4-9 仲直り、したいの
陽炎の館のリビングでは、ものすごく不快そうな顔をした来意が何度も何度もカードをめくっていた。
「……ちっ」
しまいには小さく舌打ちしてカードをしまう。
「来意?」
それを聞いた羽織が剣の手入れを止めて顔を上げた。
「悪い予言でも出た?」
「いいや。 ちょっと、予想外の力が入ってきて流れが変わっただけ。 よくある話」
「ならいいけど」
少し安心した羽織は再び手入れにもどる。 そんな彼を少しの間見つめてから来意が告げた。
「――羽織。 今から弓と一緒に散歩でもしてきたら?」
「え?」
「弓の気分転換も兼ねて」
「……んー。 行くかな、弓は」
「だからそこを何とか」
来意が妙に急かして窓の外と二階の弓の部屋の扉を交互に見た。
「……外に行くと弓に良いことがあるとか?」
態度のおかしい来意を不思議に思いつつ、羽織は剣をしまって立ち上がる。
その時、館の扉がガタガタと一度震えてから大きく開き、そこから佐太郎が姿を現した。
『さ、佐太郎さん?』
来意と羽織が声を揃えて扉を見ると、その先はどこかの客室と繋がっていた。 どうやら科学魔法でどこかの扉と繋げたらしい。
「おぅ、来意、丁度良かった」
「またこっちも予定外……」
「? 何か言ったか?」
「い、いえ。 こっちの話です。 僕に用ですか?」
来意が背筋を伸ばして尋ねると佐太郎は頷いた。
「勘で答えてくれ。 イエスかノーかでいい」
「イエス」
来意が反射的に返事をすると、佐太郎は頭をかきむしり地団駄を踏んだ。
「イエスかよ。 ちっくしょう。 面倒だな」
「さ、佐太郎さん? どうしたんですか?」
羽織が訳が分からないとばかりに尋ねると、何か良いことを思いついたように佐太郎はポンと手を叩き、リビングの中を見回した。
「羽織、弓は?」
「弓なら自分の部屋にいます」
「よし、ちょっと借りるな」
言うが早いか、佐太郎は弓の部屋に行き扉を叩く。
「弓! 俺だ、佐太郎だ。 ちょっとお前さんの力を貸して欲しいんだ。 来てくれないか?」
早口でそう告げるが、部屋の中から返事は無い。
「羽織、どうしたんだ弓は? 熱でもあるのか?」
「いいえ。 リトちゃんと喧嘩したみたいで凹んでます」
「喧……? ああ、この前の件でか? めんどくせぇなぁ~」
佐太郎はぼりぼりと頭をかきむしる。
「佐太郎さんは一体どうしたんですか?」
「……んにゃ、ライ……ラムールがあまりにも見てられねーから、どうにかしてやりたくてよ」
それを聞いた来意が弓の部屋の扉に駆け寄った。
「弓! ラムールさんが弓の事を必要としているみたいだから、すぐ部屋から出て佐太郎さんと一緒に行くんだ!」
「来意? ってことは、弓を連れていくのは勘として正解ってことか?」
「どうでしょう。 でも、行かせる価値はある。 ……弓ってば!」
来意が焦りながら何度目か、叫んだ時だった。 リビングの大窓が開き、変化鳥に乗ったリトとアリドが入ってきた。
「なんだ?」
リビングに降り立ったアリドは2階の弓の部屋の前で何やら必死な一団に目を向ける。
「ちょっと見てくらぁ」
言うが早いかリトを残してアリドは弓の部屋の前まで行った。 するとアリドが着くや否や来意が早口で告げた。
「ダメですよ、佐太郎さん。 弓は都合がつかないようだから諦めて下さい。 アリドも、せっかくだけど今日は出直してくれないかな?」
「は? 何だよそりゃ」
アリドは不満げに来意を見た。
「ちょっとどけ」
そう言って羽織達を横にどけ、アリドは大きく息を吸い込むと――
「弓 っ ! リ ト が 大 変 だ ! こ の ま ん ま じ ゃ や べ え! ち ょ っ と 手 伝 え !!!」
そのあまりに大きな声にリトは飛び上がって耳を押さえ、巳白が自分の部屋から飛び出して来て、――そして――
「アリド! どういうことっ!?」
青くなった弓が扉を開けて飛び出してきた。
「おうっと、やっと出てきたか」
胸元に飛び込んできた弓を見てアリドが軽く笑う。
「ねぇ、リトがどうしたの? アリド!」
とても不安そうな表情をして慌てている弓の手を軽く握ると1階の方向をあごでしゃくる。
「だか……ら……」
