4-3 聞くだけ、聞こうか
とりあえず15の祝いのプレゼント贈呈が済んだら、二人の間の空気にも少し余裕が出来た。
後はまぁ、適当にしゃべって適当に何か食べて適当にブラついて、デートは終了となる予定である。
露天販売のソフトクリーム食べて、ペットショップ等を回って。 路上でライブをしている人の歌声に聞き惚れ、腕相撲自慢で対戦商売している男をあっさりと倒し。
ここは城下町。 ある意味テノス国の顔である。 いつもは休日とか夕方にしか来ないので気付いていなかったが、他国からの観光客もかなりいて、平日の昼間だというのに意外と賑わっている。
「定期観光船が入港したみてーだからな。 かなり賑わってる方じゃね?」
そんな説明を聞きながら歩いてると、正面からクララ婦人が歩いてきていた。
「!」
思わず身構えて逃げたくなる。 が、アリドの手が。 そう。 手を繋いでない真ん中の手がひょいとリトの肩に伸びて寄せた。
「無視してりゃヘーキ」
耳元で優しく告げられる。
どちらかというと、肩を抱かれて密着したことに意識が行ってしまい、リトは半ば硬直したままクララ婦人をやりすごした。
クララは確かにリト達が目に入っただろうに、本当に顔色一つ変えることなく変わらぬ足取りで歩いていった。
アリドの手が肩から離れる。
「茶でもすっか?」
そう言ってアリドは近くのカフェに視線を向けた。
「う、うん。 何か飲みたい」
リトはもう、喉がカラカラだった。
++
赤と黒のコントラストが映えるそのカフェのランチは、バイキング形式で種類が豊富。 1階は100席ほどの丸テーブルが間隔広めに配置され、二階は20室ほどの個室になっており各部屋にはソファーやベットまであるそうな。 バイキング利用時間は1階ならば3時間、2階ならば2時間まで追加料金が発生しないそうで。
てなわけで、勿論1階。
店舗の中央には魚の尻尾を地面から生やしたようなよく分からないモニュメントがあり、その下にぐるりと円い台が置かれており、そこは飲み物コーナーだ。
食事は店舗の奥の方に5列ほど並んで置かれていたが、まずはホッと一息つこうかということで、二人は飲み物をそれぞれ手にして空いているテーブルに座った。
結構、国外で有名な店なのだろうか。 旅行鞄を持った旅人なども利用している。 とか思いながらテーブルの上に置かれたパンフレットを見ると、近隣のホテルと提携しているらしい。 ホテルで食事を取る代わりにここ、ってことらしい。
「ヘンな料理ばっかり並んでるっつーのに、他の国から来たヤツなんかはこれがテノス国の名物料理とか思うんだろーなぁ」
アリドがそんなことを呟きながら周りを見回した。 壁に円くくりぬかれた窓から城下町を行き交う人々が見えて、ときおり兵士なんかも歩き回っているが、リトを見てもアリドを見ても全く気付いた感じは無い。
「……肩書きの意識って、すごいねぇ」
リトは感心しながら呟いた。
「っていうか、ホントにばれてないの?」
当然の疑問だったが、アリドは軽く笑った。
「明日にでも手伝いに行った時に聞いてみろや? ぜーんぜん、気付いてねーから。 でも種明かししたらもう、セソンゴ・ンザレンス・ボボンは使えねーからな」
「私、そんな名前じゃなーいっ!」
リトも笑いながら抗議した。
そして。 ちょっと俯いて小さく呟いた。
「明日かぁ。 そうだね、明日には元に戻らなきゃ」
学びをいつまでもさぼる訳にもいかないし、弓とのことだって、どうにかしなきゃいけない。
弓とのこと、ルティか女官長、誰かに相談しようかと思った。
でも、リトは心の何処かで分かっていた。
弓と離れるということは、弓を孤立させるということだ。
弓が危険だと周囲に吹聴するようなものだ。
それと同じ分、誰かに相談して逆に、考えすぎだと説得されるのが怖かった。
でも、弓は危険なんだよ。
弓といると、いつ翼族と関わり合いになるかもしれず。
そしていつ、委員会に目をつけられるか分からない。
アイスグリーンティーの氷がコロンと澄んだ音を響かせた。
「聞くだけ、聞こうか?」
不意に、アリドの声がした。
ふと我に返り顔を上げると、アリドはアイスジャスミンティーにガムシロップを入れながら濃度の違う透明なそれを静かに眺めていた。
リトは戸惑った。
だって、弓も巳白も、アリドの大事な兄妹だ。 身内に対する文句を聞かされて喜ぶ奴はいないだろう。
しかし、アリドは続けた。
「説教や講釈は嫌れーだから、マジで聞くだけになっけど。 ただ、リトの考えは、すっげー普通のことだから実は何も気にしなくていいってだけ、先に言っとくわぁ」
普通?
