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第14話 急病人からの依頼 そして…

 救護室に入ると、点滴投与中の少女がベッドに腰掛けていた。細い腕に点滴のチューブがつながれ、顔はまだ青ざめているが、声はしっかりしていた。彼女はすぐに名乗った。


 「私は大槻(おおつき) 鋼美(こうみ)です。川崎市の私立校に寮から通っています。9月7日と8日に開催される予定だった柔道の大会に出る兄の応援のため、9月6日の下校後、前もって祖父が予約してくれた会場近くのホテルへ祖父と一緒に行こうとしていました。その後何が起きたかは察しが付くと思います」


 そう話していると兵士が入ってきて、鋼美の病状を説明した。貝毒性食中毒の疑いだという。二枚貝はプランクトンを吸って食べるため、有毒なプランクトンを多く取り込んだ個体を人が食べると、中毒を起こすことがあるらしい。鋼美は自分の軽率さを悔やむように呟いた。


「あのとき『腹減った』なんて言わなきゃよかった」


 俺は彼女の顔を見て、後悔の色が本物だと感じた。


 兵士が鋼美に祖父のことを尋ねると、彼女は震える声で事情を語り始めた。


「祖父と共にシェルターに避難していましたが、9月13日に防衛装備庁の人から祖父に依頼があり、祖父は工場の下見に出かけ夕方には帰ってきました。14日の夜明け前、祖父は魚釣りに行ってくると言ってシェルターを出たまま行方不明になって、午前8時頃に迎えに来た防衛装備庁の人も2時間程捜索を手伝ってくれましたが祖父は見つからず、その後、防衛装備庁の人は、捜索は国家公安委員会に依頼すると言って帰っていったんですが、国家公安委員会の人も結局来なかったんです」


 鋼美は続けて話した。


「私は祖父を探す為今日の夜明け前にシェルターを抜け出し、自転車で近くの交番へ行きました。交番にいた警察官に事情を説明したら、日勤の者が来たら報告するから君は元いたシェルターに戻れと言われたんです。でも祖父を助けたいと思ったので、警察庁本部を目指して進みました。途中で自転車がパンクして、そこからは歩いて進みました。でもお腹が空いてきて、ふと、『腹減った』と行ったら、近くの海岸にいた人に、今牡蠣焼いてるけど食うか?と言われて、牡蠣を食べることになりました。その後はお察しの通りです」


