36.その再会は望んでいなかった
エルフの世界では貨幣を使わないらしい。
物々交換が基本のため、外の世界と交易を行うごく僅かな者を除いて、お金で物を売買する感覚が養われていないようだ。
「いち、に、さん……、これで合ってる?」
「はい丁度だね。ありがとうねえ、また来てね」
というわけで今後に向けて、今日はロンくんと、市役所近くの商店で買い物の練習をしている。
「シオ。ぼく、うまくできたかな」
「もちろん! 計算も合ってたし、品物もしっかり受け渡しできたね」
「ん……でも、お喋りはまだ苦手。『ひとみしり』してる」
「最初から全部一人でやろうとしなくても大丈夫。慣れるまで一緒にやろう。今度はココちゃんとも来ようか」
「うん。お喋りはココの方が上手だし」
ロンくんは計算や地理、言語を覚えること……平たくいうと勉強が苦じゃないようだけど、コミュニケーションへの苦手意識が強い。地道な積み重ねが得意だからか魔力も落ち着いてきているので、こうして外出しても不安が少ない。
逆にココちゃんは机に向かうことは難しいが、喜怒哀楽がハッキリしており裏表がないので、人の懐に入るのが上手い。感情が出やすい分魔力のコントロールは苦手なものの、それは総量が多いからでもあるらしい。大変そうだが、毎日頑張っている。
得意不得意がバラバラだからこそ、二人はお互いのできるところを尊重し、補い合って生きている。
ロンくんもココちゃんも、人間への興味は強いし、僕やエアリアさんだけでなくギルドの常連さんとも会話をするようになっている。
二人はきっと、他の種族とも助け合いながらやっていけるようになるだろう。
「シオ。あと……双子の片方か」
いざ帰ろうとしたところで声をかけてきたのは、ギルド『グラウンディ』公安部のルイスくんだ。
道端で出会うのは珍しいと思ったが、そういえば市役所とグラウンディは隣接しているんだった。こちらが近くにいたという話か。
「こんにちはルイスくん。なんだか久しぶりですね」
「……こんにちは」
ロンくんは僕の服を掴みながら、ルイスくんから隠れるように下がってしまった。
まあ、初対面の印象がお腹グルグルマンだったから仕方ない。もしかすると今もグルグルされているのかもしれないし。
「休憩ですか?」
「いや、あんたに用があってウインドコットに行くところだった。
ギルドマスターには許可を取ってあるから、グラウンディに出向してもらえるか?」
「私に?」
「どうしてもあんたじゃないと話さないと言っている奴がいてな」
◇◇◇
——ギルド『グラウンディ』、地下1階。
警察機構の代わりをし続けているギルドが、犯罪者を捕らえた場合どうするのか。
正解は、ギルド地下にある刑務所にて更生を促す、だ。
受刑者がいるのは地下で繋がった別の建物で、面会を行うのがギルド本体の地下1階になっているらしい。
面会室ですら重厚な壁と全身鎧に身を包んだ職員に守られているのは、魔法や武器の所持が認められている世界だからこそだろう。地球のそれとは危険度が全く違うように感じられる。
市で最も大きなギルドが刑務所の管理も担っているとは……。
ロンくんは僕の隣に座り、所在なさげに周りを見渡している。
先にウインドコットに帰すことを提案したものの、一人で街中を歩くには不安が強いらしく。
こんな物々しいところに連れてきたくはなかったのだが、即しがみつかれ首を横に振られては断れなかった。
社会見学ということにしておこう。
鉄格子の向こう側でゴウンゴウンと重い音がする。
耳慣れない音に驚きロンくんと抱き合っていると、近くに立っているルイスくんが「問題ない」と声をかけてくれた。
「何が起こるんですか……?」
「刑務所から囚人が送られてくる。囚人が入っている部屋……牢屋ごとレールで移動させているんだ」
「牢屋ごと⁉︎」
ふと過ぎる、カートやレーンで大量の段ボールを運んで行く、コンピュータ管理された超大型の倉庫の映像……。
荷物扱いのようでほんのり抵抗があるが、牢から囚人が出る時や護送時の安全を考えると合理的とも言え……るのか?
ゴウンゴウンに混じって、何やら独特な会話が聞こえてくる。
複数人? ひとつの牢に?
「……シオ」
「どうしたのロンくん」
「ぼく、知ってるかも。運ばれてくる人」
徐々に近くなる声に、僕も正体を把握した。
「ホントにあいつがいるんでプー?」
「知らないップ! この乗り物は面白いから別に構わないップ」
「お前たち緊張感が足りないプゥ! 相手は人間プゥ、こうして運んでいる先が鍋であることも予測できるプゥ」
「プー⁉︎」
「い、嫌でップ! まだ死にたくないップ!」
「なら気合いを入れろでプゥ、いざとなったら三人一斉に飛びかかるプゥ!」
「了解!」
この個性的な語尾。
ガヤガヤわちゃわちゃ感。
ルイスくんに目で訴えると、なんとも言えない顔でただ頷かれる。
やがてガチャン、と鉄格子の向こう側に到着した牢屋。
好意的な反応を見せた細いのと小さいのと対照的に。
「あーーー‼︎ お……っお前はぁ……‼︎」
わなわな震え、フスフス鼻息荒く、ブルブルと僕を指さす、最も横幅が大きい個体。
真顔のままでは何だろう、他所行きの微笑みで答える。
「…………久しぶりですね、ラビップ族の皆さん」




