4-8 あまり表には出したくない話
シンディ達と別れた後、リトとアリドの二人は再び手をつないで城下町を歩いた。
リトはなんだか変な気がした。 さっきと同じ風景を見ても、はっきりと感じ方が違うのが分かる。 頭の中がすっきりしたような、憑きものが落ちたような。
「どうした?」
アリドがなんとなく様子がおかしいリトに気付いて立ち止まった。
リトは明らかに表情が暗い。
「……初めてのデートだったのに……。 今までは半分シンディさんが入ってたんだなぁって思ったら……初めてのデートだったのに……」
さっき、可愛いと思った品に、さほど心惹かれない。
初めての手つなぎも、リトだけじゃなくてシンディの意識と半ぶんこだった訳で。
「一個しかないケーキの苺を半分食べられてた感じ」
「どーゆー例えだ」
アリドが軽く笑って、再び歩き出す。
リトの手を引くアリドの手の力は優しく温かい。
「今からでも初めてのデートにすりゃーいいじゃん」
「そうだけど」
もう、露店のソフトクリームも食べたし、色んなお店も回った。
初デートとして思い出に残りそうなことはあらかた終了してしまい。
「あー、も、アホだなお前は。 深く考えるなっつーの。 ほら」
アリドはそう言ってリトの首から下がったペンダントを軽く持ち上げた。
「これ、選んだの、誰だっけ?」
「えと、アリド」
「その時、俺はあのネーちゃんの存在を知ってたか?」
「い、いいえ」
「じゃあこれは、俺が誰の事を考えて誰の為だけに買った商品だか、言ってみろコラ」
「誰って――」
アリドが店で目にとめて、リトに似合うと、リトみたいだと気に入って買ってくれた――
「な? これは半分シンディとは縁ナシだ。 お前の初デートはきちんとコイツが体験してるってさ」
アリドが優しく微笑んでペンダントから手を離す。
小さな重みが胸に届く。
確かに。 このペンダントを貰って嬉しかったのは「リト」以外の誰でもない。 たとえシンディの意識が混ざっていたとしても、彼女の意識はこのプレゼントを嬉しいとは思わなかっただろう。
彼女はレセッドが好きで、リトはアリドが好きで。
想いを寄せる相手が違ったからこそ、彼女の意識を分離できた訳で。
アリドはリトだけを見てくれていた訳で。
このペンダントはシンディの意識の混ざったリトの意識の影響を受けることなく存在する訳で。
「……うん」
リトはちょっとだけ嬉しさをかみしめて、頷いた。
「おし」
アリドはもう一度笑って、リトの頭をピンと指でこづいた。
「いたい~!」とふくれるリトの肩を抱いてアリドは歩き出す。
ほんの数歩歩いて、リトは立ち止まった。
「あのさ、アリド」
「ん?」
リトは真っ直ぐな眼差しでアリドを見た。
「今日はありがとう。 楽しかった。 だから」
「?」
「今日はもう、陽炎の館に帰っていいよ」
「は? ……何で、んな事を言うんだ?」
リトはゆっくりと答える。
「だって、やっと分かったジン・ウォッカのこと、早く羽織君に知らせたいでしょ?」
その言葉にアリドが言葉を呑み込んだ。
「そして、追いかけたいんでしょ?」
リトは目を伏せた。
アリドがいなくなるのは寂しいが、リトはアリドがその仇を捜し出すためにどれだけ覚悟があるか知っているつもりだ。
アリドはしばらくの間、黙って考えていた。
――きっと、アリドは、サンキュって言って離れてく。 でも平気。 ペンダントがあるもん
リトはそう考えたが、アリドの答えは違った。
「ジンのことは――新世さん達の命日の日までは横に置いておくことにしたんだ」
「え?」
「仇討ちもしたいけど、俺的にはそっちのが重要」
静かに答えるアリドの目に偽りは無かった。
「でも、まー、羽織に早く教えてーってのは、あるな」
「じゃ」
「……でも俺はまだ、お前と離れたくねーんだけど」
肩に置かれた褐色の指に僅かに力がこもる。
「いっそのこと、陽炎の館までお前も一緒に行かないか?」
リトは慌てて首を横に振った。
「なんでだ?」
アリドの質問にリトは答えず視線を逸らした。
なぜなら、さっきまでの感覚と何かが違うとリトは分かっていたからだ。
翼族は危険、だから巳白と清流も危険。
確かにそう感じていた恐怖のようなものが嘘みたいに姿を消していた。
あれだけ嫌悪を感じたのに。
シンディの意識がその理由だとしても突然起こった心の変化に馴染むのは無理だった。
