5-8 リト過去4 閉ざされた地下牢
リトが落ち着いたので新世はトを抱っこしたまま一夢と向かい合った。
『ええっと……。 ありがとう、一夢。 助けてくれて。 でも、どうやってここへ?』
一夢が何かを言おうとした瞬間に新世が尋ねる。 一夢は地面に転がっていた細長い棒、いやレイピアを手にした。
『老師が貸してくれた。 陽炎の剣って言うんだってさ。 新世が助けを求めたら俺はこの剣でお前を助けに行けるから、っていう話だったけど。 何か急にこの剣を振りたくなって、振ったらここにいた』
『すごいのね』
『……それよりも、新世』
一夢がとても真面目な顔つきになる。 と、同時に一歩ぶん、一夢の姿が離れた。 新世が一歩、後ずさりしたのだ。
リトが見上げると、新世は申し訳なさそうな、寂しそうな微笑みを浮かべて謝った。
『……ごめんなさい。 心配かけちゃって』
一夢は少しもどかしげに言葉を探しつつも、優しく返事をした。
『無事だったから、もういいよ。 でも老師もすごく心配してるんだからな。 帰ってから謝れよ?』
『うん』
そして、沈黙。
二人が互いに何かを伝えたくて戸惑っている様がひしひしと伝わってくる。
『おねーちゃん?』
リトは思わず声をかけた。
その頃のリトは気づかなかったけれども、お邪魔虫だったのは間違いないだろう。 しかし新世は逆に一夢と話をするタイミングを失ったことにホッとしたかのようにリトに視線を移した。
『いとちゃん。 こっちのお兄ちゃんはね、一夢。 怖くないからね?』
リトが頷くと嬉しそうに一夢がリトの頭を撫でる。
『なにはともあれ、とにかくここから出ようか』
一夢が手を離して語りかけ、やはり申し訳なさげに新世が目を伏せ、それに気づかず一夢はぐるりと周囲を見回して――言った。
『……入り口は?』
「入り口?」
映像を見ていたリトも首をかしげた。
入り口といったら、柵のある側と反対側の奥に扉があったはず。 先日、そこから入ったのだから間違いない。
が、新世に抱かれて見る限り、奥の方に扉らしきものは暗くて見えない。
すると新世の視線がちらりと一点に注がれたので、一夢がそちらを向く。
その映像が現れる直前、佐太郎とリトの祖母がほぼ同時に静かに息をのんだ。
――何かあるの?
リトは佐太郎達をちらりと見た。
なぜか不安な気持ちが胸の奥底で渦巻き始め、リトは映像から視線をそらしてうつむき、無意識に弓の手をすがるようにそっと掴んだ。
『なんだこりゃあっ!』
一夢の怒鳴り声が部屋に響く。
リトは唾を飲み込んで、視線を上げた。
一夢が壁をドンドンと叩いていた。 叩いた壁からは土がぽろぽろと崩れ落ちていく。
『新世! ここって!』
『……ええ』
一夢の問いに新世が困ったように頷いた。
一夢が叩いているその壁、そこには格子状の柵が埋め込まれている。 ――いや。
『入り口が土で埋められてるじゃないか! どうやって出入りしろって言うんだ!?』
一夢が格子状の柵を叩くと隙間から土がこぼれる。
そう、そこはリト達も出入りした扉のはずだった。 しかしどういうことであろうか、階段が続くはずのその空間にはぎっちりと土が詰まっていた。
『生き埋めかよっ!』
一夢は憤慨しなから扉を揺らした。 しかしその時にある土の量はあまりにも多くびくともしない。
『ちが、違うわ一夢。 生き埋めなんかじゃなくて、閉ざされた地下牢って言うのですって』
なだめるように新世が告げた。
『保護責任者がいない翼族を捕獲しておくためには必要なの』
『はっ? なんだそれ?』
『私、今は老師と一緒じゃないから……外界との接触を断たないと村の人たちに迷惑がかかるから、だから仕方が無……』
『仕方ないっ?! 無理矢理さらっておいて何だその言い訳!? こんな狭っ苦しい所にブチ込んで入り口を土で埋められて! それに!』
一夢は新世の足に繋がれた鎖に視線を向け、憤怒の表情のままその鎖を剣で叩き切った。
その肩が怒りで大きく上下に揺れる。
『畜生っ!』
堅く握りしめた拳で壁をごつんと叩く。 すると新世は申し訳なさそうに告げた。
