10-4 契約
世尊の出した左手の指に向かって死に神が左手だけをまるで蝸牛が角を出すときのようにニュッと伸ばす。
「k契約の条件は教育係の契約終了する1時間前までに波紋を解除すること。 解除できない場合はその命貰い受けるu」
少しかすれた声とともにアメーバ状に柔らかな曲線を描いた手が世尊の左の手首までをぬるんと包み、薄い藍色の腕輪のような形のものを手首に巻き付けてゆっくりと糸を引きながら離れていった。
世尊の手首についた腕輪のようなものは空気に触れて乾いていくかのようにペラペラになりながら肌の中に吸収された。
それを見終えた世尊がふとその眼を上に向けると――
「う、うわっ!」
新世達の墓の方を見て思わずたじろいだので、やはり死に神が面白そうに嗤った。 世尊はまるで何か信じられないものでも見たようで、ごくりと唾をのむ。
「どうした?! 世尊、大丈夫か?!」
「あ、ああ。 いや、平気だぜ、巳白。 ちょっと――驚いただけだぜ」
冷や汗を浮かべながらも強がる。
「sさて――。 世尊一人では契約時間内に解除の方法にたどり着くのは不可能だ。 最低あと二人。 命を担保に私と契約する者はa」
「当然、俺だ」
佐太郎が説明は面倒だとばかりに左手を前に突き出すと、死に神は世尊の時と同じように腕輪をつけた。 佐太郎は世尊とは違い、その後新世達の墓の方を見ても特に反応はしなかった。
「俺もやる」
続いて巳白が名乗りでて、右腕を出す。 だが、死に神は「h他にいないのかa?」と羽織達を見回した。
「おい!」
巳白が怒鳴ると、死に神はゆっくりと首を横に振る。
「k貴様とは契約できないi」
「なっ!?」
「n何故なら契約は左手と。 よって左手を持たぬお前には無理だa」
その言葉を聞いた巳白は蒼白になり、とても悔しそうに歯をかみしめて言葉を探した。
「兄さんが無理なら代わりに僕がする」
清流が手を挙げた。
「左手としか契約ができないなんて、死に神っていっても名ばかりみたいなものだね」
清流は左手に契約の腕輪を貼られながらそう呟いたが死に神は無言だった。
「sさて――。 他はいいのかa? よければ、勇気ある3人よ。 この珠の色を答えるがいいi」
死に神はそう言って手の平大の大きさの透明な珠をみんなの前に差し出した。
「緑だぜ」
「黒」
「黒だね」
世尊、佐太郎、清流の3人はその透明な珠を見てそれぞれに色を述べた。 すると「oおおo」と死に神が溜息をつく。
そして、口調こそ同情的だが、その目で嗤いながら告げた。
「kこの珠の色はそれぞれの魂の質で見える色が違うのだが、全部で5色。 波紋解除するためには、この珠の色すべてが分からないことにはどうにもできないi」
「はっ?!」
「i今、緑と黒が出た。 あと3色、足りぬなぁa」
「何だぜそれ! それじゃ、最低5人以上は必要になるぜ!?」
「h人によっては同時に2色見える。 それぞれ違う色を2色見える者が2人いれば3人で足りるのだよ。 ああ、すまない。 詳しく説明してなかったかなa?」
いけしゃあしゃあと死に神が答えるのを見て、「最悪」と来意がぽつりと呟いた。
「んじゃま、オレも契約な」
アリドが手をさしだし、契約後、珠を見た。
「赤と黄色」
その答えを聞いて、みんなの顔が少し輝く。
「んじゃ、あと一色か」
「私、やります」
弓が手を挙げると、来意が「弓っ!」と険しい顔で見た。
「だって、新世さん達のためにもやりたいもの」
止められたことに納得いかないような口調で弓が告げたので、来意は先に死に神を向いた。
「先に僕が」
そして左手に印がついたあと、予想通りとばかりに溜息をつき、残念そうに珠の色を「黄色」と答える。
「じゃあ俺も先に」
羽織も同様に事を終わらせたが、結果は「緑と赤」だった。
「お願いします」
弓が丁寧に一言つけきわえた後に契約を交わし、見間違いではないかのようにこらして珠を見た。
みんなが黙って弓の言葉を待つ。
「――青」
澄んだその声がいままで出ていなかった色を告げる。
「z全色揃ったな。 運の良いことo」
死に神はゆっくりと頷き――リトを見た。
「oお前は、どうするu?」
その言葉にリトは思わず胸に手をあてた。
――どうする、ったって……
リトは思わずアリド達の顔を見た。
「リトは止めた方がいい」
静かに来意が告げた。
「5色すべて分かってる。 僕らだけで平気……なはず」
しかし来意にしては語尾に迷いが見えた。 それに気づいた清流達がお互いの顔を見合った。
「いや、リトが入ったら駄目とかそういうわけじゃないけど――分からない」
「らしくないぜ、来意?!」
少し慌てて世尊が言うと、佐太郎が「勘避けだ」と、代わりに答え、死に神が嗤った。
「y勇気ある者達よ。 私からアドバイスをしてあげよう。 この試練は関わる人が多ければ多いほど確実に正解には近づく。 今、確かにここには5色それぞれを見ることができる人間が揃っているが、さきほどと同じで最低限の人数だ。 青色が見えた者は一人。 ああ、なんと重い負担となろうかa」
そして、リトを見る。
「私」
「リト、私は大丈夫よ」
すかさず止めるように弓が口を挟むが。
――だってやっぱり、友達だし
リトは大きくひとつ呼吸をした。
「私も契約します」
一気に告げて腕を差し出した。
「yよしi」
リトの左腕に死に神の左手が伸びて包む。 その感触は、見た目からねっとりしているかと思えば逆で、細かい鎖で編まれたベルトが皮膚に跡をつける感じ、とでも言ったらよいか、固い感じがした。
その皮膚についた跡のぶんの腕輪のようなものは、手作りで漉いたばかりの紙のような肌触りでひんやりとした温度のまま腕の中に入っていった。
思ったよりあっさりと契約は完了。
「リト」
嬉しそうに、というよりも少し申し訳なさそうに弓がリトを見たのでリトはニコっと微笑んで見せた。
「sさて、何色が見えるu?」
死に神に問われ、リトは皆が見ていた透明の珠に視線を移す。
先ほどまでは透明だった珠は、緑色の輪っかのようだった。 いや、中央部が黒いから輪っかのように見えたのだ。 とすると。
「緑と……黒」
自分で言いながら、青色が見えなかったことがなんとなく申し訳なく感じる。
「ま、そんな上手くはいかねーさ」
いつの間にかすぐ隣に来ていたアリドが軽い口調で呟き、褒めるようにリトの頭を撫でた。
リトがちょっとだけ嬉しくなっていると、死に神はゆっくりと向きを変え、義軍を抱いたデイを見た。
「k皇太子よ。 お前はどうするu?」
――デイも勿論手伝ってくれるに決まってるじゃん
リトはそう思いながらデイを見た。
が、デイはとても険しい顔をして告げた。
「俺は契約しない」
森の木々がざわめくように風に揺れた。