「で、お前の中でグルグル回ってるのは、メシのことか? ダイエットのことか? はたまた恋愛相談か? ……あ、学業ってセンもあったなー」
学業って言葉でアリドの顔がとても嫌そうに歪んだので、リトは思わず笑った。
リトの笑顔を見てから、アリドが穏やかに微笑む。
「異常なのは陽炎の館の住人だってことは俺だって分かってる。 だから遠慮しなくていーし」
「……」
それでもリトは迷った。
弓のこと、巳白のこと、アリドの大事な人の――
「つーか、言いてーことは大体わかってんだから、早く言えっつーの。 んな危険な話、聞いて貰う相手もいないだろーがよ、普通。 ……とりあえず俺も短気だから言うのか言わないのかそこだけハッキリしろっつーの」
アリドの口調に少しずつ苛立ちが混ざってきたのを感じてリトは思わず慌てた。
「い、言う。 言います」
確かに、彼は受け入れてくれると言ってるのだ。
そこに甘えても悪くはない、はずだ。
なのでとりあえず、先日のことを話す。 弓に向かって言ったこと、そのままに。
そして弓に感じたことをそのままに。
それから、弓に――友達を止めるって言ったことも。
不思議と。
アリドは聞き上手で思いの外、簡単に言葉が紡げた。
どんな汚い感情も、どんなに乱暴な意見も、本当なら好きな男に対してさらけ出して良いとは思えないのに、アリドの前だと飾らずに――伝えることが出来た。
しかもアリドといえば、賛成するでも、反対するでも、不快そうにも、愉快そうにも見えず。 かといって聞いてない、って訳でもなくて。
きちんと相手に同調してるって感じで。
こちらを見つめる眼差しは、魂が吸い込まれるほど妖しい光を放っていて。
――この男、絶対、女たらしの素質があるわね。
話しながらそんなことが頭の片隅に浮かんでしまった。
ひととおり話し終えるとやはりスッキリした。 やはり、悶々と内にためるのは精神衛生上、よくないらしい。
アリドはというとティーを飲み終わって、何を考えている風でもなく、ただそこにいた。
「……えっと」
リトは思わず言葉を繋げた。
「ア、アリドは、どう思う?」
その言葉を聞いて、アリドはちょっと目を見開いてから、軽くプッと笑った。
「なんだそりゃ。 俺、聞くだけじゃねーの?」
そう言って微笑む。 リトはちょっと恥ずかしくなって俯く。 しかしアリドはさほど気にしたようでもなく、ストローでカラカラと氷を混ぜながら間をあける。
「まー、弓と友達を止めたけりゃー、それも仕方ねーんじゃね? 俺は仲良くしろと強制するつもりなんてねーし。 後は、リトの言う通りだよな。 羽もちの奴らのこと、俺も信用してねーし。 危険だって思ってるしさ」
羽持ちの奴、とは翼族のことだ。
「アリドもやっぱり、つば……羽持ちの人達が危険だって思うよね?」
リトは少しだけ安心して身を乗り出した。
「だってあいつら、半端ねーもん。 新世さんが、ある時に本気の魔力を出したことがあるんだけどさ。 あんなことが出来るんじゃあ、そりゃ誰だってビビるって」
「……あんなこと、って?」
「秘密。 ま、そん時は、非常事態っつーか、問答無用の掟破りだったから、その力を使った本人ですら絶句って感じだったけどな」
そう答えたアリドの顔は、何故か嬉しそうにも見えた。
「それとは別に館にちょくちょく来ていた羽持ちの奴らは、何考えてるか分かんねーっつーか、何かを企んだ目してたし。 奴らを清流は崇拝してっけど、巳白は嫌ってる」
「嫌ってるの?」
