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11-12 リトがいたから

 すると今度はリトの姿がいきなり映った。 その少し緊張した表情、それは白の館に来た日の顔だ。


「わたし」

「sそう。 お前だa」


 珠の中のリトはルティに案内してもらっている途中、女子大浴場の窓の外にいたデイに思い切り洗面器をぶつけていた。


「n何よりもこれにつきる。 ちょうどこの時、教育係は、波紋解除の中で重要な作業をしていた。 たいした怪我もしないことは分かり切っていたから教育係は作業を優先させた。 それはほんの僅かな油断だった。 しかしそれが私に活路を開かせたa」

「……?」

「k教育係は極力、他者との関わりを避けていた。 しかしお前は別だ。 自らの不手際によりお前の立場を悪くしたことに気づいた教育係はお前を受け入れた。 翼族の長が死んでから初めて、長の護りが効かない相手と縁を結んだのだa」


 せんせーはりーちゃんが来るまで孤高の人って感じだったんだよ、というデイの言葉を思い出す。


「m護りの効かないお前が動くと今まで隠されていたものが次々に見えてきた。 なんとまぁ、意外とお節介な奴だ。 意外と甘い奴だ。 ……それさえ分かれば簡単だった。 あとは丁度、事が起こる直前に罠をしかけていれば良かった。 陽炎の館の子供達の15の祝いと引き替えに、波紋解除に必要なことをひとつ与えた。 教育係は一日も早く波紋を解除して子供達を翼族の墓に来られるようにしたかったから交換条件を呑んだ。 ……もっとも祝いの日、その日にいきなり私から申し出た話だったから非常に葛藤してくれた。 それはそれは見応えがあったa」

「……」

「oお前の代わりに西地区で皇太子が刺されたときも――洞窟に落ちたお前を助けるために貴重な時間を縫って保護責任者証明書を取りに行った時も――教育係は面白いほどに自分以外の者のために動いた。 お前と皇太子。 これほど教育係を振り回せるとは笑いがとまらなかったぞo」

「シカモ ネー ソノタンビニ キョーイクカカリ ノ タマシーノ イロ ハ キレーニ ツイテイツテ」


 珠の画面は再び死に神のものとなった。


「――……子猫が樹の上にいた、それも貴方達の仕業だったの?」

「ソーダ ヨー! オイラガ カラスニ ナツテ アノネコ ヒロツテ ユワエツケタ」


 デュマーが誇らしげに言った。


「aああ、あの猫か。 あの猫はただの野良猫ではない。 西地区で戸籍獲得プログラムに失敗した奴が拾った猫だ。 皇太子を刺した、あの男のo」


 イノシシに似た男、チェムだ。


「k皇太子に傷を負わせたのだ。 死刑にならなかっただけ奇跡。 当然戸籍獲得プログラムでは弾かれた。 しかし奴は他の者達が戸籍獲得できたことを心から喜び応援し、この国を去ることにしていた。 初めて拾った、それも皇太子と一緒になって親のように可愛がった子猫と一緒になa」


 その猫が。


「w私は教育係に教えてやった。 この猫が死ぬとチェムは失意のどん底のままこの国を後にする。 護りたい者がない奴は再び悪の道へと身を堕とし、今度はもっと大きな事件をおこしてその名がテノス国まで届く。 その時、皇太子は自分が子猫を助けきれなかったことを悔やむのだ。 どうにかしてこの猫を救っていればチェムはもっと正しい道を歩んだのではと――自分を責めるのだ。 そして、その不安は徐々に皇太子をむしばみ、周囲が気づいたときには遅い。 その先、人として有り得ない間違いを起こすことになる。 小さな出来事だが、ここが分岐点だとo」

「だから……」

「sそう。 未来の皇太子の心を護るため、教育係は自らの未来も捨てたa」


 珠には青白い顔で眠るラムールの姿が映った。


「dだが、波紋解除が無理となった教育係でも、私としてはまだまだ負荷を与えたかった。 残念なことにこの魂は喜びの感情経験が極めて少ない。 だから伝えた。 陽炎の館に入り浸れば翼族の長と会えるきっかけと出会えるぞと。 その甲斐あってここのところ喜びの経験値も溜まり始めていたが、長が面会を拒否するとは予想外だった。 そのせいで私を封印しようという愚行に走ってしまった。 ――まぁしかし、錬金術師というこれまた稀有な魂が釣れたので良しとするが――a」


 リトは珠の中のラムールをじっと見つめた。

 助けて、ラムールさま。

 それしか考えきれなかった。

 すると画面がいきなり死に神の顔に戻ったのでリトはビクリと体を震わせた。


「r礼を言うぞ。 女官。 お前のおかげで教育係が手に入るu」


――私のせいで、ラムールさまは死んじゃうことになるの?

 リトは死に神が遠回しに言わんとすることに気づいた。


「sせっかくだから、お前が死を恐れる理由を教えてやろうu」


 ゆっくりと死に神は続けた。


「t魂が死んだことがあるからだ。 過去に罪を犯し地獄といわれる園に魂が放り込まれた経験があるからだ。 魂は分かっているのだよ。 このまま死ねば再び地獄へ行くと。 だから怯えるのだ。 知っているから怖いのだ。 この――o」


 珠が真っ黒に色を染め、中から闇が吹き出してくる。 闇の中で血の色をした人のかたまりが絡み合いながら浮き上がりもがいている。

 リトの足下が沼地に落ちたかのようにグチョッと沈み始める。

 バラバラになったガラスのかけらみたいな小さな虫が何億匹も小刻みに震えながら足を伝って登ってくるる


「s死の世界を知っているから――a」


 死に神の声が、毛穴から冷たい水のように全身に入ってきた。


「いやあああああああああっっつつっ!!!!」 


 リトは叫んだ。

 このまま気を失ってしまいたいと思うほど叫んだ。


「アあアアアアアアああーーーーーっ!!!」





 ドン! と、大きな音が部屋中に響き、リトは目を開いた。

 開いた?

 いつ、目を閉じていたかも分からないが、リトは確かに目を開いた。

 そして周囲を見た。

 死に神もデュマーも、死の世界も、そこにはひとかけらも存在しなかった。

 ただ、部屋の中に、清流がいた。

 清流は後ろ手で扉をしめ、中からかけられる鍵をこともあろうかカチャリと閉めた。


「清流っ! 開けろ清流!」


 扉の向こう側から慌てた声で扉を叩くアリド達の声がした。

 リトはちょっとだけホッとした。

 人の気配に、ほっとした。

 しかしその気持ちもほんの一瞬で萎えた。

 なぜなら部屋に入ってきた清流の顔がとても怒りに満ちていたからだった。 


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