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第13話 治療と急病人

 刀一は淡々と準備を進めていた。刀一の手元から掌へと小さな球が現れ、それが静かに俺の胸へと向かった。球が当たると、視界の端が少しだけ曇ったように見え、次の瞬間、胸の奥に冷たい透明感が広がった。正常な細胞だけが一時的に透明化し、肺の一部に黒い影が浮かび上がるのが見えた。俺はそれが癌化した箇所だと直感した。


「パドリグさん、ありました」


 刀一の声は静かだったが、確信が含まれているように聞こえた。彼はすぐに別の球を掌に作り、それを俺の身体に当てた。次の瞬間、一瞬だけ鋭い痛みが胸を貫いた。思わず声が出たが、痛みは瞬時に消えた。


 刀一は落ち着いて言った。


「オペは無事に成功しました」


 俺はまだ胸の中に何かが変わった気配を残しながら、思わず問い返した。


「何が起きたんだ?」


 刀一は淡々と説明した。


「術中、パドリグさんの身体の時間の流れを一時的に停止させていたため、パドリグさんが手術にかかった時間を体感することはありません。刺青を入れたときにも似たようなことがあったはずです」


 俺は刺青の施術のときも時間の感覚が歪んでいたことを思い出した。刀一はさらに付け加えた。


「実は、あの日も同じ治療法で処置しています」


 その言葉に、俺は胸の奥が少し軽くなるのを感じた。感謝の言葉が自然と口をついて出た。


「ありがとうございました」


 だが、咄嗟に疑問が湧き、質問した。


「1つ聞きたいことがあります。治療に副作用はないですか?」


 俺は柔道家として、自分の身体の変化に敏感だった。刀一はすぐに言った。


「1つだけあります。傷を治す球は、身体の欠損箇所の再生や傷の完治に使うエネルギーを、正常な細胞の一部を分解して作りだす仕組みなので、結果として筋肉量や脂肪量、骨量が微減し、運動能力が落ちる可能性があります。ですが、パドリグさんは国際大会に出るような選手ですから、運動能力を回復・強化する方法は熟知しているはずです。大きな問題にはならないでしょう」


 その説明は正直で、現実的だった。代償はあるが、代償を受け入れられる範囲だと俺は判断した。刀一は続けて言った。


「次は宮良森主さんを診ます。彼をここへ連れてきてください」


 診察と治療はそれで終わった。俺は礼を言い、指示通り森主を呼びに出た。


 第1診察室を出ると、廊下の向こうから担架を運ぶ足音が聞こえた。刀子と森主を含む四人の兵士が、人を担架に乗せて駆けてきた。先頭の兵士が叫ぶ。


「第3診察室へ報告!駐屯地向かいの歩道で倒れている女性を発見!第3診察室は治療の準備を!」


 緊急だと察した俺は、彼らの通路を塞がないように壁際へと移動した。30秒ほどして、刀一が第1診察室から飛び出し、第3診察室へ向かおうとした。だがその直後、第2診察室から別の医師の声が飛び出した。


「刀一、ここはワシにまかしとって!」


 若い女性の医師が第3診察室へ駆け込み、刀一は一瞬だけ躊躇したように見えたが、すぐに第1診察室へ戻っていった。第3診察室からは森主と刀子が出てきた。俺は森主に第1診察室へ来るよう促し、森主は素直に従った。俺と刀子は兵舎内の休憩室へ向かった。


 歩きながら、俺は刀子に言った。


「今の医師たちの動き、なんなんだ?」


 刀子は肩をすくめ、言葉を選ぶように答えた。


「2人とも第3診察室の医師が詠唱に失敗してるのに気づいて、補助に入ろうとしたんだと思う。でも第2診察室の方が第3診察室に近いから、ああなったんじゃないかな」


 彼女の説明は合理的で、俺は納得した。休憩室に着くと、刀子に家族のことを尋ねた。


「刀子の家族は、特殊な家系なのか?」


 刀子は少し間を置いてから答えた。


「母さんは先天的術師。特殊なミトコンドリアDNAを持っていて、刺青なしで魔法が使えるの。私も兄さんもそのDNAを引き継いでいるから、刺青なしで使える。術師会では刺青なしで使える人を先天的術師、刺青で力を得た人を後天的術師って区別してる」


 その説明を聞いて、あの絨毯や母親の振る舞いが腑に落ちた。刀子の家族は、ただの一般家庭ではなかったのだ。俺は素直に言った。


「だから強いんだな」


 刀子は少し笑ってから、肩の力を抜いて言った。


「術師会では2年に1回、世界術師会の審査があるの。私は10段階評価の下から3番目、ランク3。先天的術師の中では平均以下よ」


 その言葉に、俺は驚きを隠せなかった。刀子の強さが平均以下だというなら、先天的術師の基準は想像以上に高いのだろう。


 ここで休憩室の扉が開き、兵士が息を切らして入ってきた。


「さっきの急病人、意識が回復して脈拍も呼吸も正常値に戻った。持ち物から中学3年生と判明した。私は年齢的に話が合わないと思うから、代わりに彼女の話し相手をしてくれ」


 俺と刀子は顔を見合わせ、すぐに救護室へ向かうことにした。廊下を走りながら、胸の奥でいくつもの思いが交差した。手術の代償、刀子の家系、そして今ここで起きている緊急事態。スコットランドへ帰る道は遠いが、今は目の前の人を助けることが最優先だと、俺は改めて思った。

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