39.急がなくちゃ
ウインドコットに帰宅すると、表にはクローズの看板がかかっていた。
裏口から入ると、エアリアさんとココちゃんが清掃を始めている。まだ夕方なのに?
「ロン、シオ、おかえりなさーい!」
「お帰りなさい二人とも。ラビップ族との話し合いはうまくいったの?」
「話し合い……と言っていいのかわかりませんが、情報を出してくれるようになったのでお役御免になりました。
ギルドの方は何かあったんですか? もう閉めてあるようですが」
「入れ違いに、私がグラウンディに呼ばれているの。それでシオちゃんにはここでお留守番を頼みたいんだけど、いいかしら?」
「そうなんですね、わかりました」
依頼の受発注だけなら僕一人でも運営できるが、それをしないのは恐らく安全の為。
誘拐事件の話を聞いてきたタイミングで僕の手を空けさせる意味は、ココちゃんとロンくんの保護者だろう。
保護者、というか……。
「ココ、ココ! あのね、ママが近くにいる!」
「えっ⁉︎ どこ⁉︎ 行こう!」
「ダメよ」
「なんで⁉︎」
こうなるから、見張っておけという話なんだろうな……。
「お母さんを助ける方法を決める為に、私がグラウンディでお話ししてくるの。二人はシオちゃんと待っていてね」
「エアリアせんせい、どうして⁉︎ ママを助けに行くんでしょ、だったらあたしたちも行く!」
「魔力制御も、うまくなったよ。ぼくたちが魔力強いの、先生もシオも知ってるでしょ。役に立てるよ」
当初の目的のままに、強い思いをぶつけるココちゃん。訴える理由を明確にし、メリットを伝えるロンくん。
気持ちはわかる。すごくわかる。そして大人たちの誰もが、彼らを蔑ろにしたいわけではない。
「さっきルイスくんが言っていたよ、グラウンディの人や他の国のギルドも協力して、みんなで助けに行くんだって」
「じゃあ、あたしたちも行ったっていいじゃん!」
「ぼくたちは足手まといって、こと?」
「違うよ。みんなは、ココちゃんとロンくんにもう怖い思いをしてほしくないんだ。
お母さんが攫われた時、二人もすごく怖かったんじゃないかな? あの時と同じ人達がたくさんいるかもしれないんだよ」
二人の体が強張る。
あえて怖がらせる必要はないかもしれないけれど、このまま「待て」と言ったところで聴きはしないだろう。
エアリアさんも僕を止めることなく、黙って見守っている。
「僕は、二人が怖い思いしたら嫌だな。エアリアさんだってそうだよ。だから大人の人達と、いい作戦を考えに行ってくれるんだ。
怖い人達に会わずに済んで、お母さんとは再会できるなら最高だなって。だから今すぐ助けに行きたいって気持ちはわかるんだけど、僕と一緒に待っていてほしい」
エルフの双子は顔を見合わせて、「どうする?」「どうしよう」と小声で話している。
初めて会った時から変わらない姿に、やっぱり安全なところにいてほしいと願わざるを得ない。
やがて、ロンくんが口を開く。
「……わかった」
渋々ではあるがココちゃんも頷いてくれて、エアリアさんと僕は同時に息を吐く。
「任せてちょうだい。さあ、ロンちゃんはまず手を洗ってきましょう! ココちゃんはロンちゃんにお茶を出してあげて」
「うん。あれ、シオのは?」
「シオちゃんには先生からお話がありま〜す」
「えっ」
「二人は先に上に行っててね」
「はぁい」
トタトタと居住スペースに上がっていく二人を見届けてから恐々エアリアさんに向き直ると、ウインクひとつで奥の相談スペースに促された。
グラウンディにロンくんも連れて行ってしまったことを怒られるかと思ったが、そうではなさそうだ。
◇◇◇
「今夜、向かうことになるわ」
声を落としてそう伝えられ、思わず背筋が伸びる。
「……直接動けるほど、もう情報は集まっているんですね」
「ええ、でもそれだけじゃなくて。何らかの魔力を制御する方法が使えなくなったのは、もしかするとわざとそうしているかもしれないという見解もあってね」
「気付かせるようにした……身を隠さない方が良くなったってことですか? ……こんなに街に近いところで?」
「ギルドに気付かれるリスクを考慮してもそうしたのは、人身売買の取引相手と合流する為かもしれないわ」
——そうか。潜伏している人攫い集団を感知しようと思ったら、目視するまで近付かなければならない。
取引相手に居場所を伝えるなら、感知させた方が早いということか。
「手紙とか、他の手段で日時や場所を指定しているなら、そんなリスクを侵す必要もないのではと思うんですが」
「私もそう思うのだけど、もし合流が目的であえて解いたとするなら……その可能性がゼロではないなら、あまり時間が残されていないと判断されたの。
また魔力を遮断されたらさらに追いにくくなるし、その方法もわかっていないから対策もしにくい」
確かに……と腕を組んでいると、ふと。
「そして取引が行われるということは……魔力が高い生き物を取引するような買い主が、彼ら彼女らをどう扱うか」
エアリアさんの声が、一層低くなる。
「————考えるだけで悍ましい」
ぞくりと、肌が粟立つ。
見たことがない、こんなエアリアさんは。
深く、重く、仄暗い空気を纏う。
エアリアさんなら、誘拐する側にきっと怒りを持つだろう。
ココちゃんとロンくんのことを大切に思うからこそ、彼らの家族が被害者であるなら、尚更。
けれどこれは……これは、そういうレベルじゃ、ない、というか。
一瞬で気圧された僕が言葉を紡げないでいると、ハッといつもの雰囲気に戻った我がギルドマスター。
「だからね、今しかない! って感じなのよ。急いで作戦立ててすぐ動かなくちゃだから、私も捜査本部に呼ばれたのよね」
「——あ。ああ、なるほど。というかエアリアさんも現地に行くってことですか?」
「そうねぇ。言ったでしょ? 私、これでも強いのよ」
ふふふ、と笑う顔はいつものエアリアさんだ。
彼女の力を正確に把握しているわけではないけれど、もしかして一人で全部片付けられてしまうんじゃないだろうか。
まだまだ底が知れない人だなぁ。
日が落ちて、三人でエアリアさんを見送る。
魔法の風に乗ってあっという間に見えなくなってしまった方向を、エルフの双子はじっとしばらく見つめていた。
それが寂しさや不安からではないと。すぐ戻って来られないことの確認だったのだと気付くのは、すぐ後だ。
「ご飯の後片付けをしたら何しようか? 本でも読む?」
表玄関から三人で室内に戻ったところまでは、確かに認識していた。
そのはずなのに、声をかけながら振り向いた僕の視界に。
二人はいなかった。