そして、やはり。
清流は祖母に対して言い過ぎだと思うし、謝った祖母達を否定した弓は間違っていると、その考えだけは消えていなかったから。
黙り込んだリトを見て、アリドは空いた手で自分の頭をポリポリとかいた。
「兄貴としては、たまには御節介も必要、かな」
独り言のように呟くと、勢いよく一番下の腕でリトを抱き上げた。
「アリドっ?!」
リトが慌てて体を捻ろうとするが4本の腕でがっちりロックされて身動きが取れない。
そんなリトの事を無視してアリドが「変化鳥!」と叫ぶ。 すると見えない風がひゅんと顔をかすめ、アリドはその風に飛び乗った。
「きゃぁあっ!」
上昇気流を捕らえほぼ垂直に登っていく体勢に、慌ててリトはアリドにしがみついた。 かなり上まで登ると風に水平に乗って体勢が落ち着いた。
「命令だ。 オメーも、陽炎の館まで来い」
「えっ? でも、だって」
驚くリトの方も見ず、アリドが続ける。
「清流の事は、どーでもいい。 アイツも悪いしな。 ただ、弓のことは、お前の誤解だ」
「えっ?」
「弓の言ったことの本当の意味を教えてやる。 それでもお前の誤解じゃないって思うのなら、館には来なくて良いから」
――来なくていい、って……この状況からどうやって離してくれるのか見えない時点で、絶対誤解が解けるってことじゃん。
そう思うとちょっとだけ可笑しくて、リトは安心した。
風と一体になりながら、アリドが言った。
「なー、リト。 弓が白の館に行くようになったのは、どーしてだと思う?」
「どうして、って」
「俺ら、隣村の学校に通ってたんだぜ、昔は。 ……そこはな、15になるまでは通える。 ってことは、まだ通って良かったんだ。 どーしてだと思う?」
リトは少し考えた。
シンディの意識が残っていたならば「翼族に育てられた子供だから忌み嫌われていたんでしょう」と結論つけただろう。 しかし、今のリトは違うと感じていた。
リトが黙っていると、アリドが遠い目をして話し出した。
あまり表には出したくない話だと、前置きをしてから。
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「2年前。 新世さんと一夢さんが死んだ後も、俺達は今まで通り力を合わせて生活していこうと思った。 けどな、変化が起こったんだよ」
アリドの口調は寂しげだった。
「ガキだった俺らはお互いの違いなんて知らなかったけど、ある日、弓が【女の子】になって、俺達はお互いの違いを知った。 そしたらさ、オメーも分かるだろ? ガキの時のように無邪気に遊んだり話したりがやりにくくなったんだ」
その言葉にリトは頷いた。
「俺ら、なんとなく、弓だけ蚊帳の外でさ。 けど、弓の事は、話し相手っつーか、友達が出来たらいいなとか気になってはいた訳。 ……そしたらな、ある日。 来意が実家に帰っていなかったとき、陽炎の館に女の子から手紙が来た。 それは隣村の学校に通う女の子から、弓と友達になりたいから、自分の誕生日パーティーに招待するから来てね、って内容だった。 そんな手紙、弓だけじゃねぇ、俺達も初めてだったから、すっげぇ嬉しくて。 久々に男だ女だ考えずに、みんなで作戦を練って。 やっぱり一番張り切ったのは清流だったな」
リトは再度頷いた。 清流がどんなに張り切ったかなんて目に見えるようだ。
「――で、その日。 おめかしした弓は手紙に書かれたとおり、一人で隣村の外れにある空き家に行った」
「空き家?」
リトは尋ねた。 誕生日パーティーなのに、空き家とは。
「変だと思う余裕も無かったさ。 何しろ陽炎の館で育った俺達に普通に接してくれる奴なんていなかったしな。 差出人はそれなりに優しい感じの子だったし、別荘なんじゃね? くらいの考えで」
それは幼い自分達を哀れむような口調だった。
「俺達は弓が家を出て行った後、陽炎の館で呑気にくつろいでた。 弓は今頃、招待してくれた女の子と楽しくやっているんだろうな、なんて馬鹿みてーにウキウキしてさ」
「……弓、そこの娘さんに約束をすっぽかされたり、みんなの前で虐められたりしたの?」
ありえる話だと思ったリトはそう口にしたが、アリドは首を横に振った。
「ラムールさんが珍しく陽炎の館に勢いよく入ってきてさ。 何か顔色を変えてる訳。 聞いたら来意から緊急速達の電報が届いたっつーじゃん。 【ユミヲ ドコニモ イカセルナ】ってさ。 俺達みんな、背筋がスッと寒くなったと同時に、羽織が陽炎の剣を振り下ろして姿を消した」
