11-9 狂
リトの泣き声、いや、叫び声は、多少遮られているものの扉越しに中央の部屋まで届いていた。
「佐太郎さん!」
弓が非難するような口調で言い、リトが閉じこめられている扉に手をかけた。
「開けるな! 弓!」
佐太郎の雷のような声が襲いかかる。
「こんな時に取り乱されたら一番やっかいなんだ! いいかお前達、リトを安心させることができねぇなら絶対に開けるな! わ か っ た な っ ! !」
その言葉に弓が一瞬ひるみ、来意が扉にかけた弓の手にそっと触れて制した。
「弓。 佐太郎さんの言うとおりだ。 リトは今、混乱してる。 何を言っても届かない」
「……」
それでも弓は悩みながら手にした扉のノブをじっとみつめた。
こうしている今も、扉の向こうではリトが必死に叩いている。
「ウフフフフー♪」
そこに、とても楽しげなデュマーの笑い声が届いた。
「サイッコウ! ミンナ ドンドン ケイケンチ タマツテルジャン!」
「……」
「ヤツパリ カンジョウノ ヘンカッテノハ スッゴク イイ」
輝くデュマーの瞳が見ているものはいったい何なのか。
「……くそったれが」
佐太郎はぽつりと呟き、もう一度、少年達を見た。
「いいか。 こうなったら仕方ねぇ。 それぞれが、それぞれ、自分にできることをやるんだ。 俺は文献を漁ってみる。 そこの部屋にこもるから、何かあったら呼べ。 いいな!」
有無を言わせぬ口調で告げて、佐太郎はリトの閉じこめられている部屋とは正反対の場所にある扉の中に入っていった。
「アーア レンキンジュツシモ オテアゲ カナァ」
デュマーの言葉に、弓がキッと睨んだ。
「オレ ウソハ ツイテナイヨォ?」
わざと挑発するかのようにデュマーは抑揚をつけて言う。
「分かってるわ」
リトは冷たく言い返すと、扉から手を離し、珠が積まれているテーブルに来た。 そしてその透明の珠をよりわけ始めた。
「弓」
羽織がおそるおそる声をかける。
「……。 それぞれの種類に分けるわ。 契約魔法陣も何も知らないけど、魔法陣ならきっと隣り合うものどうし線が繋がってるんじゃないかと思うの。 ジグソーパズルみたいに、それぞれのパーツを見ればきっと何か分かるかもしれないもの」
弓は羽織も見ずに透明の珠を種類ごとに分ける。
「手伝うよ」
羽織はそう言って弓の隣に座り、一緒によりわけ始める。
「――弓」
手伝いながら、羽織が優しく口を開いた。
「……ここで死んでもいいかな、なんて思っちゃ駄目だよ」
「……ごめんなさい。 でも、あれは、リトに対してじゃなかったの」
弓はほんの少し顔を俯ける角度を深くして表情を隠した。
「分かってるって。 でも、だからこそ、駄目だよ」
「……うん」
そう呟いて、弓と羽織は作業に没頭する。
それを見ていた清流が言った。
「じゃあ、ぼくは色のついている珠の選別をするね。 どうせ必要でしょ?」
「僕もそうしようかな」
来意も頷いて清流と隣同士の席に座る。
「お、おいおい、ホントにリトをあのまんまにしていて、いいのか?」
世尊が慌てながら話を蒸し返した。
「パニックになって、可哀相だぜ! そう思うだろ? なぁ、アリド! お前、そういうの上手いはずだぜ? 慰めに行かなくていいのかよ?」
黙って腕組みをしていたアリドが、世尊から言われて突き放すような視線で応えた。
「パニックになった女を落ち着かせて黙らせるにゃ無理矢理抱くのがてっとり早いし一番だって知ってて言ってんのか?」
「う゛」
「お前らや弓もいるのにできる訳ねぇだろーが。 ……それより世尊。 他のことだ。 今できること……。 珠の分別は弓達がやってるから、とりあえず俺らは珠を光らせてみようぜ。 その珠がはめこむ珠の中にあるかどうかはわかんねぇけど、今はそれしかやれねぇだろ?」
「そ、そうだぜ、アリド!」
世尊は慌てて珠の色を知るための準備をする。
小さな皿に清水を入れて、透明の珠をひとつ取って浸す。
1分後。 珠を動かす。 ……変化はない。
2分後。 珠を動かす。 ……クルリと回る。
「きたぜ!」
世尊とアリドが目を輝かせてじっと珠に注目する。
じっと、じっと見つめ。
「……ひからねぇぞ?」
二人、顔を見合わせる。
「もう4分は過ぎたか?」
「過ぎてるぜ?」
そうこうしてると、クルリと珠を回すのをしなかったせいだろうか、珠は萎びていった。
「イッタダキ マアス♪」
デュマーが喜んで近づき、萎びた珠を取り上げてパクンと口に入れる。
「キホンヲ ワスレル ナンテ ヤツパリ ドーヨーシテル?」
「……勝手に言ってろ」
アリドはもう一度、同じ形の珠を清水に浸す。 2分後に同じように珠が回る。
「清流! 弓、ちょっとこっち見ろ!」
アリドに呼ばれて、清流と弓が弾かれるようにこちらを向いた。
「く、黒!」
慌てて清流が腰を浮かして言った。
「黒?」
「黒? マジか?」
アリド達は珠を見るがそこには透明の珠があるのみだ。 しかし――
「清流が黒だっつーなら、黒か」
「はぁー」
その不思議さに戸惑いながら世尊はメモ紙を持ってきて、同じ形の透明の珠と「黒」という文字を書いた。
「ってことはだぜ? 珠が動いたら全員で見ないと何色が出るか分からな言って事だぜ? 確か青は弓しか見られないから……」
「私、見るわ。 佐太郎さんに眠り玉で眠りと疲れを預かってもらえればいいと思うの」
弓は即答した。
するとアリドはちょっと腕をくんで考えた。
「おい、デュマー」
「アイ?」
「ラムールさんはどうしてたんだ? 眠り玉使って不眠で見ていたとしても……。 あの人が何色見えてたのかしらねぇけど、3人いれば2日で終わるレベルまで来てたんなら、かなり進んでたはずだろ? 俺らみてぇに一色や二色でそこまでいけるのは無理じゃねぇか?」
「フフフーン」
デュマーの瞳がにやりと微笑む。
「なんだ? それともあれか? また秘密の暴露しねーと教えねーって言うのか?」
ちょっと不満げにアリドが言うと、デュマーは嬉しそうに首を横に振る。
「ドーシテタ カ マデハ タダ」
「ふぅん」
アリドはちょっと考えた。
言えることがある、ということは、それは餌ということだ。
餌を見せられたらとりあえずは食わなければならないのだろう。
しかし、餌を見せて貰わぬことには先には進まない。
リトの叫び声も途切れることなく届いていたから。




