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旅の終わり 3

 

 一瞬、微妙な空気が流れ――沈黙が辺りを支配する。


「えっと……」


 小夜は、大和と斬影を交互に見やり、にっこりと笑顔を浮かべる。


「とりあえず……良かったね。大和。会えて殴れて♪」


「…………」


「……こういう娘なのか?」


 大和が黙っていると、斬影はひとつ唸り、


「……で。俺には紹介してくれねぇの? お前の嫁さん」


「だから! そうじゃないって言って……」


「あ」


 大和が言い返そうとした時。

 小夜が斬影にぺこりと頭を下げ、挨拶をした。


「申し遅れました。私、小夜と申します。大和には、村で生け贄として妖魔に食べられそうになったところを助けてもらいました。それから一緒に旅をさせてもらってます」


「ほうほう。小夜ちゃんか。いや、ウチの大和が世話になってます」


「一緒に……って……勝手について来たんだろうが。後、面倒見てるのは俺」


 二人の会話を聞いて、大和がそれぞれに突っ込む。

 小夜はくるりと大和の方に顔を向け、


「ええっ? だって大和……あの時ついて来て良いって……」


「あれはお前が……」


「まあまあ」


 と、言い合う大和と小夜の間に斬影が割って入る。


「積もる話もあるだろうが……とりあえず飯でも食いに行かねぇか? 再会祝いにパーッとよ♪」


 そう言って、斬影は大和の肩を抱く。


「お前の奢りで」


「はぁ!? 何でだっ!」


「良いじゃねぇか。久しぶりに再会したお父さんに旨いモンご馳走してくれよ」


「何勝手な事言って……!」


 大和が何か言うより先に、斬影が小夜の背中を押す。


「ささっ。行こうぜ、小夜ちゃん。俺、良い店知ってんだ」


「え……えっとぉ……」


「勝手に話進めるなっ!」


 大和が声を荒らげる。

 が、斬影は気楽に笑うだけだった。

 軽く手を振りながら、


「財布の中身気にしてたら、デカイ男になれねぇぞ」


「うるさいっ!」



結局――


「ありがとうございましたー♪」


「…………」


 にこやかに店員に見送られ、大和らは店を後にする。

 大和は、無言で目の前を歩く斬影の背中を睨み付けていた。その視線を知ってか知らずか、斬影が上機嫌で口を開く。


「ご馳走様♪ いや~……タダ酒って最高♪」


「……この野郎……」


 低く呻く大和は無視して、斬影が町の外へ足を向ける。


「……どこ行くんだよ」


 大和が訊くと、斬影は振り返り、


「どこって……帰るんだよ。家に」


「なっ……」


「旨いモン食わせて貰ったからな。寝床くらいはこっちで用意してやるぞ」


 それを聞いて、大和は思わず叫ぶ。


「家が近いなら、わざわざ外で飯食う必要ないだろ!?」


「良いだろう? たまには贅沢させてくれたってよ」


 斬影は頭の後ろに手を組んで、


「近いっつっても、少し山ん中歩くけどな。小夜ちゃんにはちょっと辛いかな?」


「私は大丈夫です。大和と一緒に旅して慣れました」


「…………」


 斬影の後ろを歩きながら、大和が問い掛けた。


「……また山暮らししてるのか?」


「まぁな」


 短く答えて、斬影は歩を進める。

 以前暮らしていた山と違い、人が通れるくらいには均された山道を歩く。


「…………」


 歩きながら――大和はふと眉根を寄せた。


(……この山……)


 この山の妖気は、以前暮らしていた山より遥かに弱い。それだけ妖魔の数が少ないと言うことだ。

 普通に暮らす分には問題無いが……


「……斬影……」


 大和は小さく呼び掛ける。大和が言わんとする事を悟ってか――斬影は薄く笑った。


「……話は後でな」


 それからは言葉少なになって、山道を進む。

 日が傾き、辺りが闇に包まれる頃、漸くその場所に辿り着いた。


「あれだ」


 斬影が指さす方向を見やると、山小屋のようなものが見えた。


「コイツは元々は見張り用に建てられたモンだったが……少し弄って俺が使わせて貰ってるんだ」


 中に入ると、意外と広さがある。

 造りもかなり頑丈そうだ。


「…………」


 大和がぼんやりしていると、斬影が声を掛けてきた。


「ほら。大和。ボーッとしてないで茶ぁ淹れてくれよ」


「……何で俺が……」


「お前の淹れた茶が旨いんだよ。あ、小夜ちゃんはここに座ってて良いから♪」


「あ、はい。ありがとうございます」


「…………」


 言われて、大和は深いため息をついた。

 もういちいち怒る気にもなれない。台所に向かい、辺りを適当に見回す。

 黙って茶を淹れ、斬影と小夜の前に差し出した。


「ありがとう。大和」


「ん~。やっぱお前の淹れた茶は旨いっ!」


 湯飲みに口を付け、斬影が唸る。

 それから取り留めの無い話をしている内に、夜は更けていった。




 ――その夜。

 大和は寝付けず夜中に目を覚ました。


「…………」


 眠っている小夜を起こさぬよう、静かに外へ出る。

 空には星が瞬き、月が優しく柔らかな光を降らせていた。

 暫し無言で夜空を眺めていると、


「寝付けないのか?」


「……斬影」


 背後からの声に、大和は振り返った。

 斬影は大和の隣に来ると、近くの切り株に腰を下ろす。彼の手には酒瓶が握られていた。斬影は手招きし、大和にも座るよう手を下へ振る。促されるまま、大和も腰を下ろした。

 斬影は持っていた杯に酒を注ぐと、大和の方へ差し出す。


「ほれ」


「……酒?」


「お前もデカくなったんだ。少しくらい良いだろ。コイツは上物だぜ?」


「……酒の事なんか分かるか」


 言いながら、大和はとりあえず斬影から杯を受け取った。

 斬影は笑いながら自分の分も酒を注ぎ、それを一気に呷る。


「…………」


 大和は渡された杯に視線を落とした。

 杯の中に浮かぶ月を見詰める。

 暫くの間、二人に会話は無かった。その沈黙を破ったのは――斬影だった。何度か酒を呷って、(おもむろ)に口を開く。


「さて……何から話すかな。色々話さなきゃいけねぇ事はあるが……」


 大和は顔を上げる。


「ま……とりあえず……俺が今までどうしてたか――だな」


 そう言うと、斬影は軽く目を閉じた。



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