それを聞いたリトも青くなる。
「羽織くんが、陽炎の剣を使ったってことは……」
つまり、弓の身に危険が及んだということである。
「俺とラムールさんの二人が慌てて指定された空き家に着いた時はさ、家ん中はものすげぇ荒れ方で。 5人の男達が血まみれになってブッ倒れて、部屋の隅で返り血まみれの羽織が弓をしっかり抱きしめてた。 弓の服は一部が引き裂かれて、倒れた男達のポケットには未使用のゴムがあった」
「……!! どうして、そんな! ひどい!」
そうリトが叫ぶとアリドは何故か視線を泳がせた。
「……とにかく、その時の弓は何が起こったかよく分かっていなかったし、結果的に何ともなかったんだけどな、状況から、そいつらが何をしようとしていたかなんて分かり切った話で」
「じ、じゃ、その招待状は……」
「ああ。 その男らの嘘さ。 弓が魔法が使えない話は有名だったから狙われた」
リトは息をのんだ。
前に女官のランが言っていた。
年がら年中保護者のいない館で男と暮らしている弓は既に男を知っているから魔法が使えないのだろうと。
そんな、根も葉もない下品な噂。
あれは、白の館でだけのものではなかったのだ。 もともとは弓の関わる隣村で囁かれていた噂。
「そんなことがあったもんだから、俺ら、隣村の学校に行く気なんか失せて」
「……うん」
「ラムールさんもさすがに理解してくれて、俺達はそこの学校を辞めた」
「……」
――それで弓は白の館に通うことになったんだ……
【あの子の置かれた環境は複雑ですから】と過去にラムールがこぼした疑問がやっと晴れる。
「どー思う?」
黙っているリトに向かってアリドが尋ねた。 リトは怒りで顔を真っ赤にしながら荒々しく口を開く。
「そんな学校! 辞めて正解! っていうか、男の人達、サイテー! 弓が本当っに可哀想!!」
「んにゃ、そーじゃなくて」
「へ?」
「……。 だから、その男達は、ラムールさんが保護者だって分かったこともあって、後から親と一緒に謝りに来たんだけどな、弓は勿論、俺達は絶対に会わなかった」
「あ」
――許してくれと押しつけることが、本当に正しいの?
弓の言葉だ。
――許してくれと謝ることが再び相手を傷つけることってあるんじゃないかしら?
確かにそう弓は告げた。
その言葉を向けた対象が、その男達に対するものだとしたら。
一気に血の気が引く。
リトも一人の少女として、その意見に反論の余地はない。
「……そーゆーこと」
口を閉じたリトに対してアリドが慰めるように告げる。
「弓とお前、お互いに言ってる事は正しかったんだよ。 視点が違っただけ」
確かに、被害者でもない者が「許してあげれば」と言えるような話でもなく。
でもきっと、男達の側からすれば「許せばいいじゃん」と不快に思ったかもしれず。
そして。
リトは小さく震えながらアリドの手をぎゅっと握った。
「でも私、多分、シンディさんが入ったまんまの自分だったら、弓からその話を聞いたとしても、きっと【翼族に関わるからそうなって仕方ないのよ】って……感じたと思う……」
シンディの記憶はなくなったが、その時の考え方は記憶している。 今はそれに見あうだけの感情が重ならないだけで。 そこではじめてリトは他人の意識が混ざる恐ろしさを実感した。
「だろーな。 考えてみりゃー、オルガノ村に行く時から変わってたな、お前」
「え? どこが?」
「イルフ村の側で親子連れとすれ違って、子供がぎゃん泣きしてたろ? 後から聞いたけど、あいつ、巳白が助けたガキだっつーじゃん。 てことは、お前さんも一緒だった。 なのにショック受けてねーってことは、やっぱりリトはリトじゃなかったっつーことだな」
リトは脅えと怒りの混ざった、ひーるくんの父親の視線を思い出す。
――あの視線は、巳白さんだけじゃなくて、私にも向けられていたんだ……
その事実はリトの胸を哀しみと怒りでいっぱいにした。
「どうしよう、アリド」
リトは涙声になった。
――リトを返して――
そう言った、弓。
弓は間違っていなかった。
なのにリトの意識は、シンディに勝てなかったのだ。
「弓に何をどこから言っていいのか分からない」
それは祖母の件については考えを変えたくなかったから。




