8-2 新世との対面 ~Rはラ行のRか
リトは正直、面食らっていた。
目の前に現れた新世は霊魂というよりもしっかりとした生身の姿に見える。 触れることすらできそうだ。 しかしそんな現実感とはうらはらに、彼女の姿は自分の記憶のそれより遙かに大人で、遙かに美しく、遙かに嘘のようだった。 嘘? いいや、夢のようだと言えばよいのか、まるで想像上の幻獣のように「そこにいることが不思議」な感じがした。
ふと、ラムールが死に神について語った時の、「あちらとこちらでは次元が違いますから」という意味の台詞を思い出していた。 そうか、次元が違うってこういうことなんだ、と妙に納得する。
それにしても美しい。
多分、この美しさならラムールに引けを取らない、いや、勝ってるんじゃないかと。
違う。 美しい、だけではなく、優しそうなのだ。
慈愛に満ちた瞳がこちらに安心感を届けてくれる。 きっと地獄の番犬だって子犬みたいに懐くだろう。 リトはそんなことを考えていた。
新世はまず、その瞳でぐるっとリト達を見回した。
それから一番最初に視線を合わせたのは――佐太郎だった。
「……よぅ」
少し残念そうに佐太郎が軽く手を挙げて応えた。
「佐太郎。 私……」
新世は確かに戸惑いながら切なそうに彼を見た。
「あなたに、何て言っていいか……。 本当に……ごめんなさい」
「はっ。 ――いいってことよ。 昔の話だ。 もう、それなりに吹っ切れてらぁ」
佐太郎は明るく告げた。
「それよりも、アイツ達はどうしてる? 元気――つーのも変だが、幸せにやってんのか?」
新世はゆっくり頷いた。
「ならいいさ。 そっちの世界で幸せであってくれっなら……。 いつか俺がそっちに行くまでに住みやすくしとけ、って伝えてくれ。 それより、気ぃ遣わせてこっちこそ悪かったな。 俺はもういいから、坊主達と話してやれや」
頭をぼりぼりとかきながら、佐太郎が一歩、後ろに下がる。
その思いやりに感謝するように新世は小さく微笑み、そして視線をかなり上に向け、少し離れた樹に向かって呼びかけた。
「アリド」
新世の視線につられてリト達は一斉にその樹を見る。 よく生い茂った樹だったが、その中腹あたりがガサリと揺れた。
新世はクスクス笑いながら更に呼びかける。
「アリド。 平気だから、降りていらっしゃい。 せっかく会えたのだもの。 話したいわ」
よく通るその声に導かれるように、樹に登っていたアリドが降りてきた。 どうやら遠目で見ていたらしい。 アリドは照れくささと叱られる前に緊張している子供のような、ものすごく複雑な顔をしつつ歩いてくる。
「本当に大きくなったわね。 もっとこっちにいらっしゃい。 私はこの陣の中からは出られないの」
新世の呼びかけで、アリドはリト達よりも前に出る。
新世を目の前にしてアリドは視線を伏せたまま、子供のようにもぞもぞしていた。
「……ってか、その、俺」
そんな姿を見て、新世は穏やかに微笑み、アリドの言葉を待つ。
「すんま、せん」
まるで別人のような大人しさでアリドがぽつりと謝る。 ウフフ、と新世は軽く声に出して笑い、その手でアリドの頭に軽く触れた。
「謝ることはないのよ」
するとアリドは慌てながら顔を上げて新世を見た。
「いや! だって俺、俺、ホントなら、新世さん達がいなくなったあと、一番の兄ちゃんとして坊主達を引っ張ってやんなきゃいけねーのに、……その。 できてねぇし」
「いいえ。 アリドはちゃんとやっているわ。 怒ったりしないから安心していいのよ」
「母さん。 俺もそう言ったんだよ。 なのにアリドってばさ、あんな事もしちまったこんな事もしちまったって、めっちゃ慌てて、会わせる顔がないから遠くでひっそり見るだけでいいとか言い出すし」
「こら巳白! 言うなって!」
――ああ!
リトは先ほどアリドが逃亡した訳を理解した。 さっきのはまさに、悪戯がばれて叱られると不安な子供そのまんまだった、ということだ。
そんな二人を見て楽しそうに新世が目を細める。
「大丈夫よ。 ちゃんと見てるわ。 アリドは確かに激しいオイタもしてるけど、優しいところはそのままですもの。 変化鳥を助けた時も、よく頑張ったわね」
「え?! あれも見てた?」
「他にも見ていたわよ。 ポロナーム地方で、結局あの子を助けてあげてたのも」
「で、でもそれじゃ、……その……」
「……そうね。 確かにアレは……いけないことよ。 でも、貴方が自分の偽名をRとしたことを、私は信じたいの。 いいえ、信じてるわ。 その大事な一文字にかけて貴方が自分を大事にしてくれるって」
さすが、霊魂というべきか、新世は確かに色んな事を知っているようだった。
――そういえば、アリドの偽名って、どうしてR?
