10-6 道標
強く注がれる視線に反応してリトがその方角を向くと、死に神の黒い穴のような瞳とでくわし、慌てて視線を反らした。
心臓がバクバクと音をたてて緊張する。 なんだか気持ちが悪い。 もしかして死に神が今、気分を変えてリトの魂を刈ろうとしているのではないかという気すらした。
「yよかろうu」
ところが死に神は特に何をするわけでもなく、静かにデイの結論を認め、まるでそよ風に乗った煙のように、ふうわりとその身を動かして、少し高いところからリト達みんなを見回した。
「dでは、お前達に道標を授けよう」
そう告げて鎌で円を描くように一閃すると、ラムールの張った結界のすぐ外側にの土が分裂しながら膨らむように盛り上がり、リトの大きさもある石碑が姿を表した。
石碑は灰色の煙を固めてできたような半透明色で、正面の上側には大きく、金で縁取られた藍色の文字が書かれている。
その文字の下にはウズラの卵くらいの大きさのくぼみが横一列に13個並んだものが、縦に5段あった。
そのすべてに無色透明のビー玉のような小豆大のかけらが埋められている。
「kこの無色の珠の収められた箇所にi」
死に神がそう言いながら鎌を振ると空中から5色の色とりどりの珠がポロポロと地面に沢山こぼれ落ちた。
「sそれぞれがあるべき場所にあるべき珠を入れれば波紋は効力を失う。 つまりは波紋解除だ。 さて、……デュマーa」
「ハイ! ワガ アルジ!!」
死に神に呼ばれ、元気に返事をしてピョンと飛び上がったのはキツネにも似た不思議な生き物だ。 死に神の隣まで駆けていき、リト達に向き直って、しゃんと背筋を伸ばして立った。
「kこれがお前達を導く。 期限は5日後の日没。 そこまでに正しくすべてのくぼみをすべての色で埋めよo」
死に神の鎌の杖を地面を貫くように突き刺すと、色とりどりの珠の上に石碑に入っていた透明の珠がざらざらと音をたてて墜ちた。
「h一人につき、波紋を解除するチャンスは2回。 失敗すればその時点でその者の魂は私のものになるが、他の者が解除に成功した時にはすべて解放される。 試しに――女官よ、好きなような珠を埋め込むがいい。 なぁに安心するがいい。 この1回はサービスだa」
リトはを向いて死に神が言う。
「わっ、私っ?!」
いきなりの申し出にリトは声を裏返した。
「ホラホラ ネーチャン ヤッテミル ヤッテミル!」
デュマーという名の不思議な生き物が舌足らずな発音で話しかけて近寄り、熊のような形のごっつい手でリトの服の裾を掴む。 そのリスのように大きい瞳がリトに警戒心を抱かせなかった。
「ホラホラ ココニー スキナノ イレテミル」
デュマーに連れられてリトは石碑の前に来た。 石碑の向こう側は荒れ地と、その中央に生き生きと立つ墓標。
「リト、お前、見えてないのか?」
不意に世尊が尋ねるが、正直、何の話か良くわからない。
「アハハ セソンハ ニドメ ダカラナー キニシナイ キニシナイ。 サ リト ヤッテミルヤッテミル」
デュマーに勧められてリトは地面に落ちた珠を適当に拾い上げて石碑に埋め込んでいった。
珠はまるで磁石でひっつくかのように石碑のくぼみに収まっていく。
そして珠は沢山残ったが、空いているくぼみは一つだけになり。
「じゃ、ラストはこれで」
リトは緑色の珠を拾って最後の穴に埋め込んだ。
すると。
「きゃっ!」
まばゆいばかりの神々しい閃光が石碑から放射線状に放たれ、リトは思わず目をしかめた。 その光は一本一本がピンと張ったかと思うと一瞬にして黒色へと色を変え、黒くなったことにより重くなったといわんばかりにダラリと垂れた。
その垂れた黒い光の一本が、リトの肩にのる。 その微かな重みに気づいたリトが自らの肩に視線を送ると――そこには黒こげの炭にも似た人の手の形をしたものが、しっかりとリトの肩を掴んでいた。
「ひっ!」
思わず身を引こうとするが、なんということだろう。 石碑から同じように飛び出た何十本という黒い光が一つは手になり一つは蛇になり、どろどろに溶けかけたおぞましい様子でリトの手を、肩を、頭を、足を掴み、引き寄せるように力を加えた。
リトは体を強張らせながら結界の中を見て、息を呑んだ。
これからリトが引きずりこまれようとしている先にある、荒れ地のはずの場所。 しかし今のリトに見えるものは全く違っていた。 半円形の空間にヒトの姿をかろうじて保っているような影が行き場を求めて上に下に絡まり合いながら吐くように叫んで渦巻いている。 口を大きくあけて内蔵を吐き出したいかのように舌をだらりとのばし、後悔と苦しみに満ちた瞳が羨ましげにこちらを見る。 そんな黒い影を他の黒い影がぐちゃりと踏みつぶし、踏みつぶされた影はちりぢりに散らばった後、再び形を作ろうとするが造形に失敗した銅像のように目から指が飛び出したり、ありえぬ形になって苦しんでいた。
ただその中で、新世達の墓だけが銀白色の結界に包まれている。
清浄なその場所にリトが安堵したのも一瞬。 リトを掴む黒い光のせいで結界の中の者達の目とリトの視線が合い、それに気づいたその者達が押し寄せる荒波のようにリトに向かって流れてくる。
お前もこの中に来い
狂気に満ちた瞳がそう叫んでいた。
「き ゃ あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ!!」
リトは思わず大声で叫んだ。 しかし体は黒い光に捕まれて身動きできない。
――嫌っ! 嫌っ!! いやああああっ!!
リトが声にならぬ声で叫んだとき、新世の墓がキラリと光り、そこから凛々しい稲妻が天に向かって一度立ちのぼり、その者達を威嚇するようにリトとの間にザクザクと突き刺さった。
リトを掴んでいた黒い光はその稲妻に身を切られると、殻に逃げる貝のように勢いよく石碑の中に吸い込まれていった。
「k過保護だな。 だだの予行演習だったのにi」
そう呟いて死に神はリトを見て微笑んだ。 リトは真っ青なってガタガタと震えている。
「大丈夫だぜ、リト!」
世尊が慌てて近寄りリトの肩に手を置いた。 リトは思わず世尊の手を握った。
世尊には、これが見えているのだ。
力強く握り返す世尊の手はとても心強かったが、リトのショックを完全に和らげるには足りなかった。
「hふふu」
死に神はそれを確認すると楽しげに口元をゆるめ、
「dでは5日後に会おう。 勇気ある者たちよo」
静かにそう告げてゆっくりと身を翻す。
死に神の背中が見えると同時にその姿も黒い光もあり得ぬ形の者達も湯気のように空中に溶けていった。
「リト」
弓が心配そうにリトの隣にやってきた。
リトは返事をせず、世尊の手を握ったまま前を見つめた。
そこには石碑と、デュマーがいる。
つまり、夢でもなんでもない。
「ソンナニ 子ワガルナヨ モトハ アレモ オマエタチト オナジ カタチ ダッタンダカラ」
デュマーが無邪気に告げた。




