4-4 二人の少女と二人の男
翼族という言葉を発しただけで、こうも店内の雰囲気が硬直するのかとリトは青ざめた。
皆が同時に息を止め、扱っていた食器がこすれ合う音が響く。 店内に流れるBGMが急に存在を主張して、次の瞬間、まるで今の出来事を無視するかのように人々は話し出した。
しかし、その少女の言葉を聞き逃さぬように注意を払いながら。
アリドがさり気なくリトの横に立ち、エスコートするように腰に手を回す。 振り向いてその少女を見たいのを堪えてリトは御馳走ゾーンへと向かう。
「何それ、分かる訳ないじゃん」
少女の相席者が呆れたように口を開いた。
「一緒に前の甲板にいたのに、急にいなくなってさ。 しばらくしたらウキウキでどこからか現れたって思ったら、それが理由? ありえなーい」
その少女の声も先ほどの少女と同様、あっけらかんと話している。
リトは視線を店内の客やウェイターに向けた。 何人かがその眼差しを鋭く光らせている。
みな一様に、聞き間違いだったのか、それとも本当に翼族のことを話しているのか知りたがっていた。
リトはできるだけ平静を装いながら、御馳走を皿に取り分ける。 アリドが「これ、旨いぜ」とエピチリをリトの皿にも載せてくれる。 だがリトの意識はあの少女達に向いていた。
かなり適当に盛り合わせて席へ戻る。
あの少女は賭けをしていたようで、正解できなかったバツとして馬車に乗る際に窓際になる権利を主張していた。 その少女は赤毛。 もう一人は桃色の髪。 二人ともリトより少し年上だろうか。 小粋な旅行服を着ており観光客のようだ。
ホッと胸をなで下ろしながら席に着く。
――このまま、他の話題に移ればいい
そんなことを思ったのもつかの間。 片方の赤毛の女が手元のジュースを眺めながらうっとりと言った。
「素敵だったわぁ。 あの翼族」
桃色の髪の少女が、興味津々な眼差しで身を乗り出した。
「やだホント? 翼族って美形が多いんでしょ?」
「壮絶的美形よお~! ブラウンの髪が長くて! ちょっとダンディなおじさま俳優のギードンに似てる感じ! それにね、手足が長くてスラッとしてるのよぉ!」
――ブラウンの長い髪? 巳白じゃないってこと?!
そう思ったのはアリドも同じだったようで、平静を装ったその瞳で手元の料理を見ていた。
「ギードン? きゃ~! どんな感じで助けて貰ったの?」
「甲板から海を覗いていたのよね、私。 そうしたら急に強い風が吹いて足下が狂って! 海に真っ逆さま! ……で! 海面に着く直前、横からフワッと! フワッと抱きかかえて空に舞ったの!」
赤毛の少女は興奮しながら続けた。
「空高く舞い上がってね、船はもちろん、遠くの島なんかも見えたわ。 鳥になるってああいうことかしら?」
「そ、そしてそして?」
「私を抱きかかえたままゆっくりと、人気のない後方の甲板にやってきて、そっと降ろしてくれたの。 私ね、翼族と会うの初めてだったけど、怖い相手なんだろうと思っていたけど、あのお顔! 身のこなし! 素敵だったわ~」
うっとりと宙を見る。
そのとき。 店の奥から支配人が顔色を変えてやってくるのと、店内にいた二人組の男が立ち上がって言葉を発したのはほぼ同時だった。
「お嬢さん。 もう少しその話を聞かせてもらおうか」
男達のその言葉に支配人が立ちすくむ。 そして店内の客がざわめく中を二人組の男が進んでくる。
そして翼族の事を話していた少女達はいぶかしげにその二人組を見た。
一人は禿げた頭に無数の傷をつけ、もう一人は緑のバンダナを頭に巻き付け、オレンジ色のサングラスをかけている。 20代中頃だろうか、二人とも旅行者らしいことはそのすすけた服装で想像がついた。 そして軍隊あがりのような逞しい体つき。 腰にはダガーナイフと、家畜の頭を切り落とす時に使われるような重厚感のある剣をぶらさげて、どう見てもただ者ではない。
「リト。 あいつらと目を合わせるな」
アリドが小声で告げたのでリトは言われた通りに視線を逸らす。 対面して座っていたアリドがさり気なく椅子を動かしていかなる場合にも対応できるように姿勢を整えた。
自分の席に男達が近付くと、赤毛の少女は少し戸惑ったように眉を寄せた。