『あの、あのね、一夢。 私、無理矢理に連れてこられた訳じゃなくて』
『……?』
少し疲れた瞳で一夢が視線を上げる。
『ちゃんと自分の意志で従ったの。 ここに来ること。 だから、無理矢理じゃないから。 本当に、無理矢理じゃないから。 だから、だから――ラmuぅるには知らせないで。 お願い』
幼いリトを抱く新世の手に力がこもる。
『あの子、知ったらとっても怒るから。 悲しむから。 だから、お願い』
それはとても真剣な眼差しだった。
『まぁ、なぁ。ラmuぅるが教育係の試験中だったってのが幸いというか……。 いや、ラmuぅるが館にいてくれさえすれば新世をどこにも連れて行けなかったのに……』
『だから、お願い。 言わないで』
再度言われて、やっと一夢は頷いた。
映像を見ていた佐太郎は軽く顎をかいた。
――音声が書き換えられてらぁ。
変えられた場所とは言うまでもない、ライマの名だ。
ラムールという名は教育係にエントリーするときに初めてつけた名前だ。 しかも性別を偽って立候補するなんてこと、反対されるのは分かり切っていたので、一夢達は知らなかった。 唯一、カイ老師だけが知っていた。
――とりあえずライマって名前が出なくて助かったな
小さく胸をなで下ろした佐太郎はその気持ちを分かち合おうとラムールに視線を向けた。 きっとホッとしているだろうと思ったのだが、そこにいたラールの眼差しは何故だかとてもガッカリしたように見えた。
――ライマであることがばれてもいいって思っているのか? 何考えてるんだこいつ?
佐太郎がこっそりとその真意を尋ねる暇もなく映像は続く。
『でもちょっと待てよ、新世。 入り口が無いってことは、食事とかはどうしてたんだ? あっちの柵の方からは持って来られないだろ?』
一夢が素朴な疑問を口にした。
『うん。 ここの壁のこの場所にね、地上と繋がる管みたいなのが通ってて。 ここから差し入れをしてもらえるのよ』
『なんだ、そっか。 食事も貰えてないのかと思った』
『う、うん。 朝と夕、二回』
『へぇー。 この穴かぁ。 結構、小さくないか? 握り拳が入るか入らないかの大きさだな』
少し怪訝そうに一夢はその穴をジロジロ見回していた。
『あ、でね、一夢。 もうしばらくしたら、そこに食事を入れるために地上のフタ?が開くと思うの。 その瞬間に叫んで、いとちゃんがここにいるからって伝えてくれる? 一夢は私よりも大きな声が出せるし……』
新世は抱っこしているリトを不安がらせないためだろうか、口調は優しく切迫感は無い。 だから幼いリトは、二人が何の話をしているかはよく分かっておらず、どちからといえばご機嫌だった。
『構わないけどさ。 何、この子、どうしたんだ?』
『崖の上で遊んでいたら足でも踏み外したみたいで落ちてきたの。 たまたま柵のすぐ側にいたから隙間から翼を出したら届いたから良かったわ』
ねー、っと同意を得るように新世が小首をかしげ、リトも「ねー♪」と同意した。
新世はとても機嫌よさげに目を細める。
その笑顔はこちらもつられて笑顔になれるほど。
『この子のことをラmuぅるが知ったら喜ぶだろうなあ』
『……でも言わないで』
『まぁ、な。 そんじゃ、その食事が運ばれるまで待つか』
一夢は地面にどっかりと腰を下ろしてから慌てて立ち上がる。
『地面、濡れてるじゃん?』
『さぁ? ……あっ、一夢。 もうすぐ――』
新世が視線を上に上げる。
『こっちに人が近づいて来てるわ』
『聞こえるのか?』
『うん』
『そっか』
一夢は中腰になって、壁にあいた握り拳大の穴に口を寄せる。
『でも一夢、気をつけてね』
新世が一言、声をかけた。
一夢はじっと耳をすまし、過去のリトには聞こえなかったが、確かに新世と一夢は何かの物音に反応し――
『おおいっ! 子供はココにいるぞ! おおーーーーいっ!』
一夢が大きな声で呼びかけた。
が。
『うわおっ!』
一夢は前回の新世と同じように、穴からころがり落ちてきた固まりに驚いて身を引く。