「ああ。 いや、正確には清流だけだろ、羽持ちを警戒しねーのは。 俺達だって分かってるさ。 羽持ちの奴らが危険な存在だって。 あの村の奴らがやったことなんて、取るに足りねー普通のことだって。 ただ、あの時の清流の収まらない気持ちも、一緒に育った俺らだからこそ、納得はできねーけど気持ちは分かるって部分もあったし。 だから誰も止めきれなかった、それだけの話な」
「……そうよね。 言われるのが当然って思っていても、それを大事な人に向かって言われたら頭にくるもんね」
リトがそう同意すると、アリドはちょっと不思議そうに眉を寄せた。 が、あえて言葉を続けはしなかった。
「羽持ちが区別されるってことは仕方ない事なんだって、アリドと同じように弓が理解してくれたら良かったのになぁ。 私ね、弓の危険な考えさえなかったらずっと友達でいたいんだよ? 弓は羽持ちを擁護しすぎだもん。 どうして謝った方が悪いなんて考えになっちゃったんだろう。 ねぇアリド。 弓の考えを変えることができないかなぁ?」
リトはガシャガシャとコップの中の氷をつつきながら呟いた。
「なに? 仲直りしてーの?」
「……弓が考えを変えてくれるなら」
「んー……。 多分、弓の言った謝った方が悪いって考えはなー、お前が思ってるヤツとはちょっと違うよーな気がするんだけど……」
「え? どういうこと?」
「……言えね」
アリドにしては歯切れが悪かった。
そして、おもむろに頬杖をつきなおして切り出した。
「仲直りしてーんなら、別に謝んねーでウヤムヤにしたまま、って手もあるぜ」
「う、うやむや?」
「そ。 あえてその危険な話題には触れねーってこと。 俺と巳白はその関係だな。 最初に会ったときからお互いに目茶苦茶ヒデーことばっかり言ったりやったりしたけどさ。 ほぼ9割はウヤムヤで終わってる。 ……って、それは無ぇだろーって目で見るなよ。 ヤッパ男と女じゃ違うか」
「うん」
即答したのでアリドが苦笑する。
「じゃ、好きにしろや。 俺は他人を理由にお前とのつきあいを止める気は更々無ぇから、さ」
うっ、とリトは口ごもった。
――つきあい、それって【おつきあい】っ??
リトの脳が脱線したことなど気付かずにアリドは視線を御馳走が並べられているゾーンに向けた。
「メシでも取りに行くか。 そろそろ腹も減ってきた」
「う、うん」
赤くなりながらリトは立ち上がった。
そういえば、今日のデートはどういう意味なのだろう。
15の祝いをしてくれてるってのは分かるとして、一体、どんな立場のつもりでアリドはここにいるのだろう。
手を握って歩いたってことは、これは彼氏彼女の関係なんでしょうか?
それともこの後、正式な告白タイムがお待ちなのでしょうか?
あるいはこちらから何かモーションかけないといけないのでしょうか?
――って、何て言えばいいんだろう? いきなりで考えてないよぉ~!
リトの脱線は逆に加速し。
――また誘って、って言うのかな? 嬉しかった、は外せないとして、えーっと、もし正式な彼氏彼女になったら別れ際にサヨナラのキスとか? でもそれでホントにされたら? 今から何を食べればいいわけ?
そんなことまで考える始末。
弓のこととか考えないといけないことは多々あれども、ほんの少し人と話して気が楽になったリトだったが、それもほんの一瞬のことだった。
「正解はねっ、翼族が助けてくれのよ!」
少し離れたテーブルにいた少女が口から発したその言葉が、リトの気持ちも、店の空気も凍り付かせた。




