11-8 隔離、混乱。
「巳白さんっ! 巳白さんっ!」
リトが大声で何度も叫んで扉を叩いたせいもあって、巳白はすぐに扉を開けてくれた。
「どうした? リ……おっと」
リトは巳白が扉をあけるや否や、脇をすりぬけて部屋に入る。
ここは、リトの見た仮眠室とは全く別の部屋だ。
ベット、洗面台、壁にかけられた鏡、そして――窓がある。
「よかった……!」
リトはその窓を見て思わずホッとした声をあげた。
白いレースのカーテンが軽く風になびいている。 なびいているということは――外と繋がっている。 つまりは外に出られるはずだ。
リトは真っ直ぐに正面の腰高窓に駆け寄り、カーテンを開いた。
その先には緑の草原が見える。 明るい空も見える。
やった、と、そう確信しながらリトは窓枠に手をかけようとして、
「――!」
異変に気づいた。
目の前には確かに外の風景が見えて、風だって感じるのに。
リトは、本当なら手が突き抜けるはずの窓の中央を、手の平でバンと叩いた。
「ああっ!」
泣き出しそうな声を上げて、リトはもう一度、空中をバンと叩いた。
なんということだろう。
まるで透明の壁があるかのように、窓枠から外へは手が出ない。
風だって入ってきてるのに。
目の前に、外の風景はあるのに!
「リト?」
ただごとではないリトの様子に巳白がおそるおそる声をかけた。 しかしリトはそっと手を伸ばした巳白の手を振り払い、ベットに眠っているラムールへと駆け寄り、その襟首を掴んだ。
「ラムール様っ! ラムール様っ! 起きて、起きてくださいっ!!」
そう言いながら青白い顔をしているラムールを大きくゆする。
「寝てなんかいないでっ! 起きてくださいっ!」
そのリトの瞳から大粒の涙があふれ出す。
「ちょ、ちょっと! リトっ」
巳白がいさめようとするが、リトは全く聞かずにラムールの側に顔を埋めて泣きながら、拳をつくってラムールの体をドンドンと叩いた。
「お願いですから、起きて! 助けて、助けて下さいっ! 私、私っ」
ラムールの手の平の傷が開いたのか、包帯が赤く染まる。
しかしリトはそれにも一向に構わず、泣きじゃくりながら何度もラムールを揺すり、叩いた。
「ラムールさまぁっ。 起きて……っ。 私、死にたくなんか、ないぃぃっ……」
「リト、ちょっと、駄目だ。 揺らしたら」
「嫌あっ!」
あまりにも激しくリトが揺さぶるものだから巳白が止めるが、リトは構わずラムールにすがりつく。
「ラムールさまぁ」
リトの涙がラムールの頬に落ちる。
まるで蝋人形のように生気も動きも感じられないラムールの顔。
目覚めてくれるような予感を粉々に打ち砕くほどの手応えのなさ。
「嫌ぁ! 死にたくなんかないぃっ! ラムールさまっ! 起きてっ! 助けてっ……! ……っ?!」
リトがラムールの腕をギュッと掴んだそのとき、逆に誰かがリトの襟首を背後から掴み、乱暴にラムールからリトを引きはがした。
佐太郎だった。
「あ゛ーっ、まったく、やかましい奴だ! こっちに来い!」
佐太郎がとても怒りに満ちた表情で、リトを掴んだまま立ち上がった。
「い、いやぁっ!」
リトは佐太郎の手から逃げようと体を捻るが彼の力はものすごく強い。
「離してぇ! 助けてっ! ラムールさまっ!」
「奴は起きやしねえっ!」
「いやあっ!!」
泣き叫ぶリトを引きずり、佐太郎は隣の部屋の扉を開く。
「お前は邪魔だからこの部屋にでも入ってろっ!」
弓達が背後で佐太郎をいさめようとするが、彼は全く聞く耳持たず、開けたその部屋にリトを放り投げた。
「きゃんっ!!」
リトはその部屋の床に転がり悲鳴をあげた。 と、同時に扉が大きな音を立てて閉められる。
「――?!」
リトは体を起こして部屋の中を見た。 ここは、広さこそ同じだが、リトの見た仮眠室みたいな部屋とは違う。
奥の壁に明かり取りの小さな小窓が二つある以外は、何もない。
床も壁も天井も薄青色の布でくるまれたような、何もない部屋。
まるで、棺桶の中のようだ。
「嫌あっ! 出してっ!」
リトは慌てて扉へ向かい開けようとするが、ノブはなく、ただ代わりにスライド式の簡易な鍵がついている。 その出っ張りをつかんで扉を押しても、引いても――開かない。 閉じこめられたのだとリトが理解するのには何秒もかからなかった。
「いやあっ!! 開けてっ!!」
リトは扉を叩いた。
「ここから出してっ!!
叫んだ。
しかし外からの反応は一切、無い。
血の気が引いた。
「出してぇっ!!」
もう、何が何だか分からなかった。
「家に帰してっ!!」
切羽つまると、心のよりどころは何なのかが無意識に現れた。
「お母さん! 助けてェッ!」
リトは叫んだ。
「おかあさんっ! 帰りたいっ! 家にかえりたいぃっ! 出してッ! ここから、帰してぇえっ!」
そして、扉を叩きながら、腹の底から大声を上げて泣いた。
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
もう嫌
死ぬなんて嫌
逃げたい
帰りたい。
お母さんに会いたい。
帰りたい。
お母さんに会いたい。
リトの脳に浮かぶのはその感情だけだった。
リトはひたすら狂ったように泣きわめきながら扉を力の限り叩いた。