「その話……って言っても、それだけよ。 他に何もないわ」
「いいや。そうはいかない」
バンダナを巻いた男が中指でサングラスの中央を押さえながら言った。
「我々は翼族調査委員会だ。 詳しく話しを聞いて報告書を出す義務がある」
少女の顔が青ざめ、震えた手からこぼれ落ちたフォークが床に落ちて甲高い音が響いた。
翼族調査委員会と名乗った禿げた男が、青ざめて硬直した少女の手首を強く掴む。 少女がヒッと小さい悲鳴を上げるのと、店内の者が椅子から腰を浮かそうとしたのと――
「店内にいる奴! みんな一歩も動くなっ! ヘンな動きをした奴ぁ、調査対象だ!」
サングラスの男が椅子を蹴飛ばして周囲を威嚇したのはほぼ同時だった。
「リト。 大丈夫だから動くな。 後ろも見るんじゃねぇ」
するといつの間にかリトの隣の席にアリドがやってきており、リトの肩を抱いて引き寄せた。 委員会の男達に対しては背を向けていたが、アリドが置いたのだろう、テーブルの隅に置かれた四角いガラスのコップが鏡の役割をして男達の動きを見ることができた。
アリドの真ん中の手がリトの頭を引き寄せてアリドの肩にもたれさせる。 一番上の腕はいつも通り頭の上で手を組んでいる。 一番下の腕は椅子を掴み、いつでも動ける体勢を作っていた。
――見事。
こんな時だというのにリトは妙に感心した。
リトはただじっとコップに映った委員会メンバーと少女達のやりとりを見つめる。
「あ、あの、アタシ……」
少女が恐れながら口を開いたのを遮るかのように禿げた男が告げた。
「その翼族の名前は何だ?」
「な、何って、知らないわ。 だって」
「知らネェ訳ないだろおぉっ! あ!?」
男がテーブルの脚を蹴ったので少女はすくみあがる。
「だ、だって本当に知らないのよ! 知らないものは言えないわ!」
涙声で訴える。
すると委員会の男達は、嬉しそうに――唇の端を上げた。
「そうか、洗脳だな」
「洗脳!?」
「ああ。 名前を言えないってことは、翼族に洗脳されて危険思想を植え付けられたってことだ」
――なにその言いがかりっ!?
リトの頭に血が上る。
アリドが「マジでタチの悪りぃ奴らかよ」と呟いた。
「さあ、もう一度聞こうか。 名前は言えないのか?!」
男がいかにもな優しい口調で尋ねると、少女の連れが目で合図をした。 その視線を受けて少女は――
「え、えーと、ケンって言ったわ。 たしか」
わざと声を高くしながら返事をする。
「そ、それだけしか分からないわ。 ね、だから離して」
「その子は嘘をつくような子じゃありません。 信じて下さい」
少女が庇うと、委員会の男達は目をくわっと見開いて告げた。
「一度は知らぬといい、次は知っていると言う。 嘘をついているのは明らかだな、お嬢ちゃん」
「間違いない。 翼族に洗脳されている」
そしてその手を少女に回し――
「いやぁっ!」
少女の叫び声が店内に響いた。 男達はまるで荷物でも抱えるように二人の少女を肩に乗せて立ち上がる。 じたばたと暴れるが屈強な男達は少女を掴んだ手の力を緩める気などさらさらないようだった。
「おい、おまえらどけろ! 二階の部屋を使うぞ! 身体検査だ!」
「反抗する奴は検査対象になるぞ!」
そう怒鳴りながら歩いていく。
「いやあっ! 誰か助けてぇっ!」
「騒ぐな! なぁに、まっ裸にして穴っつー穴をおっ広げて見るだけだ! 最後にはヒィヒィ言わせてやっからよっ!」
「いやぁあっ!」
少女の泣き声がひときわ大きくなったそのとき。 アリドがリトの耳元で「お前はここにいろ」と呟いた。 そして少女達を抱えたまま二階へ続く階段を登り始めた男達に向かって歩き出す。
が。
そんなアリドより先に、グラスに入っていた氷がひとかけら宙を飛び、前を歩いていた禿げた男の頭にコツンと命中した。
「?!」
男達をはじめ、店内に居た者達すべてが、その氷が飛んできた方向――つまり投げた人物の方を向いた。
その人物は、皆の視線を一身にあつめたことなど気にもしないように、堂々と告げた。
「委員会の品位を落とすような真似は止めてくれないかしら?」
そしてゆっくりと立ち上がり、男達を睨み付ける。
その人物は他の誰でもない。
リトだった。