前回は固まりの数は一つだったが、今回は二個だ。
次の瞬間、リトの視界が真っ暗になる。 新世がリトの目を両手で塞いだのだ。
しかし音声は続いている。
『こ、こ……』
憤りの混ざった一夢の声が聞こえる。
『これは何だ!!』
その口調は一気に怒りの頂点に達していた。
それに反して新世の声は、とても静かで、まるで二人が見ているモノが真逆に思えた。
『何って、食事』
『食事!? 馬鹿言え! この、死 ん だ 鼠 ! これが食事だって言うのか!? どういうつもりでこれを食事って言うんだ!!』
『もちろん私は食べないけど。 でも村の人は私が何を食べるか知らないから食べるかもって思ったのじゃないかしら? あら、今日は二匹。 気をつかってくださったみたい』
『な?! 気をつかった?』
『昨日、生きてるみたいだって言ってたから。 多分、私がおなかを空かせていると思って一匹多めにしてくれたのよ』
『し、新世……』
信じがたいことであったが、新世の口調には嫌みやからかいの雰囲気はみじんもなかった。 だから一夢は悔しそうに戸惑っていた。
『でもさすがに食べることはないから、海に流してあげてくれる?』
『あ、ああ』
一夢の足音がかすかに聞こえ、『そらよ』という一夢の声とともに、『ごめんね』と、おそらく鼠に向けられた新世のつぶやきが耳に入ってきた。
『ほら、もういいぜ』
一夢の声が近づくとともに新世の手がリトの瞼から外れる。 通常より明るめの視界に少し驚きながらリトは新世と一夢の顔を見た。 一夢はとても複雑そうな表情をしていたが、新世はやや穏やかだった。
『――でも、困ったわ』
そんな新世が顔を曇らせた。
『早くいとちゃんに気付いてくれないと……』
その視線が海に注がれる。 新世の視線を追うように一夢も視線を移し、「それ」に気付く。
『ちょっと待て新世。 もしかして、だから床が濡れているのか?』
『うん。 でももう満月は過ぎたからそんなには』
『そう、そんな……っじゃなくて! あり得ねぇだろっ! こんな牢! 何だってんだ、入り口は土で埋められるわ、牢 の 中 は 潮 が 満 ち た ら 海 に 浸 か る わ ! 新世を何だと思ってやがるんだ!!』
『多分村の人は知らないのよ。 こんな作りになっているってこと。 悪意がある訳じゃ……』
『ンな訳ないだろっ!! ――畜生ッ!!』
一夢は大声で叫ぶとこちらに背を向けて、肩を震わせながら柵を掴んで揺らした。 その姿たるや幼いリトですら一夢がとても可哀想に見えた。
『畜生……』
もう一度、一夢がぽつりと呟いた。
新世の瞳がとても寂しげに輝く。
『……ごめんね、一夢。 私が勝手に館から出たか――』
『違うっ!』
新世の言葉を遮るように一夢が振り向く。 その眼差しは真剣で、新世への想いに溢れていて。
『新世のせいじゃない』
決して新世が己を責めないように声をかけた。
『一夢――』
新世が一夢の発した言葉を嬉しそうに受け止めたその瞬間。
―― ボ ン ! ! ! !
まるで落雷が木々を切り裂いたあげくに爆発したような激しい音が響いた。
『!』
『!』
一夢と新世が慌てて入り口の柵の方に視線を向けた。
するとそこに詰められた土がまるで滝を下から上に逆流させるかのように天へと噴き出していた。
「こりゃあ、ついに爺さんもお出ましか」
佐太郎が呟いたので弓が反応した。
「爺さん、って、カイ老師ですか?」
「あー。 間違いねぇ。 弓、お前さんは会ったことは無かったっけか?」
弓が頷いた。 続いてリトが口を開いた。
「あの、佐太郎さん」
「ん? カイ老師ってのは」
「いいえ。 そうじゃなくて」
抑揚のないリトの口調に、佐太郎の表情が引き締まる。
「佐太郎さん。 あの牢って満月の日に満潮になったら、どのくらい海に沈むんですか?」
リトの祖母の肩がびくりと揺れた。
「言いたかねえが――最大値は80センチ」
「そうですか」
リトは再び、抑揚なく返事をし、そして映像を見続けた。
見届ける責任があると、誰に言われずとも分かっていた。




