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5-10 リトの過去6 夢ともいえん夢のため

 しかし一夢や村長達はその言葉の意味を一瞬では理解できなかった。 老師は半ば自棄になったかのように皆を見回した。


『次の満月から二日後の昼間。 天空より巨大な隕石が落ちてくる。 この世界は粉々に砕け消滅する』

『な?』

『そんな話聞いていない!』

『デタラメを!』


 口々に村民達が異を唱えたが老師は鼻で笑った。


『信じずとも良い。 未来は変わらぬ。 みな、一人残らず死ぬ。 ――さあさ、新世、一夢。 スイルビ村に帰ろう』


 老師はそう言うと新世に手を差し伸べたが、新世は首を横に振った。


『ダメです。 老師。 私、まだここにいなきゃ』

『――何故ぢゃ!?』

『だって、あの人達は、私がここにいて、特殊魔法が使えるようになったらきっとみんな助かるって言ってましたもの。 私、それがどういうことか分からないけど、でも私にできることがあるなら』


 困ったように訴える新世を老師が寂しげな眼差しで見つめた。


『新世。 それは、お前が思っているような事ぢゃないのぢゃよ』

『でも、私』


 食い下がる新世に、冷たい言葉を浴びせたのは村民の一人だった。


『な、何言ってやがる! お前がいるから、そ、その、隕石とやらも来るんだろう?!』


 他の村民も同調した。


『そ、そうだ! それに俺は知ってるぞ! 特殊省の奴らが言ってた! この翼族は自分たちと取引をしたと! 報酬を手にするためにここにいるんだから村の人間に危害を加える可能性は少ないから安心しろと!』

『なのにリトをさらいやがって!』

『何を企んでやがる!』

『まさか、その特殊魔法とやらのために、生け贄にするためにリトをさらったのか!?』


 それぞれが混乱しており、村民の言葉は支離滅裂だった。 

 それを聞いた一夢が怒りで顔を赤くしながら新世の手を力強く掴んだ。


『新世! もういい! 帰ろう! こんな奴らがいる村にいる必要なんかねぇから!』

『でも! 一夢。 村の人が言ってることも本当なの。 言ったでしょ? 私、自分で従ったのよって。 私、確かに特殊省の人達と約束したの。 ここでみんなを救うことができたら、願いをひとつ叶えてもいいって、約束してもらえたの』

『願い?』


 初めて聞くその響きに老師が不思議そうに呟いた。

 同時に村民達は更に混乱して、まさか特殊省はこの世を救うために、我々を餌として差し出すつもりだったのでは、という声すら漏れた。


『違います! そんな願いじゃなくて!』


 新世は村民を不安にさせたことを詫びるかのように訴えた。


『ただ……本当に、私ひとりのわがままで……協力することにしただけで……』


 言いながら、己の浅はかさを恥じるかのようにうつむくと、老師はそんな新世に詫びるように彼女の両手をとった。


『……うつけ者が。 ぬしの願いなど分かっておる。 一夢との結婚であろう? ……確かに最初聞いたときはワシも驚いて反対したが、さっき言ったではないか。 一夢と祝言を挙げようと。 ぢゃから。 もう反対などしておらぬ。 ああ、それとも、教会で式を挙げられぬことが気がかりぢゃったか? 安心せい。 ワシが何とかしてやる』


 しかし新世は首を横に振った。


『教会でなんて許されないのは分かってます。 私、そうじゃなくて』


 数秒、新世は言おうか言うまいか悩んでいたが、本当に申し訳なさそうに口を開いた。


『私、一夢と夫婦の誓いができるのなら、場所なんかはどこでもいいんです。 でも、でも。 ――私には許されないことだし身分不相応ってことは十分分かっているんですけど……。 誓いの日には、白い服を。 ドレスなんて恐れ多いものじゃなくていいから、白い服を……白い服を着てみたかったんです』


 白い服。


 ハーフである新世に許された服装は、今も着ているこの服一種類のみ。

 色あせた麻袋のような生地で作られた上着とズボンだけ。


『こ、こ、この、たわけがっ!!』


 老師が声を震わせながら大声を出した。


『そんな夢ともいえん夢のために命を危険にさらす馬鹿がどこにおるっ!』

『本当にごめんなさい老師!』


 新世が深々と頭を下げた。


『うつけ者がッ!』


 老師はそんな新世をぎゅっと抱きしめた。

 しかし村民達はその光景がとても信じられないとばかりの視線を送って囁いた。


『人間と結婚? 教会で式? 翼族のくせに何を血迷って』

『あいつらは神聖な場所を穢すつもりか?』


 その囁きはしっかりと聞こえていたであろうに、老師はあえて反論しなかった。 


『ああもぅ、何でもよいからご老人、さっさと連れて帰ってくれませんか』


 そのとき、前村長が、厄介ごとはもう御免だといわんばかりの口調で告げた。


『我々も強制的に命じられた立場。 迷惑しておるのです。 ほら、村民もこんなに混乱しております。 この世が無くなるというホラで我々を不安にされても困ります。 ご老人がそのつば……それを連れて帰ればすべて元通りです』


