうか? 特に夜とかな」
下品な笑いが響く。
いかにもな声とセリフに、零慈が振り返って見ると、やはりいかにもなチンピラが女の子に絡んでいた。
3人とも頭にバンダナを巻いて、半袖の汚いシャツからよく日焼けした腕が伸びている。
港に停泊している船の船乗りといった所だろう。
絡まれている女の子は怯えているのか、下を向いてなにかぼそぼそと言っている。
以前の零慈はこんな場面で飛び出していくキャラではなかった。
喧嘩は苦手だったし、腕っ節に自信があるわけでもない。
だがどこかまだ現実感の乏しい世界とマイスターになった事で気が大きくなっていたのだろう、気が付くと立ち上がりチンピラに向かって啖呵を切っていた。
「どう見てもその子嫌がってるじゃねーか。やめてやれよ」
3人が振り返る。
「ああん? なんだ坊主? 俺らに言ってんのか?」
「むかつくガキだな」
「やっちまうぞ」
3人は公共の電波にモザイクなしでは流せない程の極悪な表情を浮かべて零慈に向かってくる。
(あれ? もしかしてやばい? でもマイスターの力があれば……)
さすがに直接当てる訳には行かないが、威嚇射撃だけでも効果は抜群だろう。
その時、ジウロから言われた言葉が頭の中に蘇った。
『れーじ殿がマイスターなのは出来るだけ隠しておきなされ。七氏族の全ての力が使える神人と分かれば、それを悪い事に利用しようとする者もおるじゃろう。信頼できると分かるまで隠しておくのじゃ』
零慈の額にいやな汗が浮かんできた。
マイスターの力なしでこいつらに勝つなんで絶対に無理だ。