 話を聞きながら、俺は彼女の言葉の端々から、祖父への深い愛情と自責の念を感じ取った。ここで兵士は、疑問を呈するような表情で言った。


「なんで防衛装備庁の人は、捜索を国家公安委員会に依頼しようとしたんだ?」


「祖父の職業は刀鍛冶をなので、行方不明になっていることを公表せず秘密裏に捜索したかったんだと思います」


 と言ったところで、別の兵士が救護室に来て、兵士へ告げた。


「急病人のことは彼らに任せろ!お前は早く仕事に戻れ」


 そして兵士は救護室から去っていった。


 兵士が去った後、鋼美は再び話し始めた。


「祖父を探すのを手伝って下さい。私も同行しますので」


「祖父を探すのは手伝うけど、鋼美さんはここで待ってて」


「私はいつも午前4時頃起きるんですが、あの日は午前6時に起きてしまいました。祖父が行方不明になったのは私のせいでもあるんです。だから、同行させてください」


 言葉の端に眠れぬ夜と焦燥が滲んでいて、俺は彼女の決意が本物だと推測した。すると刀子はこう言った。


「点滴投与が終わるまでは待ってて。終わったら鋼美さんも来ていいから」


 ここで森主が現れ、パドリグは咄嗟に、


「森主、鋼美さんの祖父を探すことになった。どうしたらいい?」


 それに対し森主は、


「詳しく説明してくれ」


 すぐに刀子が詳しく説明し、森主はすぐに理解した。そして森主はこう言った。


「まずは、祖父の名前と顔を知ることだな。鋼美さん、祖父の名前を教えてくれ」


 鋼美はすぐに言った。


「祖父の名前は、大槻 刃座衛門(はざえもん)です」


 すると刀子は驚くように言った。


「大槻 刃座衛門って人間国宝になった京都の刀鍛冶よ!」


 俺も思わず声を上げた。


「鋼美さんの祖父って、そんな凄い人なのか!」


 森主は驚いた表情をしながらも冷静に言った。


「刃座衛門さんの写真は持っているか?」


 鋼美は申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい。写真、持っていないんです」


 すると森主がすぐに言った。


「なら神奈川県警本部と鋼美さんが避難していたシェルターと警察庁本部、三手に分かれて行くか」


 ここで長吉が現れ、冷静に言った。


「お前ら、大事なことを忘れてるぞ」


 3人はそれぞれ言った。


「地図?」


「食料?」


「移動手段?」


 それぞれが足りないものを挙げると、長吉は一喝した。


「違う!」


 すると鋼美は言った。


「三手に分かれると私を守る人が1人だけになるから危ない。ということですか?」


 長吉は率直に問い返す。


「その通りだ。というか、君が危険を冒す必要はあるのか?」


 鋼美は申し訳なさそうに言った。


「祖父がいなくなったのは私のせいでもあるんです」


 彼女の声には眠れぬ朝の重さが残っていた。


 そのとき、遠くから誰かが大声で呼ぶ声が聞こえた。鋼美は点滴スタンドを持ちながら、兵舎の入り口へ走り出し、俺たちも後を追った。外に飛び出すと、鋼美は大声で叫んだ。


「兄さん!うち、ここやで!」


 駐屯地の門をくぐって現れた男が、鋼美を見つけるとほっとした表情で駆け寄った。男は京都弁で鋼美と話し、鋼美から事情を聞いた後、礼を言った。だがその瞬間、男の視線が俺に止まり、驚きの声が漏れた。


「パ、パドリグさんやんか!」


 俺は一瞬言葉を失い、次の瞬間、男の顔と名を思い出して言った。


(じん)さん!?」


 男も俺を見て同じように驚いていた。互いの顔を見合わせた瞬間、鋼美が言った。


「兄さんのこと、知ってるの?」


 俺は答えた。


「俺は去年、刃さんに勧められて日本語を勉強することにしたんだ」


 鋼美は続けて言った。


「兄さんと何があったんですか?」


 俺は答えた。


「去年の世界選手権で対戦した。俺は負けた。そしてホテルで刃さんと会った時に、『君の柔道は、勝ちたい、負けたくない、という思いが強すぎて焦っているように感じた。もっと気楽にやった方がいい』と言われた。『どうやったら気楽になれるんだ?』といったら、刃さんは『上手くいくかわからないけど、日本語を勉強してみたらどうだ?』といったから勉強し始めた」


「そうなんですね」


「日本語を勉強したことが今役立ってます」


 ここで森主が驚いたような表情をして言った。


「パドリグと刃さんって世界選手権に出た柔道家なのか!?」


 続けて長吉が言った。


「大槻 刃は一昨年のオリンピックの柔道81㎏級の金メダリストだぞ!本当に知らないのか?」


 すぐに森主は言った。


「俺、スポーツ中継はゴルフと野球くらいしかみないから」


 ここで刃が言った。


「しゃべってる暇あらへん。はよ、じいちゃん探す段取りせな」


 そして鋼美は点滴投与を終えるまで兵舎内で待機する選択をし、俺たちは鋼美の祖父を探す準備を始めた。実を言うと俺は検査の後は休もうと考えていた。だが行方不明になった家族を探してほしいと言った少女が、俺に日本語を学ぶきっかけを与えてくれた人の妹と知った以上、断るわけにはいかない。そして準備を終えた俺たちは兵舎から出た。

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