11-10 監禁部屋。 死に神からの礼
「それよりさ」
アリドがデュマーに返事をしようとしたその時、清流が言った。
「ラムールさんが分かってるぶんを探したほうが早くないかな?」
「だって、寝てるぜ?」
世尊が当然だろうという顔で返事をしたので清流が大きくため息をつく。
「だって考えてもみてよ。 死に神を封印したところで何十年後かには封印が解けちゃうんでしょ? そのとき、その時代の人に一から波紋解除の研究をさせるとは思わないんだよね。 封印で波紋が広がらないように時間かせぎをして、その間に安全な人に波紋解除の研究をしてもらおうって考えをしそうだと思わない?」
その言葉にみんなが顔を見合わせる。
「確かに……」
「でしょ? 多分どこかにこの波紋解除に関する資料があると思うんだよね」
「どこかって、どこにだよ? そんな場所が分かれば最初から――」
言いながら、全員の視線が来意に向いた。
「僕?」
ちょっと戸惑いながら来意がみんなの顔を見回し、すこし考えた。
「――勘避けがあるからと言いたいとこなんだけど、……ただの探し物なら、できそうな気がする」
目を閉じて、深呼吸をしながら胸元のポケットから紙を取り出した。 コインに髪の毛を一本結わえつけ、紙の上で揺らす。
うっすらと目を開けてその揺れを確認しながらカードも取り出し、2、3回ひいて確認した。
「引き出しの中。 一番上……」
来意の言葉にみなの表情が明るくなる。
「場所は……陽炎の館じゃ……ない。 白の館? 家? ……他の人は入れない場所……」
来意が溜息をついて一気に言う。
「僕らは知らないラムールさんの部屋の机の引き出し一番上」
その言葉に再度みんなが顔を見合わせる。
ラムールの部屋で陽炎の館でないとするならば。
「ま、白の館のラムールさんの居室ってとこかな」
「やったぜ! それなら探せばすぐ見つかるんじゃねぇか?!」
「甘い」
テンションを急上昇させて世尊に来意が冷や水をあびせる。 弓が続けた。
「世尊。 あの部屋は確か、科学魔法で許可された人しか入れないはずよ?」
「許可って……?」
「ラムールさんと、デイと――リト」
「リ……」
世尊は口ごもってリトの閉じこめられている扉に視線をなげた。
未だ、出して、出してと泣き叫ぶリトの扉を叩く音はしている。
「ちょっと僕、佐太郎さんに聞いてみてくる」
清流がきびすを返して佐太郎が居る部屋をノックして入る。 ほんの少しの時間で清流は部屋から出てきたが、その顔にはありありと失望の色がみてとれた。
「無理だって。 ラムールさんのプライベートゾーンだから、自分が入れる設定にはしてないって」
「ということは、デイに――」
「デイの居る所はどこだと思う? 王族居城区だよ。 会いにもいけないさ」
吐き捨てるように清流が告げ、みな再び頭をかかえた。
デイが駄目なら、リトがいる。
しかし今のリトが協力してくれるとはとうてい思えなかった。
「おかあさぁんっ! たすけてえっ!」
最悪のタイミングでリトの声が響いていた。
誰も何も言えず、重苦しい空気のなか時間だけが過ぎていくなか、誰とも無しに元の作業へ戻りだした。
アリドはラムールがどうしていたのかデュマーに尋ねようと思った。
しかし、いったいどこに行ったのか姿が見えない。
アリドは一度、リトのいる部屋を見たのち、珠の光る色を探す作業に戻った。
今度は3皿、まとめて珠を水に浸す。
ただし今度は、1分後も2分後も、4分後も――珠はぴくりともしない。
ぴくりともしない間は見ていなくてもよいとは分かっていても、もしやまさかという疑念をぬぐえずジッと見てしまう。
らちあかねぇよ、と声には出さず呟いた。
**
リトの閉じこめられた部屋は、まさに監禁が目的のような部屋だった。
床も壁も凹凸はなく、そのすぺてが何重にも柔らかい布を巻き付けたように柔らかく、そして滑らかだ。 いくらリトが壁を叩いても爪一つどこかにひっかけることも、叩きすぎて赤くなることもなかった。
ただ体力だけが消耗していく。
だがそれが客にリトの不安感を増大させていた。
何をしても、届く予感が全くしないのである。
まるでもうここは地面の奥深くに埋められた棺桶の中だ。
生きているにもかかわらず棺桶に入れられて目が覚めた、そんな夢のような話がぴったりくる感じ。
叫んでも声は反射せず柔らかい壁にすいこまれていく。
ああ何故こんなに叫んでいるのに誰も何の反応もないのだ。
この耳に届く泣き声は己のものではないというのか?
横隔膜が痛くてたまらないくらい泣いているのに、どうして、どうして、
こ ん な 目 に 遭 わ な け れ ば い け な い の か
その思いが胸にこみあげるたび、記憶の整理で大人しくなったはずのシンディの意識の影がちらりと浮かぶ。
私も最初は泣いていた
でも泣いても何もよくならなかった。
いいえ逆に、あの人達は喜んでデータをとっていた。
扉? そんなもの、開かない方がいいのよ。
開いたときは、実験のために、そう、もっと怖い実験をされるために外に出されるのよ?
フラッシュバックのように、リトの脳裏にぐちゃぐちゃに潰れたシンディの顔が思い浮かんだ。
「きゃあああああっ!」
リトは思わず頭を抱えてうずくまった。
そしてそっと、自分の顔を触る。
それは滑らかで、どこも怪我した感じはしない。
カタカタと歯の根が震えた。
わたし、は、リト、よね?
