8-1 新世、復活
「よし」
確認したかのようにラムールが頷き、地面には八角形をベースにした浅い皿のような魔法陣、膝元には三重の輪になった円盤状の魔法陣、胸元には波の形にゆらめきながらメビウスの輪のように表面と裏面が繋がった魔法陣の中央から歩み出てきた。
そしてデイの手からみんなの睫毛が入った小瓶を受け取り、勢いよく両手で挟んで瓶ごとつぶす。 固いはずの瓶はラムールの手のひらの上で薄い楕円形に形を変えた。 そうして出来上がった睫毛の模様入りの透明の平べったい器を2、3度太陽にかざして出来を確認すると、一度空中に浮かせ、それから恭しく胸元のポケットから人の小指ほどの小さな羽――新世の移動羽を取り出した。
「清流」
ラムールの呼びかけに清流は頷き、すぐそばまでゆっくりと歩いて来て、王の証を両手の平でで支えるように持つ。
「頼みましたよ」
ラムールはそう言って差し出された王の証の上に重ねるように睫毛入りの透明皿を置き、その上にそっと新世の移動羽を載せた。
清流が一度ごくりと唾を飲み、それから頷く。
それからラムールは天を仰ぎ太陽を見た。
「太陽の角度があと0.5度変わったら儀式を開始します。 私が合図をしたら、清流、魔法陣の中に入りなさい」
ラムールの手がそっと清流の肩付近で待機する。
リト達も少し緊張しながら見守った。
少しずつ、儀式の時間が近づいてくる。
「リト」
弓が不安そうにリトの手を握った。
リトもだんだん胸がドキドキしてきて弓とつないでいない手を胸元に当てた。
もうすぐ。
もうすぐ、新世さんと会える。
その期待とも不安ともいえない胸の高まりの中――
「ゴメ! 俺、やっぱ、キャンセル!」
いきなりアリドが声を上げた。
「はっ?」
「おいっ?」
「アリドっ?」
リト達は一斉にアリドの方を向くが、その時には既にそこにアリドの姿は無く。
「ええええええっ???」
リト達が驚きの声を上げたが。
「アリドがここにいなくても儀式は続行できます! 時間です、清流、入りなさい!」
厳しい声でラムールが告知して清流の肩を押す。 清流はそのままゆっくりと進み立体魔法陣の中央に立った。
まるで魔法陣の中では地面からそよ風が吹いているかのように清流の服と髪を揺らす。
白い光を放つ魔法陣に包まれて、清流の口がゆっくりと開く。
「ζ――」
そこから不思議な調べが紡ぎ出され、儀式が始まった。
いよいよだ。
――でも、アリドがいなくなっちゃったよぉっ???
リトは口をぎゅっと閉じたまま、弓と目を合わせた。
聞いたことのない言語で、清流が王の証を目線よりも少し上にかかげながら呪文を唱える。
歌のような調べにのって柔らかな風が優しくつむじを作り出し掲げられたその王の証をそっと支える。
清流は王の証をそのまま風に託して手を離し、舞うように両手を大きく旋回させて腰に携えていた神の樹の小枝一本をスッと右手で抜き、左手に持ち変える。 更に空いた右手でその枝を三分割するかのように人差し指でトン、トン、と叩くとそこが切れ目となって神の樹の小枝は音もなく割れ、清流の左手の中に静かに収まった。
まず、一本の小枝が急に清流の手から地面に引き寄せられるように落ち、瞬く間に土に帰る。
更にもう一本は見えぬ糸で釣られたかのごとく、清流の手から離れて垂直に上って霧になった。
最後の一本。
清流の呪文の調べに耳を傾けるかのように、広げられた手のひらの中でその枝は静かに止まっていた。
清流の右手の人差し指が空中に翼族語であろうか、空気中に見たことのない文字を描き、その文字はキラキラと金白色の煙に形をかえ、次第に一つの小さな飴玉くらいの玉へとまとまっていった。
清流の呪文の詠唱が止まる。
しぃんとした空気が辺りを包んだ。
リトがゴクッと唾を飲み込むのを我慢していると、やっと清流の手が動く。
出来た金白色の玉と残った小枝を一気に両手で合わせた。
どん、と目には見えないが衝撃波がリト達の体を軽く揺らした。
そして、重ねられた清流の手の隙間から青白い煙が漏れだして来た。 その青白い煙は小さならせんを描きながら清流の目の前の空間の足下に落ちていく。
同時に、立体魔法陣に変化が現れた。
足下から溜まっていくその青白い煙に呼ばれるかのように魔法陣の粉が崩れて近づきまとまっていく。
ゆっくりと、ゆっくりと、魔法陣が崩れてはまとまり、宙に浮かんだ王の証の下に、人の形を作っていった。
いや、人ではない。
背中に大きな羽が生えている。
弓がリトの手をぎゅっと強く握り、リトも握りかえした。
人の形をした煙と魔法陣はゆっくりと色を変えてゆき、霧が晴れるかのようにその中にいるものの姿を明らかにした。
清流の唇が小さく震えていた。
王の印が役目は終わったとばかりに空中に留まることを拒否し、カランと音をたてて地面に落ちた。
取り残されてゆっくり落ちだした新世の移動羽は、すかさずラムールが片手を突き出して呪文を唱えたので地面に落ちる間もなく彼の手の中に吸い込まれていった。
ラムールは移動羽をしっかりと掴んで、ただ呆然と立っていた。
清流の小さく震えていた唇がやっと言葉をかたどった。
「 か あ さ ん 」
その声に呼ばれて、清流の前に現れたその者はゆっくりと瞳を開けた。
長い黄金の髪を一つ三つ編みにして。
笹の葉状に伸びた耳は2重に重なっていて。 背中から生える翼は眩しいほどに白く美しく。
透き通るほどに淑やかな肌と、青空を切り取ったような暖かなブルーの瞳。
そして、とても穏やかな優しい笑顔。
「 み ん な 」
そう発した、小鳥のさえずりか鈴の音にも似た、心地よい声。
そこに確かに、新世が復活した。




