5-9 リトの過去5 老師
入り口を塞ぐ土がすべて地上に吐き出し尽くされると、誰も触れていないのに柵の鍵がまるで弾かれるように勢いよく弾け、乱暴に開く。
『一夢、これって』
『ああ。 老師だ』
そうは言いながらも目の前で起きた出来事が信じられないとばかりに戸惑いながら二人は顔を見合わせる。
『早く上ってこんかっ! 一夢! 新世!』
入り口の向こうに見える階段の先から、年老いた男の叱責が聞こえてきた。
『あ、は、はいっ』
一夢達は慌てて返事をして牢を出る。
幼いリトは何がなんだから分からない。 ただ新世に抱っこされたまま急にぽっかりと出現した階段を上っていく。
地上に出るとリトか゛真っ先に見たのは崖の先に広がる広い海とよく晴れた空だった。
『リ、リト!!』
そのとき背後から祖母の声が届いた。
リトはゆっくりと振り向く。 するとそこには横一列にならんだ老人達の中にリトの祖母が目を見開いて立っていた。
――おばーちゃん!
リトは祖母が迎えに来てくれたのだと思い、嬉しくなる。
『ばぁば!』
嬉しさのあまり身をひねり、新世の腕からすり落ちる。 地面に足がつくと一直線に祖母のもとへ走った。
『ばあば~♪』
『おお、リト! 無事じゃったか? ごめんよ。 ばぁばがリトを一人にせなんだら良かったのに』
『?』
祖母は泣きながらリトをきつく抱きしめた。
『ばーば?』
リトは訳も分からずただ抱きしめられる。
『孫が見つかって、そりゃあさぞ、嬉しいじゃろうな!』
吐き捨てるように告げる老人の声が耳に届く。 祖母の眼差しがきらりと怒り、そのままの視線で老師の方を向き言い返す。
『当たり前じゃ! お前さんはそんなことも分からないのかっ!』
『お前さんらには、そんなことも分からなかったみたいだがな!!』
畳みかけるにように老師が言い返し。
そこで初めてリトは老師を視界に入れた。
老師。
身長はさほど高くない。 いや、低い。 腰が曲がっているせいもあるのだろうか、とても小さく見える。
い草で編まれたすり鉢状の笠を被っているためどのような顔をしているのかはよく分からない。 白と灰色の混ざった、地面まで届きそうなほど長いあごひげ。 擦れた藍色のマントを羽織り、その手には老師の身の丈はありそうな大きな杖を手にしていた。
そして、老師の背後。
――うわぁ~っ! 何これ?
幼いリトが感じたことそのままに、15歳のリトも目を丸くした。
そこにいたのは、ぱっと見、一匹の着飾った大きな赤毛の馬みたいな動物。 サラサラで艶やかな、稲光のような輝きを放つたてがみ。 しかし顔は馬というよりも眼光鋭い狼っぽく、頭の上には白く光る山羊のような角、体の毛だって赤、黄、白、青、緑の混ざってカラフル。 くるぶし?のところにも、炎の形のように
毛が渦を巻いていた。 正直、こんな動物初めてだ。
「ほぉお~! これが爺さんの麒麟か~! 俺も初めて見た。 話には聞いていたがよ、爺さんはこいつで空の移動をしてたんだな~。」
佐太郎がいたく感激した。
「麒麟?」
「ああ。 霊獣だ。 普通は映像で残らねぇんだが……。 そ~か。 記憶としてなら映像で残すこともできるのか~。 こりゃあ新発見だな」
その麒麟とやらは老師の隣にそっと寄り添い、いたく冷静な眼差しでこちらを見ていた。
「爺さんは他にも龍と嵐と友達だって言ってたけど、ホラじゃなかったんだなぁ」
『一夢っ! 新世っ! この大馬鹿ものめらがっ!』
『ぐえっ!』
そのとき、老人にあるまじきスピードで老師がヒョイと飛び上がって持っていた杖で一夢の頭をずごんと叩いた。
『ち、ちょ、どーして俺が殴られるの』