 翼族といいかけた前村長は老師のひと睨みで言い方を変える。


『言われんでも帰るに決まっとる。 さぁ一夢、新世。 麒麟に乗れ。 こいつは足が速いでな』


 新世は静かに頷き、ふわりと麒麟に乗る。 一夢は新世が飛ばなかったことにほんの少しの間驚き、そして老師の視線に気付くとヒョイと新世の後ろにまたがった。 そしていたわるように新世の翼を優しく撫でた。


『さ、帰ろう』


 老師も優しく微笑み、麒麟に乗ろうとした。

 その時だ。


『リト、怖かっただろうに。 もう平気だぞ』


 すぐ近くにいた村民がリトの頭をポンと撫でた。

 老師は麒麟に乗るのを止めて振り向いた。


『――なにが、怖かっただと?』

『え』


 村民が嫌そうな顔をした。

 そのとき、祖母がリトをぎゅうっと抱きしめて言った。


『うちの孫を怖い目に遭わせておきながら! もしリトに擦り傷ひとつでもつけていたら、翼族調査委員会に訴えてるところだからね!! 命びろいしたとお思い!!』


 その言葉を聞いた老師は、ほんの少しの間呆然とたたずみ、そしておもむろに笑い出した。


『な、何がおかしい!?』

『何がもなにも。 新世がその子を恐ろしい目に遭わせたぢゃと? ふははは。 笑わせてくれるわ』


 ひとしきり蔑むように嗤うと、老師はとても寂しそうに息を一つついて、村長を見て告げた。


『愚かじゃの。 人間は。 儂は何故今まで、このような奴らを護っていたのかの。 苦しんでいる時に手を差し伸べてしまったのかの』

『……?』


 村民達はみな首をかしげたが。


『――ぼくは大きくなったら、あなたみたいに大切な者を護れる力を持つ村長になりたいと、おぬしは言ったな』

『……!?』


 前村長は顔色を変え、老師は目を伏せて懐かしそうに呟く。


『干ばつで農作物が全滅しかかった時に湧き水を掘り出した時は、みな、幸せそうぢゃった』

『……!』


 今度は顔を上げて、リトの祖母を見た。


『そうしてやっと実った作物を荒らしに来た魔物をワシが退治したとき、おぬしは隣村の恋人と祝言を挙げる前日じゃったな。 フィリー』


 老師の言葉を聞いた皆の顔が一様に強張る。


『まさか』

『まさか、あなたは、あの時の』


 しかしその問いに老師は答えず、ただ軽く嗤った。


『ワシとて別に見返りが欲しくて皆を助けた訳ではない。 ぢゃが、どうして我が子として15年間大事に育ててきた新世に……ワシが初めて育てた子に……ワシが15年間たのしみにしておった15の祝いの日すら奪われなければならんのぢゃ……。 このような気持ちにならんといけんのか……。 まぁよい。 それが現実ぢゃ』


 黙りこくった村民達を前に、老師が勢いよく杖を地面に突き立てた。


『新世がその幼子をかどわかしたと言うのであれば。 よかろう。その幼子の記憶を取り出しおぬしらに見せてやろう。 儂は命をかけてもよい。 新世はその幼子を恐ろしい目になどこれっぽっちも会わせてはおらぬ。 お前達の愚かさを――まざまさと知るがよい』


 老師はそう告げると、リトに視線を合わせた。

――こわい。

 リトの心が恐怖で満ちた。

 老師が一歩一歩、近づいてくる。

――いやだ、こわい。

 老師が自分から大事な何かを奪いに来る。

 それは老師の雰囲気がリトにそう感じさせたのか。

 リトは『いや』とつぶやき、祖母の服をしっかりと掴んだ。

――いやだ。 たいせつなものを、とっていかないで

 リトは心で沢山叫んだが、老師の干からびたシワシワの手がゆっくりと近づき視界を覆い――

「いとちゃん」と心配そうに呟く新世の声を最後に





 記憶は終わった。 

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