弓はそう言いながらアリドの視線をなぞり、リトを視界にいれる。
「……」
「……」
だがリトも弓も、何を口に出して良いか分からずに立ちすくむ。
「まったく」
アリドは鼻で笑って弓の手を引いて歩き出す。 弓はただ黙って連れて行かれる。
アリドはリトのすぐ側まで来ると、ポンと軽く弓の肩を押してリトの前に立たせた。
「……」
「……」
しかし互いに、視線を合わせたり逸らしたりしながら言葉を探す。
その次の瞬間。
がしっ。
がしっ。
と、アリドの褐色の手がリトと弓の肩と頭をがっちりと掴み。
「ユミ、ワタシ、ウマクイエナイケド、ゴメンナサイ!」
と、裏声でアリドが言って、リトの頭を無理矢理下げ、
「ウウンイイノヨ、リト。 ワタシモ、ウマクイエナイケドゴメンナサイ!」
と、更に弓の台詞も言いながら弓の頭も思いきり下に下げ――
ごちん。
二人の頭蓋骨がものすごい大きな音を立ててぶつかる。
「げ」
アリドがヤバイという顔をした。
『痛ったぁいっ!! アリドぉっ!』
リトと弓が声を揃えて同時に頭を上げた。
ともにおでこを手で押さえた格好で。
見事な同調っぷりに、アリドが楽しそうに笑い出した。
『笑い事じゃ、なぁいっ!』
リトと弓が真っ赤になりながら告げる文句が一緒だったので、今度は階段の上で見ていた巳白までが笑い出した。
『……もぉ』
恥ずかしそうに巳白を睨んでから、リトと弓はお互いに向き合った。
そして、リトがそっと右手を差し出した。
「仲直り、したいの」
リトのその言葉に、弓も迷わず手を差し出した。
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「仲直りしたところで悪いんだがよ、弓。 お前、ちょっと来てくれないかな?」
二人が仲直りするのを確認するや否や、佐太郎が告げた。 リトと離れたくないのにと言わんばかりの困った眼差しを弓が送る。 しかし佐太郎は構わず告げる。
「弓は魔法が使えなかったよな? それが役に立つかは分からんが、今は手がかりが無いからお前さんに頼むしかねぇんだ。 頼む、来てくれ」
それはかなり心配そうな口調だ。
「ラムールさん、まだ頑張ってるんですか?」
巳白が不安げに尋ねた。
佐太郎は神妙に頷き、「不眠不休だ。 見てらんねぇ」と付け加えた。
――不眠不休?
リトは首をかしげる。
「ラムール様、何をされてるんですか?」
思わず尋ねる。
すると巳白は佐太郎と視線を合わせ、次に羽織や弓達の顔を見てから告げた。
「新世さんを探すんだって」
新世を探すという巳白の言葉に驚いたのは、リトだけじゃない、羽織や来意、弓。 そして――
ガタン、と家具の倒れる音がした。 その音の発生場所は清流の部屋である。
リトは思わず清流の部屋の扉に視線を向けたが、誰も出てくる気配は無い。
――清流くん、ここに私がいるから出てきたくないんだ……
そう思って目を伏せると、「リト、悪いな。 気にしないでやってくれ」と巳白が慰めてくれた。
リトは巳白を向く。
巳白はやはり、悲しいほど優しくて、リトはどうしてこの人を怖いと思えたのだろうと申し訳なく思った。 そのリトの心が分かったのか、弓が優しくリトの手に力を込めた。
「巳白。 新世さんを探すって、それはどういう意味なんだ?」
羽織が尋ねた。
「いや、分からない。 ただラムールさんがそう言った」
その返事にお互い顔を見あわせるが答えは見つからない。
「でも、弓が何かの役に立てるんなら、行っておいでよ、弓」
「……う、ん……」
だが弓はどこかしら歯切れの悪い返事をした。
何を戸惑っているのだろうとリトが首を傾げた時、はと思い出したようにアリドが手を叩いた。
「そうだ。 佐太郎のおっちゃん。 丁度良かった。 これこれ」
そう言って取りだしたのはシンディからもらった紙。 それを見てリトも思い出す。
「あっ、そうだ。 私も巳白さんに」
「俺に?」
リトは慌てて変化鳥の側まで行くと、その背中から紙袋を取り出す。
「トシさんから」
「トシさん……って、伯父さん?!」
「リト! 委員会メンバーの人と会ったの?」
トシという名を聞いて弓もひどく驚いた。 リトは頷き、アリドが「記憶の整理をしたんだよ」とさらっと説明した。