リトが声に出さずに首を傾げたとき、同じ疑問を抱いたのだろうが、佐太郎が二ヤッと笑って声に出した。
「あー。 Rはラ行のRか」
「あ!」
「ふぅん♪」
「ほおっ!」
弓達が思わずちらりとリトを見た。 ラ行、といえば。
「い、いや! そんな訳だけじゃなくて!」
アリドが慌てふためくが世尊達はニヤニヤした。
「新世さん~っ!」
悔しそうにアリドが苦情を訴えるが、新世も楽しそうにコロコロと笑った。
そしてその新世の視線が、リトと重なる。
どきっ
リトの心臓が突然のアクセスに大きく戸惑った。
新世がほんの少し、前のめりになってまじまじとリトを見た。
どきっ、どきっ、どきっ
リトの心臓が大きく躍動する。 やばい。 シミュレーション不足で頭が真っ白だ。
「いとちゃん♪」
新世がにっこりと微笑む。
「あっ、あのっ!」
リトは声を裏返させた。
すると待っててあげるとばかりに、新世はゆっくりとこちらを見つめる。
「そのっ、ああああ、あの、私」
しかしリトはパニックの迷路に迷い込んでしまいどうしても言葉にならない。
新世は小さく微笑んで、先に口を開いた。
「大きくなったわね。 また会えて嬉しいわ」
リトは私もです、と言いたかったのだが言葉が出ず、ものすごい勢いで首を縦に何度も振った。
「リ、リトっ! 落ち着いてっ」
慌てて弓がリトの肩を抱いて揺らした。
「うっ、あっ、うん、弓っ」
弓の腕をしっかり握って、やっと単語が出る。
「わ、私も、嬉しいです」
少し安心したように弓がホッと胸をなで下ろした。
「フフフ」
優しい声で新世が笑う。
「いとちゃん、いいえ、リトちゃん。 弓がいつもお世話になってるわね。 ありがとう」
新世がスッと近づいて来て両手でリトの手をとり礼を言う。 その手は不思議な感触だった。 柔らかくてほんのり暖かいが、生きている人間の体温とは違う。 日だまりの空気を凝縮して厚い空気の固まりにしたような、そんな感じだった。
「いいえっ! 私こそ! 弓にはお世話になってばかりで! はい!」
リトがかなり元気に答えた。
「弓だけじゃなくて、他の子とも仲良くしてくれてありがとうね」
新世は本当に嬉しそうに微笑んだ。
リトは真っ赤になって再度ペコペコと頭を下げる。
――そ、そっか! お義母様との初対面なんだっ!!
「本当に、この子達に良いお友達が出来て、とても嬉しいわ」
リトは一瞬硬直する。
――そ、そっか。 お友達ですね、お友達
その固まり具合で新世は気づいたのか、それとも最初からそのつもりだったのか、楽しげに続ける。
「アリドにもよくして下さって。 これからも宜しくお願いしますね。 アリド、ちゃーんと、リトちゃんを大事にするのよ?」
「し、新世さんっ!」
アリドが照れくさそうに口をはさむ。
「だぁって、お母さんとしてはすっごく嬉しいんだもの」
「んもー」
そう言うアリドはやはりいつもより素直で。
「ぼくも話すぅ!」
そのとき、我慢が限界に達したのか、世尊に抱かれていた義軍が身をよじって主張した。
「おいで。 義軍」
新世が両手を広げて腰をかがめたので義軍は急いでかけより新世の胸元に飛び込んだ。
「新世おかあさん♪」
「義軍」
ぎゅうっと抱きしめて貰ったあと、義軍は顔を上げて矢継ぎ早に言う。
「あのね、ぼくね、かけっこが早くなったの。 白の館に行ってお友達も出来たの。 身長も伸びたの、
新世おかあさんにおしえてもらったお歌、ちゃんと今でも歌えるんだよ」
新世は義軍と視線をあわせ、愛おしそうに義軍の頭を何度も撫でる。
「ええ、お母さん、知ってるわよ。 義軍、かけっこの練習、ものすごく頑張っていたものね。 世尊お兄ちゃんのいうことも聞いて、すっごくお利口さんにお手伝いもしているわね」
「うん! ねぇ、ぼくが、おかあさん、見ててねってお祈りしてから頑張ってるの、聞こえてる?」
「聞こえてるわ。 お母さんはいつでもあなたを見ているわ。 あなたに見えなくても、暖かい風になって、柔らかな空になって、いつだって側にいるから安心してね」
「うん! ぼくも、わかってるよ!」
義軍が元気よく返事をすると、ゆっくり世尊も近づいてくる。
「世尊! 貴方も、本当に大きくなったわね。 腕の筋肉のつき具合なんか一番じゃない?」
新世は義軍の手を握ったまま立ち上がった。




