35.ふたつはひとつ
体育館裏。
ではなく、ギルド裏に呼び出されている。
直立不動の僕の前には、先輩転生者のリリー・プラチナさん。表情が読めないのが余計に怖い。
話があると呼ばれたはいいが、僕にとって都合が悪そうなことしか思い浮かばない。わざわざココちゃんとロンくんがいる場から離れたということは、転生前のことを聞かれるんじゃないだろうか。
ああ……裏口から出る前、こちらを心配そうに見ていたエアリアさんの優しさが恋しい。
リリーさん……百合華ちゃんに嘘はつきたくない。が、まだ隠しておきたいことが多すぎる。
「シオ」
「はひ」
情けない返答に、リリーさんは何かを察したようだ。
わざと力を抜いたように、立ち姿勢を崩す。
「……ごめんなさい、癖で常に気を張っているものだから……コホン、ただ渡したいものがあって」
「い、いえすみません、私がビビリなだけです。……渡したいものとは?」
「これを」
見せられたのは、宝石のような透明なハート型の鉱石。
自然にそうなったかのように若干いびつで、丸くなった二つの凸の片方にはイヤリングのパーツ、もう片方にはネックレスのパーツが付いている。
不思議な造形だ。耳につければチェーンが邪魔だし、首につければイヤリングパーツが邪魔なのでは?
「これはイヤリングですか? それともペンダントなのでしょうか?」
「両方よ。二つに分けて使うの。見ていて」
リリーさんがハートの両側から力をかけると、石は真ん中から綺麗に割れた。
二つで一つのアクセサリーなのだろう。
ペンダント側を僕に渡し、イヤリングはリリーさんが持っている。
「その石の部分を強く握ってみて」
「はい。こう……、わっ」
言われるがまま石を握ると、リリーさんの手の中でイヤリングの石が明滅している。
逆にリリーさんがイヤリングを握ると、今度はペンダントの石が明滅した。
「おおー、どういう仕組みなんだろう……」
「ツインストーンって言ってね、とある地域の特産品……というか、お土産品って感じなんだけど。
刺激を与えると、同じ石にこうやって反応が返ってくるものなの。
ツインストーンが採掘できる町に住む夫婦がいて、兵士として遠征に向かう夫に片方を渡した。そうして遠くにいながらでも、こうやって石を握ってお互いの無事を確かめていたという逸話があるらしいわよ」
「わあ、なんだか素敵ですね。……どうしてこれを私に?」
ごく普通の質問のつもりだった。のだが。
一瞬リリーさんが言い淀んだのはなぜだったのか。
「シオ、あなた魔力が全然ないでしょう?」
「そうみたいですね。魔力の流れもわからないですし。いやむしろリリーさんが魔力を持っていることの方が驚きというか」
「確かに、地球では考えられない現象だわ。私は……死の間際に『強くなりたい』と思ったことも理由かもね。
私のことはさておき、あなたに魔力がないということは、身を守る手段がひとつないことになる」
「魔力は防御にもなり得るんですね」
「ええ、魔力で盾を張ったり、エアリアさんみたいに風で障害物の飛んでくる方向を変えたり。
魔力が多いと、少ない人よりも身体能力が上がっているみたいだから、そういう意味でもあった方が安全だと思う」
見えない防弾チョッキを着ているとか、筋肉がついているようなイメージかな。ココちゃんとロンくんも、子供サイズなのにやたら力が強いもんな。
魔力が強いエルフの母親が狙われたのも、例えば自陣に強い味方を引き入れたいから、とか。
もしくは…………いや、今は至りたくない考えだ。
「だからね、これをあなたに持っていて欲しいの」
「? ありがとうございます。もう片方は……」
「私が持つ」
ペンダントを見つめていた顔を上げる。
片割れは、リリーさんの耳に収まった。
「危なくなったら、それを強く握って」
「……え……?」
「私が、駆けつけるから」
さらりと髪を払った拍子に、彼女の耳元の石が、カットされた面に太陽の光を受けて輝く。
——ドキドキしちゃっても仕方ないだろう。
白銀の百合。綺麗な金色の髪を靡かせる騎士の瞳が、僕を真っ直ぐ捉えている。
「あ、あの、あの……ありがとう、ございます。でもどうして……」
「…………これから誘拐事件のことで本格的に動き出した時、エアリアさんの意見を聞いたり、場合によっては現場に参加してもらうことになる。
その時ウインドコットにはあなたと双子だけが残ることになるでしょう」
「……ポートリントン内でも、何か起こるかもしれないということですか?」
「ほぼ起こらないと思っているけど、念には念をってこと」
確かに、エアリアさんが普段から飄々としているのは、自身がとても強いからというのはあるだろう。自力で何とでもできる。
一方、僕が誘拐犯と対峙したとして、ココちゃんとロンくんを守りながら応戦できるかというと……まあ、ほぼ無理だ。
いざという時にリリーさんが駆けつけてくれるとわかっているなら、時間稼ぎくらいは頑張れる。
「ありがとうございます。ピンチの時に使わせてもらいます」
「……別に、ピンチの時だけじゃなくてもいいのよ。その……」
「そんな、お気遣いなく! リリーさんがめちゃくちゃ多忙なのはわかっていますから、こうやって心配してもらえるだけでありがたいです」
リリーさんの喉から一瞬「うぐ」と聞こえた気がするけど、気のせいかな。
「…………エアリアさんがあなたを選んだ理由がわかった気がするわ」
どういう意味かはわからないが、褒められたのだろうか? そういうことにしておこう。
首から下げたペンダントが輝く。
片割れを身につけたリリーさんに微笑まれると、照れ笑いが出る。
——お揃いのアクセサリーを身につけるなんて、なんだか特別な関係のようにも感じてしまって。
彼女と向き合うと、明かせていない事実があることに胸がチリチリするんだけど。
今だけ。誘拐事件が終わるまでの間だけでも。
彼女との関係が良いものであると、浸っていてもいいだろうか。