「だ、大丈夫だったの?」
弓がとても心配そうにリトに問いかけた。
「うん。 シンディさんの意識も無くなったし、頭スッキリして快調!」
弓を安心させたくて、リトはできるだけ晴れやかな笑顔で答えた。
「良かった……」
弓は泣きそうなほど嬉しそうに顔を崩し、リトの手を再び握った。
――それでもまだ、おばあちゃんのことを許してあげられなかった清流君の事を許す気にはなれないんだけど。
リトはそう思ったが、あえて口に出すことはしなかった。
「で、アリド。 この訳のわからねぇ紙は一体何なんだ?」
その時、佐太郎がアリドから貰った紙をヒラヒラと振りながら尋ねる。
「さぁ? 今回の処置と脳内の結果とか言ってたけど?」
「はぁ?」
佐太郎はまじまじとその紙を見るが
「俺はこーゆう書類に落とされても訳わかんねぇんだが……様式も違うし……」
と呟く。
「仕方ねーなぁ。 リト。 お前さんも来い。 この書類はライ、ラムールに見せりゃどんな処置されたか分かっからよ。 記憶の整理はその後のケアも大切だからな。 委員会の奴らがわざわざ書類を託したっつーことは、リトの脳内にはまだ問題があるってこった」
「はっ?」
リトは青くなった。 問題とは何だ、問題とは。 怖いではないか。
「でも佐太郎さん。 あそこにリトを連れていくのは……?」
しかしそこで巳白が制した。
「あそこ、って……。 まさか、閉ざされた地下牢?」
リトが声を裏返すと、巳白は黙って頷いた。
――ちょっと待って? あの地下牢に入ったのは一昨日の朝よ? ラムールさま、何してるの?
ただ事ではないであろうその事実に、リトはそこに向かわなければならない気がした。
なんといっても、我が故郷の村である。
「私、行きます」
リトはしっかり言った。
「そうか。 なあに、たいしたことは無いから、とりあえず弓と一緒に来い」
佐太郎は何はともあれ弓を一秒でも早く連れていきたいようだった。
「あ、んじゃ、……俺も」
心配そうにアリドが口を開いたが、リトは首を横に振った。
「平気。 それよりアリドはジンのことを羽織くんに教えたいでしょ?」
その言葉を聞いた羽織が目を見開いてアリドを見た。
「アリド。 あいつのことが何か分かったのか?!」
その目に微かに狂気が宿る。
「聞かせて」
羽織にしては珍しく、他のことなどどうでも良いと言わんばかりの口調だった。
それを見た佐太郎の視線が逸れて巳白を向いた。
「俺は……行かない方が良いっすよね、やっぱ」
「だな」
佐太郎の視線が来意を向いた。
「僕も行きましょうか?」
「ううん。 いい。 来意は来ないで」
ところがはっきりとは拒否したのは何と弓であった。
「弓」
ちょっと困ったように来意が眉を寄せた。
「行きましょう。 佐太郎さん」
弓は来意に対して返事をせずに佐太郎に話しかける。 佐太郎は何も言わずに頷き、胸元から科学魔法の札を一枚取りだして床に敷く。
そして扉のように札を片側に開いて開けると、その先には見慣れたオルガノ村の景色が広がっていた。
床に貼り付けて作られた扉を開けば、その先に待っていそうなものは地下へ続く道、って感じだが、見えたのは普通に外の景色。 つまりは重力が90度ほどずれた景色だった。
そのまま扉の外に足を踏み出せばスコーンと空中を落ちていきそうな気がしたが、不思議なもので扉を超えてしまえばそのまま向こう側の重力になった。 だから振り返って入ってきた扉の先を見たら陽炎の館の天井が見えるという……摩訶不思議な体験。
そしてその降り立った場所は、オルガノ村の前村長オルセムの自宅前であった。
「そんじゃいくぞ」
目を白黒させているリトと弓のことなんか構わずに佐太郎は歩き出す。 二人が慌ててついていくと、どういう訳か佐太郎は閉ざされた地下牢への入り口へとは向かわずに崖の方へと進んで、岸壁にしゃがみこんだ。
「佐太郎さん?!」
二人が慌てて側までやってくると、崖の側面に杭が打ち込まれ、そこから縄ばしごが下に向かって伸びている。
「弓、降りれるか?」
佐太郎が問うと、弓は頷いて身を滑らせ、縄を掴んで下り始めた。
「よし、俺もいく」
