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10-5 契約しない

――契約しない?

 リトは一瞬、デイの発した言葉が理解できなかった。 いや、それは死に神もそうだったかもしれない。

 すぐに返事をしない死に神を見て、デイは抱いた義軍に視線をうつす。


「俺は、その間、義軍の面倒をみてる。 誰かが世話しないと、みんな気になって集中できないっしょ」


 面食らっているリトとは正反対に、羽織達は「そうだな」と、いたく軽く頷いている。 少し寂しそうな目をした世尊がデイに近づいて、そっと義軍の頭を撫でた。


「大丈夫だって、世尊。 王族居住区だから変な奴は入ってこられないし、義軍は初めてだからすっげー喜ぶと思う」

「ん。 頼むぜ。 デイなら義軍も懐いてるし」


――えええええ?

 そんな簡単に不参加を許すのかとリトが面食らうと同時に、死に神が口を開いた。


「t友達なのに、助けないのか? k皇太子よ。 お前はこの者達の友であろうu?」


 デイは臆することなく答える。


「そーだけど、それとこれとは別。 俺はお前とは契約しない」

「n何故e」

「魂をかけるような賭けはやらない、ただそれだけ」


 それを聞いた死に神が高らかに笑った。


「hふっ! はっはっはっ!! なんとo!!」


 そして次の瞬間、一気にデイとの間を詰めて、その二次元と三次元が合体したような面を額がつきそうなほど近づけた。


「――m見殺しかa」


 その声はとても低く寒気を呼び起こす。


「m見殺しか! 見殺しとは!! なんと立派な皇太子!! 友も家臣も命をかけて助ける価値は無いということかa」


 だがデイは動じずに真っ直ぐに睨み返す。


「お前はさっき、3人もいれば2日もかからず波紋解除はできるって言った。 それに今、珠の5色すべてを見ることのできる人数も揃った。 俺は必要ない」

「hふふ。 確かに解除するために必要な数は揃っているが、そんなに簡単に解除はできんぞo」

「何と言われても、俺は契約しない」

「hほぉo」


 死に神は波が引くようにゆっくりとその身を下げて宙に浮く。


「t例えば――皇太子が加わるなら、ヒントを増やすと言われてもo?」

「ああ」

「t例えば――解除の方法に間違いがあったときに教えてやると言われてもo?」

「――ああ!」

「t例えば――残った謎のひとつの答えを教えると言われても? それを聞けばより安全に波紋解除の答えに近づくと言われてもo?」

「何と言われても、俺は契約しない!」


 デイが頑なに拒む。

 すると死に神はデイから視線を反らし、周囲にいるリト達すべてを見回した。


「k可哀相な勇気ある者達よ。 お前達は見捨てられたのだa」


 死に神と目があったような気がして、リトの背筋に冷たいものが流れた。


「k皇太子からの助けがあればお前達の負担も減ったのに。 どう思う? 剣の子よo」


 死に神が羽織を見た。 


「デイがやると言ったなら、俺は止めるように言ったと思うから。 気にしてません」


 羽織はあくまで礼儀正しく答えた。


「hふむ。 父親によく似ているなa」


 父親という言葉に羽織が反応したので死に神が小さく嗤った。


「o驚くことはない。 私は死を司る神、死に神だ。 お前達よりより多くの世界とより多くの物事を知っている。 例えば、お前の父を殺した者の消息――」

「羽織、耳を貸すな!」


 来意が口を挟むと、楽しそうに死に神は続ける。


「k皇太子が私と契約を結べば知りたいことを教えてやろうかa?」


 羽織が動揺しているのがリトにも分かった。


「羽織様! 駄目!」


 弓が慌てて羽織の袖を掴む。 羽織は弓の目を見て頷いた。


「それが本当だとしても、デイには頼みません」


 しっかりとした口調で羽織が答えると、次に死に神はもう一度デイを見た。


「sさすが皇太子。 護られる星の下で生きておる。 だが、皇太子を護る者たちはなんと不憫なことよ。 友も教育係も皇太子を護るのみ。 皇太子からの慈悲はない。 教育係がいまわの際となったのもそもそもは――樹の上に取り残された子猫を助けたいと皇太子が望んだからだというのにi」

「えっ!?」


 デイの表情に戸惑いが見られた。

 子猫といえば確か、清流達が翼族界から帰ってきた後に白の館の裏庭で起こった出来事だ。 あのとき、確かにデイは樹の上の猫を助けたいと望み、ラムールが助けた。


「――aあのとき、教育係は波紋解除の方法にたどり着く最後のチャンスだった。 皇太子の願いを無視し、子猫を助けにさえ行かなければ今頃は波紋解除できたであろう。 だが教育係は皇太子を選んだ。 皇太子の心に傷をつけるのと、自らの生きるチャンスを秤にかけ、迷うことなく前者を選ぶほど出来た家臣の命の危機も見捨てるとは、なんと立派な王族の鏡i」


 そこでリトも思い出した。

 あのとき、ラムールは【用事は終わりましたから当分どこにも行きません】と言ったのだ。

 その【用事】なるものが波紋解除に携わることだったとすれば。 その時をもって波紋解除を失敗して後は残りの時間をただ過ごすだけだとすれば。 

――ラムールさまは、デイのために子猫を助ける、そんなちっぽけなことのために、ご自分の命が助かる道を捨てたというの? そんな馬鹿な?!

 リトにはとうてい理解できなかった。 

 しかしデイは逆にとても真剣な眼差しになって死に神に告げた。


「だからさ。 せんせーは俺を護るためなら何だってする。 そんなこと誰よりも分かってる。 せんせーの一番の願いは俺を護ること。 だから俺はせんせーの為にも自分の命を賭けたりしない。 賭けたら最後。 きっと波紋が解除できても、せんせーは自分を責めて戻ってこない!」


 死に神に対して一歩も引かず、怯えず。


「俺は契約しない」


 デイが言い切る。

――デイ……

 そんな彼の姿をリトは少し複雑な感情で見つめていると、ふと、誰かの視線を感じた。



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