自ら確認する。
自分はリトであってシンディではない。
だからあんな酷い実験に遭わせられる訳がない。
じゃあなぜ私はここに閉じこめられているの?
リトは部屋を見回した。
残念なことに鏡ひとつないここでは、自分どんな顔だったかを確認することは不可能だった。
わたし、本当に、リト、よね?
リトはもう一度自分に問うた。
本当は、シンディで、リトの記憶を植えられて、実験中って、ことは、……ないの?
リトはしゃくりあげながら自らを抱きしめた。
その時だった。
「リトー♪」
何の前触れもなく背後でデュマーの声がした。
リトはおそるおそる振り向くと、どこから入ってきたのかクリッとした瞳を輝かせてデュマーがそこにいた。
「アレー? アンマリ オドロカナイ ネー」
リトは確かめるように呟いた。
「……ねぇ、リト、って、私?」
その言葉にデュマーは一瞬もったいぶって答えなかった。
「ねぇ!」
「ソーダヨー♪」
デュマーの言葉にリトはホッと息を吐いた。
「ウレシー クライ コンランチュー ダネ」
デュマーは可愛い顔で微笑みながらちょこんとリトの隣に座った。
「リト ニハ オセワニ ナッテル カラ オレーヲ イイニ キタ」
「御礼? ……っていうか、あなたどこから入ってきたの?!」
「エ? オイラハ ベツジゲンノ ヤツダヨー? フツーニ クウチュウヲ トーッテ キタ」
「空中を通って……。 それって、私とか連れて行ってもらえない?!」
「アー ムリムリー レンキンジュツシ ガ コノ ケッカイクーカンニ トジコメテクレテル カラー」
「……じゃあ、何しに来たの?」
「ダカラ オレー」
デュマーはそう言うと、両手をこすりあわせ、まるでマジックのようにポンとリトの顔よりも大きい透明の風船のような珠を出した。
こんなときなのにリトはその珠にぼんやり映ったシンディではない自分の姿に少し安堵した。
「ワガ アルジ ハ アノ バショカラ ハナレラレナイ カラ コレデ ハナスノ」
デュマーが言うと、その透明の風船の中に黒い煙が現れたと思うやいなや、その中に鮮明な死に神の顔が映し出された。
「!」
リトは思わず後ずさりしたのでデュマーがケラケラと笑う。
「dデュマー。 あまり笑うなa」
死に神がたしなめたので、デュマーは申し訳なさそうに小さくなった。
2次元と3次元をかけあわせたような面の死に神の視線がリトを捕らえる。
「kこれはこれは、なかなか良い色に染まっているu」
リトは返事ができなかった。
「r礼の言いがいがあるというものだa」
「リト ダイジヨーブ ダヨー! コノ タマカラ ハ アルジハ デテキタリ シナイカラ ホーント ハナス ダケ」
リトを安心させるためだろうか、デュマーが優しい口調で説明した。 リトは壁際に身を寄せたまま何とか頭を上下させて頷き、
「れ、礼って、何のこ、こと、ですかっ!?」
やっとのことでそう発した。
「oお前のおかげで教育係が手に入る。 これはかなりの大手柄だa」
「?」
すると珠から死に神の姿が消え、代わりに過去の死に神の記憶だろうか、広場の中で蒼白な顔でこちらを向いたラムールの姿が映った。
「kこの魂を初めてみたとき、欲しいと思った。 人間と交わした契約を破棄してでも我がものにしたいとo」
珠の中のラムールは、死に神との契約の証である藍色の液体を腕につけたまま怒りに満ちた鋭い眼差しで言った。
[私が絶対にこの波紋を解除して、新世を助ける]
「m見てのとおりの活きの良さだ。 しかし想定外なことがひとつあったa」
ラムールの姿は白の館で颯爽と動き回るものに変わった。
「k教育係は、翼族の長がガチガチに護りをつけているせいもあり、この死に神の私にすら、中身が見えん。 何が好きで何が嫌いで何に喜び何を愛し何に反応するのか? 過去生があれはアカシックコードにアクセスして傾向を探ることもできたが、処女魂だ。 まったくの白紙。 手がかりすらないi!」
珠の映像は姿をかえ、今度は――崖下で訳が分からないという顔つきで自分の体を触っているデイの前に頭から血を流したラムールが、降り立ったところだった
「kこれは失敗だった。 教育係という立場上、皇太子に危険が及び死ぬようなことがあったらさぞ絶望するだろうと思ったのだが――まさか身代わりの護りとは。 デュマーから聞いただろうが契約期間中は死なん。 皇太子に危害を加えてもさほど心的負担は負わせられんn」
ふと珠に映るものは死に神の顔に戻る。
「……iいや、正解だったかもしれぬな。 これで教育係は私の忠告が本物だと従うようになったa」
「忠告?」
「aああ、それについてはもしお前達がもっと先に進むことができたらおのずと分かろう。 とにかく、教育係はこの私ですら舌を巻くようなスピードで波紋解除の方法を解き明かしていった。 私はどうにかして教育係のウィークポイントを探すべく、デュマーを送ったa」
次に映ったのは――リトも見覚えがある、カラスだ。 カラスが空からラムールの日々の行動をじっと観察していた。
「ア、アレ、 オイラ ナンダヨ♪」
デュマーがひとことつけ加えた。
「dだが、いくら教育係を観察しても、奴を動揺させられるふさわしい駒はいなかったa」