続いて佐太郎が同じように降り始める。 どうやらこの縄ばしごをつたって崖を下り、閉ざされた地下牢の柵から中に入るつもりらしい。
入り口の階段を使えば安全なのに、どうしてそんな面倒なこと、とリトは思ったがついていくしかなかろう。
が。
いざ崖っぷちに立って下を見るとあまりの高さにクラッとする。
が。
弓も行ったのだ、行かなければ女がすたる。
が。
リトは海風で舞い上がりそうになるスカートを慌てて押さえた。
「……」
リトは崖下を覗き込みながらじっくり考えた。
今、リトが降りたらすぐ下を進む佐太郎にスカートの中が丸見えになる訳で。
とすると、そこまでの冒険を犯して下る必要はないので普通に入り口から入るべきだ。
そんな言い訳を自分に言い聞かせ、リトは閉ざされた地下牢の入り口があった場所へと赴く。
「……あれ?」
しかしリトは首を傾げた。 どこにも入り口が見あたらない。 どうやら前と同じように土を被せてしまったらしい。
「でも、あのまんまじゃ、他の村のみんながびっくりするもんね……」
そう気付いたリトはちょっと残念そうに息を吐いた。
そして周囲を見回す。 今はみんな他の村に仕事に行っているのだろう、人影は見えない。
――おばあちゃん、元気かな……
ここまで来たら気になるのはやはり祖母のことだ。 リトはこっそりと自宅を見に行くことにした。
堂々と家に帰る必要はない。 裏通りを通って祖母の部屋の窓からのぞけばいいだけだ。
細い路地を通っていると幼い頃はこのあたりをかくれんぼと称して駆け回っていたことを思い出す。 植木の間を抜け、ちいさな隙間を進んでいくと祖母の部屋の窓が見えた。
まだリトが白の館に行く前のころ、両親に叱られて外で立っていなさいと罰をうけたとき、この窓をトントンと小さく叩けば祖母が穏やかな顔で窓を開けてくれて、飴玉をくれたり、しばらく部屋に入れてくれていた。 祖母はリトの大事な避難場所。
そういえば、白の館に行って学びたいと告げた時、反対した両親を説得してくれたのはおばあちゃんだった。 もっと世の中を見て欲しいと願ってくれたのはおばあちゃんだった。
ごく少数の人達としか触れあわぬ村の生活も決して嫌いではなかったが、多くの人や物事と接することができる白の館の生活にリトは今、満足していた。
リトは音を立てないように祖母の部屋の窓の前に立った。 そして気配を感じながらそっと覗き、愕然とした。
祖母はベットの上で身を起こし、懺悔するかのように両手を組んで額に押し当てていた。 その顔色は青く瞳と唇はしっかりと閉じられて、息をすることすら申し訳なさそうに、今にも自ら命を断つのではないかと感じさせるほどだった。
リトはそれを見ただけで泣きそうになり、その場をそっと離れた。
うっすら浮かんだ涙を手でぬぐう。
――清流君があんなひどいことを言うから……
リトはこの前と違って、新世に対して可哀想なことをしたという感情はあったものの、やはり清流に対しては怒りしか湧いてこなかった。
――みんなで新世さんを牢屋に入れたってことに、ここまでおばあちゃんは悔やんでいるのに。
歩みを進めながらリトはこの祖母の姿をこっそり清流に見せてやることはできないかと考えた。 この祖母の姿を見たならば清流も祖母を許し祖母に謝罪する気になるのではないかと。
しかし裏通りを抜けた時には、リトは一旦その考えは封印することにした。 まだ弓と仲直りして時間が経っていないのだ。 他人の意識が入っていたとはいえ二人の仲がこじれる原因になったことを今すぐ掘り返す必要はあるまい。
気持ちをいれかえてリトは崖の側までやってきて下を覗く。 当然ながらロープの先には誰の姿もない。 降りるなら今だ。
足元の不安定な縄ばしごをゆっくりと降りていく。 前回に入った時は階段だったのでどのくらい下まで降りたかいまいち分かっていなかったが、かなり海面に近いところまで行った。
――牢屋の柵の中央が左右に広げてゆがめられて広くなってる。 ここから入れということね。
リトはやっとの思いでどこまで来ると牢屋の中に視線を向けた。
そこにはやはり佐太郎と弓、そしてラムールの姿があったのだが――
リトは想像だにしていなかったラムールの姿を見てしまった。