『ええい五月蠅いわこの馬鹿たれが! どうせ新世を叱ろうとしてもお前がしゃしゃり出てきて新世を叩く位なら俺を叩けと言い出すのは目に見えておる! ならば間を省いたまでのこと』
老師は小さい体で腕を組んでえへんと胸を張る。 そして、ゆっくりと新世の方を向いた。
新世は申し訳なさそうに視線を下げた。
『新世、無事じゃったか?』
老師は怒ることなく、いたわるように新世に声をかけた。
老師は新世の前に来ると、彼女の無事を確かめるようにポンポンと体を撫でた。 そして足枷の残りに気付くと持っていた杖で粉々に砕き、それからゆっくりと新世を見た。
『何故じゃ? 何故、館を出た? あれほどワシは誰が来ても扉を開けるなと言うたのに。 ワシと一夢が館に帰り着いてからどんなに心配したことか』
『……ごめんなさい』
謝る新世に対して、老師は首を横に振った。
『謝らんでよい。 新世。 お前が訳もなくワシらを心配させるような事をするはずが無い。 あやつらに何か言われたのであろう? 何じゃ、何と言われた?』
老師には”あやつら”の見当がついていたのだろう。 決めつけた口調で厳しく問いただした。 その勢いに押されて新世は小声で呟いた。
『……みんなを助けたかったら……って』
『やはりか! あのボンクラどもめ! ワシが話に乗らんからといって、いらん知恵だけは働かせおって!』
その言葉に新世が反応して青ざめる。
『話に乗らん……って。 じゃああの人達が話していたこと、それは本当なんですね?』
その言葉に老師が見るからに狼狽えた。
『ぁ、ぃやう、あ……。その』
『おっしゃって下さい!』
『……ああ、まぁの。 本当ぢゃ』
『そんな!』
新世が両手で口を押さえて信じたくないとばかりに首を横に振った。 老師は少し誤魔化すように杖をポンポンと軽く叩いた。
『まぁ、しかしこればっかりはどうにもならんのぢゃ。 ぢゃが幸いにしてまだ日は残っておる。 お前と一夢の祝言を挙げよう、ほんの短い間とはいえ温かな家庭を作るがよい。 一夢の職も決まったのぢゃ。 北の森の番兵ぢゃぞ? ちとまだ頼りないところはあるがそれでも……』
『いけません! あのお話が本当なら、私はまだ此処を離れる訳には』
『何を言う! お前はハーフぢゃ! 翼族なんかではない! いくら極限状態に身を置こうとも能力が格段に開花することなんぞある筈が無いし、あやつらはそれを知って……』
『でも、私にできることが何かあるのなら、私はそれをやらないと』
『大うつけ者がっ!! 無理ぢゃ! コレはそこいらの簡単な災害とは訳が違う!』
『でも、私は……』
『ち、ちょっと待った! 老師ッ! 新世ッ! な、何の話?』
ヒートアップしていく二人の間に一夢が割って入る。
『儂らにも教えていただけますか、ご老人』
同じように話に取り残されていた前村長も口を出す。
『国連特殊省と名乗る者達は、とにかく生き残りたいのならばこの翼族を隔離しろと命じて行きました。 この村には過去に作られた翼族専用の閉ざされた地下牢があるからと。 我々は村民の危険を顧みず、この翼族をこの――』
『黙らんか! このすっとこどっこい!』
老師は前村長の言葉を途中で遮った。
『新世は我が子ぢゃ! ”この翼族”扱いを二度とするでない!』
そして二度目の忠告は無いとばかりに殺気をみなぎらせた杖の先を前村長の喉元につきつけた。
『老師! 落ち着いて!』
一夢が慌てて老師の肩を抱いて突きつけた杖を握って下げさせた。
老師は肩をいからせながらも呼吸を整え、そして唐突に告げた。
『この世は滅びる』




